5-4 合間の劇2
「ここまでくれば、安心といったところでしょうか?」
建物の物陰に隠れフィアとヌーヴァは、パオベイアの機兵が追ってこないかどうかを確認する。
ドーラとエレナとは逃げているうちにはぐれてしまっていた。
「大丈夫…みたい…」
パオベイアの機兵が後からついてくる気配はない。
すべてヴァロたちがひきつけてくれたようだ。
フィアは安堵し、壁に寄りかかる。
「どうぞ」
ヌーヴァはそう言って自身のバックからパンを取り出す。
「いえ」
「こんな状況です。食べられるときに食べておかなくては次はいつ食べられるかわかりません」
そう言って強引にフィアの手にパンを握らせる。
「…そうですね」
そう言ってフィアはパンを口に運んだ。
「…ヴァロ、大丈夫かな」
フィアの口からぽつりとそんな言葉が漏れる。
「…カリアもクラント殿も一緒です。おそらくは大丈夫でしょう」
ヌーヴァはフィアを見透かしたように無表情でそう答える。
表情には変化がみられないが、気にかけてくれていることはわかる。
「大丈夫ですか?」
「何がです?」
フィアはヌーヴァの一言に驚いた表情を浮かべる。
「朝からずっと様子がおかしかったので」
ヌーヴァの一言に
「…どうしてわかったんですか?」
驚いたようにフィア。
「…あなたにとてもよく似た方を知っております。
あの方も悩むといつも以上に平静を装っておられた」
フィアの頭をなでる。
そして、皆でいるときには見せたことのない微笑みをみせた。
「ヌーヴァさんはなんでもお見通しなんですね」
フィアはそう言ってため息を漏らし、口を開く。
「実はヴァロと朝からささいなことで喧嘩をしてしまって…。
こんなこと今までなかったのに…」
どうしてよいかわからないといった表情で、フィアはヌーヴァにうちあける。
「ご自身から話しかけてみてはどうでしょう?
相手と話さなくては何も解決しません」
ヌーヴァはフィアの目をみて語る。
「…はい…」
無言だが、暖かな空気がその場に満ちる。
「不思議です。まるでヌーヴァさんとは…」
「危ない」
数体の機兵が物陰からフィアたちに襲い掛かってくる。
ヌーヴァは瞬きの間に氷獄陣を展開し、パオベイアの機兵を迎撃する準備をする。
だが、パオベイアの機兵はそれをやすやすと食い破った。
フィアにパオベイアの機兵が押し寄せる。
「陣を食い破った。フィア殿」
そのころドーラとエレナたちもまたパオベイアの機兵が近くに
息をひそめて通りに機兵がいないことを確認する。
住宅街の路地裏で二人は息をひそめていた。
機兵の音が聞こえなくなるとドーラは嘆息する。
「どうやら撒けったっぽいネ。とっとと行くよ…って何してんのサ」
エレナは頭を抱えて座り込んでいた。
「情けないな、私は」
「いきなり何を…」
「…私はあの人形たちの目を見て怯んだのだ。
私はあのとき心の底からから逃げだしたいと思った。
その結果、大事な部下を一人失ってしまった」
エレナは顔に手を当てうずくまる。
「こら、弱音は無事に帰ってからだヨ。君はここのリーダーダ。
まだ生き残っている者もいるんダ。君がしっかりしなくてどうするのサ」
ドーラはエレナの肩をつかんだ。
「…お前には失敗など無縁なのだろうな」
エレナはドーラを見てひどい表情で笑う。
見るに見かねて、ドーラはエレナの隣に座る。
「とんでもない、失敗だらけサ。僕は肝心なときに何もしなかったんだヨ。
だから馬鹿げた戦争なんて引き起こしたし、たくさんの人間を殺すことになったんダ」
ドーラの最後の言葉は誰にも聞かれないような小声だった。
「僕はネ。 あの時すべてを投げて逃げたんだヨ。目の前の現実から。
そのせいでみんな無茶苦茶にしてしまったんダ」
「…お前は後悔してるのか?」
エレナはドーラに視線を向ける。
「しているサ。…ずっとだヨ。もっといい選択がとれたはずなんだヨ。
なのに僕は肝心な時にすべてを放棄して自分の殻に閉じこもったのサ」
「…」
「君はリーダーである限り逃げるなヨ。僕のようにはなるナ。
たとえどうなろうとも最後まで正気でいることだネ」
ドーラとエレナの視線が交わる。
「…フフフ、貴様は魔王のくせにひどいことを言うな」
エレナはふうっと息を吐いた。
「魔王の癖にか…ヒトの呼び名なんてどうてもいいんだけどナ」
ばつの悪そうにドーラ。
「とっとと出入り口に向かうぞ」
エレナは力強く立ち上がる。
その背中に迷いはない、いつものエレナがそこにはいた。
「そうだネ」
ドーラは頷き、エレナの後に続いた。
フィアは泣きそうになりながらぐったりとするヌーヴァを担いで出口に向かっていた。
ヌーヴァのあったはずの左腕は失われ、その根元が凍っていた。
フィアをかばい陣ごと左腕を機兵に食われたのだ。
その機兵はというと、ヌーヴァの剣に細切れにされている。
フィアは再生するのに時間がかかるように、残骸を近くにあった石で粉々に破壊しておいた。
フィアはヌーヴァに肩を貸し、出入り口までゆっくりと向かう。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…」
フィアは小声で顔をぐちゃぐちゃにしながらヌーヴァに謝り続けている。
油断したのは自分だ。
この人に大けがを負わせてしまった。
こんな自分を護るために傷をおってくれたのだ。
価値のない自分のために。
フィアの頭の中はかつてないほど混乱していた。
ヌーヴァはそんなフィアを見て笑いながら頭を撫でる。
「私などのことはいいのです。その美しい顔をおあげください」
フィアはヌーヴァが話している言葉遣いに違和感を感じていた。
ヌーヴァの意識はないようすだ。
先ほどから様子がおかしい。
フィアの手には杖が握られていた。
それは彼女と魂と契約したもの。
ずっと彼女のそばにあり、魂と結びついているもの。
それがさっきから鳴り続けている。
「故郷に戻ってからもあなたを忘れた日は無かった。
ずっと…ずっと…慕い続けておりました。
ただあの時、あなたに背を向けることになろうとも、
私は…私は…自身の生き方を変えることができなった…」
ヌーヴァの声は懺悔のようにも聞こえた。




