5-2 交戦
初撃はクラントの魔剣の一撃だった。
「すごい数だぞこりゃ」
クラントは二本の魔剣が煌めき、パオベイアの機兵どもをなぎ倒していく。
言葉とは裏腹にどこか楽しそうだ、
それに負けじとカリアも参戦する。
クラントとカリアの一撃で第一波は跡形もなく消え失せる。
「俺も負けてられないな」
ヴァロは聖剣カフルギリアを躊躇なく抜き放った。
その聖剣の余波で白い波が後退していくのがわかる。
そうこの聖剣は第二次魔王戦争の際に劣勢だった人類を救った人類最強の兵器である。
百万の人間の命を犠牲にして作り上げられた究極の武器。
「引け、聖剣の一撃の巻き添えを食らうぞ」
エレナの声に、前線で戦っていたカリアとクラント、ヌーヴァが後退する。
数えきれない白い機兵の前にヴァロだけが立っていた。
白い機兵がヴァロを飲み込もうと押し寄せてくる。
「ブラーニさん、力をお貸しください」
ヴァロは静かに聖剣に語りかける。
ブラーニとは聖剣の管理者である。
その者はかつてその身と引き換えに聖剣と成り果てた管理者。
聖剣との契約時にヴァロと対面した。
ヴァロの頭の中に、カフルギリアからイメージが頭に流れ込んでくる。
ならばその通りに動くまで。
広間に出るとヴァロは立ち止まり、大きく振りかぶった。
「いけ」
ヴァロは思い切り振り下ろした。
斬撃が巨大な光の刃となり機兵の波に襲い掛かる。
機兵たちは聖剣の光刃に呑まれていく。
視界にあったはずの壁や柱はすべて消えていた。
ところどころに残る機兵の残骸がその凄まじさを物語る。
押し寄せる白い波は聖剣の一振りで跡形もなくなったのだ。
「味方だとこれ以上に頼もしいものはないな」
ひきつった顔でカリア。
「おい、ヴァロ、折れてたんじゃなかったのかよ?」
横からクラントが小声で聞いてくる。
「ちょっといろいろあってな」
大魔女ラフェミナに見かけ上は直してもらっている。
あくまで見かけ上だ。折れていることには変わりないし、いつ消滅してもおかしくはない。
聖剣の一撃により、機兵の数は削がれたものの、何処からともなく湧き始めていた。
エレナは魔法式を発動させる。
ガラスが屈折したようにヴァロたちの目の前の光景が割れる。
「光を屈折させた。これで奴らからはこちらを視認できないはずだ」
ヴァロはヒルデも同系統の魔法を使っていたのを思い出す。
弟子である彼女ならば同じような魔法が使えるのは当然か。
パオベイアの機兵は魔法など効いていないのか動きに変化が見られない。
こちらに一直線に向かってくる。
「効いてないみたいだぞ」
ヌーヴァは帯刀している剣で、エレナに襲いかかる機兵を切り裂いた。
「すまない」
「どうやら、光でこちらを視認しているわけではなさそうですな」
冷静な声でヌーヴァ。
「だとすればなんだ?熱か、匂いか、それ以外の何かか?」
「それを確かめている暇はなさそうですな」
残ったパオベイアの機兵がヴァロたちに襲いかかってくる。
カツンと乾いた音が部屋中に響き渡る。
次の瞬間、まるで見えない何かに押し付けられるように足元の大理石に一斉に張り付く。
フィアの得意とする重力魔法だ。彼女の背後に大きな魔法式が展開していた。
彼女の手には杖が握られている。
「…重力魔法…なんて広範囲な」
言葉とは裏腹に、フィアの顔には余裕が感じられない。
フィアの作り出した重力場を飲み込むように、絶え間なく白い波が押し寄せる。
四方の窓からも機兵が姿を現れてくる。
クラントとカリアは側面から出てくる機兵と戦っている。
「なんて数」
フィアは戦慄していた。
フィアにむかって幾重にも折り重なり、じわじわとパオベイアの機兵が迫ってきている。
それは巨大な壁となり、ゆっくりとフィアに近づいていく。
フィアは魔法式のためにその場を動くことができない。
魔法を解けばパオベイアの機兵の餌食になる。
そんな機兵の波を、ヴァロの聖剣の一撃が消し飛ばす。
「大丈夫か?」
ヴァロはそう言ってフィアに手を差し出す。
「ヴァロ、ありがとう」
フィアは微笑み、ヴァロの差し出した手を握り返した。
「エレナさん」
フィアの声にエレナは頷く。
「撤退するぞ」
そのままヴァロとフィアは後退する。
「魔法は効くようだれど、物量が違い過ぎる。重力魔法でも足止めにすらならないなんて…。
…ドーラさん?」
ドーラは考え込むように、聖剣の一撃により壊された機兵を眺めていた。
「ドーラ何をしている?」
ヴァロは思い切り声を上げる。その声でドーラはふと我に返ったようだ。
すぐさまヴァロたちの後ろについてくる。
「このまま城門の外まで突っ切るぞ」
ヴァロたちは城門の外に向けて走る。
「隊列を崩すな」
エレナとフィアを囲むように城の中を駆け抜ける。
背後からは白い人形の波がこちらに向かってくる。
飲み込まれたのならば骨すら残るまい。
「魔法による攻撃は極力ひかえて、効果が薄いし、疲労するだけだヨ。
魔剣の攻撃を優先するんダ。見たところ奴ら魔剣の攻撃の回復速度が著しく遅いヨ」
どうやら先ほど考え込んでいたのはそれを見ていたらしい。
「わかった」
ドーラのその言葉を受けて、ヴァロとクラントが最後尾に着く。
「命令する気か」
エレナはドーラを睨み付ける。
「もうそんなこと言ってる状況じゃないダロ」
「チッ」
エレナは舌打ちするとドーラから視線を外した。
「国ごと消滅させようとするわけだヨ。異邦の連中にしてみれば天敵ダ」
地上に出してしまったら冗談じゃなくミイドリイクだけではなく
ササニーム地方一帯がこの人形だらけになるだろうネ」
ドーラは走りながら、淡々とした口調で重い現実を突きつける。
「ドーラ何かないのか?」
ヴァロはドーラに聞く。
「そんなの簡単サ。戻って蓋をすればいいだけだヨ。
おそらくあの門は機兵を外に出さないように造られたもののはずダ。
この場所はパオベイアの機兵を外に出さないように作られているんだヨ?
それを開いてしまったのならば、また閉じてしまえばいいだけサ」
ドーラの的確な指示に皆が納得する。
「おっし、それじゃあ戻るぞ」
クラントが声を上げた。
目的が決まったことで少しだけ雰囲気が明るくなった。
全く本当に頼りになる奴だよ。
城はどうにか出られたものの白い波がヴァロたちの直ぐ後ろまで迫ってきている。
もし囚われたのならば死体すら残るまい。
ヴァロたちは応戦するも、あまりの機兵の数に、徐々に陣形が崩れかけてきている。
「おい、ヴァロ、クラントやるぞ」
カリアはヴァロとクラントに声をかけた。
その顔はどこかいたずらをするときの少年のようだ。
ヴァロとクラントはカリアの意図を即座に読み取った。
「もちろんだ」
「当然」
下手をすれば死ぬかもしれないという極限状況の中で彼らは口元を緩めた。
三人はその場で反転して白い波と向き合う。
「何をするつもりだ」
エレナは何が驚いて声を上げる。
「やるぞ」
「おう」
ヴァロたちは剣を振りかぶる。
聖剣と魔剣、魔族の攻撃が入り乱れる衝撃波が白い波に向かっていく。
パオベイアの機兵はその衝撃波の前になすすべなく破壊される。
それは城の半分を破壊し、なおもその場に吹き荒れる。
まさに暴風そのもの。後には何も残らない。
「やはりこっちのほうが性に合ってるわ」
「だな」
「ああ」
三人はどこか晴れやかに笑う。
「まるで獣ダネ」
呆れたようにドーラ。
パオベイアの機兵は互いを捕食し合い回復し始めている。
すぐさま傷を回復させこちらに向かってくることだろう。
「エレナ、先に行け。ヌーヴァ、フィア殿を頼む。俺たちが連中の注意をひきつける」
「ヴァロ」
「必ず出入り口で落ち会う」
フィアの言葉にヴァロは大声で返す。
「殿は任せた。ここの出入り口で待っている」
エレナの言葉に三人は頷く。
ヴァロの聖剣が鳴動している。
それはまるでヴァロの行動を認めてくれているかのような気がした。
頼みの綱はこの剣と両脇に立っている魔軍の将軍、伝説の魔剣使い。
不安はないわけではない。相手は再生を繰り返し、異邦の王すらも恐れる伝説の怪物。
ただ、これだけの面子と肩を並べられることをヴァロは誇らしくすら思った。
多数のパオベイアの機兵が壊れた箇所を回復させ立ち上がっている。
黄色い目から放たれる黄色い光が一斉にこちらを向く。
「それじゃ、派手に暴れますかね」
三人は向かってくるパオベイアの機兵を見つめながら剣を握りなおした。




