4-2 忘れ去られたモノ
ヴァロたちは二班に分かれて地下の遺跡を探索することになった。
ヴァロたちの班はエレナ、ドーラ、カリアとヴァロを含めた四人だ。
ヴァロはドーラの監視を言いつけられていて、ドーラを連れて家々を調査することになった。
心なしかミイドリイクにどこか似ているような気がする。
「ドーラ、お前こっちな」
ドーラは言葉無く頷いた。
「失礼します」
ヴァロはそう言って家の中に入る。
人の気配がないとはいえ、他人の家に入るのは抵抗がある。
食器等に埃はないが、使われていたのは相当昔のようだ。
衣類はタンスに入っているもののぼろぼろで触れると跡形もなく崩れ去る。
かなりの時間が経過しているようだ。
かつては使われていたのだろうが、今使われているという生活音や生活臭が全く感じられない。
あらかたの家々を見回り終えた後、ヴァロはドーラを見かける。
ドーラはぼおっと考え込む様子で道端の脇に腰を下ろし街並を見ていた。
「何か見つかったか?」
「いいや、めぼしいものは何も見つからなかったヨ」
ドーラは気のない返事を返した。
ヴァロは一息つくとドーラの脇に座り込む。
「ドーラ、どのぐらい放置されてきたのだと思う?」
ヴァロの言葉にドーラの返答はない。
気になって振り向くと、ドーラは真剣に考え込むようなしぐさをしている。
「いや…まさかね…」
「ドーラ、どうした?」
ヴァロは気になってドーラに話しかけてみる。
この地下都市に入ってからというもの、ドーラは考え込むのが増えた気がする。
「…ああ、なんでもないヨ。どのぐらい放置されてきたのかっテ?
少なくとも百年以上は経過してるネ」
「そんな長い時間…」
「ヴァロ、この場合誰がというのはそれほど重要じゃないんダ。
問題なのはどうしてこの場所があるかなんだヨ」
「言っている意味がわからないんだが」
「もう少しなんだ…もう少しで答えが出そうな気がするんだヨ」
ドーラは何やら考えるような素振りを見せる。
ヴァロは建物の合間から覗く空を眺めた。
その空もどこにでもある空と変わらない。
ただし、人工のものであるという点を除けばだ。
ヴァロは背伸びすると再び調査を始めた。
カリアは一呼吸ついて遺跡を見渡していた。
数件の家に入ってみたが、人が生活していた痕跡はあれども
生活をしている痕跡が全く見当たらない。
「…奇妙な場所だ」
石でできた橋の上から川を見下ろす。
人影のようなものが視界に入り、カリアはその人影に視線を向ける。
よく見るとそれはエレナだった。
エレナは橋から川の脇に座り込んで何かをしていた。
カリアは興味を覚え、エレナのもとに向かう。
「エレナ殿どうした?」
エレナは川でフラスコですくい、それをしげしげと見つめていた。
フラスコの水は透明で濁りが全くない。
「きれいな水だな」
「…異様なほどにな」
エレナは不可解な表情でフラスコを見つめる。
「異様?」
「微生物すら全くいない。まるでこの遺跡が生物を拒絶しているかのようだ」
「拒絶?」
カリアの言葉にエレナの返答はない。
エレナは上流の方を眺める。
「…ここの施設は水を循環させてるんだろう」
「よくわかるな」
「ミイドリイクも似たような作りをしてるからな。凡その見当はつく。
ただし規模は小さいが、こちらの方が技術的に上だ」
エレナはミイドリイクの地下施設の管理もしている。
彼女ならばそれを見ることは造作もないことだろう。
「それはこことミイドリイクを作った人間が同じだってことか?」
「断定はできんが、おそらくそれに近い者たちが作ったのだろう」
エレナはそう言ってフラスコに蓋をして皮のバックにしまいこむ。
「それに生活していた痕跡は随所に見られるが、かなり昔のものだ」
調査を終えたのかエレナはその場から立ち上がった。
「一つ頼みがある」
「なんだ?」
視線だけをエレナはカリアに向ける。
「ミイドリイクの街を帰りに見学させてもらいたい。
できることならこの技術を連邦にも広めたい」
「好きにするといい。ミイドリイクには他国からその技術を学ぶために
大陸中の人間が集まってきている。
今更一人二人増えたところでどうということもない」
「…意外だ。拒絶されるかと思っていたよ」
「拒絶する理由がないからな。ただし、『狩人』の連中がミイドリイクに戻ってくるまでの間だ。
奴らは嗅覚が鋭いからな。下手にトラブルになっても困る」
そう言ってエレナはカリアを見る。
「…わかった。できるだけ衝突は回避しよう」
「他に何かあるか?」
「いいや、それじゃ引き続き調査を続行する」
カリアはエレナに背を向ける。
「警戒はしているが、立場は理解しているつもりだ。
お互い面倒なことに巻き込まれたものだな」
いきなりの声にカリアは少しきょとんとしたあと、少し柔らかい表情を見せる。
「…全くな」
二人は互いに少しだけ笑みを見え合った。
「…過去に捨てられた街?これだけの設備があるのにどうしてダ?」
ドーラは一人でぶつぶつ言いながらあちらこちら見て回っている
ヴァロは視界からドーラがいなくならないように視線は常にドーラに向けていた。
「何か見つかったか?」
エレナがいつの間にか隣に来ていた。
「なにも」
「どうやらお互い、目立った収穫はなさそうだな」
「カリアは?」
「屋根の上から街を見て回ってもらっている」
エレナは片手にバックを手にしている。かなり採取したらしい。
何も入ってないために、目立たなかった皮の袋がいっぱいになっている。
「それは?」
「地上に戻ったら調べてみるつもりのものだ」
それにしてもかなりの量である。
「フィア殿と喧嘩しているのなら早めに仲直りしておけ。
あの方は力はあるがまだ幼い。放置しておけば、今後の禍根にもなろう」
「…」
エレナが班分けをした。おそらくはそれを踏まえてヴァロとフィアを分けたのだろう。
フィアと喧嘩していることを見抜かれていたとは思わなかった。
「…仲間内で妙なしこりがあるは困る」
ヴァロは思い切って心に引っかかっていることを聞いてみることにした。
「俺からも、一ついいですか?」
「なんだ?」
「エレナさんもドーラともう少しうまくやってもらえませんか?」
ヴァロの一言にエレナは間をおいて答える。
「…あの男は別だ。得体が知れん。
そんなものを仲間としておくのは本来なら断るところだ」
エレナはきっぱりと断言する。
「ただの学者馬鹿じゃないですか?」
警戒し過ぎではないのかとヴァロは思う。
「そうみせているだけかもしれない。あの男は仮にも一度人類を滅ぼしかけた男だ。
もし奴がその気になれば再び人類の脅威になることもあるだろう」
それにヴァロは口をつぐんだ。
もしコーレスで復活を遂げたときに魔王の中身がウルヒさんでなく、ドーラのままだったとしたら。
本気でそして滅ぼそうとしてきたのなら、止められている気がしない。
「言い換えるなら奴の気まぐれで我々は生かされているともいえる。
加えて目的がはっきりしないという点では魔族の連中よりもたちが悪い。
フィア殿もラフェミナ様もどうして奴を信じるのかわからん」
エレナの言葉にヴァロは頷くしなかった。
「お前の聖剣は我々の切り札でもある。その時がきたら躊躇はするな」
そう言ってエレナはヴァロの肩をポンとたたき、その場を去る。
「…」
エレナの言っていることも一理ある。
「言いたかったのはそれだけだ」
ただし、ヴァロも今のドーラの姿を人類を終末へと導く魔王と結び付けられない。
もしそのときがきたのなら躊躇なく剣を振り下ろせるのか。
ヴァロは自身に問いかけた。




