3-3 扉
休息の時のカリアの告白の衝撃はあったが、その後の探査は淡々と続いている。
どこまで下りてきたきたのかわからない。
暗く、同じ景色がずっと続いている。
気が遠くなりそうな地下の中で、守護機兵とかいうのはひっきりなしに出現してくる。
カリア、もしくはクラントの手によって轟音とともに埃をまき散らしながら倒れていく。
「地上ではそろそろ夜になる頃合いだな。
今日の探査はここまでにしようと思うが?」
エレナの声に周囲の者たちはそれぞれに頷いた。
「あの機兵どもを片づけてからってのはどうだ?」
クラントが少し先の部屋を指で指した。
クラントの言う方向には数体の守護機兵が部屋にひしめき合っていた。
「ふむ、宿泊する広さは申し分ないな。横に避けるように倒せよ」
エレナはすでに二人の心配など微塵もなく片づけるように命じた。
エレナから許可が下りるとカリアとクラントは顔を見合わせる。
「おっし、カリア、どっちが倒せるか勝負だ」
「負けぬぞ」
まさに獲物を見つけた猟犬のように、二人は剣を抜いて守護機兵に斬りかかる。
すでに初めのころの緊張感はどこへやら。
同じ敵なのだから緊張感があるわけもないが。
複数いた守護機兵は二人の手によってあっという間に残骸に変わる。
「カリア、何体倒し…なんだこれは」
言いかけてクラントはこちらを振り向く。
「おーい、妙な扉見つけたぞ?」
クラントの周りにヴァロたちは駆けつける。
そこにあったのは分厚い金属の門。
何やら文字のようなものがそこには刻まれていた。
古代文字か何かだろう。エレナはドーラに声をかける。
エレナの声にドーラは背後から進み出る。
「…これは古代ミトス語だネ」
「古代ミトス語?」
「失われし古代文明の一つさ。数千年前に滅んだといわれてる。
ミイドリイクの遺跡のカタチから、ひょっとしたらと思っていたケド…」
ドーラはそれをまじまじと見つめる。
「…ここから先大いなる災いあり、何人もこの先に進むことなかれ。だとサ」
ドーラは難なくそれを解読してみせた。
「大いなる災い?」
エレナはドーラに聞き返す。
「僕にもよくわからないネ」
ドーラはそう言って首を横に振った。
扉は重い閂のようなもので堅く閉ざされている。
エレナが扉に向って手をかざす。
その手からは黒い霧のような魔力が扉に向けて放たれる。
だが、エレナの魔力では扉はピクリとも動かないようすだ。
「この扉、魔力を受け付けないのか?」
エレナはそう言って手を下した。
「本当カイ?」
ドーラは確かめるようにその扉に近寄る。
「カリア、ちょっと魔力で閂をはずしてもらえるカイ?」
「はい」
カリアは拒絶するでもなく、当然のようにドーラの言葉に従う。
ドーラのことは彼の中では尊敬するべき存在になっているようだ。
ヴァロはあれほど気位が高いカリアがドーラの言葉にあっさりと従うのに驚く。
カリアが手を振りかざすと、黒く濃密な魔力が扉に押し寄せる。
絶対的な魔力量が根本から違っている。そう思わせるほどの魔力の奔流。
エレナが放った魔力とは明らかに力の規模が違っている。
それは以前ヴァロが魔王と対峙した時を思い出させる。
ドーラとヌーヴァ以外は誰もが身をこわばらせた。
「本当に動かんな」
「魔力を通さないのは本当らしいネ」
ドーラとカリアはまるで当たり前のように扉を見ている。
「考えられる材質は…竜骨?それにしては大きすぎるカナ。
合金の類ではないし…。興味深いネ」
などとぶつぶつ独り言を言いながらドーラはナイフで扉の隅を削り取り、
どこからか取り出した小瓶に入れた。
「何してんだよ」
「採集」
ドーラはぬけぬけと言い放つ。
「私も」
好奇心を抑えられず、フィアも後に続こうとする。
「後にしろ」
フィアもそれを行おうとするも、エレナの一言に阻まれる。
既に探査という雰囲気ではない。
ヴァロはクラントとともに閂に手をかける。
「そっち持ったな、せーので上にあげるぞ」
「わかった」
閂を持ち上げるべく、二人は声をかけあう。
「このぐらい何ともなかろう」
クラントとヴァロが二人がかりででようやく動かせそうな閂を
カリアは両手でひょいと持ち上げる。
魔力を体内で力に換算する魔族ならではの芸当だ。
「便利だな」
ほぼ戦闘行為にしか使えない魔剣とは違い、魔力を力に変えられるのは応用がきくようだ。
「すげえな。ということはあんたらがその気になれば、
ミイドリイクの城門通らなくてもいいんじゃねえのか」
「フン、城壁ぐらい助走なしでも飛び越えられるわ」
カリアのその一言に周囲から驚きの声が上がる。
「アレを助走なしでかよ。すげえ」
城壁の高さは大の男六人分ぐらいはあるだろうか。
それをこの男は助走なしで飛び越えられるという。
「ひょっとして手紙を運んだのは…」
「私が運ばせてもらいました」
ヌーヴァは横で一礼する。
その告白にエレナは顔を引きつらせた。
「じ…自力でか」
「はい、城壁の上に見張りのようなものがおりましたが、特に気づかれるようすもなく」
そもそも彼らの見張っていたのはミイドリイクを包囲していた魔物なのだ、
いかに百戦錬磨の異端審問官『狩人』とはいえ、
敵が城壁を飛び越えてこようなどだれが予想しえようか。
さらに言うなら、結界が機能してないため、魔族の侵入は見過ごされていた点もある。
つまりヌーヴァがその気になれば、そのままエレナの首も取ってこられたということにもなるのだ。
もし敵だとしたらかなり面倒なことになりそうだ、
「対策を見直さなくてはならんかもな…」
そういうエレナは深刻そうにぶつぶつと何か独り言を言っている。
「さあ、エレナどうするのサ?進むカ、とどまるカ」
ドーラは選択をエレナに求める。
「もちろん進むに決まっている」
ふとドーラが読んだ文字が目に入る。
大いなる災い、もしそんなものが存在するとして、
本当に開けてしまってもよいのだろうか。
疑問を持つもここで何か言っても結果は見えている。
ヴァロは扉に力を込めた。
「あれ…動かないぞ」
ヴァロとクラントが二人で体当たりをするも微動だにしない。
「閂と同じ素材らしいな。魔力が通らない」
エレナは触ってそれを
「カリア、またお願いできるカイ?」
カリアは黙って進み出ると扉に手を当て力を入れると
ゆっくりと扉が動き出す。
「光が」
扉の隙間から光があふれ、暗い地下を満たしていく。
誰もが扉からあふれ出る光に目をくらませた。
そして、禁忌の門が開いたのだ。




