3-2 休息
魔剣ラルブリーアの一撃が守護機兵に刻み込まれる。
クラントの持つ四本の魔剣の一本であり、一千の魔物を討伐した英雄イリアスが
所持していたとされる魔剣である。
その一振りは暴風とともに守護機兵に襲い掛かる。
ヌーヴァのように断ち切るような鋭さはないものの、守護機兵の体に大きな爪痕を残す。
彼の前では守護機兵が音を立てて崩れ落ちた。
「うっし、これで六体目」
クラントはガッツポーズをしてみせる。
「そもそも貴様は初手が甘いのだ。きちんと初撃で四肢を奪っておけば終わりだろう」
「俺はどっかの誰かさんみたく、力任せじゃねえんだよ」
守護機兵をカリアとクラントは交代で倒していた。
二人とも競うように守護機兵を狩っている。
隠し部屋以降、守護機兵が定期的に現れるになった。
中にはいきなり側面から攻撃してくる守護機兵もある。
ただ、ヴァロたちにとってはすでに脅威ではない。
事実クラントとカリアの目には守護機兵などただの獲物としか映っていないようだ。
二人からは緊張感をまるで感じない。むしろ楽しんでいるようにも見える。
エレナは倒せればいいという考えのようで、二人を止めようともしない。
ちなみにヴァロも参加したいと言ったら、生き埋めになりたくないと全力で拒否られた。
それにしても奇妙なことになったものだと思う。
お尋ね者の魔剣使い、魔女、魔族、加えて魔王が遺跡を合同で遺跡を調査することになったのだ。
非公式とはいえ、有史以来始まって以来の出来事ではなかろうか。
「ヴァロ、お前はどちらのほうがいい?」
クラント、カリアは第三者であるヴァロに優劣を聞いてくる。
両者とも目が本気だ。どちらかを取れば片方から非難を受けかねない状況だ。
ヴァロは一息ついてからその言葉を捻りだす。
「…ヌーヴァさん」
これにはふたりも声を言葉を詰まらせた。
何となく二人の扱い方がわかってきた気がする。
「カリア、ほどほどにしておきませんと」
ヌーヴァが横からカリアを諌める。
「このぐらいいいだろう。部下の目がない時ぐらい好きにさせろ」
部下を地上に置いてきたのはそういう意味もあったらしい。
エレナの弟子のサングがエレナの脇で何か耳打ちする。
エレナはそれに頷き声を張り上げる。
「時間か。そろそろ休憩をとるぞ」
休憩は初めの休憩を含め、これで四回目になる。
サングという魔女は時間の管理などをやっているらしい。
ヴァロたちが話しかけてもなかなか返事をかえしてくれない。
「もう休憩カイ?」
眠そうな声でドーラ。
守護機兵というおもちゃを取り上げられてしまって退屈なのだろう。
それでも遅れることなく最後尾についてきている。
エレナも隠し部屋の一件以来、ドーラに関しては何も言わなくなった。
ヴァロはフィアからパンと干し肉と水を受け取る。
「ああ、ありがとう」
ヴァロが礼を言うと、フィアはヴァロから顔をそらした。
どうやらまだ朝の一件を引きずっているらしい。
朝からずっと気まずいままだ。
ヴァロは居心地が悪くなって、クラントとカリアと一緒に食事をすることにした。
こういうのはフゲンガルデンを出てきてから久しぶりだ。
いつもはフィアと一緒に食事をしてきた気がする。
「にしても見事な剣術だ。流派はなんだ?」
カリアがそう言うのもわかる。
クラントの剣技は無駄がなく、一撃一撃が繊細かつ的確なのだ。
剣士としての練度はヴァロよりも上だろう。
ルーラルの黒剣士という異名まで持ち、あまたの刺客から生き延びてきたのである。
「基本はガキの頃にしこまれたが、ほとんど独学だ。師はいねえよ」
「独学で…」
カリアとヴァロは驚きの声を上げる。
「…まあ、あえて師がいるとするならこの剣か」
クラントは自身の持つ剣を指す。
魔剣はもともと人間が生贄となり作られたものだと聞いている。
そして、管理者と呼ばれる一人がその魔剣を管理しているのだという。
かつての第二次魔王戦争からその蓄積された経験は四百年あまりにわたる。
「うちの剣達はうるさくてね、芯を外そうものなら説教もんだぜ」
「…ふむ。魔剣か。私も一本契約してみたいものだな」
カリアはクラントの剣を見る。
「そりゃ無理だ。魔剣は魔力を持ったものとは契約できないらしいぜ」
第二次魔王戦争時に造られた魔剣は魔力を持つものと契約でき無ように作られているらしい。
それは万が一敵の手に奪われた際を考えてのことらしい。
「それに魔力を使えるあんたらが魔剣を使うなんざ、魚が地面を歩くようなもんだ。
あんたらの魔力の方が俺たちにはよっぽど羨ましいぜ」
「フムそうか。それは残念だ」
カリアは残念そうにつぶやいた。
「ヴァロ、一つ聞きたい」
改めてカリアはヴァロに向きあう。
「なんだ?聖剣の話か?」
「…フィア殿はその、付き合っている方とかはおられるのか?」
カリアは言葉を慎重に選ぶように話す。
ヴァロは口に含んだパンを危うく吐き出しそうになった。
「カリア、まさかお前…」
「良いとは思っておる」
いきなりの告白にヴァロとクラントは顔を見合わせる。
ヴァロはフィアを眺め見た。
エレナと何か話している様子だ。
「おそらくいないんじゃないか?」
ヴァロは一緒にいるが、そんな浮いた話は聞いたことがない。
というかそんな相手を知らない。
結婚の申し込みを受けていたという目撃談は兄貴から聞いているが…。
「気立てもよく、容姿もよく、若いながら気品も感じられる。彼女には凡そ欠点がないようにも見える」
カリアはまるで騎士があこがれの姫を見るようなまなざしである。
「幾らなんでも、それはほめ過ぎだ」
「それじゃヴァロ、フィアちゃんはお前から見てどうよ」
「…どうって言われてもなぁ」
クラントの言葉にヴァロは首をひねる。
「何か欠点とかはないのかよ。たとえば料理がまずいとかさ」
「フィアは普通に料理だってできるぞ。しかもかなりの腕前だ」
ヴァロの言葉にクラントは苦笑いをする。
「かなりの魔法使いで、美人で役職もちで、しかも料理上手かよ。
…本当に一個も欠点とかないのか」
クラントに言われて、ヴァロは今更気づく。
考えてみればフィアに欠点らしきものがない。
家事をそつなくこなし、その上仕事まで持っている。
彼女の魔法の師であるヴィヴィの身の回りの世話を完璧に行っている。
魔法の腕も相当なものだし、実際、趣味のお菓子作りはそこら辺の店よりもうまい。
挙げるのならば少し甘えん坊なところだが、ヴァロ以外にその顔は見せていない。
「…な、ないな」
ヴァロは考えた末にその言葉を捻りだす。
「…なんだその完璧超人。エレナといい、ラフェミナといい、名のある魔女ってのはみんなそうなのか?」
「いや、そうでもないぞ?…フィアの師匠はそこまで完璧でもない…」
フィアの師であるヴィヴィには良くも悪くも魔法にかかりっきりのイメージがある。
衣食住はフィアにすべてまかせっきりだし、
良くも悪くも魔法のことになると生活すべてを犠牲にできる奴だ。
「むしろだらしないぞ?」
「クックック…そりゃ一度見てみてえな。いけね、捕まっちまうか」
おかしそうにクラントは話す。
「…そうだな、一度訪ねてみたいものだ」
どこかカリアは遠いまなざしで笑う。
「そろそろ進むぞ」
エレナのその言葉に皆がそれぞれが立ち上がり始める。
ヴァロたちも手元にある残りの干し肉とパンを急いで胃袋に入れ、立ち上がった。




