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短編・ショートショート

廃墟の魔女

作者: 葦沢かもめ

 三日月が空高く浮かぶ深夜、灯りのない町外れの廃墟に、松明を持ったイアンの姿があった。イアンはたった一人で、朧気な灯りを頼りに、廃墟の奥へと慎重に歩みを進めている。

 イアンは最近、夜に外出する機会が増えるようになった。それに、もう歳は二十を過ぎたというのに、イアンは定職に就く気配がなかった。町の人々がイアンに尋ねると、いつも前に聞いたのとは別の仕事を答える具合だった。朝は元気よく挨拶をするし、祭りの時などは率先して皆を引っ張るから、イアンを知る人々は余計に彼を心配していた。

 だが実際、町の人々の心配は杞憂なのである。

 その杞憂を明かす前に、町の人々の心配をもう一つ。最近、町の役人やら金貸しの家から金目の物が盗まれるという事件が続いていた。人々の間では、怪盗は悪事を働いて私腹を肥やしている奴らを襲っているのではないかと噂になっていたが、その真偽の程はいまだ明らかになっていない。

 この二つの事実を並べてみれば、イアンが怪盗であり、職を転々としながら情報収集をして、悪人を懲らしめようとしているのだと推測できそうなものだが、何故か誰もそのことには気付かないのであった。

 さて、イアンは今日の昼頃、町の憲兵の駐在所の近くでカボチャの露天商をしていた時、憲兵たちが慌ただしくしているのに気付いた。その会話を盗み聞きしてみると、それは奇妙な話であった。なんでも町外れの廃墟に、最近になって魔女が棲みついたのだという。もしかしたら町が襲われるかもしれぬと、憲兵たちはあちこちに走り回っていた。緊急事態に慣れていないのである。この町は、怪盗騒ぎを除けば、これまで至って平和であったから、仕方がないのかもしれない。

 それを見たイアンは心の中で思った。

「魔女だかなんだか知らないが、俺が退治してみせようじゃないか」

 思い立つやいなや、イアンは魔女退治の準備をしに、自宅へと急ぎ帰っていった。

 準備といっても、大したことはない。愛用のナイフを装備したくらいである。イアンは、怪盗向きの身軽さをもっているが、武芸に秀でている訳ではなかった。それでもイアンは、勝算はあると踏んでいた。それは、かつて祖母から聞いた「魔女には塩が効く」という話が根拠である。イアンは塩を革袋に詰めて持っていくことにした。

 かくして廃墟を訪れたイアンは、探索するうちにどこかからすすり泣きが聞こえてくるのに気付いた。その方角へと進んでいくと、屋根の壊れた一角に、幽かな月明かりを浴びながら、黒服の女が埃塗れの椅子に腰掛けていた。腰ほどまである金髪で顔は隠れ、素性は分からない。イアンは身構えながら、果敢に声を上げた。

「おい、お前が魔女か?」

 すると彼女は顔を上げた。雪の結晶のように冷たく澄んだ瞳がイアンを捉えた。

「そうだ。私は魔女だ。近付いてはいけない」

「そうはいくかい。俺はお前を退治しに来たのだ。覚悟しろ!」

 イアンが颯爽と駆け出したのも束の間、イアン目がけて床から蛇が飛び出してきた。間一髪でそれを避けたイアンだったが、次の瞬間には蛇は床の中に消えていってしまった。それは明らかに潜ったのではなかった。

「何だこれは!?」

「呪いだよ。呪いをかけられたのさ。もう私には誰も近付くことができない呪いだ」

 そして魔女は、胸に刺さった短剣を示した。

「これが刺さっている限り、私に近付いたものは蛇の餌食となるだろう」

「ふむ、それはどうだろうか」

 イアンは見切りをつけると、飛び石を飛ぶように素早く魔女へと近づいて行った。どこからともなく蛇が出現するが、イアンには掠りもしない。それはまるで花畑を蝶が舞うようであった。

 魔女がそれに見惚れているうちに、イアンは魔女の元へとたどり着き、素早く短剣を抜いてやった。蛇は立ちどころに消えていなくなった。

「どうして……私を退治しに来たのでしょう?」

 訝しがる魔女に、イアンは笑って答える。

「『近付くな』というあの一言だけで、少なくとも君は悪い魔女ではないと分かったからさ」

 以来、変わったことが二つある。一つは、イアンが定職に就いて夜遊びをやめたこと。もう一つは、怪盗がいなくなったこと。それに町の人々の間では、憲兵が廃墟を調べたが魔女がいなかったことも噂になっていた。

 だがしかし、イアンが自室に彼女を匿っていることは、二人だけの秘密である。

2016/09/09 初稿


◆この小説は、以下のお題を元に書きました。

葦沢かもめさんへのお題:迷信深い人でやんちゃで社交的な怪盗が、魔女を退治するために廃墟を訪れる小説を書いて下さい。

https://shindanmaker.com/660054

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