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アマオト  作者: 真田玲
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はじまりの日

 頭上より響く、目覚まし時計の背景音響と共に目を開く。

いつもと違う天井。少しずつ違う部屋。まるで異世界に来たかのようである。

窓を開け、その風景を見る。目の前に流れる川。人々がゆっくりと移動している。全く見覚えのない場所。


……あっ、そうだ。転校したんだ。




◇◆◇◆◇




「今日の用意」をして、制服に着替える。前の高校のものとは違い、なんとも格好いい、と自画自賛してみたり。これが「ウチ」の日常になるのだ。そう思うと、親の転勤には感謝したい。用意した鞄を持って、俺の通うことになった学校へ向かった。とはいうものの家から徒歩でも数分ともかからない場所に位置しているので、朝から「遅刻だ!」とか「迷子になる」とかは、そういった転校生あるあるは無さそうだ。


 ちなみに、この転校の原因を作りだした研究所勤めの両親は、今日から所長・副所長として上から命じられたらしく、「今日は帰って来ないかも!!」という捨て台詞を残し、瞬く間に車で出て行ったしまった。



 職員室に到着すると「よろしくね~」と雑な挨拶だけを交わし、先生に連れられる形でそのまま教室へ向かった。ついていかないととにかく迷子になる気がするほど複雑な移動を経て、やっと到着したこの教室が、俺の今日からの学舎になる。


 先生のあとに続いて入っていくと、すでに席に着いていたクラスメイト達の好奇の視線が俺に突き刺さった。初めての転校の時はつらかったそれにも、もう慣れてしまった。


「はい。ということで!転校生の門村くんです。」

「門村 祐介です。宜しくお願いします。」


 相変わらずの雑な紹介に呼応して、やや「形式的」な自己紹介を済ませると、先生は一番後ろの空席を指し、「じゃあ、そこで」とだけいうと、HRを終えてしまった。そして、何に急かされているのか、そのまま続けて授業を始めてしまった。黒板脇の時間割によれば1時間目の英語。担当教員はどうやら担任らしい。


 だが、俺もこのクラスの初めの数分くらいは、周りとのコミュニケーションはしっかりさせてもらいたかったので、僅かに抵抗することにした。こういうのは初めが肝心ということはこれまでの転校経験でよく分かっていたから。その抵抗とは、隣にいる人と軽く挨拶をお話しをすること。


「初めまして。」

「……あぁ。」


 俺の「最初」はとにかく冷たかった。話す相手を間違えたような気もしたが一応、転校生相手なんだから「宜しくね!」とか、そんなことを言うのが普通じゃないのか?とも、思ったので、少し粘る。


「え、えっと、僕。」

「……門村くん、だろ?先ほど聞いたが。」

「あ、えっと……。」

「私か。私は水原 玲だ。」

「よ、よろしく。」

「あぁ。」


 今まで幾度となく転校してきたが、これほどまで会話が続かないのは初めてだ。少しだけハスキーな声と独特な話し方も相まって、話しかけるなといわんばかりの威圧感を形成していた。でも、いまいちリズムはつかみにくいだけで、悪い人でもなさそうな気がした。これはあくまで俺の勘でしかないのだが。


「……ところで、教科書とか見せてもらえないかな?」

「ないのか。気遣いが出来ず申し訳ない……どうぞ。」


 やっぱり、悪い人じゃなさそう。鞄にガサゴソと手を突っ込むと、スッと英語の教科書を取り出し、そのまま差し出してきた。受け取るとほとんど使っていないのではないか、というほど綺麗な教科書だった。本屋で買った時にたまに入っている「売上カード」が隙間から顔を覗かせているあたり、冗談じゃなく使ってないのかもしれないと察した。


「ありがとう。」


 受け取ろうとした時だった。「あっ。」という水原さんの少し驚いたような声とほぼ同時に、何やら柔らかくて少し冷たいものに触れた。


「ごめん、水原さん。」

「き、気にするな。」


 そういうと、彼女はそのままの表情で頬だけを赤らめた。そのまま、何事もなかったかのように先ほどと変わらないトーンで言う。


「それより、あの先生は書くのが速いぞ。」

「あっ、そうなんだ!ありがとう。」


 言い切ったとき、水原さんはすでにノートを準備して黒板を写し始めていた。横目でみると、何とも美しい字でかつ見事にまとめられていた。しばしうっとりしていると、こちらを少し見て「後で損するぞ。早く書いておけ」とだけ言われたので必死で黒板を追いかけた。


 彼女の忠告から数秒経たないうちに、静かな教室に木霊していたチョークの軽快な音は止まった。すでに大きな黒板を使い切っており、開始10分の分量とは思えないほどの文章が丁寧に色チョークを使いながら書かれていた。やりきったようにふぅ~と息を吐くと、先生はゆっくりとふり返りこちらの方を見た。


「それでは、水原。読んでくれ。」

「Being like other people is just……」


 すらすらと読まれていく英文は、発音も良くなめらかだった。親が家によくイギリス人の同僚を招待していたので英語は聞き慣れていたが、それを彷彿とさせるほど聞き取りやすく、とにかく「綺麗」な英語だった。だが、その表情は相変わらず「無」のまま。窓から入ってくる涼風がその黒髪をなびかせて、彼女のもつ、その美しさを引き立てていた。


 彼女の奏でる英語を堪能していると、先生が元気よくぶち壊す。

 

「はい、ありがとう!」


 何事もなかったかのようにゆっくりと腰を下ろした水原さん。なんだかかっこいいなぁ。


「水原さんって、帰国子女とかなの?」

「ちょっとだけアメリカに住んでたくらいだ。」


 正直もっと追求したいところではあったが先生の「じゃあ、この辺消すぞ~」と言ってからの消す領域の広さに驚き、ノートを書くことに集中せざるを得なくなった。



「よしじゃあ、今日はここまで。」


 それから必死で写し、振り返る度に突然誰かがさされていく恐怖。気がつけば、集中力を全く切らせない50分だった。


「さて、次の段落の訳を……そうだな、せっかくだから明日、門村君にやってもらおう。」

「えっ。」

「じゃあ、日直、号令!」


 とんだ置き土産を残して、先生は去っていった。




「ど、どうしよう!あんまり英語得意じゃないんだよ……できれば、教えてくれないかな。」


 と、先ほどまで完璧な英語を使いこなしていた水原さんに助けを請うた。よくイギリス人は来ていたが、いつも身振り手振りと知ってる単語……酷い時は日本語の単語をなんとなくそれっぽく言ったりしてなんとか会話を成立させていたので、こういうまともに知識を問われるのは苦手なのだ。

 雑な挨拶からの急な授業スタートで他に話せた相手がいなかったということもあるが、あれだけの英語力を持っている彼女が今の俺にとっての唯一にして大きな「希望」だったのだ。横に座っていたその「希望」は、少し悩んでから小さい声で頷いた。


「……まぁ、しょうがない。」

「えっ?!いいの?」

「これもきっと何かの縁というやつだ。」

「じゃ、じゃあ宜しくお願いします!」


「あぁ、じゃあ放課後に。」


 というと、彼女はプールバックを持って教室を出て行った。



◇◆◇◆◇



 やっと話せた周りの男子に教えて貰いながら、更衣室まで向かった。とはいえ、急な転校だった上に今日は初日。時間割すらしらない俺が水着を準備できているわけもなく、更衣室には来たものの、やることはクラスメイトの男子の着替えが終わるのを待つのみだった。


「こっちだよ、門村君」


 と、次に行くところに案内してくれているのは、三村くんという優しそうな子だった。なんというか、笑顔が人を和ませてくれる、そんな人だ。彼と、更衣室から続く階段を上りプールへ向かった。室内プールというのもなかなか珍しい。


「ちなみに男子は5~8コースを泳ぐんだ。で、1~4コースは女子の為のコース。間違ってもそっちに入っちゃダメだぞ~。」

「ありがとう、三村くん。」

「いえいえ~。」


 三村君がそれ以外のプール関連設備について案内と説明をしてくれたころ、女子更衣室か続いていると思われる扉から水原さんが一人で出てきた。すると、先ほどまで一緒にいた三村君とその友人達が突如として表情を変え、小声でいう。


「相変わらず、水原はスタイルがいいよな~。」

「あれで、もう少し社交的だった最高なんだけどな。」

「おまえら、さすがに抑えろよ。」


 さすがにこの会話には若干ひいたが、言われてみれば彼女のスタイルは良く、長い髪がその美しさを引き立てている。加えて、プールの水面に足をぴちゃぴちゃさせて遊んでいるのは、何とも無邪気だった。


 ただ、少し不思議なのは、無表情のまま独りで居ることだ。周りに他の女子が来ても、その様子が変わることはなかった。



 鐘が鳴り、ようやく男子がぞろぞろとそろい、準備体操を始めた頃、女子はすでに体操も終え、タイム測定が始まっていた。そのトップバッターとなる4人が飛び込み台に並んだ。その第1コースには水原さん。笛の合図と共に始まった。


「おお!水泳部対決だ!」

「誰が2位なんだろう?」


 なんで2位の話しをしてるんだろうと、笛が吹かれて数秒間は思った。だが、初めのキックを終えてあがってきた段階で頭一つ差が出来たところでその意味を理解した……って、あれ水原さん!?あとの3コースをみると、まだまだ追いつく気配は無く、もはや2位決定戦をしていた。再び、1コースに目をやると、すでに勝負は見えていた。彼女の圧勝だ。


 だが、その凄さとは裏腹に、いや、当然という方が正しいのかも知れないが、彼女の表情は、全くと言っていいほど変わっていなかった。


「門村くん、見た?」

「お、おう。」

「やっぱりエースは違うよな~。」


 一緒に泳いでいた他の水泳部の女子達は、ほとんどタッチの差で2位を争い、勝った者は喜び、負けた者はぶつぶつと反省していた。


 しかし、早いなぁ。と独りで先ほどの光景をふり返っていると、何かが背中を叩いた。


「……どうした?」

「わぁ!」


 いつの間にか自分の背後に回っていた彼女。ふり返ったその瞬間、目が合う。きょとんとしながら、初めて俺に見せてくれた表情は「疑問」という顔だった。その表情に見とれて返事が遅れてしまった。


「えっと……」

「なんで吃驚してるんだ?」

「いや、そりゃあ……」

「……私が、速かったからか?」

「……う、うん。まぁそんなところ」

「そうか。……まぁ、今日のは大したことでもない。」


 「いやいや、十分凄いよ!」みたいな事を突っ込みたいところだったが、彼女はあっという間にもと居た位置に帰っていったので、それは叶わなかった。もっとも、速かったことももちろんだが、いつの間に俺の背後にいたことや、座っていた俺の目の前に立ったせいで目線に困ったとか、そういった複合的な要因があったのだが。何はともあれ、やっぱり不思議な子だ。


 しかし、何度思い返してみても速かったし、何より綺麗だった。俺も少し水泳をやっていたが、あれほど綺麗に且つ速く泳げる彼女のセンスは凄まじい。



 さて、男子が測定をしている間、見学者である俺はとてつもなくヒマだった。空いているコースで足だけつけて遊ぶというわけにも行かないし、当然制服のまま泳ぐわけにも行かない。出来ることは、今日からクラスメイトとなった人達の泳ぎをぼんやりと見つめることだけだった。


 だが、せっかく見るなら、泳ぎが綺麗でうまい人が良い。結果的に、群を抜いて華麗な水原さんの泳ぎをひたすら見続けていた。水泳経験者としてはあぁいうのも参考にしたいし……その、一応俺も男なので、さっきの一瞬のやりとりがフラッシュバックしてしまったからということも否定できない。


 時は瞬く間に流れ、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。


「じゃあ、三村君。先に戻ってるね。」

「そうか。じゃあ、また後でね、門村くん。」


 

 着替えがない分、教室に早めに戻ることにしたのはいいが、やたらと広いこの学校は転校したばかりの俺に取っては当に巨大な迷路でしかない。恐ろしいことに幾度となく同じ道を通っていた。分かりやすく言おう。迷子になったのだ。


「さっきはここを右に曲がったから、今度は左に行ってみるか。」


と、そこには教室4部屋相当の広さを誇るであろう大きな図書室を見つけた。そして、奥の扉から誰かが入っていくのが見えた。


「すみません!ちょっとお尋ねしたいんですけど……。」

「構わないが……ん?どうした?こんな所に来て。」


 両手で本を三冊ほど抱えていたのは、先ほどまで華麗な泳ぎを披露してくれた水原さんだった。アイツのコメントやさっきの授業での見学のせいで、彼女を妙に意識してしまい、どこに目線をやったら良いか少し戸惑ったが、とりあえず視線は彼女の目にロックした。


 で、一緒にいるのは……。


「門村君だ~。どないしたん?あっ、しまった……。どうしたの?」

「えっと……どちら様でしたっけ?」


「えぇ~ウチをしらんの?藤垣や。藤垣綾子!じぶんと同じクラス!」

「そっか。宜しくね。」

「よろしく~。」

「と、ところでさ、うちのきょう」

「察するに迷子だったんやろ!」

「この学校は大きいからな。」

「そ、そうなんだよ。だから、一緒」

「一緒に行こうか!ウチらが案内してあげる!」

「う、うん。」


 口を挟む暇も与えてくれない。マシンガンで次々と話をつなげていく藤垣さんと、その合間にしゃべる水原さん。そのテンポはもはや餅つきだ。良い意味でバランスが取れている二人をみて、世の中上手く出来ているなぁ、と感心しながら後ろからついて行く。


「ところで、水原さん達はなんであそこにいたの?」

「彼女の忘れ物回収と、図書室の本を返しに行っていた。」


「そっか。」



◇◆◇◆◇



 案内されてようやく自分の教室に辿り付いた時、丁度、授業が始まるところだった。時間割を見ると、次の二時間は怒濤の数学パレードだ。苦手であるこの科目が二時間も続くと思うと、残念きわまりない。しかもよりによって、抜き打ちテストの日であったらしいから、もはや「泣きっ面に蜂」というやつだ。


「用意、始め。」


 という先生の声と共に、厳粛な空気をかもだしたクラスが恐ろしい。一斉にシャープペンシルや鉛筆の音がカタカタと鳴り響く。こちらとしては用意も出来てないし、「始め」と勝手に言われても困る。だが、途中でその音は減っていき、あっという間に無くなった。大体の生徒が分からない問題にそれぞれ差し掛かったからだ。その間に何とか追いついたが、ご多分に漏れずあるところから進めなくなってしまった。


 隣の席で、黙々と問題をこなしていく水原玲の存在はこの空気の中ではもはや恐ろしくさえ思うほど、焦りを感じた。教室の中で唯一止まることなく淡々と鳴り響く鉛筆の音。大問4つの内、俺がようやく3つ目に差し掛かった頃、彼女は既に顔を机に伏して寝ていた。


 3時間目の終わりのチャイムが鳴り、緊張が解けていく。教室を出て行ったり、隣の人と話したり、寝たりとそれぞれが行動する中、俺の隣は微動だにしないまま、爆睡状態だった。そして、そのまま4時間目へ。答え合わせと解説を当てられた生徒が黒板に書いて行うらしい。


 その間に配られたぺらぺらのわら半紙に、気まぐれな途中式が並び、「いやいや底が知りたいんだけど」というところが無いまま正答が書かれていた。自己採点をしてみたが、個人的な印象としては苦手な割にはそこそこ出来ていたと思う。とはいっても自分で採点してるので、正直大分あまいとは思うが。

ただ、最後の問題に関しては、完全な応用問題で、もはや問題文の意味さえもよく分からなかった。そして、この意見は間違いなくこのクラス全体の意見でもあっただろう。未だ当てられていないこの問題が誰に当たるのか。恐らくクラス全員が恐怖していただろう。未だに隣で寝ている、水原玲ただ一人を除いては。


「では、最後の問題は……水原。黒板に書いてくれ。」


「……。」


「えっと、悪いが門村。起こしてくれ。」


 俺は彼女を揺らす。すると、今日のここまででは、考えられないほど可愛らしい寝顔を見せながら、こちらを向き、小さく口を開けた。


「…………ふぇ、何?」

「え、えっと、先生が最後の問題をやってほしいみたいだよ。」


「なるほど、分かった。」


 なんだ、あれ。ずるすぎないか?と、自身に問うほど、彼女の寝起きは反則だった。口調と言い、表情と言い。黙々と黒板に解答していく水原さんの背中に暫し見とれていた。


 彼女が解説を丁度終えた時、鐘が鳴った。


「では、ここまで。」


 先生の言葉を聞いて各々が自由に動き回り始めた。彼女も席に戻り、グイッと背伸びをすると、口に手を当てて小さく欠伸。


「さて、昼食だな。」


 とだけいうと、一人教室を出て行った。後ろの方から、「おい、水原、おいてかんといて!!」と言ってダッシュで追い掛ける藤垣さんをみて何だか安心する。


「なぁ、門村君。ご飯食べようぜ?」


そういって、プールの時に案内してくれた三村君とその仲間達が集ってきて、机を四角形のグループ型にする。


「改めて、初めまして。僕は三村勇太。こっちが石川で、こいつが大沢」

「あ、えっと、三人とも初めまして。俺は……。」


 と自己紹介をしようとすると、大沢という子が反応する。


「門村君、だよね?よろしく。」

「よろしく、大沢君」


「大沢でいいよ。」

「じゃあ、よろしく、大沢。」


そのまま、石川君が続く。


「転校生か……あこがれるなぁ。」

「何で?」

「なんかありそうじゃん。毎日が新鮮な感じって言うかさ。あぁ~きっと俺たちはモブキャラなんだろうな。」

「なんのゲームの話してんだよ。」


 とりあえずツッコんでみたりしたが、突然囲まれて何が何だか分からないオレにとっては、空を掴むような展開だった。でも、それがまた心地良い。彼らとならうまくやっていける気がしたから。転校するのはいつもつらいけど、こうして友達になってくれる人はちゃんといて……。毎度ながらこの「嬉しい」という感情を再確認する。



「ところで……」


 改まったような雰囲気で大沢くんがいう。


「水原とは、幼馴染みか何かなの?」

「えっ、なんで?たぶん初対面だよ。」


「そうか、そうなんだ。……凄いなぁ。」

「何が?」


追って、石川が補足説明をする。


「普段は、彼女は藤垣がいないと大概一人で、不思議な雰囲気を醸し出しているんだ。無口で無表情。でも、間違いなく学年では群を抜いて可愛い。」


「大概の男子は一度はコンタクトを試みてるんだけど、会話にならないというか、いつの間にか終わってるというか……まぁ、とにかく、上手くいかないんだ。それなのに門村君は彼女と難なく会話を成立させている。クラスでも、門村は何かコツを知ってるはずだって話題になってんだよね。」

「なるほどね。」


 そう言われてみれば、確かにクールで気むずかしい感じがしないこともない。でも、それを感じたの初めて彼女と会話したあのときだけで、基本的には話しやすい気がする。なんというか、優しさのようなものを感じるし。いや、ああいうのは温かさというのかな……。


 そんなことをぶつぶつと考えている間に、三村達は弁当を食べ終えていた。


「よし。じゃあ、部活の昼練にでも行くか。」

「よっしゃ、行こう!」

「あっ、待ってよ大沢、石川!えっと、それじゃ、門村君。また後で!」


そういうと、三人は走って出て行った。俺もどこかに行ってみることにしよう。確か、次の時間は、『化学』か。そうだな、少し早いけど実験室と準備室に行ってみよう。



◇◆◇◆◇



午前中に迷子になった後、あの二人に連れて行かれている間に、周りをしっかりと観察していたお陰か、化学実験室・準備室の場所はすでに把握していた。



「失礼します。」


化学準備室に入ると、先生が一人座っていた。白衣を着て、それらしい格好をしている辺り、疑う余地も残してはない。


「あっ。あなたが噂の転校生ね。」


いつ、どこで噂になったのか知りたかったがあえて言及することはせず、挨拶をする。


「そうねぇ。折角だし、なにか実験でもしていく?」

「いいんですか?」


「もちろんよ。ただ、先客が一人いるから、あの子と一緒にやってね。」


といって、奥で通じている実験室へ。近づくにつれて試験管の音がする。


「ん~?どうしたの~、先生……」

「み、水原?」


「わわ……。な、なんだ、門村か。」


その先客とは水原のことだった。だが、驚くべきは先客が誰であるかではなく、間違いなく先ほどの慌てようだろう。


どうやら、それが恥ずかしかったらしく、頬を少し赤く染めながら、試験管を洗ったりする彼女が何とも可愛らしい。昼食の彼らとの会話のこともあってか、どうも無意識のうちに、彼女を意識してしまっている自分が居る。それもなんだか、恥ずかしい。


必要最小限の言葉だけで構成される会話。それでも、実験としては十二分の成果を得られていた。そして、ガスバーナーでの最終工程。


「熱っ!」


彼女の声が、冷静でありながら強く反応する。


「だ、大丈夫?」

「これくらい、大丈夫だ。続けよう。」

「ダメだよ、ちゃんと冷やさないと。」


少し強引に手を流し台まで引っ張って、冷水で冷やす。


「火傷したんだから、最低限の処置はしないと。気をつけてね。」

「……あ、ああ。」


と、いいながら、周りの道具をまとめ始めた。時折、時計をみているあたり、急いでいるようなので、手伝う。彼女は、冷静になって、


「もうすぐ授業だ。今日の授業は教室で行うらしい。早めに教室に戻るぞ。」


とだけいうと、スタスタと去っていった。実験室の後ろの方で俺達の実験の監督をしてくださっていた先ほどの先生は、いつの間にか白衣から私服に姿を変えて、帰る準備をしていた。


「あれ?ウチのクラスの担当は先生じゃないんですか?」

「違うわよ。アタシはあなたのクラスは教えられないの。」

「……と、言いますと?」


何を言っているのか、さっぱりだ。


「自己紹介がまだだったわね。私は……。」


と、言いかけたときだった。下級生と見られる生徒達がかけよってくる。質問をしに来たようだ。どうやら、先生は人気らしく、瞬く間に周りを囲んで連れて行かれた。


「ごめんなさいね、門村くん。また今度~。」


 そのまま塊となって去っていった。その中で、するするとすり抜けて先生が逃げ出した。


「待ってくださいよ、水原先生!」



水原……。あっ、そうか……。えぇ!!



 あたふたとしている内にクラスメイト達が次々と集まってくる。


「門村、早いね!」


真っ先に声を掛けてきたのは石川だった。後ろからしっかりと後の二人もついてきていた。ラケットを見る限り、彼らはテニス部らしい。


「あれ?今日の授業は教室じゃないの?」

「せっかく実験室が使えるから、実験をしようっていう連絡が入ったんだ。」

「そっか。」


 と、会話をしながら、辺りを見回す。……水原がいない。


「あらら。今日も居ないのか、水原。」

「今日『も』、なのか?」


「あぁ。こういう団体行動は2,3回に1度出るような感じだからな。」

「そうなんだ……」


と、しばらく考えたがやはり気になる。


「ちょっと、見てくるよ。」

「えっ、ちょっとまっ!」


 俺はこっそり素早く実験室を出て行った。何でそうしたのかはよく分からない。ほぼ初対面の相手にこんなことをするのも、おかしなことなのは分かっている。でも、強いて言うなら、そうしたかったから、そうしたんだと思う。



 向かった先は、図書室だ。さっきの感じからすると、そこに居る気がする。何となくでしかないが、その勘が今日は合っている気がする。


 俺は飛び込むように扉を開けた。そこには、今にも出て行こうとしていた水原さんの姿があった。


「玲!」


 それは、無意識に叫んだ、とっさの一言だった。


「な、な、なんだ……門村か。」


「あ、え、えっと……。早く戻ってこいよ。実験やってるし。」


「……。」


「なっ?」


しばしの沈黙の後、俯いたままボソリと言った。


「……あぁ。分かった。……ただ。」


「ただ?」


再びの沈黙。水原さんは誰にも聞こえないような小さな声で言った。


「あまり、無理をして私などの心配はするな。」

「無理はしてない。ただ、心配になっただけで。」

「……相変わらずだな、君。」


「えっ?」


「いや、なんでもない。独り言だ。」

「そ、そっか。」


「よし。行くぞ、祐介。」


「えっ?」


 手を差し伸べた彼女の表情は、俺が今日見た中で一番純真無垢な笑顔だった。


「呼んでみたくなっただけだ。……嫌だったか?」


「好きなようにどうぞ。」


「よし、それでは裕介。いこう!」


「おう!」





父さん、母さん。初日から、波瀾万丈です。


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