撤退
「リカ、リゼット、ラーナ、僕達も外に出よう」
三人の家族にそう伝え、ロンシャンは家族四人が一緒に住む砦の自室で、強化魔法を上書きした。
ジンタ達のいる南東の砦が襲撃された同時刻。
ロンシャン達が守る、東の砦も襲撃を受けていた。
「しかしロンシャン様」
部屋唯一の扉の前で、襲い来るゴブリンを大熊の爪で切り裂きながらリカが口を開くが、ロンシャンは軽く肩をすぼめる。
「ここにいてもジリ貧だよリカ、これなら表に出て襲ってきてる連中、それを指揮しているヤツを倒さないとダメだ。それにこの臭い、火の手も上がっている。余計にここにいるのはまずいよ」
「分かりました」
さらに二匹のゴブリンをその爪、ベアークローで屠り、リカは頷いた。
「では、私が先陣を務めますわ。ラーナは後ろに、リゼットはロンシャン様を守りなさい」
「分かりました」
「わ、わかったよ」
二人の家族の返事を聞き、リカは部屋を出て前進を始めた。
向かい来る敵はゴブリンがメイン、次いでオークと、それぞれが別々の王国を持つ、別の種族にも関わらず、二つの勢力は攻撃し合わずに一致団結し、エルフ領のこの砦を襲ってきているようだった。
「やっぱり、ゴブリンとオーク、二つの王国は繋がっていたか……」
家族達に守られながら、そして自分でも注意を怠らずに歩きながらロンシャンは呟いた。
この東の砦は、南東にゴブリンの王国、そして北東にオークの王国を見据えるちょうど中間の位置のエルフの砦、つまりは三つ巴のもっとも緊迫した砦なのだったが、ロンシャンはそれが疑わしいと、ここに来てからずっと感じていた。
なぜなら、この三つの勢力が交わっているにも関わらず、なぜが静かだったからだ。
エルフ領から他の二つの王国へは、それなりの高さの土の城壁が作られている。それに対し、ゴブリンとオークの王国間、その区切りは線引きになるようなモノが一切ないのだ、つまり繋がった森にそれぞれの王国が存在しているのだ。
過去の話をいくつか先輩方に尋ね、そしてさらに昔のことを残っている書物で確認したが、過去に幾度となく、この二つの種族は領土を伸ばそうと、この砦の前でも森の中でも争っていたらしいのだが、ここ三年ほどはそれもないとのことだった。
つまり、ここ三年、僕達エルフの知らないところで、ゴブリン王国とオーク王国は同盟を結んだ、と考えるべきだ。そしてそれを裏付けるのがこの状況だと。
砦の外に出ると、ロンシャンは瞬時に周りを見渡しリカに叫んだ。
「リカ、南と北どっちが逃げやすそうに見える?」
「そうですわね、見た感じでは、あからさまに南が少なそうですが……」
「僕も同じ意見だ。じゃあ東南の砦――、ミリアちゃん達の所に向かおう」
ロンシャンが決断を口にする。
「え? ロンシャン様、この砦を見捨てるのですか?」
裏返るほどの驚きの声でリカが聞き返す。
「うん、今は取り返すより、逃げる方が先決だよ。ここまで混乱してしまうと、僕達だけじゃひっくり返せない」
「そ、そんなことは――」
ない、と言い返そうとするリカにロンシャンは目を細め、
「リカ! 今はとりあえず急いで逃げるんだ。でないと、僕達の家族も誰かを失うことになるかも知れないから――」
ロンシャンは、語気を強めた口調と遠くの一点を指差す。
ロンシャンの指差した先では、見たことのある先輩家族が戦っていた。
その先輩の家族は、第二段階と進化の出来る『召喚されし者』の家族がいたはずだった。しかし、今はその家族も一人だけとなっていた。
向かい来るゴブリンとオークを、第二段階へと姿を変えた『召喚されし者』がマスターであるエルフの先輩を守りつつ防戦している。多勢に無勢の劣勢ではあるも、さすが第二段階まで成った先輩、確実にゴブリン達の数を減らしている。が、それもすぐに現れるゴブリンとオークの応援に追いつかなくなっていく。
「助けませんと!」
「リカッ!」
叫び、踏み出そうとするリカを一喝し、ロンシャンはそれを止める。
リカが体を固まらせた数秒後、先輩マスターであるエルフの女性が弓矢に打たれ、地に倒れた。
首に一矢、即死なのはすぐに分かった。
最後の一人となった第二段階の『召喚されし者』は雄叫びを上げ、突進した。その先には、大きなトカゲに跨がり通常のゴブリンより大きな体躯をしたゴブリンが、自身のマスターであるエルフの少女を射殺した弓矢を持ち、鎮座していた。
そのゴブリンは、雄叫びを上げ向かい来る『召喚されし者』を嘲るように大笑いした後、まるで馬を操るように大トカゲを操り、森の木々の上をジャンプしながら登っていき、姿を消した。
悔しさと悲しみの咆哮を上げ、その感情の全てをぶつけるように両腕を振るう『召喚されし者』だったが、トカゲに乗るゴブリンの消えた森の木々から放たれた弓矢に右肩を射貫かれ、動きが鈍る。それを見逃さず押し寄せるゴブリンとオーク、さらにその間から一際大きい甲冑を纏ったオークが現れる。
悲しみと怒りに狂った『召喚されし者』が、そのオークに斬り掛かるも厚い甲冑に攻撃が跳ね返される。
大きく後ろに蹈鞴を踏んだ『召喚されし者』に向かい、甲冑オークは手に持つ大斧を軽々と振り上げ、そして振り下ろした。
その切っ先は見事に召喚されし者の残りの動く左腕を切り落とした。そこからは目を向けていられなかった。
両腕を封じられた『召喚されし者』は、叫びながらもゴブリンとオークの波に飲みこまれていったのだから。
普段、ロンシャンを崇拝していると言っていいほどのリカがロンシャンを睨む。
「なぜ――――」
助けなかったのか? と目で訴えているのがロンシャンにも分かる。それに対しロンシャンはゆっくりと首を振り、
「僕達は知らなさすぎたんだ、相手をなめすぎてたんだ。ゴブリンの王国のことも、オークの王国のことも。あんな木々を飛ぶ大トカゲを操り弓を扱うゴブリンも、より大きく固くチカラのある斧と鎧を纏うオークのことも……。そんな状態で、この防戦一方の中で戦うのは得策じゃない、とりあえず逃げるんだ。僕達では、あれ等を圧倒出来るほど強くない、今は自分達だけでも守る為に逃げるんだ。僕だって出来るだけ助けられる人を助けていきたいし、助ける! でも、今のチカラじゃ全員は無理なんだ。――だから合流するんだ、この状況をひっくり返せるチカラを持った、『エターナル』であるミリアちゃん達と、だから今は逃げよう、必死に全力で――」
リカのドレスのような真っ赤な服をめい一杯に握り、唇を噛み、ロンシャンはリカを見上げた。
「…………分かりましたわ」
数秒の間、リカの中で恐ろしいほどの葛藤があっただろうことは、噛み締める口の端から滴る血を見ればロンシャンにも分かった。
人一倍プライドの高いこの家族の者に、撤退を指示しないといけないのはロンシャンとしても胸が締め付けられる。
――ごめんよリカ。でも僕は諦めてないから……。絶対戻って来て、ここを取り戻すから……。
ロンシャンは、向かい来るゴブリンとオークを屠りながら、チカラ強く前へと進むリカの背中にそう約束した。
ロンシャン達が、ボロボロになりながらも助けられるだけの砦の仲間を連れ、ジンタ達のいる南東の砦に辿り着いたのは、日が沈み、うっすらと東の空が明るくなり始めた時だった。




