罠
木々の間から砦の姿が目に入るようになった時には、もう三体のゴブリンをジンタは切り倒していた。
そして視界に収まるようになった砦には、怒号の叫びと放たれた火の手があちこちに上がっていた。
森の中、木の陰に隠れチラリと砦を覗き見る。
「相手はゴブリンだろ? いくら不意打ちでも、これは一方的にやられすぎなんじゃ……」
目に映る光景は、ジンタにそう思わせるほど凄惨だった。
パニックを起こし逃げ惑う砦の仲間達をゴブリンが襲っている。
「そうですね、いくら数が多くても、ここまで一方的には……」
同じように隣の木の陰に隠れてイヨリが呟く。
「ジンさん、イヨリ、あれ!」
イヨリに守られるように抱きしめられたミリアが指差す。
そこには、普通のゴブリンとは比較にならないほどの大きさをしたゴブリンが三匹、錆び付いたバスタードソードを肩に担ぎ立っていた。
「でかいな……」
「ええ、あのゴブリン達……、大きさならジンタさんぐらいありますね」
「あれが多分命令してる奴らだよね?」
「あーちゃんもそう思う」
四人が隠れつつ小さな声で話をしてる中、その大きなゴブリン達が胸ほどの大きさである普通のゴブリンに何やら命令を下していた。
「ミリアとあーちゃんの言うとおりだな」
ジンタは頷く、そして「なら話は簡単だな」と家族達に言い、指で森の奥へと促した。
砦から少しだけ離れた位置まで戻り、ジンタは作戦を伝える。
「ミリア、まずここから広範囲に普通にヒールを掛けてくれ」
「え? ゴブリン達にも?」
「ああ、構わない。とりあえずミリアの魔法は強力すぎるから、回復しすぎてしまう方がいろいろと困る。だから分が悪い今の状況なら普通に効果が出れば、俺達の方が恩恵が大きいはず」
「うん、分かったよ」
「そして『ヒール』の後は範囲を目一杯で仲間に『スピード』の魔法を」
「うん」
「イヨリは、ミリアが『スピード』を掛けたら俺と一緒にあの三匹の大きなゴブリンを倒しに行こう」
「はい」
「あーちゃんはその間ミリアを守っててくれ」
「分かったよぉ!」
全員が、それぞれの役割に納得し頷きあう。
ジンタがそれぞれに強化魔法を掛けていく。
自分とイヨリに『スピード』を、そしてミリアとあーちゃんには『プロテクト』を。
「さて、じゃあ始めよう」
一呼吸分の間をあけてジンタが言った。
ミリアが軽く目を瞑り唱える。
「ヒール!」
ミリアを中心に、煌びやかな光の粒子が空へと一直線に伸び上がり、花を咲かせるように広がっていく。
さわさわと森の木々が喜んでいるかのようにざわめき、葉を急激に成長させ花を咲かせていく。
ヒールが終わるとミリアは即座に口を動かす。
「『対象』は『範囲の仲間達』、効果は『持続』、魔法は『スピード』」
再度ミリアを中心にふわりとした風がジンタ達の体を通り過ぎて行く。
ジンタは自分の手を見る。
何時もの『スピード』での淡い緑色での輝きが、より一層の緑色へと変わっている。
そして家族を見れば、イヨリはジンタ同様の緑色へ、ミリアとあ―ちゃんを包む色は空色へと変わっている。
「よし、行こう」
ジンタの合図と同時に全員が動き出す。
イヨリとジンタは、元来た道を駆けて砦へと向かう。
ミリアとあ―ちゃんは少し遅れつつ、ジンタ達から少し離れた木々に身を隠す。
ジンタとイヨリは、止まることなく一気に森を突き抜け、三匹の大きなゴブリンへと突っ込んでいった。
ゴブリン達は、その前の現象での効果と、周りの草木のいきなりな成長を見て、慌てているのもあり、挙動不審に無防備だった。
そこにまずはイヨリが、
「ハアァァァッ!」
気合いを込め、一体の大きなゴブリンへと渾身の踏み込みで地を蹴り、ゴーレムの岩の拳を突き出した。
ドンッ!
真っ直ぐ突き出されたゴーレムの拳が、虚を突かれたゴブリンの肩に突き刺ささる。
ゴブリンは、飛び込み拳を打ち込んだイヨリ以上のスピードで吹き飛び、砦の強固な壁を突き破っていった。
イヨリは着地と同時にもう一体のゴブリンの懐へと潜り込み、ジンタに向けゴブリンを肩で搗ち上げる。
「すげっ……」
イヨリの一連の流れる動作にジンタは絶句するも、イヨリの寄こしたふわりと宙を浮いたゴブリンに向け、直剣を突き出す。
剣を持つ手に、めり込む感触が伝わり「ギャヒャッ」と言葉なのか呻きなのか分からない声を上げるゴブリン。
ジンタは、吐血し致命傷を受けたゴブリンを地面に振り落とし、最後の一体に視線を向けた。
しかし、最後のゴブリンもイヨリの発頸を喰らい一体目同様に砦の強固な壁に穴を開けて吹き飛んでいったところだった。
近くに居た普通の大きさのゴブリン達は、「ぎゃっぎゃっぎゃっ!」と独自の言葉か叫びを発し砦の奥、元いたゴブリンの森の方へと逃げていく。
剣に付着したゴブリンの緑の血を件を振り払っていると、
「ジンタさんお疲れ様です」
イヨリが、パンパンと両手を叩きつつ近づいてきた。
「ああ、うん、お疲れイヨリ」
ジンタは、イヨリのあまりの手際よさとその破壊力にどこか落ち着かない。
「残りも急いで倒しましょう!」
燃えさかる砦を見て、イヨリが言う。
「そ、そうだな、急がないとな」
ジンタもとりあえず頷く。
心の中で、俺、絶対イヨリを怒らせないようにしないと、ああはなりたくないからな……。
砦に開いた二つの穴を見てより深く心に誓った。
森で隠れていたミリアとあーちゃんと合流し、四人は砦の周りのゴブリンを倒しつつ進んだ。途中、傷つきながらも戦闘を続ける仲間を助けつつ。
ジンタ達が仲間を助けつつ砦の裏側、ゴブリン達の領土側の壁に到着した時、戦いは形勢が逆転していた。
元々、虚を突かれた形で大混乱していた仲間達だったが、最初に放ったミリアの範囲ヒール、その後の範囲強化魔法、さらに敵の司令官らしきゴブリンの討伐で浮き足立つようになったゴブリン達が相手では、おつりが来るほどの余裕を取り戻していた。そうなれば、後れを取ることはない。
幾ばくかの時間の後、攻めてきたゴブリン達は蜘蛛の子を散らすように自分達の領土であるゴブリンの森へ逃げて行くのを確認し、ひとまずの安堵に息を吐く。
しかし辺りを見渡せば、ゴブリンの亡骸だけではなく、多くの仲間達の亡骸も地に伏していた。
ジンタ達が砦内も見て回り一通りの見終わった頃、周りではけが人の手当や、砦の消火作業が始まっていた。
「とりあえず私もけが人の対応に――」
イヨリが動き出そうとするのを、ジンタは止めた。
「いや、イヨリは食事の準備をお願いしたいかな」
「え?」と振り返るイヨリに、ジンタはもう一度周りを見渡し、
「今ってちょうど微妙な時間だろ?」
と口にする。
「……ですね」
イヨリもそれには同意する。
「みんな、もしかするとお昼もまだ食べてないだろうしさ、治療ならきっとあーちゃんの葉っぱの方が効果が高いから、とりあえずエネルギーの補給は必要になるだろ?」
「そうだね! イヨリはご飯を作ってて、私達はケガ人の治療に行くよ!」
「あーちゃんも治療いくよ! ご飯もだよ!」
ミリアとあーちゃんの二人が両手を高々と挙げ意気込む。
「そうですよね……、確かに私では治療と言ってもあまり向いてないかも知れませんね」
「まあ、そう落ち込むなよイヨリ……。俺なんてどっちにもあんまり役に立てないんだからさ……」
イヨリの頭をぽんぽんと優しく叩き、ジンタが励ます。自分の事も慰めつつ。
日が沈み辺り一面に闇が訪れる頃には、砦の一通りの処置が済んでいた。
砦の消火作業、けが人の治療、そしてこの戦いで命を失った仲間達の埋葬も……。
埋葬した中には、ジンタが見知った顔が幾人もいた。
話をしたことがある者もいた、闘技場で稽古をした者も。
助けられなかったことに悔しさが滲むが、しかし良かったこともあった。砦に向かう途中で出会ったミリアと同級生であるマスターアイラの『召喚されし者』であるミナイは、ケガはひどいがなんとか一命を取り留めていた。
それにはジンタもホッと胸を撫で下ろした。
夜、辺りの景色同様、暗く沈痛になる雰囲気でも腹は減るのだ。
イヨリが先導し作った夕食を全員が食べている時、それは訪れた。
「誰だっ!」
ゴブリン領の城壁側、見張りをしていた砦の女性の叫び声に、全員が氷つく。またゴブリンが来たのか、と。
しかしその後の声は違った。
「おい! あんた大丈夫か? ケガしてるじゃないか!」
ジンタはイヨリと目配せし、立ち上がる。
「あーちゃん葉っぱを二枚ほどいいかな?」
「うん」
今日何度も葉っぱを使い、治療をしていたあーちゃんから悪いと思いつつも、再度二枚の葉っぱをもらい、声のする方へと駆けつける。
タイマツの明かりの下、倒れ込んでいる女性と、それを支える女性の姿はすぐに見つかった。
「大丈夫か?」
声を掛けつつ駆け寄ると、背中に数本の矢を刺したまま倒れ込んでいる女性が必死に腕を伸ばしてくる。
「とりあえずこれを食え、ヒール効果のある薬草だ」
声にならず動かす口に、ジンタはあーちゃんの葉っぱを突っ込む。
チカラなく、二度三度と葉っぱを噛むその人物をジンタは見たことがあった。
偵察隊にいた家族の中の一人だったと……。
ジンタは、はやる気持ちを抑えつつ、その人物がしゃべれるようになるのを待った。
ケガをした人物は、何度も口の中で葉っぱを咀嚼し、遂にゴクンと飲み干す。
ジンタは相手の目に生気が宿るのを見て、顔を近づける。
「あんたは確か、偵察隊の人だよな?」
「ああ、そうだ……」
「偵察隊は、他のヤツ等はどうした?」
「お、襲われた……、アイツ等、私達が奥まで来るのを待ってやがった……」
「待ち伏せか?」
「ああ、見てたんだ……、私達が森に入るのを……、そして戻れない距離まで引き込んで……」
深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている……。
昔、何かで聞いたことのある言葉が頭をよぎる。
そして今は夜、タイマツに照らされる自分達をゴブリン達は鬱蒼と茂る森の中で見ているのだろうか、と思うと背筋に悪寒が走る。
「みんなはどうなった?」
「分からない……、偵察隊の中で、私が一番俊敏だった。だから応援を、助けを呼ぶ為に……、なあ助けに行ってくれよ。私だけ助かっても意味が無いんだよ。私のマスターだっているんだよ、なあ、早く助けに――――」
ジンタの服を強く握ったまま、女性は気を失った。
後から駆けつけてきた者に、気を失った女性を預け、ジンタは鬱蒼と茂り吸い込まれるほど深い闇を見せるゴブリンの森を睨んだ。
――なあライン、お前達はそうそう容易くやられたりはしないよな。
振り向き、家族の元へと歩を進め始めてから、
――あ、でもあいつ何気に死亡フラグっぽい事言ってたよな……。
と、思い出した。
それから空を見上げ、星の瞬きを視界に収めながら頭を掻き、
――それにしても、ここまで見事な襲撃はこの砦だけだったのだろうか……。
ジンタは、カインの街で一緒の家に住む、他の家族達のことを思い出しながら、みんなが無事であることを祈った。




