襲撃
「ハァッ!」
ッズン!
イヨリの深い踏み込みから突き出されたゴーレムの右手が、青空へ向かい大きく伸びる大木をへし折り地面へとなぎ倒す。
見事にへし折れ倒れた大木に向かい、今度は新緑色の髪の毛を蔦へと獣人化させたあ―ちゃんが、何十本も伸びる蔦を使い、器用に枝を折っていく。
「な、なんか二人共大分強くなってきたなぁ……」
一撃のパンチで大木をなぎ倒すイヨリと、自身の髪から作られる大量の蔦を使い、テキパキと枝をへし折っていくあーちゃんを眺め、ジンタはより一層徐々に開いていく差に頬を引き攣らせた。
「いえ、ジンタさんが教えてくれたこの技のおかげです。発頸でしたっけ? まだまだ未熟ですけど、それでも昔ならこれ位の大木だと五発は殴らないと折れませんでしたから、それなりに使えてるとおもうんですけど、どうでしょう?」
「ど、どうだろ……、教えておいてなんだけど、俺も使えないし、でも今まで五発掛かったのが一発で倒せるなら、もう十分使いこなせてるんじゃないかな。あ、あはは……」
より顔中を引き攣らせジンタは答えるが、詰まるところイヨリの今のパンチ力は、去年より五倍ほど上がっているという事だ。前にイヨリと戦った時でも一発で死ねると思っていたが……、今では死ねるというより、殴られたら色々と体の出ちゃいけない部分が飛び散りそうだと、スプラッタ的想像をしてしまう。
そして、これからは精一杯イヨリを怒らせないようにしようと、ジンタは心に決めるのだった。
しかし、とも思う。
イヨリは、一体いつ練習をしているのだろうと……。
そう思うと、目の前で笑みを向けてくるイヨリについ聞いてしまう。
「イヨリって何時もどこで練習をしてるの?」
そう口にしたジンタに対しイヨリは、軽く小首を傾げつつ、
「え? 普通に料理とか洗濯とか掃除の合間とか、ですかね?」
「あい……、ま…………」
ジンタからすれば、それがどれ位の合間の時間なのか色々気にもなるが、とりあえずこれ以上聞くのは、起きている時間の大半以上を剣の稽古だけで使っている自分が悲しくなりそうなので、聞かないことにした。
色々打ちひしがれているジンタに、今度はあ―ちゃんがとてとてと走ってきて、足にしがみつく。
「ジンさ、終わったよ」
楽しい遊びの一環のように、にこにこ顔で見上げてくる。
そんなあーちゃんの頭を撫でながら、へし折れた大木を見れば、見事に枝が折られていた。しかも太い枝ではジンタの胴ほどの太さがある枝まで……。
「ねえねえ、ジンさ。あーちゃんえらい? あーちゃんもえらい?」
頭を撫でられながら、上目遣いでさらに褒めてとばかりに目を輝かせるあーちゃんに、ジンタは何とか笑みを浮かべ、
「うん、うん、あーちゃんもえらいぞ、すごいぞ」
と褒めてあげる。
が、内心では、
遊び感覚であれだけの太い枝をへし折れるあーちゃんのチカラに(俺もう、あーちゃんも怒らせないようにしよう……)と心に決めるジンタだった。
家族内のチカラランキングで、自分の立ち位置が確かに分かった瞬間だった。
「それで、ミリアの方はどうです?」
イヨリの言葉に、遠くの空を見ていたジンタもマスターであるミリアへと目を向けた。
ミリアは平らな芝生の上で俯せに寝そべり、広げた紙を見つつ一言何かを読み上げては、ポップコーンのようなお菓子を一つ口に入れていた。
ジンタ同様、隣でその光景を眺めていたイヨリが疑わしそうに口を開く。
「あれって本当に覚えれるんですかね? 私にはくつろいでいるようにしか……」
「さあ……、本人が言うにはあれが一番集中出来るらしいし……」
「あーちゃんもお菓子……いいなぁ……」
指を咥えるあ―ちゃんにあめ玉を一つ渡し、ジンタはミリアに近づいていく。
ミリアのエターナルエルフのチカラは絶大だが、色々と難しいところがある。
普通のエルフの扱う単体魔法は、ミリアの強大すぎるチカラが消化不良を起こし使えず、逆に誰も使えないだろうと思われた範囲魔法として、その莫大な魔力を使えるのだが、これにも制限があるのだ。
例えば、範囲を指定して強化魔法を唱える場合、その範囲内にいるすべてを強化してしまうと、当然それは敵味方関係なくなってしまう。ではそれを区別するのは? となった時、それは範囲内で掛ける対象をミリア自身が認識し知っていないといけないのだ。つまり、今ミリアがしているのは、暗記。この砦の全員をミリアが覚えるという作業なのだ。
「ミリア」
ジンタが邪魔にならない程度に、小さい声でミリアを覗き込む。
「むあ? ジンさん何?」
もくもくと口を動かしながらミリアが振り向き上体を起こした。
「いや、調子はどうかなあと思って……」
「うん、大丈夫だよ」
「そうなのか?」
学年最下位である自分のマスターに、ジンタとしては少し……いやかなり多大な不安が残る。
「うん、私って、自分のお菓子を食べた人の事は絶対忘れないから!」
自信満々に鼻息荒くそう答えるミリアに、ジンタはそれって食べ物の恨みは……ってヤツじゃあ……、と内心で苦笑する。
「そ、そうか、だから調査隊のみんなにあの小さい欠片のようなお菓子をあげたのか……」
「そうだよ、大変だったんだよ。まだ食べられる自分のお菓子を砕いて、しかもあげるなんて……。もうあれだね、今でも私がお菓子をあげた時のみんなの嬉しそうな顔と名前が、私の中ではハッキリと思い浮かぶね!」
そう語るミリアの表情が、凄まじく悔しそうなのは気付かない振りをしておき、ジンタは話を先に進める。
「で、砦の方はどうだ?」
「ん~~、大分いいけど、それでもまだ七割ちょっとかな?」
「お菓子をあげてないから?」
「それもあるけど、やっぱりいくら一緒の砦にいても、まだ日が浅いからあまり接点がない人も多くて……。特に名前が分からない人も多くて……」
「顔だけじゃやっぱ難しいか」
「うん、出来なくはないと思うけど……それだと忘れたり飛ばしちゃう可能性も……」
「そっか。……確かに自分だけ範囲の対象が外れると、なんか悲しくなるよな……」
「うん、すごく悲しいよね……。だから私頑張るよ」
「ミリア、頑張ってくれ」
ミリアは頷いた後、お菓子をパクッと口に投げ込み、またゴロンと横になった。
が、そのミリアの視線はさっきまでのように地面にある紙に向くのではなく、やや上向きのまま止まっていた。
「どうした?」
ジンタが心配しながら尋ねると、
「ジンさん、あれって砦の方じゃない?」
ミリアは見つめる先を指差した。
ジンタがミリアの指差す方へと目を向けると、三本の煙が清々しい青空へと立ち上っていた。
「ジンタさん!」
後ろからイヨリの緊迫した声が響く。
「何かあったのか……?」
ぼう然と口から漏れる言葉とは裏腹に、ジンタの頭はフル回転で動き出す。
煙の立ち上る位置は、ほぼ間違いなく砦だとジンタにも思えた。ではなぜ砦から……、考えられる要因として、安楽的に考えるならば、誰かが焚き火でもしているのかとも思いたいが、ここではそれはあまりに楽観的すぎる。次には都合よく考えるならば、誰かが謝ってぼや火事でも起こしたのかだが、これもどうにも……。そして一番考えたくないことだが、一番それだと思えるのが、敵……、ここにおいてはおそらくゴブリンの襲撃となる。
そこまで思考を働かせた所で、ジンタの元に家族達が集まる。
「ジンさんどうしよう?」
ミリアの言葉と三人の視線を受け、ジンタは答える。
「とりあえず砦に戻ろう」
と。
砦に近づくほど、嫌な予感が的中しているのだと確信出来た。
聞こえてくるのは、断末魔の悲鳴、ぶつかり合う剣戟の音、ゴブリンの奇声のような咆哮、そして砦の仲間達の咆哮。
それでもジンタ達は砦へと走った。
向かう途中一番最初に出会ったのは、ジンタ達とは逆に逃げようとするミリアと同学年の家族達だった。
マスターであるエルフの少女、ミリアの友達も頭部に傷を負ってるのか、グルグルと無作為に巻かれたタオルを赤く染め、顔を顰めながら荒く息を吐いていた。
三人いるはずの家族は二人しかおらず、その二人もそれぞれに手負いの傷が生々しい。
「アイラちゃん!」
ミリアが叫ぶと、三人は足を止めた。
「み、ミリアちゃん、ゴブリンが……、いきなり現れて、私、何にも出来なくて……、ミナイが……私達を逃がして一人で……」
心に余裕がなく必死だった中、知っている顔を見て安心したせいか、ミリアが呼び止めたアイラはボロボロと涙を溢し、ミリアに抱きついた。
「うん! うん! ミナイさんなら私も分かってるよ! 大丈夫だよアイラちゃん、私達が何とかするよ、だから早く逃げて」
優しく背中を叩きながら、ミリアはチカラ強く、そして優しく言った。
「ごめんね、ほんとごめんね」
しゃくり上げるアイラを、家族である『召喚されし者』二人に預ける。
二人はジンタ達を見て、
「砦はもうダメだと思う、それでも君達は行くのか?」
と、自分達が逃げてきたことに後ろめたさを滲ませる。
「うん、私達はそれでも行くよ!」
即答したのは、誰でもないマスターであるミリアだった。
ジンタとイヨリは互いに目を合わせやれやれと首を振るも、すぐに笑みを浮かべ、
「とりあえず、三人はこのまま逃げて下さい」
イヨリが言い、
「そうだな、ミナイさんは俺達が何とか助けてみせます」
ジンタも言い、
「あーちゃん、がんばるよ!」
あーちゃんが小さい手でちからこぶしを握り、頬を膨らませる。
悔しげに唇を噛み、アイラ達が頭を下げる。
「どうかお願いします」
と。
三人がジンタ達が走ってきた道へと消えた後、
「ジンさん!」
ミリアがどうしたらいい? と見上げてきた。
「とりあえず、砦は相当危険な状態らしいしな、こっちも出し惜しみなしだ。ミリアの魔法も使わせてもらうぞ」
「うん!」
「とりあえず行こう」
ジンタ達は戦場と化した砦へと再度走り出した。




