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仲直り

 麗火と酒場で別れたのは、さらに麗火が七杯、ジンタも四杯ジョッキを空けた後――。

 もっと正確に言えば、女将にもう店じまいだから帰ってくれと言われたからだ。


 くどくどと、普段の家族に対する鬱憤うっぷんを永遠と聞かされ続け、ジンタはぐったりと疲れ果てていた。

 時刻的には後二時間もすれば日が昇り始めるだろう時刻。


 ジンタが自分の部屋の前に辿り着くと、ドアの前で誰かがうずくまっているのが見えた。

 ぺたりと地面に座り、両膝を抱え、その膝に頭を乗せる形で、ドアに鎮座する艶のある黒髪の女性。


「イヨリ?」


 見間違えるはずのないその女性に、ジンタは声を掛けた。


 ゆっくりと頭を上げたイヨリは、幾分頬を膨らませてジンタを見上げてきた。


「あ、えっと、どうした?」


 ここ最近の二人の気まずさもあり、どう話掛けて良いのか分からず、ジンタは挙動不審に呟くように尋ねた。


「……今まで何を?」


 幾分掠れた声でイヨリが静かに聞いてくる。


「えっ……と、酒場でちょっと……」


 見つめてくるイヨリから目を逸らし、どうしていいか自分でも分からない状況で、ジンタは頭を掻きながら答えた。


「……そうですか」


 ゆっくりと立ち上がり、イヨリがジンタの前にやって来る。


「な、なあ、イヨリ」


「なんですか?」


「そ、そのごめん」


「なぜ謝るんです?」


「い、いや、ミリアのこと……、黙ってて、さ」


「……そうですね、あれはすごく傷つきました……」


「ご、ごめん。色々とあって、それで、ロンシャンにイヨリにも内緒にしておいてくれって言われて」


「ロンシャン君に、ですか?」


「あ、ああ」


「ではジンタさんは、ロンシャン君が私を殴れと言ったら殴るんですか?」


「そ、そんな事は絶対しない! ――ただ……、あの時はちょっと異常な状況で……、俺では話しについていけなくて、唯一ロンシャンだけがそれを理解出来ていた、んだと思う。それでもきっと全部じゃないんだと思うけど……」


「今なら私にも言えますか?」


 真っ直ぐ見つめてくるイヨリに、ジンタは目を逸らしたまま、


「今でも言えない……かも。――いや、正確にはもうほとんど話せる事がない、俺もミリアも。――あの時ロンシャンが話したこと以外……」


「ではジンタさんの知っている事、分かる範囲の事だけを、もう一度私に教えて下さい」


 見つめてくるイヨリに、ジンタはやっと目を合わせ頷いた。

 そして自分の部屋へとイヨリを招き入れた。




 石造りの無骨な部屋の中、ジンタはベットに腰を下ろし部屋にあった小さいテーブルを挟んで、イスに座ったイヨリと対峙した。


 テーブルにはイヨリがジンタの夜食用に作ってくれてたサンドウィッチと、冷めてしまったハーブティーも置かれている。


「では、あのリゼットさんが初めて進化した時に、ですか?」


「ああ、あの時にリゼットの中、リゼットそのものを操っていた人がミリアの事を教えてくれた。『エターナルエルフ』だと」


「『エターナルエルフ』……」


「そして俺の事を『原始の者』とも」


「『原始の者』……」


 口元に指を当て、イヨリは考え込むように視線をやや下向ける。


「それは一体どういう意味なんです?」


 理解出来ないと首を振った後イヨリは尋ねてくるが、ジンタもそれにはイヨリ同様に首を横に振るしか出来ない。


「分からない。ただ、そのリゼットの中にいただろう人は、とりあえず今は精一杯生きろと、家族を守り、足掻きながら生き残れ、と言っていた」


「そう……ですか……」


 自分の中で今聞いた話を整理していくように、イヨリは数度小さく頷く。それを見てジンタは尋ねた。


「……分かってくれたかな?」


「はい……、正直まだ分からないことだらけですが……。ミリアのことを黙っていたジンタさんの気持ちも少しは分かりました。確かにあまりにも訳が分からない不確定なことですし、何よりミリアだけじゃなく、知る事で私やあーちゃんにも多大な危険が及ぶかも知れない事も……」


「そ、そうか……分かってくれたか」


 安堵し胸を撫で下ろしたジンタに、それでもイヨリはやや頬を膨らまし、


「それでもやっぱり気持ち的にはスッキリしません」


 そう言いながらイスから立ち上がり、テーブルを迂回しジンタの前へと来て、


「今度からはそう言った事があっても、私にだけは話しをして下さい。私はあなたと家族なんですから、他の人には言いませんし、一緒に悩みもしますから。――それにもっと早くなんか言ってください……、私もこう見えて結構意固地なんですから……、時間が空くほど、その、謝るのが難しくなるので……」


 ジンタの両頬を、ヒヤリとした心地よい冷たさの両手でガッチリとホールドしてイヨリが告げた。


「ひ、ひゃい」


 はい、と言ったつもりだったが、今までの仕返しです、とばかりに結構チカラ強く両頬を押さえるイヨリにそう返事をしてしまい、二人は笑い出した。

 今までの、どこかスッキリしなかったシコリのようなモノが嘘のように消えて……。


 そして、今までずっと心のどこかで張っていた気が緩み抜け落ちると、ジンタの視界もグニャリと歪んだ。


「……あ、あれ?」


 そこまで口にして、ジンタの視界は真っ暗になった。


 遠くでイヨリの「ジンタさん、ジンタさん」と叫ぶような声が聞こえていた。




 ジンタが目を覚ますと、ズクズクと頭を鈍く叩くような頭痛と、体の中はすこぶる寒く、体の表面が激しく熱い状況に覆われていた。


 そんな中、最初に感じたのはおでこの冷たい濡れタオルと、小さく、そして少し冷たい手の感触だった。


 まだ、ぼやける視界を動かすと、ベットの右側に心配そうな顔をしたイヨリの顔があった。


「大丈夫ですか? ジンタさん」


 イヨリが握っていたジンタの右手を持ち上げた。


「ああ、うん。ちょっと一気に気が抜けすぎたみたいで……。きっとイヨリと仲直り出来たのが相当嬉しかったんだな……」


 微かに頬を持ち上げ笑みを作る。


「もう……バカなこと言わないで下さい……」


 恥ずかしそうに頬を少しだけ膨らませるイヨリに、より一層の安心感を得てジンタはまだ熱を発する息を吐いた。


「ジンさ、ジンさ、大丈夫か? あーちゃんの葉っぱ食べるか?」


 耳元から聞こえた声に目を向けると、イヨリと同等か、それ以上に心配そうな顔をしたあーちゃんがいた。


 この一年で一番成長をしたのは、きっとあ―ちゃんだろう。


 身長は十センチ以上伸び、走るとどこか危なっかしかったのが、それもなくなった。全体的に大きくなって、しっかりと成長している。


 そんなあーちゃんが、自身のヒール効果のある葉っぱを二枚、ジンタに差し出して来ている。


「ありがとう」


 そう言ってぱくりと口で二枚の葉っぱを受け取り、ムシャムシャと頬張る。


「まだいるか? ジンさ」


「いや、大分良くなったよ。あ―ちゃんありがとう」


 そう答えてから、ジンタはもう一度大きく深呼吸をして目を閉じた。


 二人の優しい気持ちに応える為、早く直す為に……。




 次に目を覚ますと、右手にゴツゴツとした手の感触が伝わった。

 何とも言えない嫌悪感に眉根を寄せて、ジンタは右側を見た。


「お! 目を覚ましたか?」


 厳つくもゴツイ顔をした男、ラインが自分の右手と一緒に掴んだジンタの右手を持ち上げた。


「おっさん……」


「なんだ?」


「なぜ俺の手を握っている?」


「いや、イヨリちゃんが、今色々と他の子達の用意をしに出掛けてな、いきなり手を離されたらお前が寂しかろうと、代わりに俺が握ってやってたんだが、どうだ?」


「……もう離してくれ……」


 ――気のせいじゃなく、幾分熱が上がった気がする。


「わーったよ」


 ジンタの手を布団に叩き付けるようにして離すラインに、


「一応病人なんだから、少しはだなぁ――」


「うるせぇ、まったくな~にが嫌われただ、な~にがなかなか仲直り出来ねぇだ。寝ているお前の手をずっと握って、あんな優しい目でお前の寝顔を見ている子をどうしてお前は何もせずに放置しておくかねぇ」


「……え?」


「あんな顔されたら、俺ならゆうに三発はヤルね!」


「無駄にキリッとした顔で、ゲスなこと言ってんじゃねえ! あんたもう帰れよ!」


「言われなくても、もう帰るっての! じゃあなドーテーヤロー」


「くっ……」


 手を振り、部屋から出て行くラインに何も言い返せないジンタは、やっと収まり掛けた熱がラインの言葉で感情を刺激され再度点火、また倒れるように目を瞑った。




 三度目に目を覚ますと、少し冷たいほっそりとした女性の手が、ジンタの右手を掴んでいた。


「……イヨリ?」


 まだ、気だるさの残る視界をベットの脇へと向ける。


「あら? 私だけどマズかったかしら?」


 見上げた先で、目が合ったの竜女だった。


「……………。い、いえ、間違ってすいませんでした……」


 しっかり握られた右手を、何とか引き戻そうとするも、


「イヨリさんなら、家族に夕飯を作りに出掛けたけど」


「そ、そうですか、情報ありがとうございます」


 必死に手を引き抜こうとするが、竜女は手を離さない。


「でも、あの子ほんと一生懸命ねえ、自分も昨日から一睡もしてないんでしょうに……」


「イヨリが?」


「だってそうでしょ? あなたの帰りを、明け方までドアの前で待ってたって言ってたし」


「あ、ああ、……そうか、そうですよね……」


 この部屋は、石造りの壁と床に囲まれた密封された部屋。

 ましてや、疲れからきているのだろう熱に寝たり覚めたりのジンタには、今の時間の感覚がない。


 昨日、正確には今日の朝なのだろうジンタがイヨリと仲直りしたのは、確かにもう明るくなり始めるかもしれない明け方頃だった。きっと夜食を持っていたイヨリは、一睡もせずに昨日の夜から入り口で待っていたのだろう。


 それから、倒れたジンタをずっと看病して、ミリアやあーちゃんの食事や世話までしてたら、確かにイヨリも寝てないはずだ。


「私がこの部屋に来た時、あの子がずっとこうしてあなたの手を握ってたわね」


「そうなんです?」


「ええ、なんとも言えない真っ直ぐな瞳で、ね」


 寝ていて気付くはずもないジンタは、回答に困り、困惑し、そして焦るように口を開いた。


「そ、そういえばさっき目を覚ました時ラインが来てて、竜女さん同様にそんなイヨリを見てたらしくて「俺ならあんな優しい目を向けた女は三回はヤルぜ」とか豪語していましたけど―――――あっ」


 言ってて、とんでもないバカな事を口走ってる事に気付いたジンタが竜女を見ると、


「そう……、あのバカ、そんな事を……」


 呟くように口にし、竜女はジンタの手を離した。


「ごめんなさい。本当は昨日の酒場の事もあって、もしかしたらそれが原因の一つなのかもと思って来たのだけど、ちょっと用事を思い出したから帰るわ」


 きびすを返して部屋から出て行く竜女の背が、怪しく揺らいでるように見えたのはきっとジンタの見間違いじゃないはずだ、と思いつつもジンタは竜女を見送った。


 それからラインに向かい「ごめんよ」と気持ちの一切篭もらないどうでもいい言葉で口にして、目を瞑った。


 次に目を覚ました時はイヨリがいますようにと、心を込めて願いつつ。




 目を覚ました時、ジンタの望み通りイヨリはいた。


 もっとも、疲れ果て、ベットの脇でイスに座り寝息を立てていたが……。


 さらに言えば、ジンタのベットの右側にはあーちゃんが寝息を立て、左側ではミリアが寝ていた。


 家族全員で添い寝状態だった。


 ……しかし、そんな家族団らんの中に、一つの異物も混じっていた。


「えっと……麗火さん?」


「何かしら?」


「何をやってるんです?」


「もふもふっ子の添い寝をしようと……」


「無理です……狭いですし……」


 シングルほどの大きさのベットに三人で寝ている中、さらに麗火が強引にあーちゃんの横に潜り込もうと躍起になっていた。


「君がもう少し奥に行って――いえ、いっそそこを私に譲ってくれれば……」


「断固断る。とりあえず無理だから止めて下さい……」


 むくれっ面全開で麗火はベットに潜り込むのを止めた。


 しかしそんなむくれっ面も、あーちゃんの可愛い寝顔に頬ずりを始めてだらしなく崩れた。


「それで、麗火さんはなぜここに?」


「この子、あーちゃんの可愛い寝顔を見るためよ」


「ふむ、もう帰ってよあんた!」


「八割はね」


「八?」


「残りの二割は、あんた竜女になんか言ったでしょ?」


「はっ?」


「だから、あんた竜女になんか言ったでしょ?」


「な、なぜ?」


 麗火の言葉にそう答えつつ、意識の片隅に徐々に前回起きた時の事が思い浮かんでいく。


「今日の夕食の時だけど……」


「うん」


「竜女が、いきなりすっごい優しい目で、ラインの手を握ったの……」


「ほ、ほう……、でラインは?」


「それが見るからに分かるほど体をガタガタと震わせて「お、お前どうしたんだ? 寒気と身震いが止まらなくなるような優しい顔して、俺何かしたか?」って本気で怯えながら言ったのあのバカ……」


「ほ、ほ~~。それで……どうなった?」


 聞くのは恐いが、確かに原因はジンタの言葉にあったようだが、ジンタは一切嘘をついていない。ラインの言った事をそのまま竜女に伝えただけだ……。


「そしたらね、部屋中に鳴り響くほどの『ピキッ』って音がした後、竜女が獣人化したの」


「ほ、ほ~。竜女さんって確か種族大蛇だったよな?」


「ええそうよ。だから右手を蛇の頭、左手を蛇の尻尾に変えたの」


「う、うん、そ、それで?」


「カプッて」


「か、カプ?」


「うん、ラインの頭を右手の蛇の頭で丸呑みして、体を左手で羽交い締めにして、引き摺りながら外に出て行ったわ」


「へ、へぇ……。ま、まさか、あいつ丸呑みにされたの?」


「分からないわ、だってそれ以降、私とカイルの食事が終わっても、二人共帰ってきてないから……」


 ジンタの喉がゴクッと大きく鳴った。


「で、あなた竜女に何したの?」


 ジンタはゆっくりと首をあーちゃん側(麗火のいる方)からミリア(反対側)の方へと向けた。


「やっぱり、竜女のあのらしくない行動の原因はアナタなのね」


「い、いや、違う! あれは――」


「ありがとう」


「ヘ?」


 おもいっきり言い訳をしようとしたジンタに、麗火が首だけでぺこりと頭を下げた。


「な、なんで「ありがとう」?」


 全く意味が分からないジンタが尋ねると、麗火は無表情の顔から少しだけ笑みを浮かべ、


「カイルがね、二人が出ていった後、見た事がないぐらい大笑いしてね。結局今日の夕食は私とカイルの二人だったけど、すごく楽しくて、すごくおしゃべり出来て、すごく美味しかった」


「そ、そうなの?」


「うん、あんなに楽しそうに食べて、しゃべるカイルを見るの初めてだった。いつもあんなだったらもっといいのに……」


 そう言って、笑みのまま少しだけ麗火は首を横向けた。


「そ、そうか……。それは良かったな……」


 肺の中の空気を全部吐き出し安堵したジンタだったが、麗火は笑みを止め、


「で、あなたは一体竜女に何をしたの?」


 と、再度追求するように顔を近づけてきた。


「い、いや。俺はラインが言ってた事をそのまま竜女さんに言っただけなんだ」


「なんて?」


「えっと……。ラインが「女性が優しい顔で手を握ってきたら、俺なら三回はヤルぜ」って……」


 かなり言葉をはしょっているが間違いではないと、自分に言い聞かせジンタが言うと、麗火は目をまん丸にして、


「……それだけ?」


「う、うん。それだけ……」


 まるで時間が止まったように動かなくなった麗火だったが、それがピクピクと頬を痙攣させた後、一気に顔を綻ばせ、


「うそ……、たったそれだけで良かったの? たったそれだけなら私だって言えたのに。――そうか、私もあの雰囲気に飲まれてたんだ、だからそんな分かり切ってるような冗談な言葉が言えなくて……。そうか……それだけで良かったんだ……な~んだ、ふふふ」


 先程のまでの笑みとは違い、心の底から漏れ出るような笑い声を、二十才にしては幾分幼さがある素直な笑い声を、麗火は部屋中に響かせた。


「ちょっ、おま、うるさいってみんな起きちゃうって」


「だって……、ごめんなさい。やっぱり我慢出来ないわ、ふふふふ」


 そこまで言ってまた笑い出す麗火。


 ジンタはやれやれとばかりに首を振り、今まで見せた事もない良い笑顔で笑う麗火が納得するまで、笑うのを止めなかった。


 幸い、あーちゃんもミリアも、そして疲れ切っていたイヨリも目を覚まさなかった。

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