不安と胸騒ぎ
ゴブリンと遭遇した以降の見回りを終え、砦に戻ったジンタはこの砦のリーダーにゴブリンが出た事を報告する為、エルフの少年と言うよりは、もう青年に近いリーダーの元へと出向いた。
砦の中の一室、石造りの無骨な壁と床の内装は適度に装飾されているが、高級感や偉そう感はあまりなく、すべてにおいて少しだけこの部屋は違います程度に整っている部屋だった。
そんな部屋の奥で、幾分装飾の良い背もたれの長いイスにリーダーであるエルフの青年は座っていた。
左右にはこの若きリーダーの『召喚されし者』だろう、二十半ばほどのジンタよりどう見ても筋肉隆々の男と、厳しくヒステリックに怒鳴り散らしそうな目尻のつり上がった細身の女が立っていた。
「それは本当ですか?」
エルフ特有の整った顔立ちの青年は、驚いたようにイスから身を前に乗り出す。
青年の左腕の服が、その動作に抵抗なくヒラヒラと動き揺れた。
このエルフの上級生であるリーダーは隻腕、左腕がないのだ。
「えっと、別に驚くほどのことじゃないでしょう? 二週間に一度ぐらいがたまたま今日だったってだけで?」
青年があまりに驚いたため、ジンタの方が焦って説明をしてしまう。相手はもうここ数年この砦で防衛をしている熟練者なのに。
当然、リーダーの左右に立つ二人の『召喚されし者』がジンタをさっき以上の目つきで見てくる。
もっとも、その視線はそれぞれに意味合いが違うようだが。
ジンタから見て右にいる男性は、言いたくなる気持ちは分かると、どこか優しさを含んだ目で訴え、左に立つ女性はそんなこと言わなくても分かっています! とこちらはややきつめの視線をジンタに送って来ている。
対し、リーダーは首だけでなく腕まで使いかぶりを振り、
「い、いえ、それはそうなんですが、偶然……、と言えば良いのでしょうか、実は……、今しがた他の二つの砦からの連絡がありまして……、どうも二つの砦にもオークとゴブリンが出現したと連絡が来まして……」
「はぁ……」
ジンタは何とも言えないうやむやな返事をした。
ほぼ同時に三つの砦からゴブリンとオークが現れる確率を考えてみれば、たしかにかなり低いとしか言えない。それをただ偶然が重なっただけ、とこの若きエルフのリーダーが思うのか、それとも何か重大な危険と認識するのか、その回答次第では今後の見回りの強化などもあるだろうと、ジンタは考える。
そして、警戒を強化されるとなると、当然、ミリアとベンジャミンが一緒に居る時間がより一層増えることにもなる。
ジンタは、リーダーが考え耽る中、偶然だと思ってほしいなぁと、内心で願っていた。
少しして、考えるの止めたリーダーは左右に立つ二人に目を向け頷いた後、ジンタに告げた。
「すいません、今回の件は自分だけで決めるには少々荷が重いことのようなので、少し仲間達と話合いを行います。ですので、今日の所は――」
「分かりました」
ジンタは、内心でどこかホッとしながら一礼し、リーダーに背を向け部屋の外へと出た。
そしてゆっくりと、やや痛みのあるギギギと音を鳴らす扉を閉めてから「はぁ~~~~」と疲れたようなホッとしたような、細く長い息を吐いた。
一週間後、ジンタ達はまだ引っ越ししてほとんど住んでいなかった、カナンの新居にいた。
カナンの街はラペンほど大きくはないが、その代わりに街の中心部を城壁に覆われ、その城壁を囲う形で家々が立っている。その中の一つをジンタ達が我が家として使っているのだ。
ジンタは、早々と自分の片付けを済ませ、くつろいでいた。
「今日から三日間の休養の後、正式に各砦に配属か……」
まだ片付けの終わらない面々が家の中を走り回る最中、ジンタはリビングの大テーブルのソファー(今までラペンで使っていたのと同じモノをカナンの家具職人に頼んでいた)に座り、息を漏らした。
「なんだなんだジンタ。いやに疲れてるなぁ~~」
対面のソファーに座り、片付け全般を水音と雪目に任せ、自分はこのリビングで頭の後ろで腕を組んで休んでいるミトに言われ、ジンタはがくりと頭を垂れる。
「いや、なんだ、ミリアとベンジャミンの仲がいいのか悪いのか分からん争いがなぁ……」
「あの二人ってほんと、ことあるごとに色々被りますよねぇ」
ミトの隣に座っている同じくサボり中のエルファスがうんうんと、分かってるように頷いている。
「やっぱ今までもそうだったのか?」
「そりゃあもう、最初の内は私もロンシャンくんも止めていたんだけど……」
「止めていたんだけど?」
「途中から放って置きました。なんだかんだでケガしない程度のケンカで済んでますし」
「なるほど、な」
実にその通りだと、この二週間の二人の事を思い出し、ジンタはエルファスとロンシャンの観察力に感心した。
「それよりジンタ。お前の方は確か南東のゴブリン砦だったよな?」
思い出したように、幾分緊張をはらんだ感じの声でミトがテーブルに手を置いた。
「そうだけど、それが?」
「お前達の方は、研修中何度ゴブリンが出た?」
「最初の一週間は出なかった、でも後半の一週間は三度、――いや四度かな」
ジンタがリーダーに報告した後、それ以降の一週間のことを思い出しつつ、そう答えた。
「四回か、こっちなんて十回は出てたぜ」
「マジでか?」
確か、報告の際にミト達のいる北東の砦にもオークが出たとは聞いていたが、まさかあれ以降十回も出ていたとは……。
「しかも、お前んとこと同じで研修後半になる頃からだ」
「そっちも後半からか……」
「やはり、皆さんの所にもそれだけ出ていたんですね」
考え込むジンタとミトに、別の声が入ってくる。ロンシャンだ。
恐らくリカに「ロンシャン様はそのような事をなさらないで大丈夫ですわ、お怪我をしては大変ですから」と言われ、こっちに来たんだろう。
「ロンシャン、そう言えばお前の所にも出たって聞いたけど、どれ位出た?」
ジンタが自分の横に座ったロンシャンに尋ねると、
「僕の所はゴブリンが八回、オークが五回でした」
「それは多いな」
「ってか、そもそもほとんど出てこないって聞いてたオークとかゴブリンが、なぜいきなりこんな出るようになったんだ?」
ミトがもっともなことを言うが、如何せん今この場にいる誰もがそれに答えられるわけもなく……。
「僕にも理由までは分かりませんが、ですが、何かが起きているんじゃないかとは思っています」
ただ、その「何か」までは分かりませんが……。とロンシャンは付け足した。
「一応気を付けないといけないなぁ……」
そう誰にともなく呟いてジンタは天井を仰ぎ見た。
その日の夕食は、久々にイヨリの手料理を味わいみんなが満足そうにしていた。
それぞれに部屋の片付けも済み、後二日間ゆっくり出来るとあって、みんながリビングでくつろいでいた。
そこに昼間から度々考え込むように耽っていたロンシャンが、ジンタへ向け口を開いた。
「ジンタさん、少し良いでしょうか?」
「ああ、いいけど……」
ロンシャンがソファーから立ち上がるのを見て、ジンタも立ち上がる。そしてロンシャンが先導するようにして二人は外へと出た。
四月の中旬を越えているとはいえ、日が落ちるのはまだ幾分早く、空を見上げると夕闇が夜空へと変わりかけていた。
家から少し歩いたやや開けた場所で、ロンシャンは立ち止まった。
「どうしたんだ一体?」
ロンシャンの三歩ほど後ろでジンタが立ち止まる。
「あの、皆さんにミリアちゃんの魔法のことを言おうと思ってるんですが、良いでしょうか?」
振り向いたロンシャンは、ジンタの目を見てそう言った。
「全部を、か?」
ちょうど一年ほど前になるリゼットの進化の時、リゼットに進化のコツを教えた人物がいた。その人物が誰かなのかはジンタやロンシャン、同じくその場にいたミリアと、そして体を乗っ取られていたリゼットも誰も知らなかった。
そのリゼットの体を乗っ取っていた人物は、ミリアのことを『エターナルエルフ』と呼び、そのチカラの有り様が普通とは違うことをジンタとロンシャンとミリアに教えてくれた。さらにその人物は、ジンタのこともまた『原始の者』と呼んでいた。それがどういう意味なのかも教えてくれずに、ただ、今は必死にミリアや家族を守り生きて行けと言っていたのだ。
「いえ『エターナルエルフ』とジンタさんの『原始の者』と言うのは、どういう意味があるのか、いまだ僕も分かってませんので伏せるとして、話すのは魔法、範囲継続強化魔法をミリアちゃんが扱えることだけです」
「ふむ。なぜ今それを?」
「勘……でしょうか? 何というか胸騒ぎがしてるんです。今回のオークやゴブリンのことに……」
「ん、まあ俺もそれは少し思うけど……」
「だめでしょうか?」
「んや、元々「黙ってよう」と言ったのはロンシャンお前だし、俺はそう言われなければみんなに言っていたと思う、そしてそれはミリアだって同じだろうから、お前が今それを言った方が良いと思っているのであれば反対はしない」
「そうですか、では戻って早速話をしましょう」
幾ばくか強ばっていた表情を和らげ、ロンシャンは家へと向け歩き出した。
ジンタとロンシャンが家に戻ると、全員がリビングで待っていた。
「ロンシャン様、私達にお話がおありですか?」
「うん、全員に今から話そうと思うのですけど、良いでしょうか?」
いつもの自分の席に座りロンシャンが全員に問い掛けると、誰もが声を出さずに首肯した。
「お帰りなさい」
ジンタもいつもの席に戻ると、イヨリが隣で囁いた。
「ただいま」
ジンタも小さく答える。
まるでそうなるのが分かっていたかのように、ジンタとロンシャンの席にも飲み物が置かれており、ロンシャンはとりあえずそれを一口喉に流した。
そしてみんなが見つめる中、一度だけ目を瞑り、目を開いたと同時に口を動かした。
「実は、僕はジンタさんとミリアちゃんに、皆さんにも言わないで下さいと言って黙っていた事があります」
そう切り出し、もう一度みんなを一通り見た後、続ける。
「隠していたのはミリアちゃんの魔法のことです。実はミリアちゃんは魔法が使えます。しかしそれはあまりにも特殊で、あまりにも常識外な事だった為、皆さんに伝えて良いのかどうか悩み、お二人にも黙っていてもらいました。しかし今回の砦の件、ゴブリンとオークのことですが、僕の中で危険だと警報が鳴り止まない、その危険にもしかしたらミリアちゃんのチカラが必要になるかも知れないと感じた為、今回話をさせてもらいます」
「ミリアのチカラ……ですか?」
隣のイヨリの呟きに、ジンタは「黙っててごめん」と目で謝りつつ、頷いた。
「ミリアちゃん今良いかな?」
「うん、いいよ」
ミリアが立ち上がり、ロンシャンの元へ行く。
「今スピードの強化魔法を使うとして、範囲はどれ位までいけそう?」
「ん~~、あんまり詳しくは分からないけど、ここからなら半径で街の反対側までは余裕でいけるかな?」
「うん、じゃあ少しやってみようか」
「いいけど、掛ける相手は、ここにいるみんなでいいの?」
「そうだね掛ける対象は「この家のみんな」で範囲して」
「うん、分かったよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
話を聞いていて慌てて立ち上がったのは、他でもない同じマスターでありエルフのエルファスだった。
「強化魔法を個別でなく範囲で唱えるの? しかもその範囲も街全体以上なんて……、そんなの無理に――」
「無理じゃないんだよエルファスちゃん」
必死に止めようとするエルファスに対し、ロンシャンはきっぱりと言い切る。
「さっきも言ったでしょ? 「あまりにも常識外すぎて」言えなかったって」
「う、うそ……」
「おい、エルファスどういうこった?」
ぼう然と立ち尽くすエルファスに、隣のミトが問うもエルファスは答えない。
代わりにロンシャンが先へと進める。
「ミトさん、詳しくはとりあえずミリアちゃんの魔法を見てからでもいいですか?」
ミトはそれに対し頷きだけ返し、まだ呆けているエルファスを座らせる。
「ではミリアちゃんお願いしていいかな?」
ロンシャンは再度後ろに立っているミリアに頼んだ。
「じゃあいくよ」
ミリアは軽く目を瞑り、ゆっくりと息を吸い込む。
そして、
「ここにいる人全員に、この街全体の範囲で、効果は持続、魔法はスピード」
ミリアが唱え終わると、ふわりとミリアを中心に風が流れてくる。
それと同時に、リビング全員の体が薄い緑色の輝きを帯びる。
「……これはスピードですか?」
隣のイヨリの言葉に、ジンタは首肯する。
「ミ、ミリアちゃん早くこんな馬鹿げた範囲魔法は止めて」
はっとなったエルファスが言うも、ミリアはけろっとした顔で答える。
「私は全然大丈夫だよ、エルファスちゃん」
「う、うそ……、だって……」
「エルファスちゃんの言いたい事は分かるよ。僕も最初これを知った時、あり得ない信じられないって思ったから。でもこれがミリアちゃんの魔力の使い方で正しいチカラの使い方なんだ」
ロンシャンがエルファスに諭すように説明する。
「このミリアちゃんの魔法のことを、今日本当に知って欲しかったのはエルファスちゃん、君になんだ」
「……わ、私に?」
「そう、この魔法の本当の意味を君が理解して知っていないと、いざという時、ミリアちゃんがこの魔法を使った時にうまく活かせなくなる恐れがあったから」
「理解して知る?」
「うん、このミリアちゃんの強化魔法は、僕達の強化魔法に重ね掛けが出来るんだ」
「重ね掛け? 重ね掛けって……」
「見てて」
ロンシャンは隣に座るリカに掌をかざし、
「対象はリカ、効果は五分、魔法はパワー」
ロンシャンの詠唱が終わるとリカの体が黄色に輝く。
「おぉ! なんだその色」
テーブルの上に手を置き、飛び上がるようにミトが立ち上がり、リカをまじまじと見る。
「これは強化魔法のスピードとパワーが同時に掛かった状態です」
説明するロンシャンに、二重強化の掛かったリカがゆっくりと立ち上がる。
自身の両手を見つめ、触り、感触を確かめる。
そして、ロンシャンを見てリカは尋ねる。
「あのロンシャン様、これで少し外に出ても良いでしょうか?」
「うん、実は皆さんにもそれを実感してもらいたかったので、どうか皆さんも外へ」
促すロンシャンに、付いていくように全員が外へと出た。
「まずリカはどうかな、二重強化の感想は?」
「何とも言えませんが、とりあえず動いてみたいですわね」
「うん、じゃあ適当にその辺りで実感して見てよ」
「分かりましたわ」
リカはゆっくりと歩き出す、しかしその体に掛かったスピードの影響か、その姿はかなりの速さで遠ざかっていく。
「次は……」
「はいっ! はいはいはいっ! 次おれおれおれっ!」
ミトが五人ほどに分身でもしているかのように、ロンシャンの周りで手を上げた。
「わ、分かりました。で、ミトさんはなんの強化を?」
「へへへっ。もっちろんスピードで頼むぜ」
不敵な笑みで、右手に作った拳を左手の掌に叩き付ける。
「対象はミトさん、効果は五分、強化はスピード」
頷いたロンシャンは、即座にミトの魔法を掛けた。
薄い緑の輝きが、より深い緑へと変わる。
「うひょ~~」
その場で嬉しい悲鳴のような声を上げ、ピョンピョン跳ねるミトだったが、
「じゃあ、ちょっくらおれも行ってくるぜ」
ピョンピョン跳ねつつ空中で獣人化し、着地と同時にググッと沈み込んだ後、完全にミトの姿が消えた。
「えっと、次は?」
「ああ、、待てロンシャン。どうせ掛けるなら俺も手伝うぞ」
ジンタが言いつつ、隣に立つイヨリにスピードの魔法を掛ける。
「え、ええ~~」
驚いたイヨリだったが、
「えっと、私もちょっと走ってきてもいいです?」
「うん、ちょっと実感してくるといい」
「はい!」
クルリとジンタに背を向け、深い緑色を体全体に輝かせ、イヨリが走って行く。なんであのスピードが出るんだろうと思う走り方で。
それから次々と全員は二重強化を味わった。
「分かったエルファスちゃん?」
隣で、ミトに追い掛けられながらも、自分はスピードの二乗、ミトにはスピードとプロテクトにして、逃げ切っているエルファスに聞くと、
「うん、これすっごいよ」
「エルファスてめ~~、俺にもスピード掛けやがれっ!」
怒鳴るミトにベロを突き出し、エルファスは嬉しそうに答えた。
「うん、よかった。これで砦で何かあって、いきなりこの範囲強化が掛かっても、すぐ対応出来るよね?」
「え?」
「つまり、この効果が掛かっても、これは二重強化できるんだってことがすぐに分かるようになってくれれば良いんだけど……」
「あ、ああ、うん。もう分かったよ、大丈夫だよ」
完全にいつもいびられてるミトに走り勝って、有頂天だったエルファスがコクコクと頷いた。
「さて、じゃあそろそろ戻ろうか」
ロンシャンが促す。
「じゃあミリアちゃん魔法を止めて」
「うん」
ミリアが頷くと同時に範囲のスピード魔法が消えた。
「あっ! ミリアちゃんあんなに範囲魔法をずっと使ってて大丈夫だったの?」
思い出したようにエルファスが聞くも、
「うん、全然だよ。それより早く中に入ってお菓子食べたいよ」
真顔でミリアが答えた。
それには全員が笑った。
全員が、今までの自分を大いに凌駕するチカラに酔いしれ上機嫌な中、ミリアの魔法の仕組みと、どうして今まで魔法がうまく出来なかったのかの説明を、クッキーを食べつつロンシャンが全員に伝えた。




