勘違いともう一人の家族と
ジンタの三倍ほど大きい体。
まるで大きな樽に、太い木をブッ刺したような手足。
正月の鏡餅のような頭に小さく光る赤い目が二つ。
そんな木と鉄の塊であるゴーレムがジンタの目には映っていた。
「こ、この人がイヨリさん……なのか……」
正直、これはもう獣人化したとか、そもそも人ではないんじゃないかとジンタは思った。
そして出会った時にミリアが言っていた「イヨリがいれば無敵なのに」という言葉の意味も分かったような気がした――――。
そんな、間抜けな顔とぽかーんと口を開けたジンタの腕をミリアが引っ張る。
「ねえねえ、ジンさん」
「ん、んん? なんだいミリア?」
ゴーレムを見たままジンタが、ミリアに声を返す。
「ジンさんが見てるの、……多分イヨリじゃないよ……」
「「……………………」」
「え?」
ジンタが振り向く反応を示す間に、二呼吸ほどの間があった。
「イヨリはあっちだよっジンさん!」
ミリアが必死にジンタの腕ごと引っ張り、ジンタの見てるゴーレムの反対側を指で示す。
「え??」
ジンタはもう一度間抜けな声を発しながら、ミリアの指差す方へと顔を向けた。
ジンタの見ていたゴーレムの丸太のような木の腕の先に、ジンタより小柄だろう女性が両腕を自身のウエストほど太く長い岩の腕へと変え、拳をぶつけ合い、チカラ比べの形を取っていた。
「……あの人が?」
ジンタが呟く。
「うん、あれがイヨリだよ」
ミリアがジンタの腕をグイグイ引っ張るが、ジンタはそれどころではなかった。
完全に女性に目を奪われていた。
自分の数倍はある木のゴーレムに対し、真っ直ぐ伸ばした岩の腕。
チカラいっぱい歯を食いしばり、赤く紅潮した顔に玉のような汗が浮いてる。微妙に動きのあるチカラ比べに対し、肩の手前で切りそろえられた艶のある黒髪が揺れる。
「はぁ~……」
バチンッ!
岩の両腕をした黒髪の女性に見とれて溜め息を吐くジンタの頬を、ミトが思いっきり平手打ちした。
「い、痛いだろっミト!」
「こんな緊迫してる場面で、すっげ~~だらしない顔してるから、ちっとばっか喝をいれてやったんだっ!」
ぶたれたことに頬を押さえ非難の声を上げるジンタに、正論と怒鳴り声でミトが言い返してきた。
「ぐぅっ!」
完全に的を射たミトの言い返しに、ジンタは何も言い返せない。
「これでどうですかっですわっ!」
凜と響く女性の声に、睨み合うミトからジンタが目を逸らす。
振り向いた先にもう一人、焦げ茶色の毛色の長いクマの腕をした、真っ赤なヒラヒラのついたシャツに足首まであるまるでスカートのようなキュロットパンツを履いた女性が、ゴーレムに飛びかかった。
クマの腕と同じ焦げ茶色のウェーブの掛かった長い髪を揺らし、女性は爪を長く伸ばし、ゴーレムの木の腕を切り裂く。
ザックリと木は切り裂かれ五本の傷が付けられる。
ここに来るまでに散々あった引っ掻き傷そのままの痕が出来上がる。
――じゃああの人がリカさんか……。
ジンタがそう認識した時、傷を付けられたゴーレムが動く。
リカの付けた傷など、まったく効かない様子で。
「ほんっっとなんなんですのよ、このゴーレムはっ! 私ほんっとゴーレムって種族は大っ嫌いですわっ!」
勝ち気な目尻の斜め上、こめかみに血管を浮かせて赤いドレス風の服を着た女性が器用に長いクマの腕を組んで、力比べをしている黒髪の女性――イヨリの後ろで聞こえるように叫ぶ。
「リカさんっ! それ私にいってるんですかっ!」
「あ~ら、聞こえてしまいましたイヨリさん。おーほっほっほっ」
「くぅ……、絶対わざとですよね、リカさんっ! そもそも、そういうことはせめて私のいないところでしてくださいっ!」
「いないところで言ったら、イヨリさんの怒る顔が見えないじゃありませんか? おーっほっっほっほっ」
さらに高笑いするリカと言われた真っ赤な服の女性。
「なんかあの人……、リカさん? はイヨリさんのことを嫌ってる?」
「まあ、あの二人は色々とあるからな……」
「うん、リカはイヨリに一度も勝ったことないから、いつも悔しがってる」
しみじみに頷くミトに、リゼットもうんうんと頷く。
「へぇ~。そうなのか」
いくら戦っても勝てない。ゲームで良く経験したことのあるジンタは、なんとなくそんなリカの気持ちも理解出来た。
「それより、私達はこのままここで見ているだけでしょうか? イヨリさん、そろそろやばい感じがしますけど……ふぅ~」
雪目がさりげなくジンタのジャージを軽く摘まみながら呟く。再度、ジンタの耳元で……。
「だから雪目さんっ! なぜ俺の耳元で囁いたあげく息を吹きかけるんですかっ!」
摘ままれたジャージの袖を引き剥がし、ジンタは雪目から飛び退くように離れた。
それに対し雪目は、恥ずかしそうに頬に手を当て、
「愛情表現ですから……」
頬を赤らめ、悪びれずに言い切った。
そこに、エルファスとミリアの声が重なり響き、さらに女性の悲鳴が重なる。
「イヨリ――――ッ!」
「あぁ――イヨリさんッ!」
「キャァッ!」
ジンタがすぐさまイヨリに目を向けたとき、イヨリの小さい体が大きく後ろへと跳ね飛んでいくところだった。
「チッ! おれは行くぜ」
「さすがにこれは冗談ではすみませんね。私も行きます」
「リゼットもいくよっ!」
ミト、雪目、リゼットの三人もそれぞれ獣人化し、ゴーレムへと飛びかかっていった。
「あら、皆さんやっとここに?」
ゴーレムの攻撃を躱しているリカは、一見涼しげな声で応援に駆けつけたミト達に声を掛けた。しかし、その顔にはどこか安堵したような機微がジンタには見えた。
「ぬかせっ! それよりサッサとこいつブッ倒そうぜっ!」
「分かってますわ」
ミトに言われたリカは、一度だけイヨリへと視線を向ける。その後ゴーレムに向かって行く。
ジンタは、ミリアとエルファスの二人と一緒に、壁に座り込むように倒れているイヨリにヒールを掛けているボーイッシュな金髪に入学式のときに着るような半ズボンの子供用の制服を着たエルフの少年の元に駆け寄りながら、心配そうにイヨリへと目を向けたリカの表情を見た。
――なんだ、一応リカさんはイヨリさんのことを心配してるのか……。
そう思うとちょっと頬が弛んだ。
「イヨリっ!」
座るように倒れているイヨリの元へ到着したミリアは激しく息を切らせ、イヨリに飛び込む。
「ミリア……っ」
大きく目を見開いた後、真っ黒な瞳を潤ませ、獣人化のゴーレムの腕を解除してから、イヨリはミリアを大事そうに抱きしめた。
「良かった……無事だったんですね……ほんとに……」
一筋の雫がイヨリの紅潮した頬を流れ落ちる。
ミリアはイヨリの豊かな胸に顔を埋めて、
「うん、エルちゃんと二人だったけど、ジンさんが助けてくれたの」
イヨリの胸の中、くぐもった声に鼻を啜る音を混ぜながらミリアは答える。
「そう……エルファスさんと……、ジンさん?」
イヨリは優しい笑みを浮かべ、胸の中のミリアに視線を落としたまま、サラッとしたミリアのプラチナの髪を撫で、小首を傾げる。
「こ、こほ、ん……?」
なんとも情けない、中途半端にしてもわざとらしい咳き込みをジンタはしてしまった。
イヨリの視線がゆっくりとジンタへと向く。
相手は座ってる状態、こちらは立っている状態、何気に上目遣いっぽく見上げられて、ジンタの心臓は早鐘のように鳴っている。
「え……、えーと、今ミリアが言っていたジンタ……です」
「あ……、そう、なんです、か?」
緊張で引きつった情けない顔をしてるだろうなと自覚するジンタ。
対し、まったく理解が出来ずぽかーんとした顔のイヨリ。
「えっと、この子……、ミリアとエルファスさんを助けてくれてありがとうございます……」
とりあえず、というようにイヨリが頭だけをぺこりと下げた。
「イヨリさん、ジンタさんはミリアちゃんが喚んだ二人目の『召喚されし者』ですよ」
傷ついたイヨリにヒールをする少年と一緒に、ヒールしていたエルファスがイヨリに告げる。
「「え?」」
それを聞いて驚いた声を上げたのはイヨリだけでなく、ヒールを一時中断した金髪の少年もだった。
「ミリアちゃんの、二人目の召喚されし者の方なんですか?」
イヨリ同様に見上げてくる少年に、ジンタは恥ずかしそうに頬を掻き、
「なんか、一応そうらしい」
見つめてくる全員から目を逸らすように、広い部屋の高い天井を見上げ答えた。
「本当なんですか?」
ちらっと覗いたイヨリの瞳には、戸惑いがありありありと浮かんでいる。
そのイヨリに見つめられてジンタの情けなさは最高潮に発揮され、
「い、いや。なんかそうらしいような? 違うような? でもなんかどうしてかここにいて……ですね……」
自分でも訳の分からないことを口走り始める。
「でも、さすがミリアちゃんだね。男の人の召喚されし者を喚ぶなんて」
少年が目を輝かせる。
「うん、しかもねぇ、ジンタさんは獣人化出来ないんだよ、ロンシャンくん」
「へ~~、獣人化が――――――」
「「「え?」」」
今度は三つの声が重なった。
ロンシャンと呼ばれたエルフの少年とイヨリ、もう一つはジンタの後ろからだった。
「それは本当ですの?」
振り向いたジンタの目の前に、グリズリーの獣人化を解除したリカの顔があった。
「あ、ええ。俺は獣人化なんて出来ませんが……」
振り返ったジンタは、気後れするようにリカから一歩後退る。
「リカさん、あのモンスターは?」
イヨリが尋ねると、リカはジンタを見たまま腕を組み、
「ミトさん達から少しの間自分達で押さえ込むから休んでこいと言われましたわ、それで我がマスターであるロンシャン様のいるここに来ましたの」
リカの言葉にジンタは樽のようなゴーレムの方へと目を向けた。
「にゃろおおおおぉぉぉぉぉぉっ!」
地面に振り下ろされたゴーレムの腕からミトが一気に駆け上がり、小さく平べったい頭めがけアルミラージの下半身で強烈な蹴りを見舞う。そして短く太いゴーレムの足は、雪目の氷により地面と接着させられ、上空からはリゼットのカラフルな翼が、風を操り風のカッターを作りゴーレムの木の体を切り裂いていく。
攻める三人の勇姿に見とれているジンタに、リカがジャージの胸ぐらを掴む。
「獣人化出来ない――、つまり獣人石がない、というのは本当ですの?」
グィッとジンタの体ごとリカはジャージを引っ張り、開けて見えるジンタの胸を覗き込む。
「あら、あら、あらあら! 本当ですわ、獣人石がありませんわっ!」
覗き込んだまま、リカが大仰な声でそう告げる。
「ちょっ、リカさん! お、男の人の、ど、どこを見てるんですっ!」
「あ――ッ! リカさんずるいっ! 私もジンタさんのみたいです!」
「わたしも! わたしも!」
紅潮というより真っ赤な顔で怒鳴るイヨリにはしゃぐエルファス。
イヨリの胸の谷間から顔を上げ、目を真っ赤にしたミリアまではしゃぐ。
見られた当のジンタは数瞬の間ののち、思わず、
「きゃ――――――っ!」
とち狂った女性のような悲鳴を上げる始末。
さらに数秒後、
「しかしですわ、そんな獣人化も出来ない人化だけの男の方で、本当に大丈夫ですの?」
「「「「……………………」」」」
無言でどうですの? と向けられるリカの視線と、それに対する答えを待つその場の全員の視線がジンタに突き刺さる。
ジンタは刺さる視線と、その前に訳の分からない悲鳴を出した自分の恥辱とのダブルパンチで胸を痛めながら、
「と、とりあえず大丈夫かどうかは、これからの問題として、今はこの樽のようなゴーレムをなんとかしないと」
とミト達三人が必死に戦うゴーレムに目を向けた。
「確かにそうですね」
イヨリが休憩終了とばかりに立ち上がり、ロンシャンとエルファス、そしてミリアに目を向け、
「ヒールありがとうございます、お二人共。ミリアも良く無事でいてくれました。みんなここで少し待っててください、すぐこのゴーレムを倒してみんなでラペンの街へ帰りましょう」
言い終わるとイヨリの着ているシャツ、その豊かな胸の中心が眩く輝きだす。
イヨリの健康的な白い腕に岩が吸い付くように張り付いていく。時間的に一秒もないほどだろうが、その光景はジンタの目には神秘的に見えた。
程なくして自身のくびれたウエストと同等の太さと、地面に届くほどの長さの岩の腕をしたイヨリが目の前に立っていた。
イヨリは動きやすいラフな感じのふくらはぎ辺りまでのホットパンツ姿のまま、ごつい岩の腕を持ち上げゴーレムへと向かって行く。
「はぁ~~、ヤレヤレですわ」
肩をすぼめてみせるリカも、その両腕はもう長いクマの腕へと変わっていた。
「ロンシャン様、もう少しの辛抱ですわ。すぐこのリカがあのゴーレムを倒してきますわ」
優雅に、そして器用に長いクマの腕で真っ赤でくるぶしまであるキュロットパンツの裾を摘まみ、ロンシャンにお辞儀し、背を向け走り出すリカ。
「リカ、がんばってっ!」
ロンシャンはリカの背に声援を飛ばす。
「行っちゃったね」
「……うん」
残ったエルフの少女二人と少年一人、それとジンタ。
四人が見守る中、五人の獣人化した女性達が、自分達より何倍も大きなゴーレムに攻撃を仕掛けていく。
「倒せるかな……」
「大丈夫だよ、きっと」
エルファスの不安な声に、ミリアは必死に答える。
それに対し、この戦いを最初から見ていたロンシャンが、
「でもあのゴーレム、イヨリさんやリカの攻撃を受けても全然効いてない感じなんだ」
部屋の中央に不動で立ち、全員の攻撃に怯まないゴーレムを睨むように見つめ悔しそうに吐露する。
ミトが蹴り、雪目が凍らせ、リカとリゼットが切り裂き、イヨリが破砕する。
ジンタから見ても、一方的に獣人化した彼女達が押しているような戦いに見える。
しかし、ゴーレムはそのどの攻撃を受けても、まったく怯まない。どんな攻撃を受けても反撃し、痛みを感じてない。
攻撃しているのはイヨリ達なのに、押しているのは圧倒的にゴーレムのように見えてくる。
「うぅ……」
「ミリアちゃん……」
「…………」
ジンタの後方にいる三人のエルフ達が、ジンタ同様にそれを感じ取り、必然的に雰囲気が重くなる。
そんな中、ジンタが小さくだが呟く。
「俺……。こいつの弱点知ってるかも……」
と。




