進化と真実
次の日、ジンタは午前中にあーちゃんとイヨリ、そしてあ―ちゃんのお母さんと共に、役所へと足を運び、あーちゃんの『召喚されし者』としての登録を行い、それが終わると今度はリゼットを連れ、学校の保健医の元へと向かった。
「ふむ、つまり昨日の夜いきなりリゼットくんが覚醒、第二段階へと成った、と?」
「あ、ああ。まあそうなるかな」
ジンタは何とも不自然な答え方で目を逸らした。
保健医はそんなジンタにジト目を向けながら、
「まあ、他にも何か色々ありそうだが……、とりあえずリゼットくん、良ければここで獣人化してくれないか?」
「うんいいぞ、どっちに成ればいい?」
「うむ、とりあえず今まで通りのをお願いしようか」
「わかったぞ」
二つ返事でリゼットは獣人化した、両腕が翼の獣人化を。
「ふむ、普通にハーピーだな。では次はもう一つの方を頼めるかな?」
「うん」
最初よりも眩い輝きを放ち、リゼットは翼を背に両腕が人のままの姿へと成った。
「…………これは、驚いた…………」
保健医にしては本当に珍しく、心底呆気にとられたような顔で呟いた。
「どうだ?」
口を半開きにしてリゼットを見ている保健医にジンタが聞くと、
「これは……、第二段階の変化と言うより、その先の過程、進化ではないのか?」
「進化?」
ジンタの呟きに、保健医はハッとなりジンタを睨む。
「君、今私が口にしたことは忘れてくれっ!」
「もう聞いちまったから無理だ!」
保健医の願いを即答で却下する。
「それに話として聞いただけならまだしも、実際リゼットがそうなっちまってるんだ、隠せるもんでもないだろう?」
「……それも、そうだな……」
呟き、保健医は頭をボリボリと掻き、
「まあ、今のリゼットくんの姿を見て、ハーピーというよりは、私にはセイレーンに見える、とだけ言っておこうか」
「セイレーン……?」
ジンタが小首を傾げる。
「なんだ、君のその反応は?」
不満げに鋭い目を向けてくる保健医に、ジンタはかぶりを振り、
「いや、何というか俺もセイレーンって種族のことは、あ~~、見たことはないけど知ってるんだが、セイレーンって二種類いるよな?」
「はあ?」
「いや、セイレーンってさ、確かに今のリゼットみたいな鳥タイプと、下半身が魚のタイプがいるよなぁ~と」
あはは、と笑うジンタに、保健医は眼鏡を持ち上げ目を揉み、
「ふむ、君の世界では二種類もいるのかセイレーンは……、しかしこっちでは下半身が魚なのはマーメイドと言われているぞ?」
「ああ、そういやどっちも同じような姿だな……」
「とりあえず、鳥か魚かの訳の分からん話はそっちに置いといてだな、今は進化についてだが……、リゼットくん大丈夫か?」
保健医がリゼットに目を向けるも、リゼットはとっくに聞くのを放棄し立ったまま半ば意識を夢の世界へとトリップさせていた。
「ああ、この子はこういう子なんで、それよりこの話難しくなります? もしそうなら――――」
「ふむ、そうだな。マスターであるロンシャンも交えて話をした方が良いかも知れんな。それに――ちょっと他の先生方にも、進化がこの段階で出てしまったことについて、話しを通しておかないといけないからな。とりあえず今日は帰りたまえ、後日、曜日を合わせ……、私が――、この私がっ! 面倒臭いが君達の家へと出向き、話をさせてもらう」
途中(ジンタの家へと出向く辺り)から本当にイヤそうに、保健医が顔を顰めた。
ジンタは、そんな保健医の心底イヤそうな顔をガン無視して、
「そうか、まあ色々あるならその時に聞こうかな。じゃあ帰るわ」
呆けているリゼットの顔の前でパンッと両手を強く叩き合わせる。
「ハッ! リゼット今寝てないよ! 起きてたよ!」
激しく動揺し、キョロキョロ首を動かすリゼットに、
「分かってるよリゼット。もう話は終わりだから帰ろうか」
肩をポンと叩き、保健室を後にした。
数日後、ジンタの住む家へ、約束通り保健医がやって来た。
リビングの真ん中にある正方形のテーブル、その四つの列に置かれたソファーには、この家に住む全員がそれぞれの家族同士でソファーの一列ずつに座り、一辺だけ空いている一列に保健医が一人で座った。
「しかし君は気が利かないな」
部屋に入り、出された紅茶を一口飲んでからの保健医の第一声がそれだった。
「ほう? 紅茶も出して、こうしてクッキーまで用意してるこの家にまだ不服があるのか?」
ジンタが指差すテーブルの上には、イヨリお手製のクッキーが置かれていた。もっともそのクッキーは早くも置かれた時の量の半分まで減っていたが……。
約二名の食いしん坊が――、いや最近では三人に増えた食いしん坊達が、話を聞くよりは食べる方へと意識を向けているからだ。
保健医は減っていくクッキーを寂しそうに見つめながら、
「この私がこうしてここまで来ているんだぞ? 「これをどうぞ」の一言で、サッと抜き取った血の一リットルぐらい差し出してもいいんじゃないのか?」
「さて、サッサと話をしてくれ、あんたの訳の分からない非常識っぷりを、常識人のこの俺は持ち合わせていないんだ」
「な、なんてことだ……。保健室での今までの息の合った会話、あれは全部遊びだったというのか?」
淡々と感情も込めずに保健医は口にするが、リビングにいるそれ以外のみんなからジンタが白い目で見られた。
「……さて、君がみんなに白い目で見られる状況を作ったところで、早速話を始めようじゃないか」
「…………」
ご満悦の保健医に対し、ジンタは疲れたように上向き、目を手で覆った。
「まずは、今回のリゼットくんの件だが、ここにいる全員がそれを知っているととって良いのだな?」
確認の為だ、と付け加える保健医に、食べるのに夢中な三人以外の全員が頷く。
「ふむ、では先にリゼットくんに聞きたい」
「んあ?」
名前を呼ばれ、クッキーを頬袋よろしくに溜め込んで膨らませていたリゼットが頭を上げる。
「君は、新しいその姿に成って何か新しいスキルを身につけていないか?」
「リゼット知らない。あの姿あまり成りたくない、飛ぶのすごい疲れる」
口の中のクッキーをゴクリと飲み込み、リゼットは関心なさそうに答える。
「飛ぶのが疲れる?」
意味が分からないと、首を傾げる保健医にジンタが説明を付け足した。
「ああ、リゼットは、今まで両腕を翼にして空を飛んでたんだが……」
「うむ、ハーピーはそうだな」
「だけどあの姿に成って飛ぶ時も、リゼットはなぜか、一緒に腕も激しく振らないと飛べないんだ」
「…………」
「腕を止めると、背中の翼も止まって落ちちまう……」
「…………」
虚ろな瞳でリゼットを見つめる保健医に、ジンタ以下話を聞く全員が疲れたように息を吐き出す。
気を取り直すように、全員がテーブルに用意されている飲み物に口を付けた後、
「その辺りは何だな、練習で身に付けていく他あるまいな」
「はい……今も練習はさせています……」
ロンシャンが恥ずかしそうに答えた。
「で、だ。まず言わせてもらうと、やっぱりリゼットくんの場合は、第二段階と言うよりは進化だと、我々の方でも認識した」
「はい、それで認識されるとどうなるんです?」
「まずは、我々教師の前でもう一度その姿を見せてもらい、それをもって、新しく『召喚されし者』の証明書に種族セイレーンを追加することになる」
「なるほど……、だからあの証明書には色々余白が残されていたのですね……、でもそれなら他にも色々と追加事項がある、と言うよりは増えるってことですよね?」
確信を持って尋ねてくるロンシャンに、保健医はやれやれとおでこを押さえ、
「君は憎たらしいほど頭が回るな、今の話でそこまで辿り着くとは……」
「では、他のことも教えてもらえますか?」
「それは教えんがな」
「それは残念です」
ロンシャンと保健医は、互いに笑みを浮かべ合う。
「さて、話を戻すが、まずどうしてこの事、そして今ロンシャンが聞いたことを我々が君らに伝えなかったのかを、一応の言い訳として話させてもらおう」
全員が頷くのを見て、保健医は続けていく。
「なぜ第二段階や進化、それら重要なことを君達に話さなかったかというと、それはマスターである若木達に起因する」
「僕達に、ですか?」
「ああ、と言っても至って簡単な意味だ。君達若木のチカラがまだ弱く、そのチカラが不安定だからだ、と言えば君なら分かるかな?」
「つまり第二段階や進化は、僕達が『召喚されし者』であるみんなに無意識で送っている魔力……、――いや、話の流れだと、無意識で送っている「だけ」というのも、この際怪しいととるべきかな?」
口に出しつつ、ロンシャンは保健医の顔から目を離さない。
「ふ~、君には感心する以上に、恐い印象が強くなっていくな」
参ったとばかりに保健医は手を上げ、
「君のその考察は正しいよ。もし良ければ、そこに辿り着いた理由を私にも教えてくれないか?」
「前々から気にはなっていたんですよ、無意識で魔力を送ると言うことが。それが違うんじゃないかと本気で考え始めたのは、ミリアちゃん達がトレントを倒した時のことをリカから聞いた後からです」
「んあ?」と、クッキーをリゼットとあーちゃんの二人と取り合うように頬張っていたミリアが顔を上げたが、すぐにロンシャンが笑みのまま首を振るのを見て、また取り合いに戻る。
そんなミリアを見て、イヨリが溜息を吐き、ジンタは苦笑した。
「リカの話の中で一番気になったのは、最後の時。ミリアちゃんだけがトレントのチカラに屈せず、最後のハイヒールを唱えようと魔力を集中した、その後ですかね」
「ふむ、彼とイヨリくんがトレントの束縛の魔力を打ち破った時のことか……」
「はい、イヨリさんの種族ゴーレムとしての物理的パワーなら、あるいは可能なのかも知れないですが……。普通に考えて、ジンタさんのチカラではリカやミトが破れないモノを破れるとは思えませんから。――それにリカが聞いた、二人が動き出す瞬間に聞こえた「バチンッ!」という音もその理由です」
少し、いや、かなりグサリと突き刺さるロンシャンの言葉だが、ジンタもそれに関しては納得するしか出来ない。
「その話を聞いただけで、そこまでか……。今後君の前では迂闊に話も出来ないな」
ははは、と苦笑気味に保健医が笑い、一拍空けるように出された紅茶を含み、
「実は、その通りなんだよ。君達は普段『召喚されし者』である彼らに、繋がった赤い糸から無意識で魔力を送っている。しかし、それは両者の意識的に、――いや両者の無意識的にも、その量を増やし引っ張り出す事が出来てしまうのだよ」
「僕達の魔力総量を超えるほどに、それは引っ張り出す可能性があると?」
「そうだ。しかもそれは、彼らが強く心に願えば願うほど、互いにリンクした想いが強くなればなるほど引っ張り出す。本人の意思以上に……」
「それは……、危険ですね……」
「その通りでな、だから我々は第一階層ではそのことは伝えず、むしろ意識させない程度に済ませていたし、この第二階層でも第二段階を見せるだけで、この説明はしなかった。もっとも『召喚されし者』の中に第二段階へ到達した者、もしくは進化した者がいた場合はこうしてちゃんと説明をしていくことにしていたがな……」
「その事を先に説明すると、自分のせいではなくマスターのせいだと思う人がいるからですか?」
「そう、そして知ったがために、強引にそれを自分の意思で引っ張りだそうとする者がいるから、だな」
「「「…………」」」
話を聞く全員が沈黙する。
聞こえてくるのは、パリパリポリポリとクッキーを頬張る音だけ。
その中で、保健医は思い出したようにポンと手を叩き、
「そうだ、君ほど頭が回るのなら、さっきのトレントの話もそうだが、ヒールが攻撃魔法となっているミリアのことも色々と憶測を巡らせているのだろう? もし良ければ――」
そこまで言った保健医の言葉は、リゼットとあーちゃんに負けないよう口一杯にクッキーを詰め込んだミリアと、たまたま真剣な顔で紅茶を口に含んでいたジンタが、同時に吹き出したことで言葉を止められた。
「ちょ、ちょっと二人共何やってるんですか!」
イヨリが、慌てて布巾で二人の吹き出したクッキーのカスと紅茶を拭き取る。
「ご、ごほげほ! ク、クッキー吹き出しちゃったよ! もったいないよ!」
誤魔化すように再度新しいクッキーを口に放り込むミリアに対し、ジンタは咄嗟的すぎて、鼻からも紅茶を垂れ流しむせていた。
そんな二人の反応を保健医は鋭い瞳で見つめていたが、
「それで先生、一体何を僕に聞こうと?」
ロンシャンが話を戻すように尋ねた。
保健医は一拍の間をあけ「いや、これはまた関係のない話だな」と口をつぐんだ。
そして気を取り直し、
「つまりだ、今の話の通り、第二段階そして進化と、君達『召喚されし者』が新しくチカラを身に付けていくということは、その影にマスターであるこの子達の魔力も相応に消費されていくと言うことを理解して欲しい」
リビングで話を聞く全員を見渡しながら保健医は告げた。
「それでは私達は第二段階へと、ただ自分達の努力だけで成れる訳ではありませんのね?」
「うむ、そうではあるが、それでも自身の努力は必要だし、してもらわねば今後はもっと困ることになる」
「今後、ですか?」
リカの目がゆっくりと細められる。
「それについては何だな、追々分かってくろだろうから、今は詮索しないでくれ」
「そうなんですの?」
分かりましたわ、とあっさり納得するリカ。
「他には、何かあるかな?」
「はいはいはーい!」
「はい、ミトくん」
勢いよくぶんぶん手を上げるミトを、保健医が教師のように指名する。
「じゃあ、おれが第二段階にしろ進化するにしろ、エルファスも関係してくるってことでいいのか?」
「そういうことだが、さっきも言ったが、第二段階になるにせよ、進化するにせよ、それはミトくん、君のマスターであるエルファスの魔力を引っ張り出すことにもなる」
「え~~~~~…………」
嫌な顔をしたのはミトではなく隣のエルファスだった。
「……何をそんな嫌な顔してるんだ、エルファス……」
「ミトっていつも私から色々奪うだけで、たまには感謝して何かくれるとかないの?」
「ほ~~、例えば?」
「お菓子とかお菓子とかお菓子とか……」
「ほ~~~~……」
隣のエルファスに向け、ミトがゆっくりと手を伸ばす。
「い、いや、待って冗談だよミト、だ、だから……いやぁぁぁぁ~~~~」
グリグリと、ミトのゲンコツがエルファスのコメカミを締め上げていく。
「さて、この辺で話は終わりでいいかな?」
他に質問がないことを確認して保健医は席を立つ。
「そうそう、さっきも言ったが、後日リゼットくんにはもう一度学校に来て獣人化してもらうけどそれは良いかな?」
「はい、それは僕からもお願いします」
それにはクッキーに夢中なリゼットではなく、マスターであるロンシャンが頭を下げた。
「では、また後日」
入り口へと向け歩き出した保健医はピタリと立ち止まり、何か思い出したようにクルリとリビングのジンタ達の方へと戻り、夢中でクッキーを頬張るあーちゃんを見た。
「この子はまだ、獣人化は出来ないのだったよな?」
クッキーに夢中なあーちゃんの頭に手を置いて、保健医はジンタを見た。
「ああ、あーちゃんはまだ出来ないけど」
それが、とジンタが目で尋ねると、
「もし出来るように成ったら、教えてくれないか? 私もいろいろな獣人化を見てきたが、よくよく思い出してみれば、初めて獣人化した時の変化を見たことがなくてな」
「ほ~、変化なんてあるのか?」
「いや、それが分からないからこうして見てみたいなと、なんせ普通はもう出来るように成っている『召喚されし者』が喚ばれるからな、まだ出来ない者というのは意外に見た事がない」
「なるほどな。分かったよ、出来るように成ったら教える」
「出来れば、それにともなって他に変化があったらそれも教えてくれよ」
「ああ、出来るだけ伝えるよ」
「それとこの子も一度採血を――」
「「それは却下だ(します)」」
ジンタと、そしてイヨリが同時に答えた。




