第二階層へ
トレント事件から二週間。
街は平穏を取り戻し、いつも通りのラペンの風景へと戻っていた。
そんな中、温かくなり始めた日中、ジンタは小学校の保健医の元に来ていた。
「これを見てみろ」
対面に座る保健医が、飲み物が置かれたテーブルの真ん中に置いたのは、二つになったヒールの杖だった。
「ほう……、確かに見たが、まさか弁償しろと?」
「うむ、そうしてくれればいいんだがな」
「絶対しないけどな」
「だろうな……って、そこじゃない!」
「じゃあなんだ?」
いつもの悪態のキャッチボールをした後、保健医は杖を持ち、折れた部分をジンタに見せつける。
「これだ」
「……なんだ? これ」
見せつけられた場所に、豆粒大のシコリが出来ている。
「ふむ、どうも芽のようだ」
「は? 杖の芽?」
「アホか君は、この杖の材料だった時の芽だ」
「そうか……」
「……うむ」
二人はそれぞれに置かれた飲み物を口に含む。
ちょっとフルーティーな味の紅茶に、気分が和む。
「で、君はこの意味が分かったのか?」
数秒の間をあけ保健医が聞いてきた。
「いやまったく、だから何だと思った」
ジンタは即答する。
はぁ~~~~~~~と、如何にもな溜め息をし、保健医は口を動かす。
「いいか、この杖は私が使ってもう三〇〇年経つんだ、そんな枯れに枯れ果てたを通り過ぎたようなこの杖の芽が、なぜ今ここに生えてくるのか? ということだ」
「それは、出ちまったもんはしょうがないんじゃないか。それよりあんたもう三〇〇才以上なのか?」
保健医は再度大きな溜め息、今度は疲れたようにおでこを押さえてだ。
「いいか、この杖を折ったのは、結果君のマスターであるミリアだ。女性に年齢を聞くのは失礼だとは思わんのか君? ちなみに私は永遠の二〇才だ」
「そうだな。――ゴフッ」
「あの子はこの杖でハイヒールしか使っていない」
「確かに、それ以外使えないからな」
「そしてこれを壊すほどのチカラで、ハイヒールを放った」
「でもトレントは倒せただろ?」
「ああ、そしてこの杖は折れ、芽がでた」
「うむ、そうだな」
「つまりミリアの使っているスキルはちゃんとしたヒールなんだ」
「「……」」
二人はもう一度飲み物に口を付ける。
「えっとだな、ミリアが使っているのがヒールなのは、いやヒールだけなのはみんな知って――」
「知ってない‼」
バンッとテーブルを叩く保健医。叩いた拍子に杖の円を描いた上部分が床に落ち、からんと音を立てた。
しかし、保健医はそれを目で追っただけで話を続ける。
「いいか? ヒールは回復魔法だ、それが攻撃魔法になるなんておかしいんだ」
力説する保健医に、ジンタが床に落ちた杖を拾い上げテーブルに置く。
「そうは言っても、実際ミリアはそのヒールであのばかでけえトレントを倒したのを、あんただって見ただろ?」
「そうだ。だから私は次の日、破裂したトレントの破片を調べたのだ」
「ほう……、それで?」
「これだ」
保健医の手によって、テーブルに新しく置かれた木の破片にジンタも目を向ける。
「ふむ、なんか木の破片にしてはいやにぶよぶよしてるな」
「うむ、まるで過剰に栄養や水分を摂取しすぎてしまったような感じなんだ」
「全部そうなのか?」
「恐らく、一応調べられるだけ調べたが、大体どれも一緒だった」
ジンタは考え込むように視線を窓の外へと向けた。
「つまり、ミリアのヒールの場合、過剰過ぎる回復力が攻撃のようになっていると?」
「ああ、それだと死に掛けだったトレントが完全回復した理由も納得がいくだろう?」
「回復した時は、あのトレントの生命力のキャパシティがミリアのばか凄いヒールを受け止められたからだと?」
「うむ」
「でも、ヒールを仮にケガもしていない元気な相手に掛けた場合って、効果ないんじゃなかったっけ?」
「普通はな」
「じゃあなぜミリアの場合は?」
「そこが分からないんだよ……」
保健医は悔しそうに両手で顔を覆う。
「とりあえずだな、君はこれから第二階層へとミリア達と行くわけだ」
「まあそうだな、――っておれ達っていつ行くんだ? な~んて答えてくれる訳――」
「今日だ」
保健医は冗談半分に聞いたジンタに対し、あっさりゲロッた。
「は? 今日?」
驚くジンタが聞き返すと「うむ」と頷き、
「ロンシャンとエルファス達は、昨日の夜に発っている」
「ま、まじか。そう言えば今日の朝は誰も来ないからちょっと心配してたんだが……、でもそんなこと教えていいのか?」
「普通はダメに決まっているだろう」
「だよな」
「うむ、君と私の仲だからな」
保健医が眼鏡をクィッと持ち上げると、怪しげに眼鏡が光った。
「な、なんだその言い方は……」
「別になんでもないさ。それより、私が忠告したいのは、君達はまずミリアのあの異常さの原因を調べた方がいい」
「調べるったって、俺もそれなりにやってるけど……」
「それなりじゃダメだ。これから先の君達の為にも、それが優先事項だ」
「そ、そうなのか。――でもどうやって……」
「とりあえずは、練習と言いながら、色々な場所で魔法を使わせるんだな。いきなりでは分からないことも、少しづつ分かってくるかも知れないからな」
「やっぱそうだよなぁ~」
ジンタは、溜息交じりに、もう一口飲み物を口にする。
「とりあえず、私からの話はこれまでだ。君も今日一日、ちゃんと別れを済ませてくるんだな」
笑みを向ける保健医にお礼をいい、ジンタは席を立ち保健室を出た。
「とりあえず、イヨリとミリアに伝えとくか、そして別れの挨拶はおやっさんと道具屋の婆ちゃんかな」
ジンタは、少し物寂しい感覚を胸に宿し、歩き出した。
最後の挨拶を済ます為に。
日が沈み、ついにはさっきまではしゃいでいたミリアがうとうとし始めた頃、ジンタ達の家のドアがノックされた。
今日の出発を知っていたジンタ達は、もう準備万端の格好で待っていた。
ジンタは床に置いたショルダーバッグと剣と盾を持ち、イヨリはミリアの着替えと後は調理に愛用していた道具を数種を持ち、ミリアは頑として譲らなかったお菓子を詰め込んだリュックを背負って、叩かれた家のドアを開けた。
扉をノックしたのは見たことのある小学校のエルフの教師二人だった。
「用意は済んでいるようですね」
声をひそめ、静かに聞いてくる。
「ああ、一応言われた通り、数日分の着替えと、自分にとって必要な荷物だけだけど、本当に布団とか毛布は必要ないのか?」
「それは大丈夫です、もうあなた方の第二階層での住処には、それぞれ人が居ますので」
「人が居る、ですか?」
イヨリが怪しげにくり返す。
「とりあえず行きましょう」
あまり詮索されるのを好ましく思わないのか、教師二人は羽織った黒マントを翻し、歩き始めた。
道中無言ではあったが、進む道には覚えがあった。というよりは知らない方がおかしいぐらいだった。
何故なら向かった先は、何の間違いもなくミリア達が通っていた小学校だったからだ。
「ここに第二階層へ進む為の何かが?」
ジンタが問うも、教師達は押し黙ったまま学校内を歩いて行く。
一階の食堂を突っ切り、さらに進み遂には三方を壁に囲まれた行き止まりへ辿り着く。
「ここ、行き止まりだよ」
眠そうに目を擦りイヨリに手を引かれついてきたミリアが言う。
訝しむジンタ達の前で、教師の一人が教室側に位置する左の壁に手を当て、何かを呟いた。
教師の手を置いた壁から光の筋が縦に走り、地面に達すると光の筋がゆっくりと開いていく。
「こんな仕掛けが……」
開いた壁を見て、驚くジンタ達を教師達が開かれた扉の中へと促す。
ジンタ達の住んでいた家のリビングほどの広さ。そのぐらいの広さの部屋の中は、まるで昼間のように、――いや明るさだけなら昼間以上に明るく、壁際に置かれた色々な機材は、それこそ七色の光を瞬かせチカチカと輝いていた。
「す、すごい……」
「ふわぁ~~……」
その光景にイヨリとミリアがぽかーんと口を開け、感嘆の声をあげる。
しかし、ジンタだけは、その光景にある種、懐かしさを感じていた。
「これは……」
イヨリ達とは別の意味で驚き戸惑うジンタの前に、
「さて、今年はもう君達で最後だ」
保健医兼校長の声。
「これから君達を第二階層へと、この奥の部屋にある天翔る橋で連れていく」
保健医は自分の後ろの扉を指差し、そう告げた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。これは……、この機材は一体?」
ジンタは驚きをそのままに、幾つもの光を放つ機材に指を向ける。
「む? これは、橋を動かす為の装置だが?」
「橋を動かす装置……だって……」
なおも驚くジンタに、保健医は眉を顰めながら、
「君はこれを知ってるのか?」
幾分、興味深そうな声で聞いてくる。
「い、いや、これ自体がなんなのかは俺にも分からない……。でも、俺が居た世界にもこういった感じに光る装置が、色々と普通にあったんだ……」
「それは本当か?」
ますます興味を持ったように保健医は詰め寄る。
「ああ……」
ジンタは、戸惑いつつも頷く。
「それは興味深いな……」
何か考え耽るように眼鏡をクィッと上げる保健医。
保健医が黙り、自身の中にも幾ばくかのゆとりが生まれたジンタ。
そうなると次は色々と疑問が浮かび上がってくる、だから今度はジンタが尋ねた。
「あんた達こそ、これが何なのか、使い方を知ってるのか?」
「うむ、これは第二階層へと君達を運ぶ為の「天翔る橋」と呼ばれるものだ」
「「天翔る橋」……?」
「そうだ。奥にある部屋に入ってもらい、こっちの装置で君達を第二階層へと送るんだ」
「転移装置……なのか……」
聞いた限りの話ではそうとしか言えないが、ジンタの居た世界においてもそんな装置は存在はしない。あるとすれば、それはゲーム内にあったぐらいだろう。
「転移? それは?」
興味深げな保健医に、ジンタは困ったように、
「理論も仕組みも俺にはまったく分からないけど、つまりAという場所から遠く離れたBという場所へ、相手や物を運ぶ機械と言えば分かりやすいか?」
「ふむ、まったく以て分かりやすい。というよりはそのままだな」
保健医も深く頷く。
「つまり、これはそういう機械なのか?」
「うむ、ここ第一階層から第二階層の、とある部屋へ、今日であれば君達を運ぶ為の神聖な場所だ」
「神聖な場所……」
考え込むように呟くジンタ。
「それより君のいう装置と言うのは――――」
そんなジンタにより興味をそそられ、保健医がジンタに詰め寄ろうとした瞬間「ビービービー」と壁際の機械が耳を突き刺すように鳴り響き、赤いランプが明滅する。
「い、いかん、早く行かねば、今日はもう行けなくなるな」
保健医がガッカリした顔で、それでも急ぐようにジンタ達に注意を促す。
「すまない、もっと色々聞きたいのだが、今は急がないとならない。とりあえず君達は早くこの先の部屋へ入ってくれ。中に入ったら、部屋の中央に立ち、三人で手を繋いでくれ。そしてこちらから指示があったら目を瞑るんだ。いいか、目を開けてると目が潰されるからな、しっかり瞑るんだぞ」
まくし立て、保健医はジンタ達三人を転送する為の部屋の中へと押し込んだ。
放り込まれるように入った部屋の中は四畳ほどの広さだった。ちょうど真ん中にジンタの腰ほどまでの円の柱があり、その上に丸い水晶が乗っかっている。
「これを囲むように手を繋げばいいのでしょうか?」
さっきから、ぼう然としっぱなしのイヨリが戸惑い呟く。
『ああ、そうだ。その水晶の周りで手を繋ぎ、円を作ってくれ』
スピーカーから部屋の中に響く保健医の声。
「手を繋ごうよ」
ミリアが、考え込むように水晶を見つめるジンタに手を伸ばしてきた。
ジンタはハッとなり、我に返ってその手を握る。そして隣を見れば、イヨリも手を差し伸べていた。
「なんかよく分かりませんが……いきましょう、ジンタさん」
不安を宿らせつつも、イヨリは笑顔を向けてくる。
「ああ、ここで考えてても始まらないな。とりあえず行こうか、第二階層へ」
ジンタは頷きイヨリの手を握る。
三人が手を繋いだのを確認して、保健医の声が響く。
『よし、では三人とも目を瞑ってくれ』
指示に従い、まずはやけにわくわくした顔のミリアが目をギュッと瞑る。
次に不安げなイヨリがややきつめに握る手同様に、目をキツく瞑る。
二人が目を瞑ったのを確認して、ジンタも一呼吸置いて目を瞑る。
目を瞑って数秒後、保健医の声が響く。
『では、いくぞ』
声の後、さらに数秒してジンタの体がふわりと、まるで魂が抜けるような、そう、感覚的にはエレベーターに乗ってるような浮遊感が襲う。
きっとこんな感覚は初めてなのだろう、ミリアとイヨリの手がより強くジンタの手を握ってくる。
無重力のような、何とも言えない感覚は数秒して止まった。
そして、
『ようこそ、第二階層へ、さあ目を開けて下さい』
スピーカーから聞き慣れない女性の声が流れた。
ゆっくり目を開けた先は、さきほどと同じ部屋だった。
三人が手を繋ぐ真ん中には同じように円柱と水晶がある。
しかし、隣の部屋に出ると、そこには保健医と見知ったエルフの教師ではなく、まったく知らないエルフの女性が数人立っていた。
「ここは、ほんとに第二階層なのか?」
ジンタがやや強ばった声で尋ねると、
「ええ、ようこそ第二階層、第一の街ラペンへ」
先ほどの声の主であろう、正面に立つエルフの女性が答えた。
「皆さんは当然、階層の移動が初めてですので、まずは色々と馴染みやすくする為。この第二階層の第一の街は、第一階層のラペンと同じ名で、しかも同じような作りとなってます」
案内されながら、ジンタ達はまるで来た時と同じように学校の廊下を外へと向け歩いていた。
まるで、キツネに化かされたような感覚で……。
「さて、ではあなた方のお家ですが、第一階層の時と同じ場所となってますね」
そう言い、夜の学校の門のところで、エルフの女性は今までジンタ達が住んでいた家の方向を指差した。
「どうです? 違和感は感じないです?」
そう問われたが、ミリアが、
「違和感というか、ここが第二階層と言うのがうそっぽく感じるよ……」
困惑を通り過ぎた呆けた声で答えた。
「うふふ、皆さんそう言います。では今日はそのままお家でゆっくりお休み下さい。数日間は自由ですのでどうか色々確認と見学をして下さい」
そして、ジンタ達は学校を追い出された。
三人は互いに顔を見合わせた後、とりあえずいつものように家へと向かい歩いた。
「なんか、ほんとにここって第二階層なのかな?」
再度、真ん中で手を繋ぎ歩くミリアが呟く。
「本当にそうですねぇ……」
ジンタとミリアを挟んで反対側で歩くイヨリが同じように呟き答える。
「でも、なんか少し風のニオイが違うというか、風が温かくないか?」
ジンタが空を見上げ言うと、
「うん、なんか違う気はするんだけど……」
「その微妙な変化より、変わらない変化の方が大きくて……」
二人の戸惑いに、ジンタも頷き、
「確かになぁ……、とりあえず今日は早く家でゆっくりしたいな……」
溜息を漏らした。
そして辿り着いた我が家の場所には、確かに家があった。
しかし、それは今までの家より数段に大きい作りになっており、しかも中には明かりが灯っていた。
「あ、あれ? ここだよな?」
ジンタが戸惑ったように二人に聞けば、
「ええ、そのはずですが……」
「ここだよねぇ……」
と、二人も困り顔だ。
「とりあえず、入ってみるか……」
ジンタを先頭に、三人は玄関であるドアの前に立った。
「じゃあノックするぞ」
ジンタが二人に振り返り、そう告げた時、
バンッ!
ジンタに向け扉が開け放たれた。
当然ジンタはモロにドアの攻撃を受け、地面へと叩き付けられた。
「リゼット! もう我慢なんねえ、ソレはおれが食うつもりだったんだっ!」
「違うよ! コレはリゼットが食べるつもりだったよ!」
聞こえる怒号には聞き覚えがあり、
「リゼットさんにミトさん……」
「リゼットにミト……」
ジンタの後ろにいて、難を逃れた二人の家族の言葉に、ジンタは間違いじゃないことを理解した。
「あれ? イヨリさんにミリア」
「ジンタは、どこだ?」
二人は互いにつかみ合ったまま、そう尋ねる。
それに対し驚くミリアとイヨリは、倒れたジンタを指差した。
「何やってんだ、お前」
「ジンタ、寝るなら布団入れ」
加害者二名が、被害者にそうのたまった。
「エルちゃん、ロンシャンくん」
「ミリアちゃん」
「やあ、ミリアちゃん」
マスターであるエルフの少年少女三人が、再会に手を合わせぴょんぴょんと飛び跳ね、喜びを分かち合っている。
そして『召喚されし者』であるジンタ達は、今までの家よりも広いリビング、その真ん中に置かれた一面に四人ずつはゆうに座れそうな正方形のテーブル、それに付随するように置かれたソファーに身を落とし座っていた。
「つまり、ここが私達の今後の活動拠点、我が家と言うことですか?」
イヨリのコメカミが幾分ピクピクしている。
「ええ、そういうことですわ」
しれっとした顔で、リカはそれに答える。
「それで、ここには私達以外にリカさん達やミトさん達も一緒に住むと?」
「ええ、それも間違いありませんわ」
「その家分けに対して私達には何か伝達ってありましたっけ、ジンタさん?」
「い、いや何も聞いてないけど……」
「そりゃあそうですわ、私達で決めさせて頂きましたから」
まったく悪びれないリカ。
「そうですか……」
イヨリのコメカミのピクピクが、先ほどよりやや早くなる。
「まあ、一緒に住むのは良いとして――」
一度イヨリは落ち着くように息を吐き、
「どうして掃除洗濯食事の家事全般が全部が私なんですか?」
口にすると、やっぱり収まらないイヨリのコメカミが、最高潮にピクピクと震える。
「それはあれですわ、他にやりたい人がいませんからですわ」
「私だってやりたくありません!」
「あら? だったら順番制にしてもよいですけど、あなたはリゼットやミトさんの作る料理を食べたいと思いまして?」
「それは断固反対です!」
「それは命に関わるから止めて!」
ロンシャンとエルファスの悲痛な叫び。
「ど、どうして……?」
エルフ二人の懇願的な瞳と意味深な言葉に、イヨリの方が戸惑う。
「はぁ~仕方ありませんわね、雪目さんアレをイヨリさんに」
リカがそう言うと、一瞬もの凄く嫌そうな顔をした雪目が、渋々とソファーから立ち上がり、恐らく厨房だろう場所へと鼻を摘まみながらゆっくりと入り、ガチャガチャと何かをかき分ける音をさせてから、一枚の皿を持って出て来た。
「ひ、ヒィィィィィィ―――――ッ」
半狂乱しそうな悲鳴を上げ、ロンシャンとエルファスが部屋の隅に後退る。
テーブルに座っていたリカも無造作に立ち上がり、部屋の入り口へとティーカップを持って下がっていく。
ミトとリゼットも気付けば遠巻きに避難している始末。
厨房から、鼻を摘まみプルプルと震え雪目が持ってくる皿に、ジンタもイヨリもさすがに困惑する。
ジンタ達家族の中でミリアだけは何かを知っているのか、それともエルファス達と同じ事をやってるだけなのか、二人同様に怖々とした顔で避難している。
「これです……」
鼻を摘まんだままの雪目がテーブルに皿を置いた。
「「うっ……」」
ジンタとイヨリの二人は同時に声を漏らした。
強襲するような、酸っぱいと、臭いと、痛いの、三重攻撃が、鼻孔と網膜へと殴り込んできた。
「こ、これは……」
ジンタが鼻を摘まみ、涙溢れる目で皿を覗き込む。
紫色の得体の知れない物体が横たわり、黄土色の物体がそれに添えられるように置かれている。
「あ、あの、これは……?」
ジンタ同様、鼻を摘まみ目を潤ませながらイヨリが聞くと、
「……それは今日の朝食ですわ」
リカが思い出したくもないとばかりに目を逸らし答える。
「一応言っておくと、作ったのはミトさんとリゼットさんの二人です」
避難した壁際で、雪目がそう教えてくれた。
「これは一体何を作ったんだ?」
ジンタが二人に目を向けるも、二人はシラを切るように吹けない口笛を吹きつつ目を逸らす。
「とりあえず食べて下さいまし」
リカが、胸焼けしたように豊満な胸をさすりながら勧める。
ジンタとイヨリは互いを見た後、どう見ても食べられるとは思えないその皿の上の物体に、ジンタがフォークを刺す。
――グシュッ
腐ったような苔の滑るような、何とも言えない感触が指を伝う。
フォークを持ち上げると、ねば~っと紫色の液体が糸を引く。
「「うっ……」」
より強烈な悪臭が鼻をつき、ジンタとイヨリはソファーを離れ、みんな同様壁際へと避難した。
「わ、分かりまして? これが、昨日ジャンケンに負けた二人に朝食を任せた結果ですわ。そして調理場をご覧なさい」
ジンタとイヨリは壁際を歩き、雪目が皿を持って来た調理場を覗き込む。
中は、リビングの明かりが届くが薄暗い、しかしそれでも分かるほど、まるで襲撃を受けた後のように色々と物が散乱し、汚れ、壊れていた。
「そこは昨日の夜まで、このリビング同様綺麗に片付いていたのですわ。ですけど今日の朝、この二人の料理の影響でその様な姿に――」
リカの疲れ果てた説明。
「「…………」」
互いに見つめ合うジンタとイヨリ。
そして数秒後、
「はぁ~~~~~~」
ガックリと、うな垂れたイヨリ。
「分かりました、明日からは私が全部やります」
諦めたように、これ以上仕事が増えないように、イヨリはそう答えた。
「それで、今日の朝食がコレなら、夕食は?」
「当然、街で食べてきましたわ」
ジンタの質問にキッパリ答えるリカ、そして全員がうんうんと頷いていた。
得体の知れない攻撃的な物体が乗っている皿はとりあえず退かして、全員がリビングの窓という窓を開け、空気を入れ換えてから席に着く。
「とりあえず今日からは全員一緒の家に住むんだな」
「うん、全員一緒だよ!」
「そういうことですね……」
ジンタの言葉にミリアは嬉しそうに、イヨリは疲れたように答える。
「とりあえずよろしくお願いしますわ」
「うん、そうだね。どうかこれからもよろしくお願いします」
「よろしくだぞ」
リカとロンシャンとリゼットがテーブルの一面のソファーに座りぺこりと頭を下げる。
「私のお部屋はジンタさんと一緒でお願いします」
「ま、これからもよろしくな!」
「皆さんよろしくお願いします」
意味不明な雪目と、ミトとエルファスが同じく別の一面のソファーに座り頭を下げた。
「何かあまり変わらないようだけど、よろしく」
「みんなよろしくね!」
「……よろしくお願いします」
最後に残った二面のうちの一面のソファーに座り、ジンタとミリア、そしてもう疲れ果てたへとへとのイヨリも挨拶を返した。
全員がテーブルの上でそれぞれに視線を合わせる。
そして、代表するようにジンタが一度、バンッとテーブルを叩き、
「これからここが第二階層の我が家で、第二階層の冒険はここからが開始だな!」
立ち上がったジンタに続き、それぞれが返事をし立ち上がる。
全員がニッと笑うのを見て、ジンタが音頭をとる。
「さあ、これからも頑張ろうか!」
「「「「おうっ!」」」」
全員が気合いを込めた声を上げ、腕を振り上げた。
こうして、第二階層でのジンタ達の新しい生活は始まった。
遅くなってすいません。一応これで第一部(小学校編、第一階層)は終了です。
拙い文章、詠みづらく分かりづらい文章。誤字脱字など色々あり、すいませんでした。
第二部である第二階層編も執筆予定ですので、どうかまだまだお付き合い下さい。
よろしくお願いします。




