決着
「ぬおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」
ジンタは体中の筋肉が千切れ飛んでも構わないほど、今この瞬間、体中のチカラを爆発させた。
歯を食い縛り、コメカミに浮かんでいるだろう血管が破れるほどドクドクと脈打つ。
暴走したトレントがミリアに近づくのが分かった。
トレントがこれから何をするのかも想像がついた。
だからこそ、ジンタは今、この一瞬にすべてのチカラを振り絞った。
「うごおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」
ビシビシィッと体の内側からイヤな音が駆け巡る。それでも構わずジンタはチカラを込める。
――俺は、俺のちっぽけな命とチカラはミリアを、家族を守る為に使うッ‼
金縛りのように固まった体が、徐々に前へ前へと動きだす。
「はああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
命を振り絞るような雄叫びを上げる。
その体に纏わり付く魔力の戒めが突然、バチンッ! と音を立て飛び散った。
自由になると同時に走り出す、ミリアヘと向け地を這い振られた太い根へと。
自身の体と同じほどの太い根に、ジンタは盾を持つ左腕を折りたたみ肩と一緒に構え、渾身のチカラでタックルのするようにぶつかった。
「ぐ、おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」
トレントの根と衝突した瞬間、ジンタの左腕と左半身の骨が軋む間もなく砕けちった。
バキボキバキッと鳴り響く自身の体中の骨の断末魔を聞きながら、それでもジンタは一歩も引かず根を押し返そうと体を前ヘ前へと押し出す。
「ぐ、グフッ」
口から噴き出る吐血を無視し、押しとどめようと踏ん張る右足が辛うじて折れずに骨としての機能を維持し、ミシミシと悲鳴を上げる。
が、ジンタの全力を持ってしても、トレントの根はジンタごとミリアに向け、唸り、突き進む。
「こ、ンノオオオオオオッ‼」
口の周りに血をまき散らし、ジンタが叫ぶ。
「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉッ!」
ジンタは体の中にあるすべてのチカラ、思考、想い、神頼み、願い、それらすべての想いを乗せ、今この一瞬につぎ込んでも、トレントの根の勢いは止まらない。
「くッソオオオオオオオォォォォォッ‼」
自分の不甲斐なさ、チカラのなさにジンタは自分に向け、ムチ打つように罵声を浴びせる。
ズンッ‼‼
腹の底、地の底から響くような重い音が響いた。
と同時に、ガクリとジンタの体が止まる。
それはつまり、ジンタが命を捨ててまで押さえようとしていたミリアに向かっていた根が止まったことも意味する。
ジンタの後ろ、背中越しにジンタ同様に荒く息づく音が聞こえる。
誰かなんて確認するまでもなかった。
ジンタがミリアを守る為に命を投げ出そうとするなら、そのジンタ以上にミリアを想い、ジンタ以上にチカラを持ち、そしてそのチカラを振り絞る人物がいるのをジンタは知っていたから。
ジンタは動きの止まった根を押さえながら、小さく息を吸い、そして叫ぶ。
「「ミリアッ‼」」
同時、まったく同じタイミングで後ろの家族、イヨリも叫んだ。
「ハイヒ――ルッ!」
返事の代わりに、ミリアはトレントへと向けた杖をさらに突き出し唱えた。
杖の先端から、まるで太陽の光のような眩い光が迸る。
光は杖の前で集まり玉となり、そしてゆっくりトレントへと向かい進みだす。
光の玉はトレントへとぶつかり、そのままトレントの中へと入っていく。
光がトレントの中へと消え、完全な静寂と夕闇が辺りを包んだ。
一瞬後、
「ゴ、ゴオオオオォォォォォォォォ――――――――――ッ!」
幹にある口が大きく開かれ叫び出すトレント、その巨木の体の内側から光を外へと吹き出させながら。
「グオオォォォォッ! グオオォォォォッ! グオォォッ!」
光に合わせるように小刻みに叫び声を上げるトレントの体が、徐々に徐々に大きく膨らんでいく。
トレントの根に触れていたジンタの体に、トレントのあり得ない程早くなっていく脈動の音が伝わってくる。
「ジンタさん、私達も離れましょう」
後ろからの声、同時にジンタの体を岩の腕が優しく包む。
トレントから数歩離れミリアの横に下ろされた時、トレントが最後の雄叫びと同時に光の粒になって弾けた。
辺りが、夕闇から闇夜になった瞬間。
そして眩く散ったトレントの光も、闇夜にすべて飲まれて消えた。
ジンタ達三人の前には、真っ暗な闇と、倒れているモンスター達しかいなくなった。
「……終わったんですかね?」
イヨリが確認するように呟く。
「ああ、多分……」
ジンタが答える。
「ほんとに?」
ミリアがもう一度確認するように聞いてくる。
「ああ、どうやらちゃんと終わったようだぞ」
答えたのはジンタではなく、保健医だった。
「ほんとに?」
再度聞くミリアに今度は、
「ああ、ほんとだほんと、いや~~しっかし凄かったなぁお前達」
「そうですわね、なかなかやりますわね」
「お見事でした」
ミトとリカと雪目が、笑みで労う言葉を口にした。
「や、やったよジンさんっ!」
ミリアがジンタに抱きついた。
「――――うっ」
抱きついたままピョンピョン跳ねて喜ぶミリアに対し、ジンタは顔を真っ青にして倒れかけた。
「どうしました? ジンタさん」
すぐ支えたイヨリがハッとなり、
「ミ、ミリア、すぐジンタさんから離れなさい」
慌てて注意する。
「え? なんで? 嬉しいんだからいいじゃん」
さらに激しくピョンピョン跳ねると、
「も、もうダメ……」
ジンタは半身を骨折した激痛と揺らされる衝撃に耐えきれず、口から泡を吹き瞳孔を半ば開かせ、気を失った。
「お、おい! ジンタ」
「え? え? ジンさん?」
「はぁ~~毎度毎度大変なことですわね」
「リカさん、呆れてないで手伝って下さい!」
「この雪目、しっかり看病させて頂きます。――その前に報酬のキスを……」
「ふむ、一日で二度も骨折をするとはな、さすがだよ君は」
完全に意識を失ったジンタに駆け寄り心配するイヨリと戸惑うミリア、そしてそんな三人を見ながら、笑みを浮かべて、それぞれ言いたいことを口にする四人だった。
疲れ果て、ボロボロになった七人。
その中で、一番ボロボロで気を失ったジンタを、イヨリがお姫様抱っこしながらラペンの小学校へと戻った。
食堂の入り口に辿り着くと同時に、ロンシャン達が走り寄ってくる。
「みんな~~~~~、勝ったよ~~~~~~」
声を張り上げ両手を振りながら、走り寄ってくる人々にミリアが元気に大声で報告する。
「みんな無事ですか?」
「ミト、大丈夫だった?」
「勝ったのか? やったのか?」
ロンシャンはリカに、エルファスはミトに、そしてリゼットはなぜか保健医に抱きついて、それぞれに心配と労いの言葉を掛けた。
「いや~~、ほんとすっげぇ心配してたんだぜ?」
松が鼻を啜り言えば、
「ほ、ほんとに、こっちも大変でしたが、そ、そちらの方はもっと凄かったんですよね、きっと」
竹も心配そうな目を雪目に向ける。
「ええ、本当にダメかと思いましたが、ミリアちゃんがやってくれました」
雪目がそう伝えると、
「え? 学年最下位のミリアが、どんな失敗をしたんですのですわ?」
ベンジャミンがミリアを蔑むように見る。
「ち、違うよ! わたしがトレントを倒したんだよ~~」
両腕をブンブン振りミリアが本当のことを言うが、
「ミリア、うそはダメだとリゼットも思うよ」
とリゼットが諫める。
「ほ、ほんとにほんとだよ~~~~~~っ!」
ミリアの悲しい絶叫が食堂に響いた。
喜び合うみんなが落ち着き、重傷で気を失ったままのジンタが無事治療を受けれたのは、合流してから何故か三十分後だった。
「いや~~、あと少し遅かったら危なかったな」
「ええ、ほんとです。どうしてあの状況で、重傷のジンタさんを誰も気にしなかったのか……」
ミトとロンシャンが額に張り付くイヤな汗を拭う。
それと同時に周りも安堵の息を漏らした。
「でも、いいんですか? 僕にハイヒールを教えちゃって?」
ロンシャンが隣に向け言うと、
「この場合、ここで彼が死んでしまうとすべてが台無しになってしまう。だからここは死んでも生きててもらわないといけない場面なのだよ」
保健医の言葉にロンシャンは「なるほど」と納得した。
「あ、そう言えば、これ……」
ミリアが右手に持つヒールの杖を保健医に差し出す。
「うむ、君も本当によく頑張ったな。まさかヒールの攻撃であんな化け物を倒すとは、ほんとに――――(ぽろ)」
保健医が杖の無事に喜びつつ、饒舌に語りながら杖を掴むと杖の上部、曲がった部分が下半分の棒から離れ、地面に転がった。
「「え?」」
ミリアと保健医が、同時に地面に転がる杖の上部を見つめた。
二人の間をコロコロ回り、折れた杖の上部はパタリと地面に横たわる。
「「…………」」
言葉なく二人は互いに見つめ合う。
「は、ははは……」
「ふ、ふふふ……」
そしてミリアと保健医は同時に笑い出す、どちらも引き攣りながら。
「さあ、今日は盛大に騒ぎましょうっ!」
誰かがそう叫ぶと、盛大な歓声が上がり同時に鼻孔をくすぐる料理の数々が食堂の調理場からドシドシと運ばれてきた。
そしてどんちゃん騒ぎへと発展していく学校の食堂。
※※※※※※※※
その中でエルファスはミトに色々と話を聞いていた。
街中でのミトの活躍、そしてすべての原因であるトレントとの死闘。そのトレントを最後には、親友であるミリアが倒したことを。
「そっかぁ、ミリアちゃんはそこまで凄いことをやったんだ……」
「ああ、ジンタやイヨリさんもすげえがんばったけどよ、それでもあの最後のミリアの凄さはおれ達のそれまでの武勇伝すら霞んじまうほどだったぜ」
目の前に置かれている料理を頬張りながらミトが力説する。
「何か……わたしだけだな……、まったく役立たずだったのは……」
エルファスは沈んだ声で呟く。
「お前もここでヒールをしてたんだろ?」
「それ位はしてたけど……、でも……ロンシャンくんは強化魔法を使ってみんなを強くして、ミリアちゃんは今回の原因だったモンスターを倒して……、わたしは……、わたしだけは……」
「ふむ、じゃあお前はどうしたいんだ?」
ゴクンと口の中の咀嚼物を飲み込み、ミトはエルファスに体を向ける。
「わたし?」
「ああ、お前は今回のミリアやロンシャンの活躍を見て聞いて、そんでもって自分がどうしたいんだと思ったんだ?」
真っ直ぐと見つめてくるミトに、エルファスが思わず目を逸らす。
それから沈黙し、考える。
――わたしは……、どうしたらいいんだろう……。
ミトはその間も真っ直ぐと優しい目でエルファスを見つめてきている。
「わ、わたしは……」
エルファスは一度、自分に言い聞かせるように頷いて、ミトの瞳を真っ直ぐ見つめ返し、
「わたしはあの二人に追いつきたい! これからも一緒に、ずっと二人と親友でいる為に」
唇を噛み、真っ直ぐミトを見つめ返した。
「よしっ! よく言った、さすがおれのマスターだぜエルファス」
ミトが屈託ない笑みをエルファスに向け、頭をポンポンと優しく叩く。
「うん! ミト、そうしたらわたしは一体どうしたらいい? どうしたらあの二人に追いついて肩を並べられる?」
「そうだなぁ~~」
ミトはアゴに手をやり考え込みながら、
「まず、お前はロンシャンのように頭がいい訳でもねえし勉強も出来ねえしやろうともしねえ、そしてミリアのように訳の分からねえチカラを持ってる訳でもねえ、つまり限りなく普通だよな」
「う、うん」
間違ってないミトの評価だが、なぜか面と向かって言われると、結構ズキッと胸に突き刺さる。
「つまり普通なお前には、やっぱ特訓だな」
ミトはさもありなんとばかりに、人差し指を持ち上げる。
「…………特訓」
エルファスの顔から一気に表情が抜け落ちる。
「ああ、まずは朝晩のマラソン十キロずつ、そして腹筋と腕立ても五十回ずつだろ、それから、魔法よりは少し武器の使い方も覚えた方がいいだろうから、その訓練も昼間にするとして……」
ミトが気持ち良さげに色々と地獄のような特訓メニューを語る中、エルファスは顔を顰めて、
「ねえミト、えっとね、わたし思うんだけど、最初はまずマラソン三キロにして腹筋とかも十回ほどにして、武器とかは追々で――」
「何言ってんだエルファス。それじゃ特訓にならねえだろ?」
「で、でも……」
「よ~~し、とりあえず、おれも付き合うから明日からやるかっ!」
ヤル気満々のミトに対し、エルファスは青ざめ、
「え、え~~と、と、とりあえず今日はわたしもミトも色々疲れてるし、明後日からにしない?」
「いいや! やると決めたらすぐやらねえと、お前はすぐ怠けようとするからな!」
ワッシャワッシャとエルファスのクセッ毛の金髪を激しく撫でるミトに、エルファスは早くも疲れ切った顔で泣きそうになった。
※※※※※※※※
「じゃあ、ほんとにミリアちゃんがトレントを倒したの?」
「ええ、そうですわロンシャン様、完全回復をさせたのもミリア様、そしてその完全回復をしたトレントを一撃で倒したのもミリア様ですわ」
床に直に座り、食後の紅茶を楽しみながらリカがロンシャンに一部始終を伝えた。
ロンシャンは深く考え込みながら、問うというよりは自問するように呟く。
「つまり、ミリアちゃんのチカラは、トレントを完全に回復させるほどのチカラもあり、そして完全に回復したトレントを一撃で倒せるほどのチカラもあるってことだよね?」
「そういうことに……、なるのでしょうか?」
「そのチカラって……」
「私では、正直まったく分かりませんですわ。何もかもが狂っているとしか言い様がありません」
「そう、だよね……、それに魔法の媒介であるリングの破損と、あのヒールの杖の破損も……」
見つめる先で、杖の棒部分を抱きしめやけ酒気味にジョッキをあおる保健医がいる。
「それについてロンシャン様にお聞きしますが、あれはそう簡単に壊れるものではないものですか?」
リカの問いに、ロンシャンは右手の中指にはめているリングを見せながら、
「うん、特に僕達が最初にもらうこのリングは、一生涯使えるようにと、媒介としての能力より、頑丈さを求められて作られてるって聞いたけど、僕もこれが壊れたって話は今回が初耳だよ」
「そうですか……、ちなみにあの杖は?」
「詳しくは分からないけど、でも、あれだって相当に頑丈だと思うよ。見せてもらった感じだと、かなりよく選定された樫の木で作られている感じだったけど……」
「そうですか……」
考え込むようなリカに、ロンシャンはまだ何かを感じたのか尋ねた。
「まだ何か他にも?」
ロンシャンに言われ、リカは少し困ったように半ば口を開けては閉めを繰り返した後、
「実は、最後にジンタさんとイヨリさんがミリア様を助けるために飛び出したと伝えましたが……」
「うん、確かトレントの最後の攻撃を二人が押さえて、それでミリアちゃんがハイヒールで倒したんだよね?」
「はい、そうなんですが、その最後の攻撃を防いだ二人が動き出した時、バチンッとまるで何かが弾けたような音が……」
「何かが弾ける……?」
「はい、当然私も、そしてミトさんも必死に動こうとはしてたんですが、動けずに……」
「二人はその音の後、動いたと?」
「……はい」
ロンシャンは、地面に置かれた自分の飲み物に視線を置き、頭を回転させた。
「ん~~、その時ミリアちゃんは?」
「トレントに最後のハイヒールをする為、集中してましたわ」
さらに考え込むロンシャン。
「仮説だけど……、集中したミリアちゃんの膨れあがった魔力が、拘束されていた二人にいつも以上の魔力を与え、トレントの束縛する魔力を上回った、とか?」
「……なるほど、あの時のバチンッというのは、捕らえていた魔力をより強い魔力で打ち破った音だと?」
「仮説の域を出ないけど……」
そう呟き、ロンシャンはまだ分からないやと困った笑みを浮かべた。
「やっぱりミリアちゃん達は面白いね、リカ」
「ええ、そうですわね」
「これからも僕達はミリアちゃん達とずっと一緒に居ようよ」
「ええ、そう致しましょう」
二人は、それぞれの飲み物に口を付けた。
「そう言えばリゼットは?」
「さきほど眠いと言い、ふらふらとお休み中のジンタさんの方へ……」
「へ~~……」
ロンシャンは気のない返事をしながら、
――僕も今日は疲れたから、これ以上問題ごとに首を突っ込むのは止めよう。
そう思い、もう一口飲み物に口を付けた。
※※※※※※※※
「た、大変だよイヨリっ!」
「ミリア、どうしたんです?」
宴会状態の食堂、その一番の戦場と化している調理場で、ミリアが料理中のイヨリの袖を引っ張った。
「だから大変なんだよっ!」
「だから、何がです?」
次々と用意される料理の盛り付けをしながら、困った顔でイヨリがもう一度問い返す。
「ジンさんが、凍え死にそうなんだよ!」
「へ?」
「早くっ!」
意味が分からぬまま、イヨリは手に持つ調理道具を置き、ミリアに引っ張られ付いていく。
「一体どういうこと――」
ジンタは、先生方とロンシャンのハイヒールでの治療終了後、宴会が始まった食堂の隅で半ば放置状態に毛布を掛け寝かされているはずだった。
しかし現場につくと、ジンタの毛布は見事に寝ているリゼットに引っぱがされ、しかもジンタの隣では腕枕された雪目がすやすやと気持ちよさげに寝息を立てている。
「こ、これは……」
「ね、ジンさんこれじゃまずいよ」
寝ているジンタの顔は、悪夢にうなされているように玉のような汗が噴き出し「う~う~」と唸っている。
しかも顔は青ざめ、唇は真っ青だ。
今は四月前ではあるが、それでも宴会中、人の飽和した食堂内、部屋の温度的にはちょうど良いか、やや暑く感じるほどだが、ジンタはどう見ても寒そうに――いや凍えてそうに見える。
「な、なぜジンタさんはこんなに……」
「そんなの分かり切ってるよ! 雪目さんのせいだよっ!」
「ハッ!」
ジンタに添い寝する雪目、その雪目の普段の体面温度自体がヒヤリと冷たいほど低い。つまり今のジンタは氷に抱きつかれて寝ているようなものだ。
「こ、これはまずいわ」
「でしょ!」
「とりあえず――」
イヨリはすぐさま雪目をジンタから退かす。
「な、何を! 私とジンタさんの愛の巣に――」
退かされ、やっぱり寝ている振りをしていた雪目の文句を、イヨリはキッと目力だけで黙らせる。そしてすやすや眠るリゼットから毛布を引っ剥がしジンタへと。
ゴロゴロ四回転ほど床を転がったリゼットは、当然その程度ではまったく起きてこない。それはいつも通りだ。
「とりあえずこれで――――」
「これだけじゃダメだよ!」
安堵し汗を拭うイヨリをミリアが遮る。
「イヨリ! このままじゃジンさんが寒さで死んじゃうよ!」
必死なミリアな訴え、
「じゃあどうしたら?」
イヨリは心配げに聞く。
「そんなの簡単だよっ! イヨリが一緒に寝て温めればいいんだよ!」
「……え?」
一瞬、ミリアが何を言ってるのか分からずイヨリはきょとんとする。
「だって、わたしいつもイヨリと一緒に寝てるけどイヨリの体、暖かいもん」
「え? え?」
「さあ早くジンタさんの横に」
ミリアに引っ張られ、イヨリはジンタの眠る毛布の中に寝かされる。
「え? え? え?」
戸惑ったままのイヨリはジンタの右側、さっきまで雪目が居た場所に寝ている、しかもジンタの腕枕で。
「じゃあわたしがジンさんの左側で寝るね」
ミリアはすかさずジンタの左側へ潜り込む。
すぐさま「すーすー」と心地よいミリアの寝息が聞こえてくる。
「え? え? え? え?」
完全に思考停止している毛布の中で、イヨリの耳に、
「お、なんでぇ、家族揃って川の字で寝るなんてジンタも羨ましいじゃあねえか、覚えてればだけどなガッハッハッハッ」
武器屋のオヤジが豪快に笑い通り過ぎた。
「え? え? え~~~~~?」
イヨリはやっと動き出した思考の中、恥ずかしさのあまり頭まですっぽりと毛布を被せてしまった。
「あら、なかなか見せてくれますわね」
リカの声、
「お、なんだなんだ? 三人とももうお休みか~。まあ今日は頑張ったからな疲れたんだろうな」
ミトの声。
「うむ、今日の一番の功労者達だからな」
保健医兼校長まで来た。
――こ、これじゃあ出れない……、今は……、少し待とう……
色々な意味を込め滝のように流れ落ちる汗の中、寝ているジンタが腕枕をしているイヨリをより強く引き寄せる。
「~~~~~~~~~~~~ッ!」
「なかなか見せつけるねえ~」
人の集まる気配と、誰かの声。
――ど、どうしよう……、これはもう完全に出て行けない……。
この状況で、布団の中から出て行ける勇気はイヨリにはなかった。
ジンタの胸の中、顔が火を噴くほど真っ赤になりバクバクと自分の心臓が高鳴っているが、イヨリの耳にはトクトクと安定したジンタの心音が聞こえてくる。
その心音に耳を澄ますと、周りの雑音が少しずつ聞こえなくなっていった。
それからイヨリはゆっくりと目を閉じ、ジンタの心音により耳を澄ます。
ゆっくりと息を吸えば、ジンタの匂いが一杯に胸を占める。
――ああ、ちゃんと、無事に、私達は生きて返って来れたんだなぁ……。
安堵した瞬間、イヨリもふわりとした心地よい安心感に包まれ、意識が遠ざかっていった。
次にイヨリが目を覚ました時、もう次の日の太陽が真上へと昇っている時間だった。




