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決戦

「あのなぁ、何もしてないのにヒールを使わせるとか、本当に止めてくれないか? これでも結構魔力を使うんだからなヒールは」


「わ、悪いって、俺だって冗談でやってる訳じゃないんだって」


 保健医に罵られながら捻った足を治療されるジンタ自身が、一番情けなさを痛感していた。


「それより、ヒールって俺自身あまりうまく使えないから分からなかったけど、やっぱ魔力の消費は大きいのか?」


「当たり前だろう、君はこのケガが普通に治療した場合に、どれだけの道具と期間を使うと思ってるんだ? それをこれだけの時間で済ませる事を考えたら、当然その負担は全部扱う者の魔力が担保になるだろう?」


「……確かに、な」


 そんな二人の視線は今もトレントと戦っているミリアに向いている。

 そのミリアは、まるで速射砲のようにヒールを連発し、トレントの枯れ果てたような大きな幹を爆ぜさせ、破片をまき散らしている。


「なあ、あれってあんな連続で出来るものなのか?」


 ジンタがミリアを指差し聞くが、


「知らん。そもそもヒールで攻撃が成立してること自体、私にとっても謎なんだぞ? どうして自分が出来ないこと、理屈が分からないことに、結論を出せると思う?」


「そうだよな……」


 どこかで同じようなセリフを聞いたことがあるなぁ、と思いつつジンタは頷いた。


「さあ、終わりだ。少しは君も活躍してこい」


 治療が終わり、バチンッと革の鎧に収まってない腰部分を強めに叩かれ、ジンタは立ち上がる。


「ああ、行くぜ」


 戦うミリアとイヨリに向かいジンタは走り出す。




「ごめん、待たせた――って……」


 見ている時にも思ってはいたが、大斧を振るうイヨリとヒール攻撃をするミリア二人にジンタの三倍近くはあるトレントはもう死に掛けているようにフラフラしている。


「もう終わりそう……?」


 ジンタが悲しそうに口にすると、


「いえ、このモンスター最初から傷だらけでした」


 隣に来たイヨリが答えた。


「最初から?」


「うん、わたし達が攻撃した分も多少はあるけど、最初からかなり傷ついて弱ってたよ」


 ミリアもジンタの隣に来る。


「つまり、こいつをこんなにするほどの力を持ったヤツが他にもいたって言うのか?」


 半ば驚愕した声でジンタが呟く。


「そんなヤツまでいるとしたら、本当にこの階層で何が起きてるんだろうな……」


 もう驚くのに疲れ、呆れた顔の保健医がジンタの後ろからつぶやく。


「どっちにしてもこいつを倒さな……」


 そこまで言い掛けジンタは、ふとアゴに指を置く。

 そして何か思いついたのか、振り返り保健医に、


「なあ、こいつってこれだけ傷だらけだから、苛立ってこんなことをしてるのかな?」


「なんだ、いきなり。……しかしまあ、そう言うのもあるだろうが……」


「だとしたらヒールで直して――」


「君はお馬鹿か?」


「え?」


 即答で切り返す保健医に、ジンタが目を点にさせた。


「さっきも言ったが、ヒールの治療にはそれ相応の魔力がいる。重傷者を治療するのにだって、かなりごっそりと魔力を持っていかれるんだ。それをあの大きさ、しかも相手は樹木、その回復に使われる魔力なんて、どれだけのものか想像も出来んよ。果たして、この街にいるヒールを扱える者全員が一斉にヒールを唱えても、どこまで回復できるかどうか…… 」


「そっかぁ……」


 名案だと思っていたジンタがガックリと肩を落とす。


「それにな、どんな理由があれこいつ、――このトレントをこのまま生かしておくことは出来ないぞ?」


「なぜ?」


「もし完全回復したこいつが、仮に今は穏やかになったとしても、それ以降に暴れた時はどうする? この街、ラペンに住む人々と若い苗木達には理不尽に操られて死ねと言うのか?」


「そ、それは……」


 共存、確かに魅力的な言葉だが、そこには優位に立つ条件、もしくは対等の何かがないと難しい。それがない共存は、ただ相手を怒らせないように怯えて生きるに等しい。


「それに、この子はもう倒さないといけない悪い存在になっています」


「うん、このモンスターはやり過ぎたよ、殺しすぎたよ……」


 イヨリとミリアの怒りを含んだ声。


 ジンタの中に、助けられなかった二人の家族が思い浮かぶ。

 心の中に落ち着き燻っていた怒りの炎が燃え出す。


「確かに……、そうだな。こいつはもう倒さないとな……」


 声のトーンを落としたジンタの言葉に全員は頷く。


「終わらせようッ!」


 ジンタが叫び突進していく、その左右にイヨリとミリアが並ぶ。



 ジンタの剣と盾がタコの足のように蠢く細い根を切り裂き、イヨリの大斧が襲い来る太い枝と同じような太さの根を切り飛ばし、ミリアのヒールがトレントの太い幹を爆ぜさせる。

 三人が息の合った動きでトレントを追い詰めていく。


「あと少しだと思うんだが……」


「相手も必死ですから」


「うん、しつこいよね」


 さすがに息が乱れ始める三人。


 目の前のトレントも、最後が近いのか巨木のような体が右に左に揺れるようにかしぐ。


「とりあえず、一気に終わらせようっ!」


 ミリアの声を合図に、ジンタ達はトレントに最後のトドメを刺すべく走り出す。


 三人の動きを見たトレントは、同時に動く。


 真っ赤に、怒りを表したようなつり上がる目の下に真一文字の線が入る。


「な、なんだ?」


 走りながら、トレントに向かうジンタは訝しむ。そのジンタの見ている前でトレントは一度大きく仰け反る。


「???」


 意味が分からず首を傾げたジンタの前で、


「グオオオオォォォォォォォォォォォォォォ――――――ッ!」


 トレントの腹がガバッと割れ、強風と咆哮を放った。


「ぬお~~~~っ!」


 強風はジンタを体ごと吹き飛ばし、咆哮は飛ばされながらも耳を押さえないと鼓膜が破れそうなほどだった。


 イヨリは、大斧を地面に叩き付け、片手で顔の前面を塞ぎ、風と咆哮に耐える。


 ミリアは長いエルフの耳を両手で折りたたみ塞ぎ、吹き飛ばそうと押し寄せる強風に正座するようにして風に乗って後ろへと飛んでいく。


 ジンタはゴロゴロと地面を転がった後、クラクラした頭で咆哮と強風が止まった正面のトレントを見た。


「……げっ」


 死に掛けているトンレトと、ジンタ達の間に多くの操られたモンスター達が立ち並んでいた。


「何でいきなりこんな……」


「伊達に年はとってないか……。この樹齢のトレントだ、ずる賢く頭が回る。どうやら私達は誘導されていたみたいだな」


 戸惑うジンタの後ろから、保健医が苦笑する。


「俺達の方が罠に掛かった?」


「ああ、そうみたいだぞ」


 チラリと後ろを見て保健医。


 その視線の先にはラペンの街の西門が見える、こっからではかなり遠いが。

 そしてトレントのいる場所は、西の開けた街道に沿った道ではなく、北西にあたる隠れるにはもってこいの森の手前。


「これはまずいですね」


 トレントの強風をその場で耐え抜いたイヨリも、さすがに大斧を構えたままゆっくりとジンタ達の前まで後退してきた。


「それでもやるしかないよ、アイツが弱ってるの事実なんだから」


 ジンタ以上に風で飛ばされたはずのミリアも戻ってくる。


「確かにやるしかないよな」


 ジンタは剣を握りしめ、赤い目を光らせ詰め寄ってくるモンスター達を睨み付ける。



        ※※※※※※※※



「おいおい、なんだなんだ~~」


 警戒を怠らず、息を切らせながらミトがぼやく。


「突然全員倒れましたわね」


 リカが目の前で俯せに倒れたモンスターを蹴とばしひっくり返す。完全に意識を失い、失神しているようだった。


「倒れる直前に、街の外から凄い叫び声が聞こえてきましたが……」


 少しフラつきながら、雪目が汗を拭う。


 トレントによって操られたモンスター達を相手に、三人が大立ち回りを演じていた最中、突如として動きを止めたモンスター達が、その赤い目の輝きを失い、バタバタと倒れていったのだ。


 西門を見つめるリカが、


「考えられることは幾つもありますが、イヨリさん達が操っていたトレントを倒したことで、このモンスター達を操っていた魔力が切れたのか……」


「ジンタさん達に追い詰められ、切羽詰まってこっちを切り捨てた、という可能性もありますよね?」


 雪目がリカの隣に立ち、可能性の一つを口にした。


「じゃあ、あっちは大丈夫なのか?」


 ミトの言葉に二人は何とも言えないように肩をすぼめる。


「だったら、ここで待つより、確かめに行った方が早いな」


 ミトは大きく息を吸い込み、重心をぐぐっと下げ、一気に西門ヘ向け走り出した。


「私達も急ぎましょう、雪目さん」


 走り出すリカに雪目は、


「私走るの苦手なんですよね……」


「私も同じですわ」


「向こう着いたら、とりあえずヒール掛けてもらいましょう。傷だらけですよ私達」


「そうですわね」


 二人は足を動かし走り始めた。もう西門の外へと消えたミトを追い掛けて。



        ※※※※※※※※



「ジンタさん、そっちに行きました!」


「分かった! ミリアもっと後ろに!」


「でも、これ以上わたしが下がったらイヨリが!」


「ハイヒール! とりあえずミリア、君はわたしのところに」


 イヨリとジンタがミリアと保健医を庇いながら戦うが、物量差、そして見渡しの良い三六〇度平原での守る形の戦いを強いられ、かろうじて逃げ道を確保し後退していくのがやっとだった。


「ミリア、とりあえず今は後退することに集中しなさい」


 大斧を倒す為ではなく、近づけないように振りながらイヨリが叫ぶ。


 後方から一体でも多く倒そうと、少しでもイヨリとジンタをフォローしようと頑張るミリアだが、ヒールを掛けること、助けようとすることでミリア自身の身を守る意識が自分ではなくジンタやイヨリに向き、何度か危ないシーンがあった。保健医が見事にカバーしてくれてはいたが、それでもかなり危険なシーンが多い。


「で、でもわたしだって――――」


「ミリアにはまだやれることがある。とりあえず今は身を守ることに集中してくれ」


 泣きそうに聞こえるミリアの声に、必死で余裕のないジンタも優しげに伝える。


 この戦いトレントを倒すこと以前に、ジンタとイヨリにとってはミリアを失うこと、それ自体があってはならない、それはトレントを倒す倒さない以前の完全な敗北なのだ。


「うん……、二人も気を付けて」


 悔しそうなミリアの呟きを後ろに聞きながら、ジンタは意識を正面に戻す。


 目で追い切れないほどの攻撃が、ジンタとイヨリの肌に傷を作っていく。正直よくこれだけの攻撃を受け、今だ致命傷らしい傷を負っていないのか、ジンタにも不思議なぐらいだった。


「イヨリ、もう少し下がって」


 ジンタの右に立ち大斧を振るうイヨリにジンタが指示を出す。


「はい」


 斧を大きく横一閃し、イヨリがさらに一歩下がる。


 が、運が悪かった。


「あっ!」


 と声を漏らし、イヨリはあまりにあっさりと尻餅をついた。


 イヨリがすり足気味で下がった先、そこにあった小石がイヨリを躓かせたのだ。

 予想だにしなかった小石の存在に、完全に意表を突かれた形だった。


「イヨリッ!」


 ミリアの叫びに、ジンタが自身の正面に盾を構えたまま、右のイヨリの方に向け剣を大きく振る、牽制の為に。


 だか腕だけで振り回したようなチカラのない剣、しかも相手は操られたモンスター達、ジンタの剣に怯むことなくこぞって座り込むイヨリに襲いかかっていく。


「こんっのおおおぉぉぉッ!」


 振り流れる剣の勢いに自身の体をそのまま動かし、イヨリに向かうモンスター達に肩からタックルをかますジンタ。


 当然そんな無茶なタックルは、自身もバランスを崩す結果を生む。

 元々自身の正面にいた数匹のモンスター達が、今度はジンタへ向け襲いかかる。


 ――防ぎきれねえっ!


 迫り来るモンスター達の爪や牙が目の前に近づいてくる。


「ジンタッ! そのままサッサと倒れろッ!」


 後ろから聞き慣れた声。

 踏ん張ろうとする足を一気に弛緩させジンタは地面に膝をつく。


「ミトキ―――――ック!」


 ジンタの上を白い疾風が通り過ぎた。



 ジンタに襲いかかってきたモンスター達を豪快な跳び蹴りで吹っ飛ばし、着地と同時にその場で竜巻のような回し蹴りを決め、倒れるジンタとイヨリの前のモンスターを一層し、


「おっまったせ――っ!」


 軽い口調と同じぐらい軽いフットワークを踏みながら、倒れるジンタとイヨリの前に立ったミト。


「みと~~~~」


 安心し泣きそうな声をあげるミリア。


「ミトくんにハイヒール」


 ミリアの隣の保健医がミトの傷を癒やす。


「おっ、サンキュー」


 軽やかにお礼をいうミトに、


「助かりました」

「ありがとう」


 起き上がったイヨリとジンタもお礼を言う。


「いや~、向こうのモンスター達がなんか遠吠え? の後、一気に気を失って倒れちゃってさ~」


 しゃべってる間に襲いかかってきた二匹のリザードマンをミトはあっさりと蹴り倒す。


「向こうの操られてるモンスターが全部?」


 保健医が確認するように聞き返す。


「ああ、全部だったな」


「やはり、あいつも必死、ということか」


 ミトの返答に確信を持ってそう結論付ける保健医。


「つまり、これが相手の奥の手ってことでいいのか?」


「そういうことだろうな」


 剣と盾を構え直すジンタ。


「では、やることを簡単ですね」


 イヨリも大斧を構える。


「さ~~って、じゃあ――」


 ミトが軽やかなステップから一気に重心を下げる。


「行っくぜ!」

「お待ちなさいなっ!」


 飛び出す直前、呼び止められミトは「あらら」とたたらを踏む。


 構える五人の後方にリカと雪目が走ってくる。


「わ、私達も入れて下さい~~」


 今にも死にそうな声の雪目が、その声通りに苦しそうに走ってくる。


 もっとも今の雪女の姿だと、乱れた衣服も相まってかなり妖艶と見えるのだが、如何せん普段の疲れた主婦というより死に掛けた老婆のような雪目を知るジンタの目には、その姿も効果半減以下、二つの姿がダブって見えてしまう。


 操られたモンスターを倒しながら二人が辿り着くのを待つ。


「お、お待たせです」

「待たせましたわ」


 息を切らせ二人が到着。と同時に保健医が二人にハイヒールを掛ける。


「君も一度全員に強化魔法を掛け直した方がいいな」


 保健医の言葉でジンタとリカが入れ替わり、ジンタは全員の強化魔法を上書きしていく。


「さって、準備はいいか」


「行きましょう!」


「いつでもいいですわ」


 ミト、イヨリ、リカの三人が、押し寄せるモンスター群をかき分けトレントに向け進みだす。


 雪目とジンタは三人の左右と後方を、そして中央にミリアと保健医を置きトレントへ向け進んで行く。




 空が真っ赤に染まり、もう夜の帳がすぐそこまできている第一階層のラペンの街、その西街道を外れた位置、ジンタ達はトレントを倒すため数えるのも億劫なほどの操られ目を真っ赤にさせたモンスターの群れを相手に、少数七人で快進撃ともいえる進軍していた。


 しかし、そんな進軍も限界を迎え始める。


 まずは今日二度も大技を披露していた雪目がフラリとミリアに向け倒れ込む。


「雪目さん大丈夫」


「すいません」


 ミリアが何とか支えるも、そう答える雪目の顔には疲れの色が濃く出ている。


「ハイヒール……」


 そしてそれに続くように全員のケガをハイヒールで治していた保健医も、息遣い激しく膝をついた。


「すまない、私もそろそろ魔力切れだ」


 雪目に負けないほど真っ青な顔で、保健医が悔しそうに唇を噛む。


 ジンタ自身も相当に疲れが溜まっている。今日一日、いや正確には午後だけで何度目の戦闘か、そしてそれは前線でまだ何とか戦っている三人にもいえる。


 口にはしないが、その顔には疲れの色がありありと浮かんでいる。


「ジンさん、そろそろみんなの体力が危ないよ!」


 ミリアの心配する声にジンタも唇を噛む。が、ふとジンタはミリアを見た。


「あれ? ミリアは疲れてないの?」

「え? んっと、お腹空いたなぁ~って位には疲れてるけど……」


 少し考え込み、そう答えるミリア。


「え? だってヒールをあれだけ連発してて、魔力切れとかは大丈夫なのか?」


 ミリアも相当数のモンスターを倒していた、なぜミリアのだけがそうなるのか今だ誰も分からないヒールの爆発的火力で。


「ん~~、やっぱりお腹空いたなって位かな?」


 真顔でさらに考えてから答えるミリアの顔には、嘘偽りではなく魔法を使ったことに対する疲れがまったく見当たらない。


「マジか……」


 我が家族ながら、この子は一体何なんだと思ってしまうジンタだが、それは当然ジンタ以外も同じで、


「ミリア、君を一度私に解剖させてくれないか?」


 まずは、保健医。

 当然そんなのはジンタとイヨリが即却下。


「ほんっとミリア様は色々と極端ですわね、理解出来ない方に……」


「ほんとですねぇ……」


 続けてリカと雪目が呆れ、


「まあ、ミリアらしいっちゃミリアらしいけどな」


 ミトが笑い、


「なんかうちのミリアが色々とすいません……」


 イヨリが恥ずかしそうに謝った。


「ちょっと、なんで最後にイヨリに謝るのっ!」


 最後にミリアが怒鳴れば、なぜかみんなが笑い出した。

 戦闘中なのに……。



「さって、それでも、そろそろこの戦いも終わりにしないとまずいよな……」


 一頻りの笑いのあと、ジンタが発破を掛ける。


「何かいい手があるのか?」


 保健医の問いに、ジンタは少し間をあけてから「なあ、ミリア」と声を掛けた。


「ん?」と小首を傾げるミリア。


「ミリアのヒールって今、体の箇所を狙って使ってるんだろ?」


「うん、そうだよ。本に載ってる通りのヒールをやってるつもりだけど……」


 それが、みんなのように普通のヒールにならないもどかしさとやるせなさが、ミリアの声には感じられる。


 しかし、今はその事に触れず、ジンタはミリアの隣の保健医を指差す、


「じゃあ、そこの変態保健医のように体全体に掛けるヒールって使えるか?」


「君は何を考えている!」


 ジンタが何を言わんとしているのか、それを真っ先に察知した保健医は声を荒げた。


「何って、ミリアのヒールを箇所ではなく、体全体に――」


「ヒールに使う魔力の負担は大きいんだ、君にだって説明しただろう。だからまだ小学生である若木達には部位によるヒールしか教えて――」


「確かにそうかも知れない。でも、今俺達は追い詰められてるんだ。そしてあんたや雪目さん、リカさんやミト、それにイヨリと俺も、全員が疲れてヘロヘロな中、ミリアだけが一番余裕があるんだぜ?」


「そ、そうかも知れないが……」


「あんただって見てただろ、ミリアのヒール回数は決してあんたの使ったヒール回数に劣らない。いや、むしろそれ以上だったろう?」


「そ、それは……」


「それでもミリアにはまだ余裕がある。俺だってミリアが無茶して余裕ぶってるようならこんな事は言わない、でもミリアはまだまだ余裕がある、まだあそこで難を逃れたとばかりに悠々としているトレントを倒せる可能性があるんだ」


 ジンタは剣先をトレントに向け叫んだ。


「うん、わたしもジンさんの言うとおりだと思うよ。わたしはまだまだ余裕だよ。だから先生、わたしにそのヒールのコツを教えて」


 ミリアの真剣な眼差しを受けて、なお保健医は迷うように口を閉ざす。


「確かあんた言ってたよな? 今は緊急事態で出来る者にはやってもらうってな」


「そうですわね、私もそう聞きましたわ」


「私もです」


 一進一退でその場を確保している近接戦闘中のミト、リカ、イヨリの三人も保健医の背中を後押しする。


「……確かに、そうかも知れないな……、いつまでもここで悩んでもいられない、それに何よりここで負ける訳にはいかないな」


「うん!」


「私はミリアに体全体に施すヒール。ハイヒールのやり方を教える。それまで持ちこたえてくれ」


 保健医の言葉に、全員が了解と返した。



 少しずつ後退する形でモンスターの群れを防ぐジンタ達。


 その合間に、トレント討伐の希望であるミリアが保健医の指導の下、部位ヒールではなく、全身ヒールのやり方、ハイヒールを教わり理解した。


「最後に試運転だ。あそこの大きなグリズリーにハイヒールを掛けて見ろ」


 保健医の指差す方を見て、


「うん、あのリカさんにハイヒールするんだね」


「……」


 ミリアが答える。


「お~~、あれは随分大っきなリカだな~~」


「…………」


 ミトが攻撃しながら、背伸びするように対象のグリズリーを見てにやりと笑う。


「いいですかミリア、相手はリカさんです。色々ねちっこい性格なので一撃で仕留めないと後が怖いですよ」


「ちょっと、あなた方そろそろいい加減にして下さいまし」


 イヨリがここぞとばかりの日頃の鬱憤うっぷんを混ぜた助言を口にすると、さすがに今まで我慢していたリカも限界のように震える声で注意した。


「とりあえずミリア、がんばれ」


 ジンタの声援に「うん!」と大きく頷き、ミリアは魔法の指輪のはまっている右手を対象であるグリスリーへ向ける。


 一度深呼吸し、目を閉じる。


 三秒ほどの集中を待って、目を開けたミリアの口が動く。


「ハイヒールッ!」


 ミリアの右手の前に星の瞬きのような光が弾ける。それと同時に、対象のグレスリーの体を光の螺旋が包み込む。


 ジンタ達の元へと歩いていたグリズリーがピタリと立ち止まる。


 光の螺旋はグリズリーを包み、螺旋は光のカーテンのように広がりグレスリーを包み輝いていく。


 その輝きが一気にグリズリーの体の中に吸い込まれる。


 そして……、


 ッボン!


 体を内部から風船のように膨らませ、グリズリーは粉々に爆ぜた。

 かなり広範囲に肉片をまき散らして……。



「「「「…………」」」」



 何となくどうなるのか予想はついていたが、実際その光景を目の当たりにするとあまりのスプラッター度に掛けたミリアも含めた全員が言葉をなくした。


「い、いや~~成功だ成功、はっはっはっはっ……」


 数秒の沈黙の後、解剖好きである保健医が真っ先に立ち直り成功を喜ぶ。


 それに続くようにみんなも笑うが、その頬が引き攣っているのはきっと間違いじゃないはずだ。


「と、とりあえずミリア」


「う、うん」


「それを今度はあのトレントに掛けるんだ、お前がこの戦いを終わらせるんだ!」


「うんっ!」


 ミリアの返事が合図のように、イヨリとミトとリカの三人が、防戦一方の耐える戦いから、最後のチカラを振り絞り、前へ前へと攻撃しながら進みだす。


 ミリアがトレントにハイヒールを掛けられる距離まで近づくために。




「あと少しだよ!」


 勢いよく突き進む三人の後方からジンタに守られミリアが叫ぶ。


「であぁぁぁぁぁ――――――っ!」


 ミリアの声に呼応するようにイヨリが叫び、手に持った大斧を渾身のチカラで投げ飛ばす。

 高速で横回転した大斧は正面のモンスター達を切り飛ばし、勢いよくトレントの太い幹へと叩き刺さった。


 大斧が叩き刺さり、咆哮を上げるトレントに向かい、


「今ですわッ!」

「行けッミリア!」


 リカとミトが左右のモンスターを吹き飛ばしながら叫ぶ。


「うんッ!」


 返事と同時にミリアが右手を目一杯にトレントへ向け突き出す。


「ハアァァァァッ!」


 気合いを込めるように、魔力を集め出す。


 ミリアの突き出す右手に光が集まり、それが急速に集まっていく。


 カッと目を見開き、ミリアが声を張り上げる。


「ハイヒ――――」

 バキンッ!


 唱える途中、ミリアの魔法の媒介たる指輪が木っ端微塵に砕け散った。


「え?」


 唱えかけたミリアから戸惑うように漏れる声。


 そして全員の動きも止まる。


「な、なんでいきなり指輪が……」


「そ、そんな……」


「こんな時に何でですの……」


「傷でもついてたのか……」


 ジンタ、イヨリ、リカ、ミトの四人が、口々にやり切れない感情を吐露する。


「ば、馬鹿な……。あの指輪が砕けただと……」


 その場にいる中で、一番の驚愕を見せたのは保健医だった。


「あの指輪はかなりの強度で作られている、そうやすやすと砕けるモノではないはずだ……」


 驚きのあまりぼう然と呟く保健医。


 その保健医に目を向けたジンタがハッとなり、保健医の胸ぐらを掴み叫ぶ。


「おいっ! あんたの杖をミリアに渡せッ!」


「はぁ?」


 完全に思考が止まっていた保健医は、ジンタの言っている意味が分からず首を傾げる。


「ああ、もういいっ!」


 保健医の右手から杖を奪い取ったジンタはミリアに渡す。


「ミリアそれでやれ」


「う、うんっ!」


 ミリアがトレントに向け、杖を突き出し唱える。


「ハイヒ――――ルッ!」


 先ほどグリズリーを倒した時と同様のまたたきをさせ、杖の先が輝く。


 杖と同様の輝きがトレントの全身を螺旋状に包み始め、それが光のカーテンになりトレントを覆い隠す。


 トレントを包む光が急速にトレントの中心部へ集まっていく。


 一点に集まった光が一気に弾ける。


 視界全体に輝く眩い光に目を瞑るジンタ達。


 その光が徐々に収まり最後に消えた。

 勝った、そう確信を持ってジンタはゆっくりと目を開けていく。


「そ、そんな……」


 視界に映る光景に、ジンタが漏らした言葉がそれだった。


「うそ……」


「うそだろ……」


「参り……ましたわね……」


「こんなことって……」


「終わり、ですか……」


 ジンタが驚愕する中、他の面々もその光景を見たのだろう、それぞれに絶望の雰囲気を乗せた声を発する。


 ジンタ達の目の前には青々とした葉を満たし、瑞々(みずみず)しさが漲る太い幹と根を生やしたトレントが立っていた。


「ま、まさかミリア、君のハイヒールがトレントの傷を、いや傷だけじゃなく生命力そのものまでも回復させてしまった、というのか……」


 さっき以上に驚愕し、ガックリと膝をつき保健医が呟くようにこぼす。


「そ、そんな……」


 ミリアが保健医同様に膝をつき、泣きそうな声でうな垂れる。


「ははっ……、これってこいつが完全回復したってことか?」


 いつも勝ち気なミトも、さすがに言葉に覇気がない。


「万事休すですわね……」


 リカの言葉にも苦々しさが滲む。


「でもなぜ、ミリアさんのヒールがこいつにはちゃんと作用したんですかね?」


 唯一冷静に勝負の感情を排除し、雪目が疑問だけを口にした時、トレントがゆっくりと目を開けた。


 その目はさっきまでの怒りや痛々しさを滲ませた真っ赤なものではなく、勝ち誇り傲慢に見下すようなオレンジの色だった。


「このッ!」


「植物の分際でッ!」


 ミトとリカが、挑発する目を向けてくるトレントに飛びかかる。


 それに対し、トレントは太い幹を真一文字に横に引き、大きな口を開け「ふぅ――――っ」と突風のような息を吐き出す。


「ぐおっ」

「くっ」


 ミトは吹き飛ばされ、リカもその場で堪えるようにしゃがみ込む。


「私がッ!」


 イヨリが動くと、体を支える根を激しくムチのように動かし、近づくイヨリを叩き飛ばした。


「イヨリッ!」


 叫ぶジンタの目に、はじき飛ばされたイヨリがよろよろと立ち上がるの見え、ホッと安堵する。


「まさかここまで見事なハイヒール、――いやこれはリフレッシュだな」


 なんとか調子を取り戻した保健医がジンタの後ろで呟く。


「感心するのはいいけど、そこまで完全回復したアイツを倒す方法はなんかないか?」


「正直、お手上げだ……」


「あんたでもか……」


 ジンタは困ったとばかりに肩を落とす。


「うぅ……、ごめんなさい……」


 ミリアの申し訳なさそうな声がジンタの胸をずくりと刺すが、それを慰められるほどの解決案がジンタにも思い浮かばない。


「あの、さっきも私が言いましたが……ふ~~」

「ひぃ~~~~っ」


 雪目がジンタの耳に息を吹きかけた。


「ゆ、雪目さん?」


「これはこれはすいません。ちょっと話を聞いてもらいたくてですね、つい」


「な、なんです?」


「いえ、なんと言いますか、ジンタさんは子供を何人欲しいです? ちなみに私は三人です」


「……、無視していいです?」


 平目のジンタが冷たい声で言うと、雪目が悲しそうに首を振った。


「すいません。えっとですね、なんで今回だけミリアちゃんのヒールはちゃんとヒールとして機能したんでしょう? と思いまして」


「そんなのは――」


 ジンタはそこで一度切り、空を仰ぎ見て、次いで保健医に向かい、


「どうしてだ?」


 と丸投げした。


「君はそんなことも――――」


 保健医は呆れたようにおでこを押さえいつも以上に首を振った後、ミリアを見て、


「どうしてだ?」


 と、また投げた。


 それに対しミリアは少し考えてから、


「んと、この杖を壊しちゃいけないから、少し遠慮して掛けたから?」


 と首を傾げながら答えた。


 ジンタと保健医と雪目が、納得したように掌にポンッと拳の側面を置き、


「「「それだっ!」」」


 と異口同音で叫んだ。


「となると、次はミリアが目一杯のハイヒールをアイツに掛ければ」


「うむ、まだ可能性がありそうだな」


 どうしてミリアのハイヒールでこんな現象が起きるのか、それ自体の解明は出来てはいないが、それでもこの絶望的な中、少しでもすがれるものを見つけたい一心で二人は元気に声を掛け合う。


「私のヒントがきっかけですジンタさんお礼にキスして下さい」


 雪目の戯言は無視し、ジンタはミリアの肩を掴む、


「ミリア、次は目一杯のチカラでハイヒールするんだ」


 真顔で伝える。


「う、うん」


 まだ不安そうなミリアに、


「大丈夫、その杖は保健医のだ、壊れても誰にも損害はない」


 と力説。


「うんっ!」


 ミリアもそれもそうかとばかりに、元気よく頷いた。


 隣では、保健医の目が悲しそうに遠くの日の落ちた夜空を見つめている。


「さて、そうと決まったら――」


 ジンタが勢いよく振り返りかけた瞬間、


「ハフォオオオオォォォォォォ――――――――」


 空気を振るわせる超音波のような、声なのか音なのか、分からない何かを発した。


 ズンッ!


 同時に体全体を空気が纏わり付き、まるで全身に鉛を貼り付けたようにジンタの体が重くなった。


「かっはっ!」


 空気を吐き出しジンタが呻く。


 金縛りに掛かったような中、ジンタがトレントを見据える。


 今まで自身を守らせる盾のように操っていたモンスター達が、糸が切れたようにバタバタと倒れていく。


「な、なぜ、モンスターが……」


 意味が分からず呟く。


「もう、守って貰う必要がない、と言うことだろうよ」


 保健医が後ろからぶっきらぼうに答える。その声もかなり苦しそうだ。


「確かに、な」


 返しながら、ジンタがみんなを見る。

 ジンタ同様、みんなが苦しそうに膝を付いている。


「本調子になれば魔力も上がるだろうと予想はしていたが、まさかここまでとはな……」


 苦々しさに辛さを混ぜた声で保健医が毒づく。


「ま、まじでこれはやべえだろ……」


「まったくですわ、学校の、ロンシャン様達は大丈夫かしら……」


 ミトとリカのやり切れない悔しげな声の中、


「み、ミリア?」


 イヨリの驚き戸惑う声が聞こえた。


「どうした?」


 ジンタが振り返る。


 ジンタの後ろにいるはずのミリアは、なぜか普通になんでもないように立っていた。


「――なっ!」


 さすがにジンタも言葉を失う。


 体に掛かるトレントの負荷は、ジンタの体を何倍もの重さに感じさせるほど強力なのだ。それほどの負荷を小学生、しかもエルフという貧弱な体のミリアが平然と受け、立っている。


「わたしが倒す。――わたしがこの子を倒すよ」


 何事もないようにミリアは一歩一歩進み、ジンタの右前まで来て立ち止まった。


「み、ミリア……」


 驚きにカラカラになった喉からジンタがミリアの背に声を掛ける。


「大丈夫だよジンさん。わたしが倒すから」


 首だけを回しジンタを見、強く頷いたミリアがトレントヘと向き直る。


 ヒールの杖を両手で前に突き出し、ミリアは踏ん張るようにわずかに足を広げる。

 それから集中を始めたのが後ろからでも分かるほど、ミリアの雰囲気ががらりと変わった。


「かあああああっ! きしゃあああああっ!」


 その場にいる全員が固唾を飲む中、トレントがいきなり暴れ出す。


 勝ち誇り見下していたオレンジ色の目が、まるで怯えるように青く染まる。


 無我夢中でミリアに向け突進するトレントが、集中するミリアを射程に捕らえた瞬間、一番太い根を地面スレスレで横に振り回した。

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