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その名はトレント

「もう準備は大丈夫なんですね?」

「無茶はしないでね、みんな」


 遠巻きに戦闘状態の入り口を見ていたロンシャンとエルファスが、ジンタ達に向け声を掛けた。きっとほんとはもっと言いたいこと、伝えたいことがあるのだろうがそれを飲み込んで。


「ロンシャン様こそ、さっきも言いましたが決して無茶はされないように」


 リカは最大級の優しい目と声をロンシャンに向け、優しくロンシャンの金色の髪を撫でる。


「エルファス、お前は変なところで鈍感だから、ロンシャンの側にちゃんといろよ、そして無茶するなよ」


 ミトはエルファスの、まだぷにぷにとした子供のようなほっぺたを摩る。


「エルちゃん、ミトさんの言う通りですよ、生きることを優先してください。私達がすぐ倒してきますから」


 雪目はエルファスのクセッ毛のある金色の髪を撫でる。


 心配そうに目を向ける二人の脇を通り、ジンタ達は激しい戦闘音を響かせる入り口の少し前で立ち止まる。


「みんな頼むよ!」


 後方で援護していたリゼットの声。


 それに全員が頷き返す中、ジンタはそれぞれに強化魔法を掛けていく。


 イヨリとリカと保健医にはスピード。

 雪目とミリアにはプロテクト。

 そして自分とミトにはアタックを掛ける。


「行こう」


 ジンタが声を掛けると、イヨリとリカを先頭に入り口へ向け七人が進みだす。


「通りますわ」

「少し道を空けて下さい」


 入り口にいた松達が道を空けると、即座に奇声を発し飛び込んで来たモンスターを、獣人化したリカとイヨリが無造作な軽い腕の振りで外へと吹き飛ばしていく。


 食堂を出て学校の廊下内、そこにも操られたモンスターはかなりいた、が向かって来るそれらを軽くなぎ払い、ジンタ達は先へと進んだ。


「さて、もう向かって来る者はすべて敵と思えば、それはそれでやりやすいですわね」


 学校の校門を出たあたりでそう言い、一度立ち止まりリカがどうしますかと振り返る。


「とりあえず南の大通りから、一度街の北東にあるオヤジさんの武器屋工房へ行く感じかな?」


 ジンタがラペンの街へ向け指差し、なんとなくそれっぽいルートを指差していく。


「そうだな、武器屋には君の新しい盾もあるらしいしな」


 保健医もそれで良いと頷く。


「では、とりあえず南通りを進み、東通りから北でいいですか?」


 いつもジンタが武器屋へ向かう時のルートでよいかと、イヨリは聞いている。


「それでいいよ!」


 ミリアが全員の代わりに元気に答えた。



 南通りから中央広場の噴水に行き東通りを進みだすまで、操られたモンスターとの遭遇はなかった。


「モンスター達は、人の気配のあるところに向かっているのですね」


 普段のゴスロリな、すす汚れた服にボサボサの黒髪をし今にも死にそうな雪目の姿ではなく、獣人化し透き通るような白銀の髪とそれに負けないほど透き通る白い肌をした、絶世の美女に白い薄手の着物を着た格好の雪目。


「そうかもな、操られてるとはいえ、基本モンスターは鼻が利く奴が多いからな」


 両手をぴょんと伸びた長い耳のある頭の後ろに回し、おでこに角を生やし、茶色の髪のポニーテールを左右に揺らしながら、下半身を白いうさぎのようにしたミトが答える。


「だったらやはり急がないと行けないよな」


 右手に直剣を持ち、左手に盾を持ちつつ歩くジンタが焦るように口を開くも、


「だが、焦りすぎても良いようにはならんぞ」


 ミリアの隣で、ミリアの手を繋ぎ歩く保健医。


 ジンタ達は正面にイヨリとリカが並び、その後ろに保健医とミリアが、その二人のエルフの左右を守るようにジンタと雪目が歩き、最後方にミトが守る形で歩いていた。


「おしゃべりはそこまでのようですわよ」


 ぴょこんと頭の上に立つ、丸いクマの耳を動かすリカが告げる。

 全員が立ち止まり、リカの構える方向に意識を向けた。


 低い唸り声が聞こえ、街の主要である東西南北の大通りを糸のように巡る路地、その一つから数匹のモンスターが姿を見せる。


 そのすべての目がジンタも見た真っ赤な光を宿している。

 普段ではあり得ない真っ赤に染まった目は、操られている証拠だと、ジンタ達は保健医に聞いていた。


「操られてますね」


 イヨリの小さいながらもよく通る声が警戒を促す。


「あれは、ちょっと厄介そうだね」


「だな、しかしあれって……」


 ミリアとミトが口を開き、前で構えるリカを見る。


「ふむ、リカくんの種族、グリスリーだな」


 全部で六体。


 その内三体はグレイウルフ、二体はイノゾーつまりイノシシだ。

 そして最後の一体はグリスリ―、しかもデカイ。その毛並みはリカの両腕と同じ色をしたクマだ。


「ほんと、厄介そうですね」


 保健医が説明し、イヨリが疲れたようにリカを見て溜息をく。


「ちょっとイヨリさん、その溜息と視線はどういう意味ですの?」


「いや~、おれもさっき一体倒したけど、マジしつこいぞ、あれ」


 ミトのゲンナリした声。


「ちょっとミトさん、なぜその言葉を私に向かって言ってますの?」


「このグリスリ―は、メスの匂いに惹かれてきたのかも知れないな」

「じゃあ、リカさんのせいだよね?」


 保健医とミリアが前に立つリカを見て、言いたい放題。


「メ、メスっ! ちょっと何なんですの、このアウェー感はっ!」


「そういうことでしたら、あのグリスリーはリカさんが相手して下さいね」


 雪目が言いつつ、自身の前に尖った氷柱つららを数本作り出す。


「じょ、上等ですわッ!」


 コメカミをヒクつかせたリカが、これ以上何か言われる前に始末するとばかりにグリスリーに向かい突進していく。


 向かって来るリカに対し、グリスリー以外の五体は横に飛び躱す。


 リカもその五体には見向きもせず、目の前の自身より頭三つは大きいグレスリーの前へ、両腕のグリスリーの爪を最大限に伸ばし向かって行く。


「私と雪目さんは左を、ジンタさんとミトさんは右を」


 リカを避けた五体に対してイヨリが指示を出す。


 ジンタの目の前に、イノゾー一体とグレイウルフが一体。


「分かったッ!」


 気合いの入った返事をし、盾と剣を構えるジンタ。


「おらぁっ!」


 が、それも後ろから聞こえた声、その直後、疾風のように横を駆け抜けたミトがイノゾーの顔面を蹴り飛ばしグレイウルフ一体へと。


「もう一丁ッ!」


 そのグレイウルフもイノゾーを蹴った反動を利用し、返す蹴りで吹き飛ばす。


「ミトすご~~いっ!」

「さすがだな」


 大はしゃぎするミリアと、感心して拍手する保健医。


「ところで君は何をしているんだ?」


 横で盾と剣を構えるジンタに、保健医はシラけた顔を向ける。


「い、いや、……俺、……どうしよう?」


 ミトに出番すべてを奪われ、構えた盾と剣の下ろし場所を失ったジンタが、泣きそうな声で答えた。


 その間に、反対側のイヨリ達も戦いを終え、後は正面の同種族対決のみ。


「どっせいっ!」


 それもリカの破壊力抜群の横薙ぎが、頭三つ分も大きいグリスリーの頭部を吹き飛ばし終了した。


「フンッ! 少しぐらい同種族のモンスターとはいえ、同じにされては困りますわ。私はロンシャン様の『召喚されし者』なのですからっ!」


 別格ですわ、とリカが吠えた。


 しかし、その姿はどう見ても獰猛なクマにしか見えない、と全員は思った。



 その後、大通りから武器屋へ向かう北の小道へと入ると、数度グレイウルフと遭遇するも、それらは前を歩くイヨリとリカに瞬殺され、戦いにもならなかった。


「さて、着いたな」


 結局、何もしていないジンタが剣を鞘へ収める。


「とりあえず倉庫だね」


 無料タダの誘惑にミリアが鼻息を荒くする。


「私も行くぞ」


 保健医も何気に意気込む。


「私はここに居ますわ」


 武器屋の作業場でもある広場で、両腕を組みリカが監視を引き受けた。


 倉庫内はそれなりの広さがあるため、まずはミトとイヨリが中を確認し、その後リカ以外の全員が入った。


「ジンタさん、これでしょうか?」


 ジンタの持つ反りのない五角形の盾と同じ盾が、入り口近くの壁際に置かれた机の上に立てかけられていた。


 イヨリが、見つけたそれをジンタに渡そうと、獣人化を解いた手で盾に伸ばした。


「イタッ!」


 盾を持とうとしてイヨリがすぐに手を引っ込める。


「だ、大丈夫か?」


 ジンタが近づくと、イヨリの押さえる手の間から血が垂れていた。


「一体……?」


 ジンタが警戒し、辺りを見渡しながら尋ねると、


「盾を、普通に横から持とうとして――、そしたら……」


「盾?」


 ジンタはイヨリが手を伸ばした自分の持つ盾と同じ五角形の盾に手を伸ばす。


「あ、盾の横側は持たない方が良いです」


 イヨリの忠告に一度手を止め、ジンタはゆっくりと立てかけられてる盾を倒すように引っ張り倒す。


 ゴトッと鈍く重い音をさせた盾が取っ手側、裏側を見せて倒れた。


「これは……」


 倒れた盾を見つめジンタは息を飲む。


 今まで使っていた盾を外し、ジンタは新しい盾に手を通す。


 今までは盾の五角形、その角の尖った側が肘側を向いていたが、今度の盾は逆に尖った側が手の先を向く形なる。


「ジンタさんこれって……」


「ああ、えらく攻撃的な盾だよな、まったく……」


 ジンタも困ったように苦笑する。


 保健医にイヨリの手の治療を頼んだ後、ジンタは倉庫を支える柱の前に立ち、慎重に盾を水平にし横に構える。


「きっと俺の使うシールドスタンをより殺傷力を高めるためにやったんだろうけど……、これじゃあ普通に持つのも危険だよ――なっ!」


 ジンタは盾を横に薙ぐ。


 ゴスッ!


 鈍い音をさせ、盾が倉庫を支える柱に突き刺さる。


「まるで斧みたいですね」


 治療を終えたイヨリの言葉に、ジンタは「ふむ」と頷き、


「今度からは「シールドスタン」じゃなくて「シールドアックス」にするか」


 思いつきを口にしながら、刺さった盾を柱から引き抜く。


「っと、イヨリケガは大丈夫か?」


「はい、もう全然大丈夫です」


 思いだしたようなジンタの心配そうな顔に、笑みで頷くイヨリ。


「イ、イヨリ、ジンさん、ちょっと手伝って……」


 くぐもったミリアの声が聞こえ、二人が振り向くと、


「ちょっとミリア……アナタ何やってるんです」

「いくら何でもそれは……」


 ジンタとイヨリが呆れて首を振る。


「だって、タダなんだよ! 一杯持っていかないと!」


 言いながら、フラフラと今にも倒れそうに歩いてくるミリア。


 ミリアの細い体に、これでもかと何重もの防具が重ねられ、動きづらいを通り過ぎて歩くのも至難なほどになっている。


「うっ……色々臭くて吐きそうだよ……」


 二人の前までよたよたと来た後、ミリアが膝をつく。


「ちょっとホントに何やってるんですか! あなたは」


 イヨリが一枚一枚脱がすも、どうやって着たんだというほど脱がした鎧の下から別の鎧が現れる。


「これひょっとして小手や足もか?」


 ジンタが聞くと、ミリアが死にそうな顔で首肯した。


「ほんとミリアって、時々すごい奴だなと感心するよ……俺は」


 ジンタが呆気にとられる中、必死に鎧などを剥がすイヨリと今にも吐きそうに口元を押さえるミリア。


「もう着ている物はないですよね?」


 全部を脱がした後、イヨリが聞くも、


「う~~、やっぱまだ気持ち悪い……」


 と口元を押さえるミリア。


「アナタにはちょうどいい罰です、少し苦しみなさい」


 イヨリが軽くゲンコツを作り、ミリアの頭を叩いた。


「うぅ~~、ジンさん~~、イヨリがぶった~~」


 弱々しくジンタに助けを求めるミリアに、ジンタは再度苦笑だけで答えた。


「君達ちょっとこっちに来てくれないか」


 イヨリの治療の後、ジンタ達同様倉庫内を見て回っていた保健医に呼ばれ、ジンタ達は保健医のところへと向かった。


「これなんだが」


 保健医が指差す先には、普通ではあり得ない大きさの重そうな斧がある。


 それこそイヨリが獣人化して持つと、ゴーレムの腕にちょうど良いぐらいの大きさだ。

 重量感があるどう見ても戦斧然の片刃の大斧を見ながら、


「あれか? あんたもタダだから少しでも金目のモノをって考えか?」


 ジンタが平目で保健医に聞く。


「君は私を――、ってそれはさっきやったな」


 さっきの言われようを思い出し、チッと舌打ちした後、


「別にこれを売るから持っていこうとしている訳ではない」


 と、保健医。


「それってつまり、倒す相手にはこれが有効かもしれないってことか?」


「うむ、その可能性がある」


「そうは言っても、この大きさの斧で攻撃されたらほとんど即死ですよね」


 同じく合流した雪目が、斧の刃先をちょんちょんと触れながら言う。


「「「確かに……」」」


 さすがに全員が頷いた。


「とりあえずこれなんだが、イヨリくん持てるかな?」


 保健医は振り返りイヨリを見る。


「持つのは簡単だと思いますが」


 獣人化し、いつもの白く小さい手ではなく、ゴツく大きいゴーレムの手で斧を持つイヨリ。


「ですが、少し邪魔に感じると言いますか……」


「ふむ、使わないに越したことはないんだが、一応持っててくれるかな?」


 幾ばくかの不満を口にするイヨリに、それでも頼み込む保健医。


「分かりました」


 そこまで言われると、イヨリも渋々頷いた。


「俺も斧の方が良いのか?」


 ジンタが聞くと、


「君ぐらいのチカラじゃあまり変わらないから別にそのままでいい」


 と、あっさり返された。



 とりあえずこれで良いだろうと、倉庫にいた全員が外に出る。


「あら、お早いですわね」


 外で待っていたリカが振り返る。


 平然と立つリカの周りには、数匹のグレイウルフとダイアウルフが血を流し倒れていた。


「おい、リカ襲われたのか?」


 ミトが少し緊張に張った声で尋ねると、


「そうですわね、少し遊んであげていただけですわ」


 さらりと答え、ウェーブがかった髪を後ろに払う。


「さて行きましょうか。早くこんなことは終わらせて、私ロンシャン様のところに戻らないといけませんので」


 リカは獣人化し、そのまま武器屋の出口ヘ向かい歩き出す。


「あの人はほんとに……」

「でも、心強いよな」


 呆れたように首を振るイヨリに、ジンタは答えた。


 もっとも、呆れたように首を振るイヨリの肩には金太郎も真っ青になるほどの大きな斧が担がれているのだが……。


「こっちも十分頼もしいな……」


 ジンタが呟くと、


 何がです? というように小首を傾げるイヨリ。

 ジンタはそれに対し、今日何度目かの苦笑を向けた。



 東通りに戻り、西へ向け大通りを歩く。


「だんだんと、イヤな気配が強くなりますね……」


 雪女姿の雪目の長く整った眉がしかめられる。


「確かに、すっげー胸くそ悪い感じだな」


 ミトも同意し、顔を歪める。


「私も少しムカムカしますが、イヨリさん達はなんともないんですの?」


 先頭のリカが尋ねてくるが、少なくとジンタはなんともない。


 横を歩くミリアは唇を尖らせているが、さらにミリアの隣で斧を持って歩くイヨリは、ジンタに顔を向け笑みを浮かべるぐらい、至って平然としている。


「ほんとに君達は何とも無いのか?」


 再度保健医が聞くが、イヨリとジンタは頷き、マスターであるミリアは、


「やっぱり、武器屋の後でお菓子屋さんでも何があってもいいようにお菓子の補充をしておくべきだったんだよ」


 と、真顔でまったく違うことを考えている始末だった。


「ほんとになんとも感じないのか、私だって少し気分を損なうほどなのだがな……」


 改めて呆れる保健医に、


「その方々は色々おかしいのですわ」


「ちがいねえな~」


「ほんとにそうですね」


 リカとミトと雪目がある種真顔で答えた。


「そ、そんなこと、わたし達は至って普通――――」


 反論しようとしたイヨリだったが、正面に見える西門の入り口が目に入った途端、口を止めた。




 街を覆う城壁は、高さにしてジンタの倍ほどある。


 しかも、街の大通りの入り口である開閉式の門のある場所は、さらに強固な門を支える為、一段高くなってる。


 しかし、ソレはそんなさらに高くなっている門の上部をさらに上に突き抜ける形で、ジンタ達の視界に飛び込んで来た。


「おいおい、嘘だろ……」

「なんだあの大きさは……」


 ミトとジンタがほぼ同時に口を動かした。


「やはりこの原因は……、トレントだったのか……」


 保健医の確信した言葉が後ろから聞こえる。


 トレントという言葉、ジンタには聞き覚えがあった。


 当然、実際に見たことがある訳ではない、しかしその存在は色々と知識として、視覚としても知っている。


 味方として登場すれば温和で優しい博識の木のおじいさん風、敵として登場すれば巨大な木の怪物。そんな印象だ。


 当然、今ジンタの視界にいるのは紛れもなく後者、敵として現れている大きな、大きすぎる枯れ木の怪物だった。


「しかし、あれは、異常すぎる、大きすぎるぞ……、普通のトレントの倍近い大きさがある……」


 声音には、日頃の保健医ではあまり聞くことのない驚きと畏怖の感情が含まれていた。


「トレントと言うのはあのモンスターのことでしょうか?」


 驚きすぎてか、それとも平常心でなのか、抑揚なく雪目が尋ねる。


「そうだ、見たまんま木の怪物といえば分かるかな?」


「確かに見た目そのままだよね」


 答えた保健医にミリアが相づつ。


「なぜあんな馬鹿デカイ、しかも危険なモンスターを、今まで誰も気付かなかったんですの?」


 リカが呆れ顔で首を振れば、


「ほんとにそうだな、一体どうやってあそこまでデカくなるのを気付かれずにいられたのか、私自身も知りたいぐらいだよ」


 保健医はばかでかいトレントの、身を隠すすべのうまさに感心したとばかりに首を振る。


 実際の見た目からも、この辺り一帯に生えている森林の木々より一回りか二回り分はゆうにでかい。


 動くだけでも分かりそうなぐらいなのだが、当然そこまで育つまでの期間もある。その間を一切誰にも気付かれることなく、今ジンタ達の眼前に映るトレントは、この階層に住む人々の目を眩ませ育ってきたのだ。


「あり得ない、としか言い様がないんだがな……」


 保健医は、驚き疲れたとばかりに呟いた。


「どっちにしても、アレを倒さないことには私達の、この街のこれから先がないと言うことですよね?」


 イヨリが担いでいた大斧を両手で持ち、正面に構える。


「確かにそうですわね、ロンシャン様に害を為すのならば、あれぐらいの木のお化け瞬殺ですわ」


 地面に届くほどのリカのクマの腕、その腕の爪がシャキンと音をたて、掌と同じぐらいの長さまで伸びる。


「ま、確かにそうだな」


 ミトは軽く屈伸し、


「そうですね、エルちゃんが心配しますし、サッサと終わらせますか」


 雪目が大通りの脇にある水の入った樽を押し倒し、水を地面にまき散らす。


「ふむ、みんなやる気なようで何より、じゃあきみ、みんなに強化魔法を頼む」


 眼鏡をクイッと押し上げ、保健医が指示を出す。


「ジンさん私もスピードでお願いだよ!」


 強化魔法の準備に取りかかっていたジンタにミリアが言う。


「プロテクトじゃなくか?」


「うん、スピードだよ!」


 右手、その中指にはまった魔法の媒介である指輪を摩るミリアを見て、ジンタは頷く。


「わかった」


 と。




「じゃあ行っくぜ――――つ!」


 全員にスピードの強化魔法を掛け終わると同時に、真っ先にミトが飛び出した。


 グングンとジンタ達から離れていくミトは、もう西門まで辿り着いていた。


 そこで二度三度蹴りを出した後、今度はUターンして猛スピードで戻ってきた。


 歩幅を合わせるように、早歩き気味で門に向かっていたジンタ達に合流したミトは息を切らせ、


「まじぃ、すげえ一杯操られたモンスターがいやがる……死ぬかと思った、マジで」


 半泣きしながら伝えてきた。


「どうやらそのようですわね」


 一番先頭を歩く、リカがミトの言葉に答える。


 全員が見据えるトレントの下、門から大通りに掛け、何十匹ものモンスターや動物がジンタ達へ向け走ってくる。


「ほ、ほんと多いな……」


 さすがにあまりの数の多さに、ジンタの声が気後れしたように震える。


「まずは私達が先で良いですかね?」


 ジンタの横を歩いていた雪目が、彼女にしては自信満々に口を開く。


「どうぞですわ」


 前を歩いていたリカが歩きつつ横にずれ、ジンタと雪目の正面には走って向かって来るモンスターの姿だけが見える。


「では、行きます」


 スッと雪目は両手をモンスター達に向ける、周りには先ほどまいた水を媒介にして作った、いつも以上の氷の結晶が輝き舞っている。


「我らがウェディングロードを妨げるモノに氷の針を見舞いなさいッ!」


 雪目の言葉に反応した氷の結晶が鋭いトゲとなり、正面を高速で飛んでいく。


 そして、雪目の言葉の意味を無意識に理解したジンタも、それに負けないぐらいの速さで大きく雪目から飛び離れる。


 雪目の放った結晶が、向かい来るモンスター群を刺し貫く中、雪目は飛び退いたジンタを恨めしそうに見て、


「な、なぜそんな遠くに離れるのです?」


 ショックに震える声で尋ねる。


「え? いや、なんか、なんとなく?」


「ガ――ン」


 雪目が、獣人化した白い襦袢姿で目元を押さえナヨナヨとその場で泣き崩れていく。

 その頬を伝う涙が結晶化しキラキラと雪目の周りをより一層輝かせる。


 それを見ながら全員が思う。


(((この姿のままならきっとすぐ結婚出来そうなのに……)))




 諸事情により泣き崩れた雪目から目を離し、ジンタ達全員がトレントのいる西門へと向き直る。


 雪目の攻撃で倒れたモンスター、その傷つき倒れたモンスター達を踏みつけながら、後続の操られたモンスター達はドカドカと向かって来ている。


「まるでゾンビ映画だな……」


 目の前の光景に、ジンタがそう口を溢す。


「私が前に出ます」


 イヨリが先頭に立ち、手に持つ大斧を横に構える。


「気を付けて下さいましね」


 リカが危険とばかりに後ろへと下がる。


 普通であればきっと、構えたイヨリに対しモンスター達は一瞬でも動きを止めたはずだろう、しかし完全に操り人形と化しているモンスター達は、動きを一切止めずにイヨリに向かい殺到してきた。


「はああああぁぁぁぁッ!」


 気合いの雄叫びを上げ、イヨリが横に構えた斧を大通り一杯に振り回す。


 切るという作業と叩き潰すという作業を同時に行い、大通りに突風を巻き起こしたイヨリの一閃が通り過ぎる。

 斧の通った斜線上のモンスターは全員振りきった斧の先、大通りの壁へと吹き飛んでいた。


「おいおい……」


 目の前のあり得ない光景にジンタが驚愕する。


 そして恐怖で止まったのではなく、振った斧の突風により後ろに後退したモンスター達が再度動き出す。


 そこに、


「もう一回ですッ!」


 振った状態から逆方向に刃を向け直し、再度イヨリの横薙ぎ一閃。


 大通りの左右の壁には、真っ二つに切られたか、叩き潰されてグシャグシャになったモンスターの死体の山が出来上がっていた。


「いや~~、もしイヨリさんが操られたら、おれ逃げていいかな?」


 ミトが冗談とも本気ともとれる感じに頬を掻く。


「大丈夫だミトくん。君が逃げる前に私が先に逃げるさ」


 保健医は、目の前の光景を見ながら頬をヒクつかせそう返した。


「まあ、その話は置いとくとして、とりあえずこのチカラバカのイヨリさんがこれ以上アレを振り回すと、こっちも誰かが真っ二つになるかミンチになるかしてしまいますわ。ですからイヨリさんは少し邪魔なので下がってて下さいな」


 リカがイヨリを遮り前に立つ。


「こ、これでも皆さんに当たらないように気を遣って振ったつもりです!」


「行きますわっ!」


 言い返すイヨリを無視し、今度は自分の出番だとばかりに、リカがモンスターの群れに飛び込んでいく。

 モンスターの真ん中で攻撃を開始したリカに続き、ミトが走り出す。


「リカばっかりにいい格好はさせねえぜ!」


 グリズリーとアルミラージ、二人の獣人化した獣が操られたモンスターを切り裂き、蹴り飛ばしていく。


「よし! 俺もっ!」


 ジンタもリカとミトに続き突っ込もうとしたが、


「待て! 君は待つんだ!」


 保健医が鋭く止めた。


「なんだ?」


「ここはあの二人と雪目くんに任せて、我々はトレントの元へ向かおう」


 保健医は路地を指差す。


「で、でも、この数相手に三人じゃ……」


「君こそ何を言っているんだ、コイツ等を全部倒しても意味はないんだぞ?」


「それは……」


 躊躇するジンタにミトが叫ぶ。


「ジンタッ! お前は今出来ることを、家族を守る事を優先して戦うんだろ! ここはおれ達で何とかする、だからお前達も早くあのでっけえ化け物倒してこい! それがこの戦いを終わらせる一番手っ取り早い方法だろッ!」


「そうですわ、サッサとこんなつまらない戦いは終わらせるのでしょ? 私もサッサと終わらせてロンシャン様のところに返らないといけませんし、早く行って下さいな」


 ミトとリカの言葉がジンタの背中を押す。


「そうですよジンタさん、早く終わらせて、私と一緒に愛のウェディングロードを歩きましょう」


 雪目だけは、本当にジンタの背中、首元からするりと冷たい手を入れてきた。


「ヒッ!」


 あまりの冷たさと寒気に、逃げるように路地へジャンプしたジンタの後を、イヨリとミリア、それと保健医がついてくる。


「急ぎましょう」


 ジンタの隣まで来たイヨリに合わせるように、ジンタも走り出す。


「ジンさん、アイツはわたし達で倒すんだよ」


 後ろでは、ミリアが鼻息を荒く宣言している。


「なるべく死なない程度に頑張ってくれよ」


 保健医も最後方で声を掛けてくる。


 何度も折れる路地を走り、たまに出会うモンスター達を、ジンタは剣と新しい盾でほふりながら、城壁の上へと上れる階段の場所へと向け走った。


 城壁を上る階段入り口の手前、数度目の戦闘が終わりジンタ達は遂に城壁内部の階段へと辿り着いた。


 短いがかなり角度のある階段を上り始め、


「しっかし、この盾ほんと殺傷力が半端ないな……、自分で自分にケガさせそうだけど……」


「ほんとにすごい切れ味ですよね」


 後ろを走るイヨリが即座に返してくる。きっとさっき切った自身の指のことも思い出してるだろう。


「盾の表面には刃があるように見えなくするため、内側から外側に向けてのみ刃を削っている作りの片刃だな、ただの盾だと不用意に近づけば斧のように重心が刃にあるその盾を振り回した君に真っ二つか、あの武器屋さんもよく考えたモノだな」


 保健医の声が通路内に響く。


「触ってケガしないように気を付けないとね」


 ミリアの声も聞こえた。


「全くだ」


 答えつつ、城壁内部を上り終え外へと通じる扉をジンタは勢いよく開け飛び出した。



「げっ!」


 扉を壊れんほどの勢いで開け飛び出したジンタの最初の一声が、カエルの潰されたような声で響く。


 それもそのはず、扉を開けたその正面には、城壁よりも大きいちょうど幹と枝の間にあるトレントの赤く光る両目があったのだ。


「私が行きますっ!」


 一瞬怯み立ち止まったジンタの横を通り抜け、イヨリがジャンプ一番で大斧をトレントに向け叩き付ける。


 バギャ! ギャギャギャッ!


 枯れ木を激しく叩き割る音がまず響き、続きその重い斧とイヨリ自身の目一杯のチカラをのせ、下へと押し込む。大斧はトレントの幹を縦に切り裂いて、ジンタの視界、城壁の下へとイヨリと共に消えていく。


「イヨリッ!」


 ジンタが声を張り上げる横で、今度はミリアが立ち止まり、右手を握りトレントに向け突き出す。


「ヒ――ルッ!」


 ミリアの右手が眩く光る、その光りと同等の光りがイヨリに切り裂かれ暴れるトレントの枯れた太い枝の根元に現れる。


 バギャッ!


 瞬間的な破壊力だけならイヨリの斧よりも凄まじい威力で、トレントの枝の根元である枯れ木が爆発し、大きく抉られ、破片をまき散らす。


「わたしも行くよ!」


 そしてミリアも、イヨリの後を追うように城壁を躊躇いもなく飛び降りる。


「なんと! ほんとにヒールでそんな威力の攻撃をっ!」


 ミリアの後ろに立っていた保健医が驚きに目を見開く。しかしそれも一瞬、すぐさま平目になりジンタへと目を向ける。


「ところで君は、そこで四つん這いになって一体何をしてるんだ?」


 罵るような低い声。


「か、完全に……、ミリアよりも出遅れた……」


 一瞬立ち止まった結果、家族二人の見事な連携、完全に置いてけぼりを喰ったジンタが、がっくりとうな垂れていた。


「はぁ~、とりあえず私も行くぞ」


 呆れたようにおでこを押さえた後、保健医は「とう!」とどこかのヒーローのような声を出し、城壁を飛び降りた。


「お、俺も行かないと」


 城壁にただ一人残されたジンタが、みんな同様に街の外側の城壁に向け足を掛ける。


「う……わ~~……」


 城壁外部に掛けた足を一度降ろし、


「何これ……やっぱ下から見るよりかなり高くない……」


 再度の気後れ。


「おい、早く降りて来ないと君はまったくの役立たず、という烙印が私の中で確立するのだが、よいか?」


 下から見上げてくる保健医の言葉に、ジンタは勇気を振り絞る。


「ちょっと待ってやがれっ!」


 言い返しジンタは、ハッとなり名案が浮かぶ。


 ――俺もイヨリのようにトレントに攻撃してそのまま地面に。


 正面に目を向ければ、もうトレントは攻撃をくり返すイヨリとかなり離れた位置にいた。


「と、届かねぇ……」


 再度の四つん這い。


「こうなったらしょうがねぇ!」


 気合いを入れ直し、ジンタは城壁の外壁に座り込む。

 そして両手で壁を掴みだら~んと城壁にぶら下がった。


 少しでも落下距離を無くすための最善の努力。

 別の視点から言えば、それは最悪の格好……。


「う、うぅ……、今更ながら思うが、足が地面に付かないって怖いな……」


 弱音を口にしながらも、ジンタは勇気を振り絞り、両手を離した。


 落下の感覚に身震いしながら、ジンタは「グキッ」とイヤな音を立て着地した。


「おい、君……、あれだけ情けない格好までしておいて、まさか……」


「ひ、捻った……」


 しゃがみ、悶絶したままジンタは涙目で答えた。

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