恐怖と、恐いもの見たさ
「なんだ……、これは……」
扉の前で立ち止まり、ジンタは掠れる声を絞り出した。
「どうした、ジンタ?」
立ち止るジンタの横から、まずはミトが、そしてみんなが暗闇の部屋の中を覗き込む。
「すごい……、破壊力ですね」
通路の光の当たる部屋の地面が大きく陥没してるのを見てエルファスが呟く。
「ですが、これってひょっとして?」
雪目が何気にジンタに寄り添い、
「うん、間違いないよ、これはイヨリだよっ!」
ミリアは確信の顔で頷く。
「これがイヨリって人の……? その人って?」
「イヨリは種族ゴーレムなんだ」
「……ゴーレム」
巨人の姿がジンタの頭に思い浮かぶ。
そしてふと、ゲームであった『階層伝説リリフォリア』でも出会ったことがあることを思い出す。
一撃必殺ともいえる攻撃と圧倒的な防御力、攻撃は擦っただけで体力ゲージの数割を持っていかれ、こちらが殴ってもその攻撃は岩の鎧に弾かれる、そんな印象がある。
ミリアの言うイヨリという人物は、ジンタの頭の中で筋肉隆々のアマゾネスのような女性の姿となって浮かぶ。
体に悪寒と身震いがした。
もっともそれは、隣に立つ雪目がさりげなくジンタの腕に手を回そうとして、触れたためでもあったが……。
エルファスの魔法の明かりを後ろに、ジンタは部屋の中に入る。
後ろからの仄かな明かりとはいえ、さっきよりも部屋の様子は見て取れるようになった。
微かな光源の中、陥没した地面は一箇所ではないことがわかる。部屋の至る所にその痕跡が残っている。
「いや~~、こりゃあイヨリさん相当心配してるな」
「ええ、かなり手加減なしのようですね」
ジンタの後に続き、スタスタと中に入ったミトと雪目が陥没した床をそれぞれに触り、それぞれの見解を口にする。
「引っ掻き傷。これ、リカだよ!」
リゼットの指差す方向、壁に五本の削れた傷がある。
「うへ、リカも一緒かよ」
「まず間違いなく最強ペアね」
ミトとエルファスの眉が顰められる。
「これでロンシャン君が一緒じゃなかったら、色々大変なことになりそうですね」
雪目が呟くと、
「それ、一番怖いな……」
「リゼット、そんな怖いの見たくないよ……」
ミトとリゼットは、その場で同時に身震いした。
「大丈夫そうみたい。ロンシャン君、二人と一緒みたいだよ」
しゃがみ込んでいたミリアが床から何かを掴み上げる。
親指と人差し指で真っ赤な木の実をつまんで目の高さで持つと、
「これ、今の時期に学校の中でよく実がなってて、ロンシャン君が「今日のために一応」って拾い集めてたの」
「そう言えば集めてましたね」
エルファスも思い出したように相づちを打つ。
「そっかぁ~、それなら少なくともリカはぶち切れてねえな」
「リゼットもホッとしたよ、もう今から寝れるぐらいすごく安心したよ」
「ええ、分かりますがリゼットさん、今は寝ないで下さいね。色々大変なんで」
ジンタ以外の全員がとりあえず安堵の息を吐いた。
「えっと、イヨリさんというのがゴーレムだとして、リカさんとは?」
「リカはグリズリーの獣人化っ!」
リゼットがミトにも負けない薄い胸を叩き自慢する。
「グリスリーか……」
大きなクマって印象しかない、というかそのままだ。
しかし、とジンタも思う。
ゴーレムに大きなクマの獣人化した筋肉隆々の女性二人がぶち切れて暴れてるところに向かう自分を想像すると、なんかこのまま会わずに出口に行きたいなと、ジンタは思考的にも本能的にも思ってしまう。
「とりあえず、この先行ってみようぜ?」
ミトが部屋の奥にある壊れた扉、――と言うよりは半ば壊された扉を指で示す。
それなりに広いはずの通路なのに、通路の周りの地面や壁の壊れ具合が見た目以上に通路を狭く見せる。
緊張や恐怖もあるのだろうが、ジンタは先へと足を進めるたびに呼吸をするのがつらくなる感じがした。
重くなる足取りにめげそうになった時、ジンタの手を小さい手が優しく握った。
「大丈夫だよジンさん。イヨリはわたし達の家族なんだから、きっと無事だよ」
ミリアが、口笛でも吹き始めそうなほど嬉しそうにルンルン気分でジンタを励ます。
――いや、無事なのはなんとなく分かるけど……。俺的にはそのイヨリさんが無事に暴れている方が心配なんだけど……。
なんてことをミリアに言えるはずもなく、ジンタは気力を振りしぼり足を前へと動かした。
歩いた先にはまた壊された扉があり大きな部屋があった。そこには十匹を越えるオオカミのような死体と、それ以上に潰された大きな蜘蛛の亡骸があった。
「なんでしょうねこれ……、今までミト達が戦ってきた骸骨や大きな蜘蛛の他にもオオカミっぽいがいますね、しかも数が……」
「異常に多いですよね、雪目怖いです、ジンタさん」
「よくよく考えれば、さっきの部屋の床や壁の陥没の痕や引っ掻き傷も異常なほど多かったしな、どうやらこの先が当りっぽくて、モンスターの数も尋常じゃなさそうだな」
エルファス、雪目、ミトが新しく入った部屋の状況を口にする。
「この数を二人で倒して、さらに進んだのか?」
ジンタは倒れているモンスターの数にも驚いたが、その数を倒しさらに前へと進んでいった二人とエルフの少年にも驚きを隠せなかった。
さらに次の部屋では、ゾンビだったのだろうか、腐ったような悪臭が部屋全体に充満し、切り裂かれたり、潰された腐った肉片が辺りに飛び散っていた。
ジンタがミリアの目を隠し次の扉へと歩き、エルファスにはミトが目を隠し、同じく後をついてくる。
エルファスの魔法で照らされる部屋の状況に、ジンタは自分の胃から酸っぱい感覚が押し上げてくるのを感じる。
当然ではあるが、ジンタにとって今まで死というモノに対し、意識すること自体ほとんど無縁に近かった。
親戚のおじいちゃんが死んだ、と両親と一緒にお葬式に行ったことはある。その時は墓地という場所、死の痕跡に恐怖を覚えたりもしたが、そんな恐怖も家に帰った後の日々の日常の中に薄れて考えなくなった。
ミリアとエルファスと出会った最初の部屋でも少しは感じた、大蜘蛛に喰われかけた時が最近では一番の恐怖かも知れないが、それもこうしてミトや雪目と合流し自分が安全な位置にいることでほとんど感じなくなっていた。
しかし、今ここに落ちている肉の塊、それが生を終わらされた自分の姿――、末路だと思うと忘れていた恐怖が何倍にもなって蘇ってくる。
次の部屋へと続く通路を歩きながらもジンタの体と気持ちは、もうこれ以上先には進みたくない、出来れば引き返したい、だった。
これ以上先にあるかも知れない無残な亡骸は、もしかしたら自分になってるかも知れないと考えてしまうから……。
ジンタは、何度目かの酸っぱい感覚を口腔一杯に感じだす。
しかし、なぜかそれでも足は前へと進む。周りにみんながいるから、と言うのもあるんだろう。男としてのプライド、と言うのもあるんだろう。だがそれ以上に、これだけの異形達を倒し、さらに突き進むゴーレムとグリズリーの獣人化を持つ二人の女性。その人達と会ってみたいと思う気持ちが膨らんできている。
いや、むしろそっちの方が恐怖より勝っているのだろう、だからジンタはこみ上げてくる酸っぱい感覚をもう一度喉の奥に押し込み、前へ前へと進んでいく足に従った。
次の部屋に近づくと、激しい、まるでトラック同士の衝突するような音が、数度地震のような振動ととも響いてくる。
「こ、これは……?」
「きっとイヨリさん達だな」
ジンタの上擦った言葉に、先頭を歩くミトが答える。
「戦闘中……、のようですね」
「うん」
エルファスとミリアがジンタのやや斜め後方で、ジンタのボストンバッグを掴み呟く。
「とりあえず、ちょっと急ごうぜ」
ミトの歩調が少し上がる。
近づくにつれ、声が響いてくる。
「テアァァァァッ!」
ゴゴンッ!
気合いの篭もった女性の叫びの直後、激しい衝突音と振動がジンタ達に届く。
しかも、それが数度。
「おいおい、まさかイヨリさんとまともに殴り合ってるモンスターがいるのか……?」
ミトの声が、興奮気味に誰に言うでもなく漏れる。
恐いもの見たさ、と言うのだろうか。すくみ上がるほど体は震えているのに、心臓は張り裂けそうなほどバクバクしてるのに、それでもジンタの心と体は、ミトに負けないほど興奮し高ぶり身震いしている。
速くなる足取り、前を歩くミトを押し退け、早く開け放たれた明るい光が差し込んでくる次の部屋へ行きたいと気持ちが急かす。
「一体何なんですのこの化け物はッ!」
「私に言われても知りませんよッ!」
明るい部屋へとあと数歩ほどの距離に差し掛かったとき、激しい衝撃音や振動の合間を縫って、二人の女性の声が響く。
「リカとイヨリの声だよっ!」
リゼットの嬉しそうな声が後ろから響く。
「どうやらお二人は、無事なようですね。ふぅ~」
ジンタの背筋に虫酸が走る。
雪目が、ジンタの耳元で、呟きとともに怪しい冷たい吐息を吐いた為だ。
それでも、急く心に歩幅を広く速く動かし、眩しい部屋の中へとジンタ達は飛び込んだ。
一瞬、眩しさに目が眩む。
いきなりすぎる光量を遮るように、ジンタは目元を手で隠す。
そして目の前の光景を見た。
「あ、あれが……イヨリさん……?」
視界いっぱいに飛び込んできたゴーレムの姿に、ジンタは驚きを口にした。




