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怒りと悲しみと

「これが操られたモンスターってヤツなのか……」


 肩で息をし、ミトが額の汗を拭う。


 ミトの見下ろす先には、ミトの倍はあるグリズリーが地面に倒れ息絶えていた。


「殺すつもりはなかったんだけどな……、ちょっと脅して痛い思いさせれば逃げていくと思っていたのに……」


 ミトは襲ってきたグリズリーに圧倒的スピードで蹴りを叩き込み、急所である眉間にカカト落としを決めた。


 普通なら、それで圧倒的実力差を理解し本能で逃げていくと思ったのだ。しかし、この目を真っ赤に光らせたグリズリーは怯え逃げるどころかミトにより一層の敵意を持って襲いかかってきた。


 それからはただの殺戮だった。


 渾身の蹴りを叩き込み、骨を砕き、顔を潰して、それでもグリズリーはミトに襲いかかってきた、――完全に息絶えるまで。


「まったく、どうなってんだ……」


 何度蹴っても向かってくるグリズリーの姿を思い出し、ミトは身を震わせた。


「こいつは……、ほんとヤバいぜ……」


 気持ちを落ち着かせるように、ミトは空を見上げる。

 そのミトのアルミラージの耳に、激しく怒りを露わにした咆哮が届く。


「今の声……ジンタか?」


 ジンタの声だと、聞き覚えがある声だと、ミトは確信する。

 ただその声はあまりに苦しそうな、とても痛々しいモノだった。

 こんな悲痛の叫びはジンタの声ではない、とも思った。

 それでも言いしれぬ不安が胸を締め付ける。


「こっちかッ!」


 アルミラージの白い長い耳を、痛々しい悲鳴の咆哮を轟かせる方向へピンと立て、ミトは走り出した。

 南の大通りを一気に駆け抜け噴水前で急ブレーキ、西の大通りに体の向きを変え、ミトは再度走り出す。


 西の大通りの真ん中で数匹のリザードマンと、一人の男が戦っているのが見えた。


「ジンタッ!」


 見覚えのある男が剣と盾を振るう姿にミトは叫ぶ。


 ジンタのいる戦場を視界に収め、一歩一歩飛ぶように近づく。

 必死に走るミトの口から舌打ちが鳴る。


 ――ジンタのやろう何考えてんだ。なんであんな無茶な戦い方してやがるんだ。まさか操られるのか?


 見据える先にいるジンタは完全に狂った戦い方をしていた。


 数匹いるリザードマンに対し、通常であれば盾で受けつつチャンスを窺い、隙を見つけて攻撃に転じる、それが普段の、いつものジンタの動きのはず。

 だが今のジンタはトドメを刺すまで一匹を追い続けている。


 当然、狙われない周りのリザードマンが、ジンタに向かいそれぞれの武器を突き出し振るっている。ジンタはそれらを致命傷にならない程度になんとか躱しているのだが、ほとんど防御を捨てている。つまり体中に刺し傷切り傷を作りながら、それでもなお一匹を倒すまで追いかけているのだ。


「あんな戦い方、だれも教えてねえだろ! ――そもそもアイツらしくねえだろッ‼」


 カァーっとミトの頭に血が駆け上る。


 視界の中のジンタが一体にトドメを刺すも、別のリザードマンから攻撃を受け大きく真横に吹き飛ばされる。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ――――――――ッ!」


 ミトは咆哮を上げ、上半身を地面スレスレまで下げ、さらに加速し疾走する。


 そして、走る勢いをそのままにグルッと前転し、跳び蹴りを放つ。


「ミトッキ―――――ックッ!」



        ※※※※※※※※



 視界の隅に映るリザードマン達の振るう武器を、致命傷にならない程度に避けつつ、正面でやっと射程に捕らえた逃げるリザードマンに向かい、ジンタは右手に持つ直剣を渾身のチカラで突き出した。


 ブシュッと肉を抉り、突き刺さる感触が剣から腕を通し体に伝わってくる。


 視界に入るリザードマンは大口を開け、悲鳴らしき叫びを上げながら痛みに悶える。

 その首に向け、ジンタは引き抜いた剣を横に振り抜く。


 スッパリと切れたリザードマンの首から大量の緑の血が噴きだし、ジンタの顔に降りかかる。


 それと同時に盾を持つ左腕に鈍い衝撃が伝わり、体が左腕の外から来る衝撃に押し出されるように右に吹き飛んだ。


 血を噴き出し倒れ込むリザードマンから一メートルほど真横に吹き飛ばされるもジンタは両足を踏ん張らせ耐えた。


 即座に目を左へと向ける。

 メイス振り抜いたリザードマンの姿がジンタの瞳に映った。


 ――次はこいつだ!


 ジンタは盾を持ち上げ一歩を踏み出そうとした。が、どういうことか左腕が持ち上がらない。

 チラリと見た自分の左腕は盾をぶら下げたまま、ブラブラとあり得ない向きで揺れている。


 ――ああ、これ折れてるな。


 まるで他人事のようにそれを見て認識した。


 ――ただ左腕が折れただけだ。


 客観的にそう結論付け盾を構えるのを止め、代わりに右手の剣を振り上げ、そのままメイスを持つリザードマンに向け踏み出す。



「――キッ―――――クッ!」



 突如耳に飛び込んできた聞き覚えのある声にジンタは咄嗟に横を向く。

 目の前にピンクの肉球が飛び込んで来た。


「あ、ピンクの肉球」


 そう口を動かそうとした時にはもうジンタの顔面はピンクの肉球の柔らかい感触を通り抜け、その後におとずれる激しく突き抜けるような蹴りの衝撃を受けて、体を吹き飛ばされていた。


 蹴り飛ばされたジンタは吹き飛び、大通りに面したレンガの壁に叩き付けられ、そのままバウンドするように跳ね返り地面に横向きで寝るように倒れた。


「……え?」


 視界の半分を地面が塞ぐ光景に、ジンタが戸惑いながら声を絞り出す。

 しかし、それも一瞬だった。


 一体何が? と頭の中で疑問を思い浮かべるより早く、今度はガバッと首根っこを掴み上げられた。


「おいジンタッ! お前はジンタだよなっ! そうだろっ!」


 掴まれた首根っこを激しく前後に揺らされながら、目の前に白く長いうさぎの耳を、そしておでこには一本の立派な角を、さらに頭の後ろには茶色のまるで馬の尻尾のような髪を左右に揺らして、目尻のつり上がった少女がジンタの顔を真剣に見つめながら叫んでいた。


「あ……、ミト……」


 ガクガクと揺すられながらジンタは口を動かした。



        ※※※※※※※※



「そうだおれだミトだっ! お前はジンタだっ! 大丈夫なんだろ! 操られてないだろ!」


 さらに激しいミトの揺さぶりに、ジンタは青白い顔になり呟く。


「ミトが何を言ってるのか分からないけど、もう揺らさないでくれ……吐きそうになる……」


 ミトはがくんっと揺らすのを止めた。


「どうやら、ちゃんとジンタみたいだな」


 ミトは安心したように大仰に息を吐き出した。


「ミトが本当に何を言ってるのか分からないけど、とりあえず後ろを――」


 ジンタの見つめる視線が自分ではなく、そのさらに後ろへ向けられているのと、さっきから背中にチリチリと感じる殺気の気配に、


「だ――――ッ! 邪魔するなッ!」


 ミトは振り向くと同時にアルミラージと化した足で渾身の回し蹴りを放った。


 それぞれの手に持つ武器を振り上げていた横並びのリザードマン達は、見事にそれぞれを巻き添えにすっ飛んでいき、壁に激突して動かなくなった。


「大丈夫かジンタ?」


 首根っこを掴んだままのジンタに心配そうに声を掛ける。


「いや……、なんか今が一番死にそうだ……」


 ミトの手により完全に絞まったジンタの首元が、ジンタの血の流れを完全に堰き止めていた。ジンタは血の気の失せた青い顔をしていた。


「あ、ごめんごめん」


 パッとジンタの首元を離しミトが謝る。


 ジンタは首元を二・三度軽く摩った後、ゆっくり歩き出しミトに蹴られた際に落とした自分の剣を拾い上げた。そしてそのままミトに蹴られ呻くリザードマン達の元へ向かい歩いていく。


「おい、ジンタどうしたんだ?」


 ミトが声を掛ける中、ジンタは倒れるリザードマン達の前で立ち止まり、剣を逆手に持ち一体一体の首に突き刺していった。


 完全にトドメを刺すために……。


「お、おいっ!」


 ミトの中のジンタという心優しい男の存在、その範疇を超えた目の前の異常なジンタの行動にミトは息を飲んだ。


「俺はさ、コイツ等は絶対殺すって決めてたんだ……」


 そんなミトに、ジンタは振り向かずポツリと呟くように答えた。


「お前一体何が……」


 感情の抜け落ちた口振りのジンタに、ミトが肩を掴み振り向かせる。

 ぶらりと動いたジンタの左腕が、本来ではあり得ない動きをして見せる。


「おまえ、その左腕……」


「ああ、ただ折れてるだけだよ……」


 ジンタはなんでもないように淡々と口にする。


「お前……、本当に何があった? どうしたんだ?」


 こいつ何かがおかしい、そう思いつつミトが戸惑いながら尋ねた。


「…………」


 ジンタはミトの言葉に何も答えない、代わりに大通りから見える路地の奥に目を向けていた。


 ミトも必然的にジンタの視線を追う。

 そこには、折り重なり倒れる獣人化した女性とエルフの少女がいた。


 その二人がもう手遅れだとミトも分かった。

 心の中に膨れあがる負の感情を押さえつつ、ミトはジンタに問う。


「あの二人は?」


「俺……助けられなかった……」


「……そうか」


「うん……」


 ジンタの愚行ともいえる特攻の意味、その真意がミトにも分かった。


 ソレと同時に、今までジンタに感じていた形容しがたい危うさのようなモノがなんなのかも……。


 約一年、ミトはジンタを見てきた。一緒に行動もして来た。

 だからジンタはいい奴だと、ミトももう十分分かっているつもりだった。


 里帰りの時も、口ではイヤそうにしてても必ず一緒にいてくれた。

 他に、色々迷惑を掛けてもジンタはほとんどの場合味方になってくれたし、イヤなことでも付き合ってくれた。

 どんな危ない時でも、一生懸命で、みんなと戦ってくれていた。


 ――そうおれ達と戦ってくれていたんだ、どんな時でもこいつは……。


「なあジンタ、お前はあの二人を救えなかったからあんな戦い方を?」


 そう問い掛けたミトに、ジンタは「当然だろ」と言うように頷き、


「ああ、例え俺が死んでもあいつらを殺してや――――」


 言い掛けるジンタの頬を、ミトは有無も言わさず渾身のチカラでひっぱたいた。


 パァンッ! と二人の声以外無音の大通りに響く乾いた音。


 ジンタは上体を大きく揺らしそれでも何とか耐えた。そのジンタの目一杯に見開かれた瞳がミトに何をするんだ? と訴えてくる。


 その瞳に噛みつくようにミトは睨み返した。


 ――そう、こいつはいつも戦ってくれていたんだ、例えそれが、いやきっとそれが例え誰であっても……。


「お前は……、助けられなかったあの二人のために、その命を投げ出そうとしたのか?」


 鋭い視線でジンタに噛みつく。


「あ、ああ……、俺はあの二人のために――」


 ――ああ、やっぱりこいつはまだ自覚が足りてないんだ……、自分という存在と、『召喚されし者』というその意味を。


「お前、自分を何様だと思ってるんだ?」


 ミトの気迫にやや押されながらもジンタが答えようとするが、ミトがドスの効いた低い口調で遮る。


 ――こいつに、今ここで、自分の存在を自覚させないと、こいつやイヨリさんやミリアはきっと不幸になる。おれがこいつに教えないと……。


 ミトは黙るジンタに更に続ける。


「確かにお前がもう少しうまくやってればあの二人を助けられたのかも知れない、でもそれは無理だったんだ、もう手遅れなんだ、もう助けられないんだ」


「わ、分かってる! そんなのは俺だって――――」


 ミトのキツい現実を突き付ける言葉に、ジンタは必死に抵抗するように荒げた言葉を吐き出す。


「お前は分かってないよッ! だったらもっと自覚しろよ! まともにやっても人を助けられないほどちっぽけな自分のチカラと、投げ出してもいいと思った命は何のためにッ! 誰のためにあるんだッ! あの助けられなかった二人の為か? どうなんだよジンタッ!」


 言ってて、ミトの心の中にやるせないほどの激しい怒りと、それと同じくらいやり切れない悲しみが渦巻いた。それはミトのジンタを睨む瞳を潤ませ涙となりあふれる。


「誰のためって……」


 ジンタが言葉を詰まらせる。


「お前は、一体どうしてここにいた? なぜミリア達との合流を後回しにした?」


「そ、それは……ミリアにはイヨリがいたから――――」


「イヨリさんがいればミリアは大丈夫なのか? イヨリさんはそこまで一人で何でも出来るのか? お前なんかいなくてもイヨリさんだけで全部解決してきたのかっ? イヨリさんだけがミリアの家族なのかッ!」


「ち、ちがう……、俺だって合流しようと――――」


「じゃあなぜオヤジさんと一緒に学校に来なかった? その時にはあの二人と会ってたのか?」


「そ、それは……」


 口籠もり目を逸らすジンタに、ミトはハッキリと口にする。


「お前はいい奴だよジンタ、でも間違ってるよ」


「お、俺は……」


「お前は誰が一番大事なんだよ? 誰を一番に守りたいんだよ? お前はそんな一杯のモノを守れるのかよ?」


「俺は……、俺は……」


「お前程度のちっぽけなチカラじゃ、時として人一人だってまともに守れないんだぜ?」


「…………」


「おれだってそこまで偉そうに言えるほどのチカラを持ってないけどよ、だからこそ誰を一番に守るか、守りたいかを自分で自覚して動くんだ、そうだろジンタ?」


「…………」


 目を逸らしたままのジンタが唇を噛む。


「あの二人は可哀相だっておれだって思う。助けられるのならきっとおれも助けに入った。でも、あの二人を助けられなかった後、お前が自分の命を差し出しても敵を討つってのは絶対正しくないッ!」


「ッッッ――」


 ジンタは拳をきつく握りしめながら黙っている。


「それに、おれは思うぜ、あの二人はそれでも幸せだったと」


「何が幸せなんだよ……」


 ピクリと体を震わせ、ジンタが睨み返す。

 ミトはその視線を受け止め、


「二人は一緒にいたんだ。互いに守れないことが悔しいのもあっただろうと思う、けどそれでも家族が最後まで一緒にいられたんだから、――離れ離れじゃなかったんだから」


「う……、それが、幸せなのかよ……、死んだら……」


 ジンタの目にボロボロと涙が溢れる。


「じゃあお前はどうだよ、ミリアやイヨリさんがお前の知らないところで死んでたらどうする? どう思う?」


「そ、そんなことっ!」


「おれだってそうだぜ、エルファスや雪目がおれの知らないところで死ぬぐらいなら、一緒に死んだ方がなんぼもマシだと思ってる。ジンタ、お前にはそういう相手が――そういう家族がいないのか?」


「お、俺には……」


「そういう存在がいるのに、お前はこんなところで死んでもいいと、自分は死んでも殺してやると本気で思ったのか?」


「お、俺は……俺は……」


 ジンタは顔をグシャグシャにして俯き嗚咽を漏らしだした。


 そして数秒の沈黙後、


「―――――ごめん」


 ジンタはミトに頭を下げた。


 二人の間に満ちていた剣呑とした気配が一気に弛む。


 ミトは頭を下げたままのジンタの肩を、ドンッと拳で軽く叩き、


「バカヤロウ、おれにあやまってどうするんだよ。謝る相手が違うだろうが」


 鼻から垂れていた水を啜る。


「謝る相手が違う……か」


「そうだぜ、早くみんなのところに戻ろう」


「ああ、そうだな……」


 二人は南東の方角、ちょうど小学校の方へと体を向けた。


「なあ、ミト……」


「あん? なんだジンタ?」


「俺、今のお前の説教で目が覚めた」


「そうか……そいつは良かった」


「そしてな――」


「うん」


「今頃になって気が緩んだのか……、折れた左腕と体中の傷が痛ぇ……」


「…………我慢出来るか?」


「む、無理かも……意識飛びそう……」


「はぁ~~しまった、説教するの後にすれば良かったか……」


 おでこを押さえ上向いたミトの耳に、ドサッとジンタの倒れる音が聞こえた。

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