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戦闘と甘さと

 ラペンの街中を、スピードを強化をしたジンタは走っていた。


 鳴り響いていた鐘の音はもう聞こえない。

 きっと叩いてた人も無事に避難したんだろう。

 街の主要と思われる道をほぼすべて回り、街の中心地である噴水前で、ジンタは一息ついた。


 そこまでの間、数人の街の人と調子が悪そうなマスターであるエルフとその『召喚されし者』を見つけ、動ける街の人にアタックの強化を掛け、その人等を運んでもらった。


「あらかた見て回ったけど、もうほとんど人はいないな」


 いつもなら夕方を迎える前の一番騒がしい時間帯にも関わらず、現在のラペンは閑古鳥もかくやの静けさの中にあった。


 ジンタの耳には、普段気にもならない噴水の水音だけが大きく耳を叩く。


「ミリア達は無事だろうか、イヨリもいるし大丈夫だと思うけど……」


 そうは思いつつもやはり不安は残る。

 もう一度、噴水を中心に東西南北に走る大通りをぐるりとジンタは見渡した。


「ん?」


 一瞬、視界の隅を何かが横切ったように感じ、ジンタは体をそちらへと向ける。


「西通り……か……」


 今回の原因である動物やモンスターが来た方角、あまりいい感じはしないがそれでも誰かがまだ動けず残っているのならと、ジンタはスピード強化の掛かった羽のように軽い足を動かし通りを走った。


 西通りへ向け走り始め、三つ目の細い角に差し掛かったところでジンタの耳に獣ような低く唸る声が聞こえた。


「誰かいるのか!」


 警戒を強めながら、中を覗くもそこは細い行き止まりの路地らしく、人が通るというよりはむしろ露店などで邪魔になった道具などを一時的に置いておく倉庫のような役割をしている路地だった。

 薄暗い路地は所狭しといろいろな道具が置かれ、しかもそれらは荒らされたように散らばっている。


「誰かいるのか」


 もう一度、腰に掛けた剣と、ショルダーバッグに掛けていた盾を構え、ジンタは声を張り上げる。


 今にも崩れそうだった木の箱の山が、ジンタの声の振動に揺れたのかガラガラと崩れ落ちる。

 中に小麦のカスでも入っていたのか、木箱からもうもうと煙がまき散らされ、路地を白く埋めていく。


 視界が悪くなると同時に、


「グ、グルル……」


 待ってましたというような低く唸る声が、ジンタの耳を刺す。


 ジンタは半歩身を引き、盾を持つ半身を前へ、直剣を引き絞るように後ろへと構え、相手に備えた。


 巻き上がった粉が今度はゆっくりと舞い落ち始めると、唸る声は一気に音量を上げ、飛び出すことを告げるような咆哮を発した。


 路地の中、舞い落ちる粉の中央部が大きく揺れる。影が見えると同時に粉が弾け穴が開く。そこから一匹の狼がジンタ目掛け飛び込んでくる。


「聞いた事ある声だと思えば、やっぱお前かよっ!」


 ミトとの旅の途中、何度かモンスターや動物の夜襲を受けた、その際二度ほど襲われたのがこの灰色の毛並みをした大型犬ほどの狼だった。


「グレイウルフって言ったよな?」


 ジンタの首筋目掛け飛び込んでくるグレイウルフに、正面を向け構える盾を横にし、水平にしたまま体をさらに捻る。

 そしてグレイウルフの頭が盾の射程内に入るなり叫ぶ、


「シールドスタンッ!」


 盾の角を水平にしたまま横に目一杯振り、狼の横っ面を振り回した盾の角で殴り付けた。


 バロール、前に保健医が口にした言葉じゃないが、技名を叫びながらこの攻撃をするとなぜかチカラが入る感じがして、ジンタはよくゲームで見かけていたこの技を自身の必殺技として最近は使っていた。


 ジンタのシールドスタンをもろに受けたグレイウルフは痛々しい悲鳴を上げ、ジンタの振り回した盾から離れ、地面に叩き落ちた。


 盾の重い一撃で、全身を痙攣させ倒れているグレイウルフの首筋に、ジンタは逆手に持った剣を突きつける。


「お前がこんな街中に出て来たから悪いんだからな」


 グレイウルフはシールドスタンの重い衝撃で意識を失っている、仮に今の言葉が聞こえたとして相手は狼、言葉を理解出来てるとも思えないが、ジンタは一応口にし直剣をグレイウルフの首筋へと突き刺した。

 気を失った状態でのトドメ、グレイウルフは断末魔の咆哮もせず息絶えた。


 剣を抜き、ふぅ~~っと詰めていた息を吐く。


「こいつも森の中から出てきたのかな……」


 一人呟きながら、ジンタはミトとの里帰りのことを思い出す。


『グレイウルフは森からは滅多に出ないからな、だからこうして出会えたことを逆にいい経験になって良かったと思えばいいさ』


 そう言って笑っていたミトの顔が浮かぶ。


「街の中におもいっきりいたんだけど……ミトの嘘つきめ」


 冗談気味に苦笑するジンタ。


「しかし、こんなのが街中にいるんだとしたら――――」


 そこまで言い掛けたジンタの耳に絹を裂くような女の悲鳴が届く。


「こっちかッ!」


 剣に付着するグレイウルフの血を剣を振ることで落としながら、ジンタは声の聞こえた方へと走り出す。



        ※※※※※※※※



「ヘ~~クッシュッ!」


 小学校の重厚で重い門扉を出て、ラペンの街の外壁を走り、南門から大通りに高速移動で飛び込んだミトは、トレードマークのポニーテールをなびかせ走っていた。が、いきなりの鼻むずむずに飛び上がりつつ盛大なクシャミをした。


「う~~、きっとジンタだなこの感じは、あいつ一体どんな悪口を言ってやがんだ……」


 ぼやきながら、目と長い白ウサギのような耳を機敏に動かし、そのジンタを探す。


「アイツ、ほんとにどこに居やがるんだ……」


 体に纏わり付く何とも言えない不快感が先ほどからさらに強くなっているのを感じ、余計に焦りが増す。


 そして捕らえる、敏感に動かした耳がヒタヒタと音を立て歩く音を。


「そっちかっ!」


 ミトは足音のする方へと体を傾け、体を強引にねじ曲げる。

 入り込んだ道は人が三人並べるかどうかの広さの道幅で、やや日陰の暗めな路地だった。


「ジンタ――――っ!」


 曲がった直後、ジンタの名を叫ぶミトの目の前に真っ黒な壁が現れる。


「ぬ、ぬおおおおぉぉぉぉぉっ!」


 急ブレーキを掛けるも、そこまで急に止まれる訳もなくミトは壁に突っ込んだ。


 ぼふっ


 痛みを覚悟するように目をキツく閉じていたミトだが、ぶつかった反応は逆にとても柔らかい毛の感触と、やや硬さがあるも柔らかく張りのある弾力的なモノだった。


「な、なんだかなぁ~~、今日はぶつかってばっかりだな、おれ」


 ぶつかったときの条件反射的反応、今回は痛くなかったがつい鼻を摩ってしまうミト。

 それからぶつかった壁を見上げた。


 路地の左右に伸びる建物の切れ目から青空が見える。

 その青空が徐々黒い影に消されていく、影はある一定の位置まで来ると止まり、そこからゆっくりと二つの赤が大きくなっていく、それが真っ赤な瞳だとミトが気付いた時、その瞳はミトを見返すように輝いた。



        ※※※※※※※※



 ラペンの街を十字で切る大通り、その西通りをジンタは走った。


 向かう先から聞こえてくるのは重い打撃音と、


「かすみ――――っ!」

「早く逃げなさいっ!」


 泣き叫び名前を呼ぶ少女の声、それを叱咤し逃がそうとする女性の必死の叫びだった。


 ――間に合えッ!


 ジンタはスピードの強化を受けてもなおスピードを求めるように足を動かした。

 叫ぶ声と悲鳴、そしてぶつかり合う音は徐々にジンタの耳に大きく届いてくる。


 ――間に合えよッ!


 ジンタの視界の先、右の路地から声と音が聞こえてくる。


 ――ここを曲がればッ!


 激しく叩く心臓の鼓動が耳の奥で大きく響く。


 勢いをそのままに、ジンタは路地に向け靴底を滑らせ強引に曲がる。


 曲がったジンタの目の前、顔の横を高速で飛来し通り過ぎる物体があった。


 ドシャッ!


 通り過ぎたそれが、ジンタの後ろで地面に落ちる音。

 しかしジンタはソレを確認することなく、正面を見据えていた。

 飛来した物体がなんなのかは、そこに答えがあったからだ。


 ジンタの目指す先には、下半身をカンガルーのように獣人化させ、金髪に大きな緑のリボンをした少女を後ろに庇い、必死に尻尾で地面を支えバネのありそうな両足で蹴り出す女性がいるのが見えた。


 多少開けた場所なのか、女性の蹴り出す足の先、そこに居るだろう相手はまだジンタには見えない。しかし、女性の左腕の中程からあるはずの腕がなく、代わりに真っ赤な液体がドバドバと流れ落ちているのは分かった。

 さっき飛来したモノが、女性の失った左腕なのだと即座に判断する。


 女性はジンタの目から見ても相当に調子が悪そうに見える。

 破れた衣服の至る所が赤く染まり、フラフラとした動きを見れば少女を守る女性の限界が近いことも分かる。


 ――間に合え、間に合えっ、間に合えッ!


 歯をくいしばり、ジンタは走る歩幅を最大限に広げ足を動かす。


 ドクッドクッと耳を打つ自分の心臓の音以外に聞こえてくるのは、女性に守られている大きな緑のリボンをした少女の泣き叫ぶ悲痛な声。


 ――間に合え――――――ッ!


 視界が開けたと同時にジンタは一足飛びで女性の前へと向かいジャンプ。

 空中で体を横に一回転させつつ、右手に持つ剣を回る体の勢いと右腕の振るチカラで威嚇するように振回す。


 ブフォンッ!


 激しい風鳴り音を響かせ、ジンタの直剣が動きの鈍くなっていた女性の正面、そこにいる今にも襲いかかろうとしていた数匹のモンスターの正面を横切る。


 突然の乱入者にモンスター達は大きく一歩後退った。


「大丈夫ですか?」


 後ろの女性に声を掛けながら、何とか間に合ったと安堵しつつ、正面のモンスター達を威嚇するように瞳にチカラを込める。


「グ、グルル……」


 ジンタの威嚇する瞳に、モンスター達も赤い瞳を光らせ喉を低く唸らせる。


 グレイウルフが二匹に、さらにその後ろにもう一回り大きい狼が一匹。

 グレイウルフの中に、たまに現れるリーダー的存在の大きなグレイウルフ、確かダイアウルフと呼ばれているのをジンタは思い出す。


 女性の左腕を千切り飛ばしたのはきっとこいつだ、とジンタはあたりを付けた。


「あ、ありがとうございます」


 ジンタが警戒を強め構える中、後ろの女性が辛そうな声でお礼を口にした。

 かなり間があったのは、きっとジンタが飛び込んで来たことが、疲労と困惑で状況の理解が追いつかずボー然としていたからだろう。


 目の前のモンスターから目を離さずにいるジンタだったが、


「か、かすみ~~~~……」


「リン……」


 後ろの二人が、互いを心配し、安堵し、抱き合うのが伝わってくる。


「腕、大丈夫ですか?」


 ジンタが短く問うと、


「あ、あまり大丈夫ではないですが、まだ戦えます」


 気力を振りしぼるような女性の声が返ってくる。


「では、あなたはその子を守って下さい、俺が前に出ます」


 ジンタは「来い!」と言わんばかりに、盾を構えたまま力強く一歩前へ出た。


「グルッ!」


 より一層、警戒を強めた唸り声をさせ、グレイウルフ二匹が身を低くさせる。


 緊迫した一瞬の中、


「ゴルゥ……」


 小さく唸る声を後ろのダイアウルフがだした。

 それが合図だった。


 ジンタの正面にいる二匹のグレイウルフは、見事に統制がとれた動きでジンタの左右に大きく周り込むように展開し、飛びかかってきた。


「ほんっとお前等はっ!」


 叫びながら、ジンタは統制のとれた二匹の動きに対応した。


 左手に持つ盾を左へと振り回し、右手の剣は右に突き出す。


 どちらもトドメを刺すほどの攻撃ではないが、当たり所によってはかなりダメージを与えれるほどに牽制になる攻撃だった。

 が、そこに正面に立つダイアウルフが待ってましたとばかりに、ジンタへ向け牙を剥きだしに突進してくる。


「――グッ!」


 虚を突かれる形のジンタに後ろから女性の声が響く。


「私が右を落としますッ!」


 声と同時に後ろで動く気配がする。

 それに合わせるようにジンタも動く。


 牽制のように右から飛び込んでくるグレイウルフの眼前に置いた直剣を、手首と肘を回し溜を作らず正面のダイアウルフヘ向け放つ。

 力強さがない直剣が、今度は飛び込んでくるダイアウルフの眼前に置かれる。


 置かれた直剣は、飛び込んでくるダイアウルフの巨体そのものの突進力で体に突き刺さるような形だ。

 同時に、ジンタの左腕に盾の面がグレイウルフの顔面をはたく衝撃を伝え、ほぼ同時に任せた右側から、ドカッ! と見事に肉を穿つ音が響く。


 ――後は……。


 ジンタは正面に目を向けたまま、右手の直剣をよりダイアウルフの眼前に突き付けることに意識を集中させる。


「ゴルアァッ!」


 向けられる剣先に対しダイアウルフは右足を振り、剣の横っ面をはたいた。


 はたかれた衝撃で、剣同様に大きく弾かれジンタの体が開いていく。ジンタの開いた首元に噛みつこうと、ダイアウルフが大きく口を開く。


 ジンタは即座に反応し、弾かれた剣を手放し拳を握り込み一気に体を回し、迫るダイアウルフの横っ面を殴り付けた。


 ダイアウルフの突進を完全に吹き飛ばすまではいかないまでも、大きく牙を剥き出したダイアウルフの顔を一瞬仰け反らせる。

 そして一瞬遅れて、突進するダイアウルフがジンタを吹き飛ばす。


「――グッ」


 大きく吹き飛ばされつつも、ジンタは地に足を付け堪えた。


 見つめる先では、着地と同時に再度ジンタに飛びかかるダイアウルフの姿が目に映った。

 剣を失った右手をもう一度強く握りしめるジンタに対し、ダイアウルフは怯む気配も見せず襲いかかってくる。


「まあ確かに、獣人化出来ない俺程度が普通に殴っても、そりゃあお前にはほとんど効かないよな」


 ジンタは強く体を捻りつつ、そう呟く。

 迫りくる牙に向け、体同様に捻りを利かせていた左手の盾を水平に構え、


「シールドスタンッ!」


 盾の角が見事にダイアウルフの横っ面を捕らえる。

 そして同時にジンタは心で唱える。


 ――対象は俺、魔法はアタックッ!


 ジンタの体を覆っていたスピードの強化魔法、その薄い緑の光が消え、代わりにジンタの体に溢れ落ちるほどのチカラが一瞬だけ漲る。


 ダイアウルフの顔面に当たっていた盾の角、そこに普段のジンタではあり得ないチカラが流れ込む。


 グシャッ!


 表皮の潰れる音と硬い骨が砕ける音を響かせ、ダイアウルフの大きな体がジンタの振るう盾と同じ方向へ飛んでいく。

 頭部を致命的に陥没させたダイアウルフの体が地面に落ちビクビクと痙攣した。


 リーダー格であるダイアウルフがやられたのなら、それに付き従っていた残るグレイウルフも逃げるだろうとジンタが高を括り安堵した瞬間、


「リンッ!」


 ジンタの横を通り過ぎた女性の叫びが響く。


 大きなリボンをした少女に覆い被さるように身を挺した女性、その首元に最後の一体となったグレイウルフが赤い目をどう猛に光らせ噛みついた。


「うぅっ!」


 歯を食いしばり、声を押し殺す女性。


「かすみ! かすみっ!」


 女性の下で少女が叫ぶ。


 ジンタは自分の失態と甘さに血が出るほど唇を噛み締めながら走り出す。


 落とした直剣を拾い上げ、少女を庇う女性の首筋に牙を突き立て傷を広げるように激しく頭を振るうグレイウルフ、その首筋目掛け直剣を突き刺した。


 ズブリと肉を裂く音と、その後おとずれる硬い骨を砕く感触をその手に感じながらジンタは目一杯のチカラで剣を押す。


 刃渡り六〇センチある刀身の八割を、ジンタはグレイウルフの首から胴に掛けてめり込ませた。

 二度ほど大きく体を跳ねさせ、グレイウルフは女性に突き立てた牙を緩め絶命した。


 それと同時に、少女に覆い被さっていた女性もチカラなく地面に伏した。


「かすみ! かすみ~~っ」


 大粒の涙をこぼし、エルフの少女が浅い呼吸で横たわる獣人化した女性に抱きつく。


「……リン無事だったのね」


「うん! うん! 無事だよ、私は無事だからかすみもっ!」


 必死に声を掛け、女性にしがみつき抱き上げようとする少女。


 ジンタはボー然と立ちつくし、抱き合う二人を見ていた。握る手が白くなるほどキツく握り絞めながら。


 少女に抱き起こされる女性の首筋からは今なお大量の血が流れこぼれていく。

 ジンタが到着した際に負っていた左腕、その切断した傷口から滴る血を合わせれば、もうジンタではどうしようもないほど、助かる見込みがないほどの出血量だった。


 完全に血の気が失せ、真っ青に染まる顔に笑みを浮かべ、朱をなくし青くなり始めた唇に最後のチカラを込め女性は口を動かした。


「あぁ~~リンが無事で……、本当に……――」


 言葉の最後は掠れてしまい聞こえなかった。


 が、息絶えた女性の本当に誇らしげな安堵の笑みが、少女の無事を心底喜んでいるのを物語っていた。


 安らかな笑みを浮かべ息絶えた女性に抱きつきわんわんと泣き続ける少女を前に、ジンタはゆっくりと自分の武器である直剣をグレイウルフから引き抜く。


 肉体的なダメージはほとんどなかったが、女性を助けられなかったという精神的なダメージが体を重くする。


 それでも、とジンタゆっくりとまだ嗚咽おえつを漏らし泣き続ける少女へと近づく。


 ――君だけでも助からないと彼女も報われない、だから俺と一緒に学校へ行こう、そうすれば安全だから。


 少女に向かいそう口にしようと、ジンタが泣き叫ぶ少女に手を伸ばした時、


 シュッ


 空気を裂く音がジンタの耳を打った。


 ジンタの見ている前で少女の緑のリボンが大きく揺れ、それと同時に泣け叫んでいた少女の声がピタリと止まった。


「…………え?」


 意味が分からず声を漏らしたジンタの目の前で、ゆっくりと少女の体が女性に向け傾いていく。

 声もなく女性の上に倒れたエルフの少女、その首に一本の矢が突き刺さっている。


「な……にが……?」


 カラカラに渇いた喉の奥から微かに漏れる声。

 目を見開いた状態で立ち尽くすジンタの視界で何かが動いた。


 そして、


 シュッ!


 再度の風切り音。


 咄嗟というよりは無意識にジンタは上体を捻る。


 飛んできたモノはジンタの左腕、その二の腕を擦り、後ろへと飛んでいった。


 ジンタはゆっくりと頭を持ち上げる。


 擦った傷口からは血が滲んでいくが、今のジンタに痛みはなかった。


 持ち上げた視線の先に、ジンタが二人を助けるために走ってきた元の道、西の大通りが見えた。そこに弓を構える緑の生き物が見える。


 弓を持ったリザードマン。


 しかも、弓を構えているヤツ以外にも数体、剣や盾、槍を持つリザードマンも全員が目を赤く光らせこっちを見ていた。


 ジンタはもう一度、視線を地面に倒れる女性と少女に向けた。


 折り重なるように倒れる二人は、もうピクリとも動かない。


 そんな二人を見つめながら、ゆっくりと口を動かしていく。


「対象は俺……、効果は三十分……、魔法はスピード……」


 声を発するたびに、ジンタの中の記憶が思い起こされていく。


 ――ああ、この二人、今日食堂で会った二人だ……


 ジンタにぶつかり泣きそうになった少女、そしてその少女を優しく叱り、ジンタに謝らせた女性。この二人はその時の、まだこれからを楽しく生きていく二人だったはずだと。


 体が淡い緑に発光する中、ジンタの心の中にフツフツと、どす黒い何かが沸き起こっていく。


 それが何の感情なのか、今のジンタにはもう分からなかった、――いや分かろうとはしなかった。


 ただ、もう一度頭を上げた時、視界の先にいる緑のモンスター達を皆殺しにしてやる、その気持ちだけが心を支配した。


「例え俺が死んでも、お前等を全員ぶっ殺す」


 小さく自分の決心を口にして、ジンタは弓を構えるリザードマンへ向け咆哮を上げながら走り出した。

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