結界と原因と
「エルファス着いたぞ」
調子が悪くなり、苦しみ動けなくなったエルファスを抱き抱えたミトと雪目が食堂へと入る。
三人は動物達の大移動を草原のように遮蔽物のない場所で受けることになった。
しかしその動物大移動も、雪目の将来のため用意した秘技『愛・二人のかまくら』なる雪のかまくらを作ることで回避し、その後食堂を目指したが、途中から調子が悪くなり歩けなくなったエルファスを抱えここまで来た。街全体に響いた放送を頼りに。
食堂の中は人がごった返していた。
小学校に通うエルフの低学年とその『召喚されし者』は、学校に隣接する宿舎での生活のため移動距離はかなり近い、先ほどの大移動が起きてからでも十分ミト達より早く辿り着く。
そして、ミト達が到着し中へ入った後も次々と食堂の二つしかない入り口から人が押し寄せてくる。
とりあえず、調子が悪そうなエルファスを寝かせるためのスペースを探し歩くミト達に声が掛かる。
「今着きましたの?」
「リカか?」
馴染みのある声に、ミトは相手の名を呼び顔を向ける。
「お前の方は二人ともか?」
「ええ……」
壁際に座り答えるリカの左右には、リカに寄り掛かるようにしてうな垂れているロンシャンと怯え震えるリゼットがいた。
「アナタの方もエルファス様が?」
「ああ、動物の気配に気付いた後から徐々に、な」
「同じですわね」
「さっきの放送で結界がどうとか言ってたけど、それは?」
「言ってましたわね、ですがまだ掛かっていませんわ」
「……そうか。それはがっかりなようでホッとした」
さっきの放送で言っていた結界がもう掛かっていて、それでもエルファスがこの状態なら結界に期待出来ないとミトは思っていたからだ。まだその結界が発動していないのなら、その効果にまだ期待が持てるというものだ。
「しっかし一体アレはなんなんだ? 動物もモンスターも一緒くたになって逃げていったぜ」
「ええ、まるで何か恐ろしい者から逃げ出すように、ですわね」
「ああ、あんなのおれも初めて見たぜ」
「そうですか? 規模をもっともっと小さくすればあれに似たものを私は見たことはありますが……」
「そうなのか?」
「そうなんですの?」
雪目の発言に、ミトとリカが揃って目を向ける。
「ええ、例えば先日のリカさんとイヨリさんのケンカとか、悪口を言ったのがバレて、ミトさんのグリグリを覚悟したときのエルちゃんの逃げようとする姿とか……」
「おい」
「ちょっとお待ち下さいな」
この場にいて、名前の挙がった元気な二人が平目になり雪目を睨む。
「ですが、確かにそういう時のまき散らされる怒りに似た恐怖と言いますか、肌に刺さるような感じがしていますけど……」
それでも続ける雪目に、ミトとリカは互いを見て、
「そう言えば、ロンシャン様が何か脅されているような感じがすると言ってましたわね」
「エルファスも同じようなこと言ってたな」
二人がどこか考え込んでいると、
「おいおい、相変わらずあんたらはこの変な感じの中でも平気なのか?」
まるで寒さから身を守るように両肩を抱えてる松が三人の前に立っていた。
「あら? あなた達も?」
「ああ、おれっち達は全員がヤバそうだな。竹とベンジャミンは身を寄せてあっちの壁際に座ってるけど、動けそうな感じはしないな」
「そうですか……」
「ま、おれっちが見た限り、家族達で平然としてるのはあんたら三人ぐらいだけだぜ」
松が周りを見渡し、見た感想を口にする。
「まったく、という訳ではありませんわ」
「ああ、なんかいやな感じはするけどな」
「ええ、見られていると言いますか、監視されているような――ちょっと興奮してしまいそうですね。はぁはぁ……」
雪目が身をくねらせる。
「そ、そうか……。ってそれよりジンタ達は見たか?」
「まだ見てないですわ」
「まだだな」
「まだですねぇ」
三人も気にしていたのか即答した。
その時、2つの入り口から、今までで一番大量に人が流れ込んできた。
中に入り安堵の息を漏らす人々は、口々に後ろを向いてお礼言っている。
その感謝の言葉の向けられている先に、イヨリとミリアがいた。
ロンシャンやエルファスのように調子が悪そうなマスターや『召喚されし者』を担ぎ、中へと入ってくる。
「どうやら来たようですね」
「ああ、無事みたいだな」
リカとミトが安堵する中、
「おや? ジンタさんの姿が見えませんが?」
雪目が目を細め、よりじっくり確認するようにおでこに手まで当てる。
「ほんとだ、ジンタのヤツ、いねえみたいだな」
長身の松も雪目同様に見渡しつつ、相づちを打った。
「それにしても……」
ミトはエルファスを壁際に座らせ、立ち上がる。
「なんかミリアは全然なんともなさそうじゃね?」
イヨリの側で、調子の悪そうに震える低学年のマスターを座らせ、毛布を掛けているミリアは確かに何事もないかのように、しかも笑顔で世話をしている。
「本当ですわね、まるでなんともなさそうですわね、ロンシャン様がこんなに苦しんでいらっしゃるのに」
自分のことを棚に上げつつリカが言えば、「全くだ」と同じく棚上げしたミトが頷く。
「とりあえず呼んできますね」
雪目がイヨリ達の方へと向かうと、
「じゃあおれっちもベンジャミンと竹を連れてくる」
寒さに震えるように両腕を抱き摩りながら、松も離れていった。
「じゃあ、ジンタさんはまだここには……」
ジンタ以外の全員が揃った中、心配そうな声でイヨリが呟くと、
「ああ、見かけてないな」
「ジンタさんはご一緒ではなかったのですか?」
ミトがチッと舌打ちし、雪目が心配そうに両手を組む。
「ジンさんは武器の手入れをするって、武器屋に行ったんだけど……」
ミリアが答え、心配そうに眉を顰める。
「その武器屋さんなら今入り口にいますわよ」
リカが指差す先には、肩に道具屋の婆さんを担いだ、武器屋のオヤジがいた。
「じゃあジンタさんも――――」
口にしながらイヨリ他全員が見渡すも、
「いないようですわね……」
「ああ、いないな……」
「しかも、武器屋さんの体の周りの光りは……」
「ジンタさんの強化魔法ですよね? あれ」
「うん、ジンさんのスピードの魔法だよね」
全員がそれぞれに口にする、その場にいる全員がオヤジに熱い視線を送っているせいか、視線に気付いたオヤジがイヨリ達に気付き、道具屋の婆さんを抱えたまま歩いてくる。
「お~みんな無事か」
良かったといわんばかりに顔を綻ばせる武器屋のオヤジに、
「そりゃあおれ達はあれぐらいどうってことないけどよ、オヤジの方こそ大丈夫だったか?」
オヤジが大丈夫なのは見ていれば分かるが、ミトは一応聞く。
なぜならオヤジに担がれてる道具屋の婆さんはややぐったりとしているから……。
「ああ、婆さんはち~っとばっかりスピード酔いだな」
「バカ言うんじゃないよっ! わたしゃ死ぬかと思ったよっ!」
バカ笑いする武器屋のオヤジに対し、道具屋のばあさんは真っ青な顔でオヤジの頭をぽかぽか殴り怒鳴った。
「それでオヤジ、ジンタはどうした?」
二人は大丈夫だと確信したミトが、オヤジに本命を尋ねる。
「ああ、あいつなら、イヨリちゃんやミリアちゃんを探しながら、ついでに放送で言ってた調子が悪くなった人を少し探してみるって言ってな」
リカの眉がぴくりとつり上がる。
「あの人は本当にそんな事を言ったんですの?」
険の篭もった声に、オヤジは「あ~~」と頬を掻きながら、
「俺の言い方も悪いが、第一にはミリアちゃんやイヨリちゃんを探すってことだぜ」
と口を濁しつつ答えた。
「それにしても悠長すぎますわね」
「ああ、リカじゃねえが少しカチンとくるな、それは……」
ミトまで怒りを現すように右手に拳を作り、ばしーんと左の掌に叩き付けた。
「そ、そんなことないよ、ジンさんはいつも一生懸命に――」
「そうですよ、みんなを守ろうとして」
ミリアとイヨリが宥めようとするその後ろから、
「いやまったくだ、いくら別世界から来たとはいえ、一年も経つのにまだ自覚が足りてないようだな、彼は」
偉そうな女性の声が響いた。
全員が目を向ける先、眼鏡をくいっと持ち上げ保健医が立っていた。その周りには教師と思われるエルフの先生達が立っている。
「放送があってからかなり経ちますけど、いい加減早く結界とやらを張ってもらえます」
保健医に向かい真っ先に言い放ったのはリカだった。
「そうだぜ、こっちもエルファスが苦しんでんだ、早く何とかしてくれ」
ミトも、幾分怒気を含んだ強めの口調で言う。
保健医は、二人の怒りを含んだ言葉に「ふむ」と軽く頷き、周りを探るように視線を動かす。
「ロンシャンとエルファス、そしてベンジャミンも無理か。そっちのベンジャミンの竹くんと見た感じ松くんもダメ、そしてロンシャンのところのリゼットくんもダメか……」
保健医は調子の悪そうなメンバーを順に口にしていく。
「あ、あのうちのミリアは……」
マスターで唯一名前の呼ばれないミリアのことを、イヨリが尋ねる。
「ん? ああ、えっとミリアは調子とかどうかね? 気持ち悪いとかそういうのは?」
保健医が聞くが、ミリアは首を左右に振り、
「ちょっと不愉快な感じがするけど、それぐらいかな?」
下あごに指を置きそう答えた。
「じゃあ君は恐らく大丈夫だな」
保健医は満足そうに頷く。
「一体それがどうしたって言うんですのっ!」
「これより結界を張る、職員はそれぞれの配置へ!」
リカがいい加減にしろとばかりに頬ををヒクつかせ喰って掛かると同時に、保健医は後ろに並ぶエルフの先生方に命じた。
保健医の言葉が終わると同時に、先生方は各方向、食堂の壁際へと足早に移動する。
そして、それぞれが配置につくのを確認した保健医は眼鏡をくいっと押し上げ、
「結界発動!」
命じた。
先生方が軽く目を瞑り意識を集中させ両手を広げる。
キーンとトンネルに入った時の耳を刺激する音が三秒ほど聞こえた後、
「すごい楽になりました。ありがとうございます」
まずはロンシャンが、そして続くように、
「ほんと助かりました」
「はっ! リゼット怖くなくなったぞ!」
エルファスとリゼットも、そしてベンジャミンや竹や松もいつものように戻った。
「ふむ、やはり魔力系統の一種か……」
保健医はロンシャン達だけではなく、周りを見渡す。
エルフの若木であるマスターや、その『召喚されし者』達もそれぞれに纏わり付くような悪寒や束縛感に開放されたのか、安堵しいつもの調子を取り戻しているようだった。
「さて、それではロンシャン様も無事いつも通りに戻られましたし、色々と聞かせてもらいましょうか、――校長先生……、ですわよね?」
リカが優しげにロンシャンを撫でるのを止め、挑発的に細めた茶色い瞳を保健医へと向けた。
「隠すつもりだった訳じゃないが、私は保健医の他に校長も兼任してるだけだ。別段この程度のことどうって事ないだろ?」
「校長っていうのがか?」
ミトがズイッと近寄るも、
「ああ、校長なんて普段お飾りの役職、ほしけりゃいくらでもあげるさ」
保健医改め、校長兼保健医は本当にどうでも良さげに答えた。
「まあ、それもそうですわね」
首をすぼめてリカも頷く。
「あ、あのそれで、この原因は一体何が?」
今まで黙っていたイヨリが口を挟むと、保健医は困ったように軽く眉根を寄せ、
「正直、こちらとしてもいくつか模索した原因はあるのだが、如何せん根拠がないため、分かり兼ねている」
と答えた。
「つまり、分かってないってことか?」
寒気がとれた松がストレートに言えば、
「そうだ」と保健医も見事なカウンターで返した。
「でも、この結界は十分効いてますよね?」
さっきまでの苦しんでいた表情が嘘のように、ロンシャンが指摘すると、
「それはそうさ、いくつかの模索中の原因、そのほとんどが魔力によって引き起こされるものだからな、それは抵抗力の少ない君達エルフの若木にはかなりきついはずなんだ。対抗しうる方法もチカラも今はまだ君達に備わってないのだからな」
「そう、なんですか……」
「ああ、だから普通は君達のように、症状の程度は違えど苦しむはずなんだが――」
保健医はゆっくりとした動作で、ぽかーんと間の抜けた顔で話を聞いていたミリアを見つめた。
全員の視線も当然ミリアへと。
その視線に気付いたのか、ミリアがハッとなりイヨリの背中に隠れる。
「だからどうしてこの様によく分からないが効果がないヤツがいるんだか……興味があるだろう?」
「それってミリアがただ鈍いだけじゃねえか?」
「そうですわよね、魔法もまともに使えない三学期最下位確定の子ですし」
保健医が興味津々に顔を近づけ、ミトがジャブを放ち、ベンジャミンがストレートの言葉を叩き込む。
「ぐ、ぐほっ! イヨリ、み、みんながひどいことを――――」
激しい言葉の攻撃に精神的ダメージを受けつつ、ミリアはしがみつくイヨリに縋るような目を向けるも、
「ちょっとミリア、三学期最下位確定ってどういうことです?」
唯一の味方から、一番鋭い視線の攻撃が飛んで来た。




