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怯えと不安と

「とりあえずオヤジさん」


「なんだ?」


「手入れ予定だった武器と盾を返して下さい」


 青空に浮かび上がる黒い塊が徐々に迫り来る中、ジンタは後ろに立つオヤジに手だけを伸ばす。


「お、おお、そうだな」


 オヤジは思わず落としていたジンタの装備品の中から剣と盾を拾い上げる。


「他はどうする?」


「着込んでる暇がない、ですね……」


 見える黒い塊は凄まじい勢いで近づいてきているのか、視界に大きく広がっていく。


「そ、そうだな。俺はどうすればいい?」


 普段は兄貴肌のオヤジが激しく混乱しているのか、ジンタに聞いてくる。


「そうですね、アレが何か分からないですけど……、とりあえず倉庫に隠れてて下さい」


「そ、そうだな」


 オヤジはコクコクと頷いて、落ちているジンタの装備を拾い上げ、走って武器などの保管庫である倉庫に駆け込んでいった。


「さって……」


 どうしたもんかな? とジンタが視線の先を、――遠くの大きくなっていく黒い影が何かを確認するように目を細める。


 カーン! カーン! カーン!


 ジンタが凝視する中、やっと街に響きはじめる緊急を知らせる鐘の音。


「……それは遅すぎるだろ」


 誰も聞いていないのについ口から溢れる悪態、ジンタ自身が緊張している証だ。


 ――イヨリやミリアは大丈夫だろうか?


 バクッバクッと体を跳ねさせて鳴る緊張した心臓と、それをさらに加速し捲し立てるような胸騒ぎが、ジンタの体の中を何度も駆け巡る。


 視線は大きくなる黒い影に向けたままだ。


「とりあえず今はあれを見極めないとっ!」


 近づくにつれ、加速度を増し大きく広くなる影。


 ジンタは、何度も目をしばたたかせ、目の焦点を影に合わせていく。


 そして見えたのは――――。


「な、何だ? 鳥の……群れ?」


 一度ギュッと目を瞑り、再度目を開け凝視する。


「い、いや、ハーピーもいる……? ――空を飛ぶ生き物がこぞってこっちに向かってきている?」


 そう口に出し判断したところで、今度は地面に震動が走り始める。


 始めは微かな、しかしそれは徐々に大きくなる。

 まるで空を覆う影と連動するように。


「まさか……空からだけじゃない……のか?」


 ゴクリとジンタはツバを飲む。


 ジンタの視界には、今、西の青空を覆う黒い影と、武器屋のオヤジの敷地を囲う壁が見えている。もっともその壁を越えても、その先には街の中に建つ家々があり、さらに街を囲う城壁もある、それらが邪魔をし当然城壁の外の景色は見えない。

 しかし、見えなくとも感じられる。大地を揺さぶる振動として。


「ほんと、どうなってんだ?」


 パニックしそうな頭をゆっくり振り、ジンタはとりあえず深呼吸をする。

 そして「こういう時こそ落ち着こう」と心に、自分に何度も言い聞かす。


「よしっ! そしたらまずは――」


 完全に、とはいかないまでも幾分落ち着きを取り戻し、ジンタは魔力を練る。


「対象は俺、効果は二十分、魔法はプロテクト」


 ジンタの言葉に反応し、体が淡く青に光る。


「ほんとうは、あまり使わないのが一番だけど、そうも言ってられないよな」


 グッと腰を下ろし身構える。


 視線を上に向ければ、大量の飛行する動物やモンスターが、まるで大きな影の化け物のように群れて飛んで来るのが見えた。

 そしてそれらが近づくほど大地の振動も激しさを増していった。


「よし! 来いっ!」


 盾を前面に押し出し、ジンタはより腰を沈め身構えた。



        ※※※※※※※※



「ミリア、私の後ろにしがみついて下さい」


「うん」


 カ―ンカ―ンカ―ンと激しく鐘が鳴り響く街の中、イヨリとミリアは西の大通りにいた。


 獣人化したイヨリのゴーレムの腕には、大通りに面した倉庫の両開きの扉、それを引っこ抜き両腕で盾のように握っていた。


 鋼鉄の門扉の盾を、イヨリは自分の前で矢印のように角度を付け構える。

 重ねた盾の間から閉まり始めている西門が見える。さらにその先には黒い塊が地響きを轟かせイヨリ達の方へと向かってきているのも。


「やはり門が閉まるより早く、あの黒い塊が入って来そうですね」


 後ろからしっかりとイヨリの腰を抱きしめるミリアの感触を感じながら、イヨリはそのことを伝える。


「大丈夫かな?」


 緊張を含む不安そうな声が後ろから返ってくる。


「あなたは私が絶対守りますから心配しなくていいですよ、ミリア」


 優しくも力強い言葉でミリアに答える。


 再度、微かに隙間を作っている盾の間から正面を見る。


 黒い塊、それがいろいろな動物であることをイヨリは確認した、そしてやはり閉まりきる前にその動物達が街の中、イヨリ達の方へと勢いを殺さずまるで雪崩のように飛び込んでくるのを見た。


「来ます! ミリアしっかり掴んでて下さい!」


「うん!」


 ミリアの返事が聞こえたと同時に、イヨリが構える両手の門扉の盾にドカドカと凄まじい勢いでぶつかる衝撃が伝わってくる。


「クッ……」


 盾からゴーレムの両腕に伝わる衝撃は一つや二つではない、まるでマシンガンを全弾手に持つ門扉で受けているかのように受けるそばから次の衝撃が起こりそれが永遠のように続いていく。さすがのイヨリでも止まらず襲い来る衝撃の連続に門扉を構えた両腕が縮こまっていく。


 体感では数分、しかし実際には数十秒の怒濤の衝撃、それが一気におさまる。


「え?」


 一気に消えた腕への衝撃に、イヨリが思わず声を漏らす。

 振り返れば、黒い塊である動物達はイヨリ達を無視し、そのまま東門へと駆け抜けていった。


「一体何が…………」


 街を襲いに来た訳ではなく、ただ通り過ぎただけのような動物やモンスターの行動に意味が分からず呟いたイヨリは、思い出したようにハッとなり視線を腰へと落とした。


 イヨリの背中に頭をひっしと押し当ててる感触、そして落とした視線には見慣れた両腕がしっかりと腰に回されていた。


「ミリア、もう大丈夫ですよ」


 安堵の息を吐きつつ、イヨリが後ろのミリアに声を掛ける。


「う……」


「う?」


「く、苦しい……」


 ミリアが泣きそうな声で告げる。


「どうしました!」


 ケガでもしたのかと、門扉を手離しイヨリが心配しくるりと振り向くと、ミリアの苦しみの理由が分かった。


「えっと、皆さん……?」


「あ、あははは……」

「なんか、ここが一番安全そうに見えて……」

「やっぱりそうだよね」

「うん」


 イヨリの後ろにはミリア、そしてそのミリアの後ろには、いつ並んだのか何十人もの人がさらに後ろへと隠れるように押しながら並んでいた。


「もう大丈夫ですから、皆さん離れて下さい」


 何とも言えない表情のイヨリに言われ、全員が離れていく。


「もう大丈夫ですよ、ミリア」


 安心させるようにミリアの白銀色のサラサラの髪を撫でる。

 しかし、ミリアは頭を上げ首を振り、


「ううんイヨリ、今のはイヤなのから逃げてきただけみたいだよ」


 そう言い、立ち上がって静まり返った西門へと指差す。


「イヤな感じはまだここまで来てない、まだあっちにいるよ」


 不愉快げに唇を噛み、ミリアは西門の先を睨みイヨリに告げる。



        ※※※※※※※※



「ジンタ、大丈夫か?」


 武器庫から恐る恐る出てきたオヤジに声を掛けられ、ジンタは無意識に止めていた息を大きく吐き出した。


「ぷはぁ~、無傷です、大丈夫です」


 そう答えながら、ジンタは腕を回したりしながら自分の気付いていない痛みが体にないかを確認する。

 ここは街の入り組んだ路地の一角、だからかも知れないが必死に走る動物が何匹か迷い込んだだけ。

 上空を飛ぶ鳥やモンスターに至っては、まったく無視しそのまま東へと飛んでいった始末だった。


「しっかし、今のはいってぇ、なんなんだ?」


 オヤジがキツネに摘ままれたように、通り過ぎ東へと消えていった動物達の方を見やる。


「さあ、でも殺意や敵意みたいなものは一切感じなかったけど……、むしろ周りが見えないほど怯え必死に逃げ出しているような感じだったな……」


 入念に体を捻ったりしながら状態を確認しジンタは答えた。


「怯えていた、ねぇ……」


 オヤジは、動物達の行動の意味がまったく分からんとばかりに首を振りつつ呟く。


「それよりおやじさん」


「なんだ?」


「一応武器屋なんだし、色々被ったり持ってきたりするなら、何もそんなのはないんじゃない?」


 ジンタが呆れたように溜息をつく。


「そんなって言ってもなぁ~」


 オヤジが頭を掻く。

 そんなオヤジは、頭に鍋を、右手にオタマ、左手に鍋ぶたを持って立っていた。


「一応武器屋なんだし、せめて盾と剣とか……」


「いやあれだ、少し言い訳させてもらうとだな、ちょうど今日こいつの修理依頼が来ててな、一番手前にあったしちょうどよかったんだ」


 だからしょうがないだろう、と豪快に笑うおやじ。


「まったく……、さておやじさんとりあえず俺、ミリアとイヨリを探さないと」


「ああ、それはそうだな、ちょっと待ってろ、残りの装備を今持ってくる」


 オヤジが武器庫へと駆け出す、まるでそれが合図だったように、またカンカンカンと狂ったような鐘が鳴り響く。


「な、なんだぁ~?」


 オヤジが西方向へ顔を向け立ち止まる。


「まさか……また来るのか?」


「一体どうなってやがるんだ?」


「わからない……、けど、急いだ方が良さそうだと思う」


「ああ、そうだな」


 鳴り響く鐘の音に今までにない胸騒ぎを覚えつつ、ジンタはオヤジと一緒に武器庫へと走った。



        ※※※※※※※※



「また鐘の音が……」


「うん、まだこの変なことは終わってないんだよイヨリ」


 イヨリが引く馬車の荷台に座りミリアが答える。


 さっき起きた動物達が西から東へと通り抜けた際、――いや正確にはその前後から街の牛や馬、犬や猫なども、暴れだし東の方へと逃げ出していた。


 その結果、台車はあれど引く動物がいなくなった台車をイヨリが引いて小学校へと向かっていた。

 途中、顔色を悪くし怯える召喚者のエルフの子供やその『召喚されし者』、さらにけが人を乗せ運びながら。


「少し急いだ方が良いみたいですね」


「うん、でもあまり慌てないでねイヨリ」


「分かってます」


 二人がやり取りをしている正面に、またエルフの少女とその『召喚されし者』である女性が、頭を押さえ座り込んでいた。


「大丈夫ですか?」


「だ、ダメです。なにか分かりませんが、何かが強く頭に押し入ってくる感じが……、して……」


『召喚されし者』である女性が今にも崩れ落ちそうに答える。


「とりあえずイヨリ、その二人も荷台に」


「ですね」


 二人を一杯になり始めた荷台に載せ、イヨリが再度荷台を動かすため、荷台の前へと向かう途中、


 ポーンポーンポーン!


 鐘の音とは違う、拡声器のような音が街全体に響き渡る。


 そして、


『おい、これってもうしゃべっていいのか?』


 聞いたことのある女性の声。


『はい、もう大丈夫です』


 そして、それに応じる意識的に小さくした声が聞こえた。


 すぅ~~っと最初の声の人物だろうか、大きく息を吸い込む音がマイクに響き、


『ラペンの街の者っ! 不本意ながら緊急事態だっ!』


 鼓膜が破れそうなほどの大音響と、声がハウリングを起こしながら響いた。


『そ、そんな大声で言わなくても音量は調節していますから校長』


 音の向こう、泣きそうな声で先程の小さい声の女性が、マイクを持ち叫んだ女性に訴えている。


『そ、そうなのか。私はこういうモノをあまり使うことないからな……。つい、大きな声を……』


 マイクを持つ女性は一度小さく深呼吸し、再度マイクを通し声を発した。


『ラペンの街の者よ、緊急事態だ。さっきの動物達の不可解な行動を見て分かる通り、西の方角から何かがやって来るみたいだ。相手はまだよく分かっていない、が状況を鑑みるにかなりヤバいモノだと推測される。しかも厄介なことに、力の弱い者に精神的干渉をし、頭痛や目眩など対象によってはかなり重度の症状を引き起こしている。よって我が校は緊急処置を発動する。今から学校の食堂にて教師が結界を張り、干渉を止める。あ~~つまりだ、街のみんなも至急速やかに学校の食堂まで来るようにということだ、以上!』


 ブツリとマイクの切れる音が響く。


「えっと、ミリア……、今の声って……」


「うん、多分保健の先生だと思う」


「そうよね」


「うん」


 二人は顔を見合い、


「「でも校長って……」」


 二人の声が揃った。


「とりあえず、急ぎましょうか」


「急ごう」


 数秒の間の後、二人は頷き合い学校へと向け荷台を動かしはじめた。



        ※※※※※※※※



「今の放送を聞いたか? おやじさん」


「いくらいっつもカンカンとやかましく叩いていても、あれぐらい大きな声はさすがに聞こえるぜ」


 街の中を西側の屋台市へ向かい走っていたジンタとおやじは、走りながら互いに声を掛けた。


「とりあえず、まだ危ないみたいだから、おやじさんも学校へ避難した方が――」


「まあ、わかっちゃいるがよ、ここまで来たらちーとばかし道具屋の婆さんが心配でな」


 おやじの言葉に、ジンタもよく依頼でお世話になっている道具屋のしわくちゃな顔をした腰の曲がったお婆ちゃんの姿が浮かぶ。


「そっか、じゃあそこまで一緒に行こう」


「悪いな」


 二人は道具屋へと向かい走った。


「おい! 婆さん生きてるか!」


 道具屋に着くなり、武器屋のおやじが怒鳴りながら中へと入って行く。


 ジンタは周辺を警戒しつつ、室内の音にも意識を向けた。


「なんだい、わたしゃあ一人で歩けるよ!」


「わーったわーった、とりあえず急がねえといけねえんだ、我慢しろ」


 言い合いをする二人の声が大きく聞こえてくると、道具屋の婆さんを肩に抱えたオヤジが出てきた。


「待たせたな、婆さんも何とか無事だ」


 簡潔な報告をオヤジが口にする。


「じゃあ、おやじさんはお婆さんを連れて一緒に学校へ」


「おう! ってジンタおめえはどうすんだ?」


「ミリアとイヨリのついでに、他にも誰もいないか見て回ります」


「回るっつっても、さっきの放送は街全体に聞こえてたはずだぜ?」


「分かってるけど、それで二人が移動してると俺も思うけど、もう一つ気になってさ」


「何がだ?」


「さっきの放送で言ってた、目眩や頭痛で動けない人、その人達が居るかも知れないから、もう少し走ってみます」


「ふむ、そうか。しかしおめえそれは――――」


 心配そうに言いかけるおやじにジンタは手を向け、


「対象はおやじさん、効果は一〇分、魔法はスピード」


 強化魔法を唱える。


 おやじの体が薄い緑色に光りだす。


「お? 何だこりゃ?」


「強化魔法なんだ、とりあえずいつもより早く走れるから急いで学校へ」


「ああ、そうか。って強化魔法って、お前魔法が――」


「いいから急いでっ!」


 目をまん丸にして、色々聞こうとするおやじの背中をバチンと叩き、ジンタは促す。


「わ、分かったぜ、お前もすぐ来いよ!」


「分かってます」


 返事を聞くなりおやじは学校へと向け走り出す。


「う、お、おぉ~~、すっげ~速えぞ――――っ!」


「ちょ、ちょっとお待ちよ、わたしゃあまだ死ぬ気はないよっ!」


 叫ぶおやじの声に、怯える婆ちゃんの声が重なり遠ざかっていく。


「さって、俺も急ぐか」


 ジンタは自身にもスピードの強化を掛け、街の中を走り出した。

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