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食堂と予定と

 どんっ!


 両手に食後の飲み物として果汁のカップを持って歩いていたジンタの太ももに、小さいエルフの少女がぶつかった。


 ここは小学校の食堂、ちょうど今日は卒業を間近に控えたミリア達の登校日だった。

 そして同時に『召喚されし者』であるジンタ達が一緒に呼ばれ、二階層へ行くための注意事項や用意についての話しを、担任の教師から二時間ほど掛けて聞いてきた後だった。


 ぶつかった反動でぺたんと地面に尻餅をつく少女に、ジンタは思わず声を掛けそびれ、見下ろす形で少女と目が合う。

 尻餅をついた少女も緑の瞳をきょとんとさせ、ジンタを見上げている。


 肩で揃えた金色の髪にトレードマークのように、頭のてっぺんで大きな緑色のリボンをしている少女、そのリボンが微かに揺れる。


 ――し、しまった……。


 それを見たジンタは内心で舌打つ。


 こういう場合、ぶつかったと同時に「大丈夫?」と声をかければ大概は大丈夫なのだが、声を掛けそびれると、なぜか大概アウトになる。

 そう、過去十八年間の例を思い出していたジンタの予想通り、尻餅をついた少女の緑の瞳が徐々に潤んでいく。


 それに合わせ小さい唇がワナワナと震えて出す。


 ――お、おわった……


 ジンタが確信し軽く上向いて目を瞑ったとき、


「こら、リンちゃん。自分からぶつかったんだから、リンちゃんが謝らないとダメでしょ」


 厳しくも優しい声が少女の後ろから飛んできた。


 目を瞑っていたジンタは「え?」と怖々目を開けると、少女の後ろでしゃがみ込み少女の頭を撫でる二十才ぐらいの女性がいた。


「リンが謝るの?」


 ぺたりと、地面に尻餅をついたまま少女が後ろの女性を見上げ、呟く。


「だってリンちゃんがよそ見して、お兄ちゃんにぶつかったんでしょ?」


「うん」


 女性が優しい目で少女を諭すように言うと、少女は素直に頷いた。


「じゃあ、悪いのはどっち?」


「……リン」


「じゃあ、謝るのは?」


「リン」


「うん、じゃあ立とうか」


「うん、立つ」


 女性に両脇を抱えられ少女は立ち上がる。そしてジンタを見上げ、


「ごめんなさい」


 大きなリボンを揺らし頭を下げた。


 そんな少女の後ろで同じように頭を下げ「すいませんでした」と謝る女性。

 どうやら二人は家族――『召喚者』と『召喚されし者』のようだった。


「い、いえ、こっちもすぐに支えられれば、倒れなかっただろうけど……」


 ジンタは視線を両手に向けるも、女性はくすりと笑い、


「それで支えようとしたら、リンの頭に果汁が掛かって、もっと大変なことになっていましたよ」


 と、優しげに答える。


「そ、そうですね……」


 ほんと、その通りだとジンタはバツが悪そうに苦笑する。


「ねえ、かすみ~、早く行こうよ~」


 泣きそうだったリボンの少女は、何か急ぐように女性の服を引っ張る。


「はいはい、すぐ行くから少し待ってね」


 少女の頭を軽くポンポンしながら、女性がもう一度ジンタに目を向け、


「ほんとうにすいません、これからお菓子を買いに行くことになってて、この子ってばついはしゃいじゃって」


「ああ、そうだったんだ。それならしょうがないですよね」


 笑みを向けてくる女性に対し、ジンタも食いしん坊のマスターを思い出しつつ笑みを返す。


「ほんとすいませんでした」


 再度謝る女性に、


「いえ、こっちこそ」


 と、言葉を返す。


 待ちきれないと言わんばかりに少女に手を引っ張られ、女性が遠ざかっていく。


 ジンタはその二人の姿をほんわかした気持ちで見ていた。


「なに女の人のお尻をジィーっと見てるんです?」


 少しトゲを含んだイヨリの声。


「え? いや別に、ちょっとね」


 ジンタが困った笑みを向けると、


「嘘です。見てました」


 ペロッと舌を出し、イタズラが成功したような顔をするイヨリ。


「そっかぁ」


 ますます苦笑するしかないジンタ。


「一年生か二年生ですね、一番可愛い時期ですよね」


 イヨリの懐かしむような優しい弾む声に、ジンタは聞かずにはいられなかった。


「ミリアもあれぐらいの時は可愛かった?」


 イヨリは待ってましたとばかりに、大きくそしてゆっくりと頷きながら、


「そりゃあもう、いつも「いより~いより~」と付いて回ってきて可愛かったですよ~」


「へ~~~~」


 興味をそそられたようにジンタが相づちを打てば「でも、これ以上は教えません」とイヨリが言う。


「なんで?」


 訳が分からずジンタが尋ねると、イヨリはついっとそっぽを向き、


「だって、その頃の話をしちゃうとあんまりミリアが可愛すぎて、ジンタさんが今以上にミリアを好きになっちゃじゃないですか」


 と唇を尖らせた。


 それにはジンタも本心で苦笑して、


「ん~~、話を聞くだけでそうなるとは、とても思えないなぁ~」


 と、目線を自分達の座っているテーブルへと向ける。


 ちょうど視線の先にはそのミリアがいて、隣に座るリゼットとガツガツとビュッフェ形式で持って来たテーブル一杯の料理を頬張っていた。


 しかも、今はお昼の時間、周りにはかなりの人が食べに来ていてそれなりに騒がしいはずのに、


「むおっ! リゼットそれわたしのお肉だよっ!」


「ミリアお口に一杯入ってる、だからリゼット食べてあげた!」


「次食べる予定だったんだよ!」


「次は別の食べろ!」


 一番ハッキリと聞こえるがめつい声を張り上げ、リゼットとケンカしていた。


 ジンタの横でそれを見ていたイヨリが呆れたようにおでこを押さえ、呟く。


「まったく、いつからあの子はこんな風になっちゃったのかしら……」


「あ、あはは……」


 苦笑するジンタを尻目に、イヨリはミリアの元へと歩いて行く。


「こらっミリア! あんまり大きな声を出さない! それとはしたないからゆっくり食べなさい!」


「ゲッ! イヨリ」


「「ゲッ」とはなんです「ゲッ」とは!」


 声が大きいと注意しに行ったイヨリだが、なぜが一番ハッキリと聞こえる声を張り上げ、ミリアと二人、言い争いをはじめた。


 それを見ながらジンタはまたまた苦笑を浮かべ、


「誰に似たのかって、どう見てもイヨリだよな」


 と呟き、


「俺も――ここに来てそろそろ一年なんだなぁ」


 感慨深げに高い天井を見上げた。



「しっかし、みんなもう卒業かぁ~」


 テーブルにジンタが戻ると、ミトがそう言ってうんうんと頷いていた。


「もう、なんでミトが私のお父さんやお母さんみたいなこと言ってるの?」


 隣のエルファスが、やれやれと首を振り突っ込む。


「なんでって、そりゃあおれって一応エルファスのお父さんとお母さん代わりだろ?」


「え! そうだったの! ぜんっぜん知らなかった」


 ほんとに仰天したように、エルファスが目を一杯に見開き驚く。


 そんなエルファスに、平目を向けたミトは瞬間移動のようにエルファスの背後に周り込み、グリグリとコメカミを捻り回した。


「い~~た~~~い~~~~~っ!」


 苦痛に顔を歪めエルファスが大声で叫ぶ。


「ちょっと、食事中でしてよ。少しはジッとしていられませんこと?」


 スパゲティを、スプーンとフォークを器用に使い食べていたリカが二人をたしなめるも、


「でも、ほんとにもう卒業なんだなぁ~~」


 隣に座るマスターのロンシャンが割り込む。


「うんうん、ロンシャン卒業おめでとうだな」


 リカとロンシャンを挟むように座るリゼットが、ガツガツと料理を食べながら、口の周りにソースを付け、隣のロンシャンにお祝いの言葉を贈る。


「ですが、さっきまでの先生のお話を聞く限り、結局どうやって第二階層へ行くのかは謎のままでしたねぇ~」


 コメカミグリグリから解放されたエルファスの隣に座る雪目が、自分の雪女の能力でよく冷やした果物を頬張り、はて? と言う素振りで視線を上向ければ、


「そうでしたねぇ、持っていく荷物も、数日分の着替えや自身の大事なモノ、後のモノは二階層で揃えるようにって言っていましたし、キッチン道具やカーペットやお布団とかはどうするんでしょ?」


 イヨリも、家財道具を気にしながら食後の適度に甘みのあるデザートを頬張る。


「じゃあ、重いから勉強道具も置いていかないとね」


 満腹になったお腹を摩り、イヨリの隣のミリアが言えば、


「「「それは持って行け」」」


 全員に突っ込まれ「え~~」と顰めっ面になる。


「でも、結局重要なことはあまり聞けなかったな」


 果汁を飲みつつジンタが呟くと、全員が確かにと頷いた。


「それによ、なんつーか正確な日時も言わなかったよな?」


 ミトが自分の席に戻り、教師の言ってたことを思い出すようにしながら聞いてくれば、


「ほんとにそうですわね。今までも誰も知らないところを見ると、行く直前、それも出発のギリギリまで教えてもらえなさそうですわね」


 リカも思案顔で口にした。


「それだと、迷子になるヤツとかいないのかな?」


 ジンタがさも心配そうにリゼットを見つめれば、当然のように全員がリゼットへと目を向ける。


「ん? どうしたんだ?」


 リゼットは、ラペンの街の人達の好意によって作られた無料のビュッフェ形式料理を食べるのを止め、顔を上げた。


「いえ、ほんと美味しそうに食べますねぇ、とみんな感心してたんです」


 雪目が優しい笑みで告げれば、


「おいしいぞ、いくら食べてもいいんだから、ほんと美味しい!」


 再度、皿に向け顔を突っ込むようにがっつきだす。


「まあ、その辺は置いてけぼりを喰らったって聞いたこともないですし……」


 イヨリが苦笑する。


「そうですわね。そのことについては、考えるだけ時間の無駄のようですわね」


 リカがそう締めくくる。


「それよりかさ、前から少し思ってたけど、ここってなんか息苦しく感じないか?」


 ジンタが少し窮屈そうに、渋い顔で体育館並に広い食堂を見渡す。


「ここは窓もないですしね」


 イヨリがそれに答えると、ジンタは「ああそうか、光も入らないし、風通しがほとんどないからか」と納得した。


 そんなジンタの素振りに、ミトが果汁を喉に流してから言う。


「あれ? ジンタは知らないのか? この食堂って一応この学校の最終防衛場所なんだけど?」


「……はい?」


 意味が分からず、ジンタが間の抜けた返事をすると、


「ああ、ほんとに知らないのか」


 と、ミトは納得したように頷く、それを見ていたリカが次を引き継ぎ口にする。


「この食堂は緊急時の集合場所なんですのよ」


「ここが?」


「ええ、ここは入り口や出口とよべる場所が、あの入り口の二箇所しかありませんの」


 リカが軽くアゴを向ける方向には、ジンタ達が入って来た両開きの大きな扉が適度に離れた感じで二箇所にあるだけだった。


「あそこだけ?」


「ええ、そうですわ。ですから何かの緊急時、集まれる人はここに集まるというのが、マスターに召喚されて、最初に教えられることなんですわ」


「ほぉ~、そうなのか~~」


「リゼットも初めて知ったぞ」


 満足したようにお腹を摩ってリゼットも答えたが、


「ええ、ええ、分かりますよ。リゼットさんも初めて聞いたんですよね。分かります、分かりますよ~」


 雪目が、リゼットは絶対に今までも聞いているだろうと確信しながら、それでも相づちを打つ。


「イヨリさんは、ジンタさんにそのことを説明してなかったんです?」


 エルファスがイヨリに尋ねると、


「言い忘れてました。ハッキリ言ってここを使うほどの緊急事態って私も経験してませんでしたから、つい……すいません」


 申し訳なさそうにジンタに謝るイヨリ。


「でも、イヨリさんの言うとおりですよね、ここって食堂としてしか使ったことないよね?」


 ロンシャンがイヨリをフォローする。


「確かにここを使う状況というのは想像出来ませんわね……」


 マスターであるロンシャンの言葉だから、と言うのもあるだろうが、リカ自身も本当に想像出来ないと首をすぼめてみせる。


「でも、ここって食堂だけあって、いざという時のために食料も、――そしてお菓子もしまってあるんだよねっ!」


 ミリアが身を乗り出し、目を輝かせる。


「ミリア、あなたはそのお菓子のために、ここに集まるような事態になってほしそうですね……」


「少し――本当に少しだけど思ってるよっ!」


 生き生きとした顔のミリアに、イヨリが疲れたようにおでこを押さえる。


「まあ、そんな使わない場所の話より、皆さんは今日これからどうされますの?」


 リカが全員を見渡す。


 今日の学校での集まりは午前中まで、お昼以降は自由なのだ。


「そうだなぁ~、おれ達は~~」


 ミトが口を開きかければ、


「私達はお家に帰って少し休みます」


 エルファスが断言。


「おい……、まさか……」


「成長盛りの私にはお昼寝も十分重要なんだから」


 平目を向けるミトに対し、エルファスは自慢げに語る。


「って、お前は最近いっつも昼間寝てばっかりじゃないか?」


「そ、そんなことないよ!」


「そうですよ。エルちゃんはお昼に寝て、夜起きてますから」


 ミトに反論するエルファスだったが、雪目の告発にギクッと体を固める。


「ほほぉ~、あれだけ夜寝ろって言ってるのに、そうか~、ほ~」


 不敵な笑みをエルファスに向けるミト。


「あれだな、お昼寝するから夜寝れないんだよな?」


「ち、ちが……う、よ?」


「いいや違わないっ!」


 可愛いっぽく上目遣いにミトを見てエルファスは言ったが、当然そんなものミトは一蹴。


「よし、おれ達は今からエルファスがちゃんと夜寝るようにちょっと体を動かしに行くぞ」


 ミトの決定に、


「えええええええ――――――――っ!」


 エルファスが泣きそうな声で大絶叫。


「あははは、エルちゃんご愁傷様」


 一連のやり取りを聞いていたロンシャンが苦笑する。


「私達は、ロンシャン様が少し勉強をと言うので、このまま学校にいますわ」


「ロンシャン、まだ勉強するのか? がんばれ」


 リゼットが如何にも他人事のように応援を口にする。


「私達は、武器屋でジンタさんの武器の手入れと――」


 言い掛けるイヨリの言葉に、


「いつでもどこに行っても大丈夫なようにお菓子っ!」


 ロンシャンに向け、なぜそんな勉強するだろうというような目を向けていたミリアの顔がグルッと回り、ルートを追加した。


「あなたはまったく……、少しはロンシャンくんを見習ったらどうなの」


「みんながロンシャンくん見たいだったら、学校はすごく固っ苦しいところになっちゃうでしょ」


 イヨリが呆れたように言えば、ミリアが即反論。


「ほんっとあなたは……」


 全員が苦笑する中、イヨリはガックリ頭を垂れる。


「でもみんな、夕食にはうちに来るんだろ?」


「当然ですわ」

「当然だぜ」


 ジンタの問いに、リカとミトの即答と全員の頷きでそれぞれが席を立つ。


 約一名、満腹だったのを忘れてしまったのか、またガツガツと食べ始めているクルクルと外に跳ねる赤い髪のアホ毛をピコピコさせている少女以外が。

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