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ラペンでは~ ただいまとおかえりと

 イヨリとリカ、二つの強大に荒れ狂うチカラのぶつかり合いに、ある意味でそれ以上に混乱し泣きじゃくり、何故だかはきっと本人も理解出来ていないのだろうが、二人の間に飛び込むという暴挙にまででたリゼットが巻き込まれ轟沈した。


 しかし、そんなリゼットの轟沈も空しく二人の戦いは続いていた。


 怒り狂い鬼の形相で腕を振り回すリカに対し、イヨリが余裕さえ窺える笑みで受け止め、殴り返す。


 普段の二人のやり取りが、今日ばかりは全くの真逆と化していた。


「えっと、ほんとどうしましょう……」


 リビングに吹き荒れる、二つのぶつかり合う台風のような攻防に、獣人化し着物姿の美女となった雪目はお手上げだとばかりに首をすぼめる。


「どうって言ってもなぁ……」


 雪目の隣に立つ松もさすがに困ったように頬を掻く。


「と、とりあえず、リ、リゼットさんをこっちに引っ張ってこないと」


 轟沈したリゼットは、今暴れている二人の足元で気を失っていた。


「とりあえず、それだな」


 連れてきたことに多少の申し訳なさを感じながら、松は獣人化しリゼットの救出を敢行する。


 二つの腕が交互に交差する中、タイミングを見計らい一気にリゼットを引っ張り寄せる。

 無事救出されたリゼットを、今は一応安全なそれぞれの部屋へと続く廊下へと置き、


「さて、次は……」


 松と竹と雪目が主戦場へと視線を向ける。


「と、とりあえず、二人を外に出しましょう。でないと、この家が崩壊します」


 竹が言うとおり、二つのぶつかり合う衝撃で、ビリビリとリビングがイヤな音と振動を響かせている。


「それもそうなんだけどよぉ~~……。――あれ、どうやって動かす?」


「私に良い案があります」


 イヨリとリカを見ながら困り果てる松と竹に、雪目が整った美貌に微笑を浮かべた。



「そう、そこだ、ゆっくりな」


「も、もう少し、ひ、左がいいと思います」


「左ですか?」


 足を止め、激しく拳を交わす二人、そのイヨリの後方には家の入り口のドアがある。

 雪目はその入り口の床に両手を置き、地面をゆっくりと凍らせていく。――イヨリの方へと向かい。


「もうちょい右……、ん? 左か?」


「ま、松さん。そういう発言は雪目さんが困ってしまいます」


「ああ、そっかぁ。すまねえすまねえ」


「そ、それで、次はどっちを凍らせれば?」


 荒れ狂い緊迫するリビングで、細心の注意を払いつつ雪目が作業に励む。


「よしっ! じゃあ右だ!」


 松のどこかいい加減に聞こえる指示にも文句を言わずに雪目は従う。


 そうして何度も間違いつつ数十分に及ぶ精密な作業の結果、入り口のドアから続くアイスバーンのようなツルツルの地面はイヨリの足元、そのすぐ後ろまで出来ていた。


「よし、これで後は仕上げだ」


 松が暴れる二人の腕が交差する場所だけを凝視する。

 振り回される岩とクマの腕の交差を、タイミングを数えるように頭を上下させ見つめる松。


 そして、


「今だッ!」

「はいっ!」


 松の合図に、雪目が最後の氷をイヨリの足元で隆起させる。


 ッゴン!


 リカの渾身の振りを岩の両手で防いだイヨリの体は、雪目が作ったアイスバーンに乗って入り口へと向けツルツルと走り出す。


「あら? あらあら、あらら~~?」


 勝手に動いていく自分の体を、面白そうに為すがまま、笑みで回り滑っていく酔ったイヨリ。


「よしっいいぞ!」


「そ、そのままです」


 それを見て、松と竹の嬉しげな声。


「はぁ~~、私の仕事はここまでですね」


 雪目はやりきったとばかりに獣人化を解き、いつもの不健康そうな汚いゴスロリ風の姿へと戻り、汗を拭う。


「お、おい雪目! 危ない」


「雪目さん避けてっ!」


 気を抜いた雪目に二人が注意の声を上げるが、時すでに遅し、勢いよく氷を滑ってきたイヨリに轢かれ外へと吹き飛ばされる。


「とうちゃ~く」


 ドアの外に出たイヨリがまるで体操選手の決めポーズのようにゴーレムの腕を左右に広げ、ケラケラと笑う中、


「お待ちなさいですわっ!」


 勝手に遠ざかっていったイヨリを追い掛けリカも外へと出てきた。

 真冬の深夜、外に出た二人は再度相対し、戦いを再開する。


「なあ、竹」


「な、何です松さん?」


 寒さと、二人から逃れるように家の中のドアから覗くように見ていた松と竹。


「いや~、おれっちさ、努力すればあの二人にもちょっとは勝てるかも、なんて思ってたけど、あれ取り消すぜ」


「そ、そうですか、そうして下さい。松さんがあんなになったら、わ、私には止められませんので……」


 答える竹に、松は「まったくだ」と頷く。


 その間も、二人の視線の先では怒り狂うリカと陽気に笑い続けるイヨリの姿があった。




 戦いを続けて数時間。


 疲れ切った家の住人達が気を失うように寝静まった後も、二人の戦いは続いていた。


 もう腕を振るうだけでも苦痛なほど体中が痛み、両腕が鉛のように重く感じている。

 それでもリカはカスカスの体力を振りしぼり、イヨリに向かいグリズリーの腕を振り回す。

 そんなほとんどチカラを失った腕でさえも、同じようにフラフラなイヨリはガードする。


「い、いい加減、一発ぐらい殴らせなさいなっ!」


「い、いやですよ。殴られたら痛いじゃないですか」


 真冬の遅い朝日が昇り始めたのか、空が白々と明るくなり始める。


 それでも二人は相対したまま拳を交わす。例えそれがもう数分に一度のペースになっていようと。


 上り始めた朝日と、冷えた空気が運ぶ氷の結晶が混じり合いキラキラと輝かせる中、汗だくの二人は再度拳を交わす。


 ドンと肩がぶつかる程度のチカラしかでていないが、それでも今の二人には渾身のチカラだった。


「ほんっっと、一発で許して差し上げますわ。殴らせなさい!」


「い、いやですよ~~だ」


 何度――いや何十度目のやり取りだろうか、二人の合い言葉のようなやり取り。


「アナタって人は……ほんっと……」


 しゃべるのも億劫なリカだが、それでも口が動く。


「リカさんこそしつこいですよ~~」


 イヨリも疲れた笑みを向ける。


「いきますわよ!」


「どうぞ!」


 必死の形相で腕を持ち上げるリカ、そしてそれを受け止める為、同じく必死に両手を持ち上げるイヨリ。


「あ、あれ? 二人共こんなに朝早くから稽古か?」


 聞き覚えのある、そしてイヨリからすれば待ち望んだ声が後ろから響いた。


 必死で持ち上げようとしている腕が止まり、今度は頭がゆっくりと声の方へと向く。そこには待ちに待った人物が立っていた。


「……ジンタさん?」


 幻を見ているかのように呟くイヨリに、軽く右手を上げ、


「ただいまイヨリ」


「たっだいま~~」


 アルミラージの集落を出て六日目の朝、寝る間も惜しんで急ぎ帰ってきたジンタとミトの二人が、少しやつれた顔で笑みを浮かべる。


「じ、ジンタさ~~ん」


 リカに向き合い、重く固まっていた体をジンタへと急発進させ、獣人化を解いたイヨリはジンタの胸に飛び込んだ。


「お、お、おかえりなさ――い! おかえりなさい、おかえりなさい――」


 何度も何度も言いながら、ジンタの胸に頬をすり寄せるイヨリ。


「い、イヨリ?」


 過去、類を見ないほどのイヨリの甘えっぷりにジンタの方が戸惑う。が、そんなジンタを余所に、安堵しきったイヨリはそのままジンタの腕の中で、全身のチカラを抜き寄り掛かるように寝息を立て始めた。


「……おいおい、おれも帰って来たんだけど……」


 ジンタの隣で次は自分の番だと待っていたミトは、頬を掻きあまりの放置プレイに困り果てた顔をする。


「はぁ~~、なんともはや、やれやれですわ、やっと帰ってきましたのね……」


 歩くのもやっとなほどふらつき、リカがジンタの元へやってくる。


「あ、リカさんもただいま」


 完全にジンタに身を預け寝ているイヨリを、抱えるように受け止めながらジンタがリカにも、笑みを向ける。

 そんなジンタに、リカはもう一度大きな溜め息を一つ吐き出し、ゆっくりと獣人化を解除した白い右手を持ち上げる。


 バッチ――ン!


 朝日が輝く中、綺麗に響くビンタの音が一つ。

 真冬だというのに、ジンタの頬に浮かびあがる綺麗な紅葉。


「本来ならまだまだ全然ひっぱたき足りませんが、とりあえず今日のところは帰ってきたのもありますし、これで勘弁致しますわ」


「え、ええ???」


「な、なんだ?」


 戸惑うジンタと驚き仰け反るミトを尻目に、リカは髪をかき上げ家の中へと歩いていった。


「なんで俺ぶたれたんだ?」


 みんなに早く会うため、寝る間も惜しんで急いで帰ってきたのに、その見返りがイヨリのこの甘えっぷりと、ヒリヒリと痛むビンタとは……。

 訳が分からず呆けた顔のジンタに、ミトは「さあ」と同じように呆けた顔で答えた。


 こうして、ジンタ達の日常はいつも通りまた動き始めた。


 もっとも、この日ばかりはほとんどみんな、お昼以上夜未満まで活動が出来ないほど深い深い眠りについていたが……。

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