ラペンでは~ 酒場と我が家と
イヨリが初めてのお酒を口にして一時間、酒場は普段ではあり得ないほど異常な静寂に包まれていた。
当初、近くにいた物見客達は早々に帰路へとつき、新しく入ってくる客は酒場の入り口をくぐり掛けたところで、ほとんどが出ていく。
その理由は、すべて一人の酔っぱらいのせいで……。
「だ~か~ら~、こんなつるっつる何ですから、ハゲって言われてもしょうが無いですよね? ね?」
テーブルに腰掛け、武器屋のオヤジのランプに照らされ見事に光る頭をペシペシと叩きながらイヨリが声を大にして言う。
「あ、ああ……」
「い、イヨリさん。あ、あのそういうのはそろそろですね――」
いつも以上に落ち込んだ声のオヤジを見て、雪目が何とかその行為を止めさせるべく声を掛けるも、
「何ですか雪目さん? 私、今すっごく気持ちいいんですよ? さっき雪目さん達も言ってたじゃないですか、今日は私に元気になって欲しいからここに来たんだって」
「そ、そうですが……、あ、あの、そうかも知れないですが、オヤジさんもそろそろ――」
「え――――っ!」
頭をペシペシ叩く音が強く、早く、大きくなる。
「オヤジさんはお酒大好きですよねぇ~~。よくジンタさんと来てるみたいだし、違います?」
「ん、ああ、まあ、たま~に、な」
やや俯き加減に、ふつふつと色々沸き上がる感情に耐えながら答えてるオヤジ。
「ですよねぇ? ほんっといいですよねぇ。そうやってジンタさんと二人っきりでお話出来る場所があるなんて、羨ましいですよ」
イヨリは、オヤジの頭を鷲掴み、テーブルからイスに下ろしている足をばたつかせる。
「ゆ、雪目ちゃん、ところでリカちゃんはどこに?」
イヨリに頭を押さえられ、グリグリと揺すられながら、ヒクつく顔でオヤジが聞けば、
「えっとですね「もう付き合ってられませんわ」と言い残し帰りました」
「そうか……、逃げたのか……」
「……はい」
オブラートも何もなく、真実を告げ合う二人。
イヨリのこの状況は、最初の一杯目から続いてるのだ。近くにいた客すべてに絡み、グチををこぼし、相手の精神的に痛いところを突く。普段のイヨリなら絶対に言わないこと(しかしきっと内心で思っていることなのだろう)を見事にぶちまけるという、酒を嗜む者にとって、もっとも相手にしたくない部類の酔っ払いと化したのだ。
以降、かれこれ四杯は口にしているイヨリの暴走は止まる気配を見せず、今に至っている。
「とりあえず、このままイヨリちゃんを、ここに居させるのは、俺にとっても、この酒場にとってもいい迷惑だ」
オヤジが女将に親指を向ければ、女将は頭痛そうにおでこを押さえている。
ちょうど今は酒場が一番盛り上がる稼ぎ時、その時間に店に居る客が数人の状況なのだ、頭も痛くなるだろうことは二人にも理解出来た。
もっとも、酒場が荒れるのは日常茶飯事、酔っぱらい同士のケンカなんてお手の物、ではあるのだが、それも相手によりけりだ。
誰が好き好んで、殴った拳で地面を掘削し、木をなぎ倒し、すべてを握り潰す相手に、ケンカをふっかける者がいるだろうか。
それを分かっているからこそ、来る客は全員、最初は「お?」となるが、遠目の席で一杯も飲むと、イヨリの危なさに身の危険を感じ、ソソクサと帰って行く。
しかも、イヨリ達は入り口の近くに陣取っているため、半数近くの客も入り口で回れ右をしてしまう者まで多くいた。
「とりあえず、会計は後日俺がしておくから、雪目ちゃんはイヨリちゃんを早くここから出すことを――」
オヤジが対面の雪目にそう言いかければ、イヨリはオヤジの頭を両手でガシッと掴み、
「え~~。私、まだ飲みたいです~~~~」
と、オヤジの頭を左右に揺する始末。
「しょうがありませんね、ここは私がイヨリさんを氷漬けにして……」
「何ですか、雪目さん?」
すわった目でイヨリに見られれば、雪目も「いえ、なんでもありません」と答えるしか出来ない。
「よしこうなったら仕方ねぇ、あの手でいくか」
オヤジが、腹を決めたように大きく頷く。
「何か良い手が?」
雪目が期待するように目を輝かせる。
「これは、決して良策ではないが、ただこれ以上人様に迷惑を掛けるよりは、身内に迷惑を掛ける方がいいだろ?」
オヤジが真剣な顔でそう言えば、雪目は「確かにそうですねぇ」と答えるしか出来ない。
「それなら手は一つだ」とオヤジが言い、イヨリに向かう。
そして優しい言葉で語りかける、
「イヨリちゃん。今家に帰ればジンタが帰ってるらしいぞ?」
と。
「え?」と嬉しそうな顔になるイヨリに対し、同じく「え?」と一瞬だけ嬉しそうになり、その後、もし居なかった場合はどうなるんですか? と想像し雪目が固まる。
オヤジはイヨリに「だから早く帰った方が良い」と促しつつ、雪目の疑うような問い掛ける視線には目を逸らした。
以降の惨劇から目を逸らすように。
オヤジがこれ以上はたまらんと酔ったイヨリをぶん投げた先は、当然我が家に他ならない。
そしてそこには早々と帰宅し、口直しの紅茶を楽しむリカを始め、ベンジャミンに松と竹、そしてロンシャンとエルファスとリゼット、さらにはまったく本人に自覚がないが家主であるミリアもいた。
ここ数日、何気にお泊まり会風になっていたのと、イヨリが無気力になり早く寝なさいと叱る人がいなかったせいか、全員は結構遅くまでリビングに集まっていることが多いのだ。
「へぇ~、わたしも酔ったイヨリの姿を見てみたいな~」
帰ったリカの口から聞く、自分の母親のような存在のお酒を飲んだ時の醜態を聞き、ミリアは本心からそう思った。
しかし、言ったリカ本人は、
「冗談ではありませんわ、私のライバルたる者が、あんなお酒ごときに屈するなんて。はぁ~~情けなさ過ぎますわ」
「でもよぉ~。少しイヨリさんらしくねえけど、そこまで酔ってるイヨリさんにならおれっちでも勝てるんじゃね?」
松が、幾分挑発的な物言いで左の手の平に右手をパシーンと叩き付ける。
「でもリカさん、そんなイヨリさんを雪目と武器屋のオヤジさんだけに任せて良かったのかな?」
エルファスが不安げに呟けば、
「そうだよね、雪目さんってほんと不幸体質だよね」
「わ、私も、ろ、ロンシャン様と同じ、いけ、意見ですわ」
ロンシャンが言い、何気にロンシャンの半歩後ろに立ち、ベストポジションをキープしているベンジャミンが相づつ。
「で、でも、あ、あの人は本当に普通に見てて不幸を通り過ぎて可哀相になってきますよね?」
ここ数日、全員を見ていた竹が二人の言葉に突っ込みを入れるが、
「でも、雪目はいつもあんなで結構幸せそうだぞ?」
リゼットが考えなしに普段の雪目を思い出すように顔を上向ければ、全員が同じように上向き、
「そうなんだよねぇ~、あれはあれで本人的には結構幸せそうなんだよねぇ~(なんですわ)(なんだな)」
と全員が言葉を揃えた。
「まあ、どちらにしても、今日のイヨリさんはあまり相手に――ブフォッ」
「たっだいま――――っ! そしてジンタさんおっかえりなさ――い!」
激しく扉を開け、陽気な大声で入って来たイヨリを見て、言い掛けていたリカは紅茶を一気に吹き出した。
「げっげほっごほっごほっ。――い、イヨリさん随分早いお帰りですわね」
むせ返りながらも、リカが戻ったイヨリに言えば、
「あ~~、リカさん。イヨリ、ただいま帰りました。――それでジンタさんはどこです?」
幸せそうな笑みで軽く敬礼し、その後はリビングをくまなく見渡す素振りをするイヨリ。
「い、イヨリ、ジンさんはまだ帰って来てないよ」
いつもと全然様子の違うイヨリに戸惑いながらもミリアが答えると、イヨリはとろ~んとしていた目尻をつり上げ頬を膨らませ、ぶんぶん両手を上下に振り、
「そんなことありません! だってさっき帰ってきたって――」
「誰がそんなことを?」
プンプンと怒りの態度をするイヨリに、ロンシャンが聞けば、
「それは――、えっと? えっと誰でしたっけ?」
また目をとろ~んとさせ、イヨリは後ろに振り返り尋ねる。
「ええ、ええ、そうですねぇ、武器屋のオヤジさんがそう言ってましたね……」
揚々(ようよう)と機嫌良く帰るイヨリに必死に付いてきたのだろう雪目が、いつもの青白い顔をより土色にして、息も絶え絶えに答えた。
「あんっっのクソおやじは……」
自分が酒場にこんな状態のイヨリを置いて帰ったことを棚に上げて、リカが悪態を吐く。
しかし、そんなやり取りも、今のイヨリには関係なく、
「じゃあ、ジンタさんはいないんですか?」
小首を傾げ再度呟く。
「そうです、まだ帰ってませんよ、イヨリさん」
ロンシャンがはっきりと聞き取れるようにゆっくり伝えると、三回転ほど上半身をフラフラと回したイヨリが、急に目尻をつり上げ、
「じゃあなんですかっ! 皆さんは私にうそをついたんですかっ!」
いきなり切れだし、
「そうやっていっつもいっつも私をバカにして、今日はもう私もハッキリ言わせてもらいます」
リビングの真ん中、食卓を兼ねる十人以上の食器を置いても大丈夫な、大きな長方形のテーブルをバンバンと叩き、まくし立てる。
「い、イヨリ、今日はもう遅いから……」
ミリアが説得に走るも、
「ダメです! それにミリア! 私知ってますよ! 最近買ってきた大量のお菓子。一日二個までと言ったのに、それ以上食べているでしょ!」
なぜか、こういうことだけはハッキリと覚えている酔っ払いのイヨリに、ミリアは苦虫を噛むような顔をする。
「で、ですけどイヨリさん、時間も時間ですし、そろそろ私達だけでも寝かせてもらえません?」
最終的に、自分だけは抜け出そうとエルファスが懇願するも、
「いいえ、私は知ってますよ。エルファスさんはいつも、寝たふりしてかなり遅くまで起きている事をっ!」
隣のミリア同様、エルファスも顔を歪める。
「えっと、それじゃあ僕達はどうしたら?」
ロンシャンが仕方無げにそう問えば、
「全員ここに正座しなさい」
イヨリがリビングの床に何度も指を突き付ける。
「ここって床に座るのか?」
リゼットが小首を傾げると、
「そうです! 早く! 正座です! 言うことを聞かないとお仕置きしますよっ!」
腰に手を当て、大きく頬を膨らませるイヨリ。
全員がこれは参ったと互いに目を合わせる中、勇者が立ち上がる。
リカが、座っていたソファーから立ち上がり、
「イヨリさん、いくら酔ってるとは言え、ロンシャン様にそのような――」
「ドッカ――――ン」
イヨリの前まで行きかけたリカに、イヨリは全員の見ている前でリカを殴り飛ばした。
イヨリの声と同じような激しい音を響かせ、リカはリビングの奥、キッチンへと吹き飛んでいった。
ドンガラガッシャ――――ン!
激しい衝突音と家全体が揺れるほどの振動、そしてキッチン内の皿などが大量に落ちる激しい落下音が響く。
「リ、リカッ!」
「リカさんっ!」
全員がリカが吹き飛んだ方へと目を向ける中、
「はいはい、分かりましたか~~。早く座らないとみんなもああなりますよ~~」
吹き飛ばしたイヨリは、優しげな言葉と共にパンパンと手を叩く。
全員が吹き飛ばされたリカから、そんなイヨリに目を向けると、さらに事態が悪化してることに気付く。
イヨリの両手が岩の腕と化していた。
なぜ獣人化してるんですか?
全員の血の気の引く音がリビングに響く。
これはもう言うことを聞いておかないとまずい。
全員がアイコンタクトで頷き合い、イヨリの前に並び座ろうとした時、
ガラガラガラ……
キッチンから音が聞こえてくる。
それからゆっくりと、ヒタヒタ聞こえてくる足音。
その足音には怒りの気配が窺えた。
――ま、まさか……。
座り掛けた全員の目がキッチンへと向く。
キッチンから、両腕を茶色に輝くグリズリーの腕にしてリカが出てくる。
「ちょっとイヨリさん、さすがに話の途中で殴るなんて、いくら何でもひどいんじゃありません?」
怒りを必死で押さえリカが言えば、イヨリはけろっとした声で、
「でも、いつもリカさんだって私の話を聞かないじゃないですか~」
おちゃらけているような返答。
「そうですか、分かりましたわ、私も今日は少々お酒が回っているようですので手加減が難しく――ってよっ!」
ダンッと一足飛びで、ボー然と座り掛け、リカの方へと振り向いてた全員の合間を抜け、一気にイヨリの前に立ち、グリズリーの腕を振るう。
ゴンッ!
しなるように振り下ろしたリカの腕を、イヨリはゴーレムの岩の腕で防ぐ。
「ちょ、ちょっと二人共!」
「リカ止めるんだっ!」
「イヨリもダメだよ!」
エルファス、ロンシャン、ミリアが叫ぶが二人は止まらない。
「これはまじぃな、とりあえず全員こっちに非難しろ」
松がマスターであるベンジャミンと三人のエルフの子供達を、リビングから一番遠い奥の部屋へと移動させる。
「松、これどうしよう?」
リビングから聞こえる激しい衝突音が今なお続く中、ベンジャミンが心配そうに松を見上げる。さすがに他のメンバーもどうしていいのか分からずに松を見ている。
「あ~~、う~~」
松が頭をバリボリ掻いて悩む中、
「と、とりあえず、あの二人を止めるか外に出しましょう」
竹が獣人化しながら提案する。
「そ、そうだな!」
「そうですね」
松と雪目が頷く。
「皆さんはここで待ってて下さいね」
雪目の言葉に、
「松、竹お願いですわ」
「雪目もがんばって!」
「イヨリを止めて!」
「リカをお願いします!」
「みんながんばれ!」
エルフの四人と、なぜかリゼットまで残る方で声を掛けてきた。
「「「………………」」」
数秒の間を置いて、
「えっと、リゼットさんはこっち側じゃないです?」
雪目が全員を代表して言えば、
「リカとイヨリのケンカ、止めるのリゼットには無理! リゼット死にたくない!」
素直すぎる回答で切り返すリゼットを、松が羽交い締めにして連れて行く。
最奥の部屋で待つ四人のエルフの子供達は、その日のリゼットの阿鼻叫喚をきっと忘れないだろう、泣き叫び、必死に謝るその声は全員の胸に色々な感情を込め刻まれるほど凄まじかった。




