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温泉、そして新たな旅立ち

「まだ、先なのか?」


 かなり勾配のある山道の坂を登りながら、ジンタが前をピョンピョンと跳ねて登っていくミトに情けない声をあげる。


「もうちょっとだって」


「……その言葉さっきもその前も言ってなかったか?」


 かれこれ二時間ほど、集落を出てから歩いているが一向に行き先が分からない。


「ほらほら、シャキシャキ歩く。ってか、ジンタが遅いから時間掛かってるだけだぞ」


 悪気はないだろうミトの言葉が、ジンタの胸に突き刺さる。


「よ、よ~~し、じゃ、じゃあ俺も本気で登ってやる」


 ジンタは一度足を止め、大きく深呼吸。

 そして軽く目を瞑り、


「対象は俺、効果は二十分、魔法はスピード」


 強化魔法の詠唱を唱えた。

 淡い緑色の光りがジンタの体を包む。


「あっ! きったねぇジンタ!」


 心配顔で見ていたミトの表情が一変、抗議の声を上げるが、


「バカ言うなよ。獣人化出来るミトと普通の人である俺じゃあ、スピードの強化をしても追いつけないだろ」


 ジンタは反論する。


「まっ、それもそうか」


 ジンタの言葉にあっさり頷くミトに、ジンタは再度ムキになり、


「よ、よーし、とりあえず急ごうぜ!」


 魔法で強化した体を動かし始めた。




「ここか……?」


「ああ、ここだ」


 目の前、視界いっぱいに広がる悠然とした階層の端であるオーロラの景色に、ジンタは圧倒されていた。


「昔、よく転んでケガとかして母ちゃんと何度かここに来たことあるけど、今日は何時にもまして輝いて見えるな」


 隣に立つミトも、遠くを見るようにおでこに右手を当て、オーロラを眺めている。


 時間にして数十秒、しかしジンタの体感にして五分ほど、雄大な景色に飲まれたように眺めていると、ミトがジンタの背を叩いた。


「そんなにあれを見てたいなら、とりあえずあそこに入ってゆっくり見ろって」


 ミトの指差す方向、そこには暖かそうに湯気を立たせた、温泉が溢れていた。


「あれって、温泉か?」


 今が冬で、ここが山の中のより寒い場所なのを思い出し、身震いしながらジンタが問う。


「もっちろん、あのお湯に浸かるとすっげー体が温まって疲れがとれるんだ」


 ミトが、再度ばんっとジンタの背中を叩き、温泉へと押し出す。


「入っていいのか?」


「その為にここまで来たんだよ」


 ミトが、持っていたバッグの中からタオルを出し、ジンタへ手渡す。


「お、おぉ……」


 受け取ったタオルを持ち、フラフラゆっくり湯気立つ温泉へ歩を進め、ジンタは岩陰で服を脱ぎ、温泉へと飛び込んだ。


「く~~~~~~~~~~っ」


 少し熱めの湯の浸みる感覚に、大きく声が洩れるが、それが収まると、


「きっもちいいなぁ~~~~~~~~」


 全身のチカラが一気にほぐれたように、疲れが吐き出す息と一緒に体から出ていく。

 肩まで浸かり、湯船代わりの岩に背を預け、ジンタは体をオーロラ側へと向けた。


 ――あれが世界の端。あの先はすべてを飲み込むブラックホールと化しているとミトは言った。もっとも、実際にそれを見たわけではなく、そう聞いたと言うことだけど……。


 心地よい湯にその身を浸し、ジンタはさらに考える。


 ――参った……、ここに来てさらに新たな疑問が増えたな。


 一つは、獣人化が絶対に母親の種族になること。

 これは、父親の獣人化がどんな作用も及ぼさない。つまり、子を成すのと違い、父親と母親2つの遺伝子を受け継ぐのとはまったく違うということ。


 二つ目は、獣人化はそれぞれの願望によってその形が決まること。

 種族的な観点もあるんだろうが、基本両腕の変化はパワーを、肘膝までの両手両足はバランスを、下半身の変化はスピードを求めた結果だと言うこと。


 最後に、世界の端はオーロラになっていて、その先はブラックホールのようになってるらしいということ。


「階層の世界リリフォリア、か……」


 ジンタが呟くと、


「何だよ改まって」


 ミトの声が、後ろから聞こえた。


「ん?」

「見るんじゃねぇっ!」


 振り向いたジンタの顔にミトの投げたタオルが覆い被さる。


 が、覆い被さる一瞬、ジンタの目に飛び込んで来たのはミトが体をタオルで隠す姿、しかもタオルからはみ出した部分は、ミトの白い肌だった。


「え? ちょっとミト、お前、まさか……」


 顔にタオルを被せたまま、ジンタは動揺した声で聞く。


「あ、ああ、当たり前だろ。温泉はここだけなんだ。おれだって暖まって疲れを癒やすんだからな!」


「い、いやだからって、一緒っていうのは……」


「ば、ばかやろ。じゃ、じゃあおれはお前が温泉から出るまで待ってろって言うのか……」


「そ、それは……」


 確かにそれではひどい話だ、とジンタも思い納得した。


 が、しかしだから一緒に入ると言うのは……。


「で、でも――」


「だ――――っ! おれだって恥ずかしいんだって、いいか、その顔のタオルとりあえずそれを被せておけよ? もしタオルとったら蹴り殺す!」


 ジンタ同様の恥ずかしさが垣間見えるミトの言葉は、いつもよりどこか過激だった。


 しばしの沈黙の後、ミトが語り出す。


「今回はほんとサンキューなジンタ」


「いきなりなんだよ」


「ん、んん~、なんというかさ、すげー気持ちが楽になったてーかさ、喉のつっかえみたいなもんが消えたってーか、と、とりあえず付いてきてくれてサンキューな」


 つぃっとそっぽを向く感じがミトのいる右側から感じた。


「そっか、俺も色々ためになったよ」


「そうなのか?」


「ああ、この世界の、この第一階層のいい加減な地図とか、バイトしている鳥類系種族がリゼット同様しっかり手紙を届けていない事実とか……」


「あ、あははは……、よくよく考えれば、確かにリゼットにお使いとか無理あるよな、あははは……」


「それよりミト」


 呆れ笑うミトに、ジンタは真面目な声を掛ける。


「な、なんだよ」


 さすがに少し緊張したミトの声。


「俺、階層の端であるオーロラを見たいんだが、この目隠しとっちゃダメ?」


「………………」

「………………」


 緊迫した、ジンタにはよく分からない間があり、それからミトは言う。


「とってもいいけど絶対こっち見るなよ」


「分かった」


 真剣に頷き返し、ジンタは顔を覆うタオルをとる。


 視界の隅にミトがいるのが見えるが、なるべく意識しないように正面のオーロラに意識を向ける。


「しかし、世界の端がオーロラなんて、なんて言うか出来すぎだよなぁ~」


「どういう意味だ?」


 ミトが動いたのかチャポンと湯に波が立つ。


「いやさ、もっと世界の端って言うからには断崖絶壁の底の見えない崖とか、絶対登れないような高い崖とかさ、そう言うのを思っていたというかさ」


「なんだそれ?」


 ミトが笑う。


「でも、そうだよな。ジンタに言われるまでそこまで気にしてなかったけど、確かにあの七色に光る膜の向こうってどうなってるんだろうな」


「ここからでも、向こう側は見えないしな」


 ジンタが目を凝らすように顔を前に突き出すも、やはりまだ遠いのもあるが、オーロラが光を七色に反射させ、その先の景色はまったく見えない。


「本当にあのオーロラの近くまで行ったとか言う人はいないのか?」


 む~~っと唸った後、ジンタはあきらめ悪くミトに尋ねる。


「おれも、十才の時までしかここにはいなかったからなぁ。母ちゃんならおれよりは知ってると思うけど……」


「そっかぁ、そうだよなぁ。トミさんなら知ってそうだなぁ」


「うん、なんせこの集落からほとんど出たことないって豪語してるからな、母ちゃんは」


「え? トミさんは『召喚されし者』には――」


「なってない。――いや正確には、権利がある年齢の時におれを生んだから、権利がなくなったんだ」


 ジンタの中にトミの姿が浮かぶ。確かにまだ四十才には見えないトミ、その姿はジンタから見てもまだ三十台後半、つまりミトが生まれたとき、トミさんは二十才そこそこ、『召喚されし者』としての権利は十分にあったはず。しかし、子を産んだ――つまりミトを生んだから権利がなくなったということだろうか。


「子を産むと、『召喚されし者』になる権利がなくなる、のか?」


 確かめるようにジンタが聞き返すと、ミトが頷く気配をさせ、


「ああ、そうだぜ。子を成すと召喚されることはなくなるって、常識だからな」


「そうなのか……」


 一体どういう基準で『召喚されし者』は選ばれるのか、ほとほと謎が深まるばかりだ、しかしうまく出来てるとも言えるのか。


 再度熟考していたジンタだったが、さすがにそろそろ逆上のぼせてきた。


「あ、ミト俺やばい、悪いけど先に出るわ」


「おいジンタ、いきなり立つのは――」


 言うと同時に立ち上がろうとしたジンタに、ミトが慌てたように声を掛ける。

 が、時すでに遅し、立ち上がると同時にクラクラと激しい目眩がジンタを襲う。


「お? おぉ?」


 頭がグラグラと激しく揺さぶられるような感覚を味わいながら、ジンタは大きく後ろへと倒れ込んだ。


「お、おいジンタ! ジンタっ!」


 徐々に遠くなるミトの声が途切れると同時に、ジンタの意識もぷつりと切れた。



 次にジンタが目を覚ました時、素っ裸の上にタオルを数枚掛けられた格好で温泉の外に寝かされていた。

 もっとも起きたのは寒くて目が覚めたのだが。


「大丈夫か?」


 防寒着を着込んだミトが覗き込んでくる。


「あ、ああ……、俺逆上せて……」


「……う、うん」


 返事を返すミトの頬が真っ赤に染まる。


「どうした?」


 尋ねるジンタにミトの視線が宙を彷徨う。


「おまえ……、まさか……」


「い、いや、見る気はなかったんだ! ただ、俺もすっげー慌ててさ、そしたら必然というか、偶然というか、突然というか、目に入ったというか、飛び込んできたというか…………」


 耳まで真っ赤にしたミトが色々な意味合いを込め真下へと俯く。


「そっかぁ……。まあ俺も悪いし、そのなんか変なもん見せてごめん」


「い、いや、おれの方も、なんか見ちゃってごめん」


 二人はとりあえず互いに謝り続けた、真冬の温泉前で。



 気持ちを切り替え、集落へと戻った二人にトミとミコが優しい笑顔で出迎えてくれ、美味しい夕食まで用意していてくれた。


 食後、ジンタはトミに尋ねた、オーロラの向こう側のことと、出産をするとエルフの召喚の権利を失うことを。


 それに対するトミの答えは、


「そうねぇ、オーロラの手前まで行った人は正直聞いた事ないわね。私自身も行こうとしたことはあるけど、なんというか近づくとイヤな感じになって、結局あまり先には進めなかったわ。召喚に関しては、元々の喚ばれる率の低さもあるから、正確かどうかは分からないけど、確かに出産をした女性は、その年から4月の召喚の儀の集合に参加しなくてよいことになってるわね」


 とのことだった。


 結局、新たに謎が増えただけで、解決出来たことはなかったが、それでもジンタもミト同様に懐かしい気持ちと満足感を味わう良い休養となった。




 次の日の早朝、ジンタとミトは集落の入り口へと来ていた。

 見送りはトミと、まだ完全に目を覚ましていないミコの二人だけ。


「色々ありがとうございました」


 ジンタが「帰りの荷物だよ」と言いトミに手渡された大きなリュックを背負い、頭を下げる。


「母ちゃんありがとうな、元気でな」


 ミトは、いかにも普段通りを装って軽く手を上げるだけだったが、トミはまだ目を擦るミコを地面に降ろし、ゆっくりとミトに近づき優しく抱きしめた。


「まったく、あんたって子は……。顔を見せに帰ってきてくれたこと、私は本当に嬉しかったけどね。――でもね、それでもあんたはこの集落から選ばれた立派な『召喚されし者』なんだ。母ちゃんの自慢の娘なんだよ、それをこれからも忘れるんじゃないよ」


「…………うん、ありがとう……ほんとにありがとな、母ちゃん」


 ミトが帰ってから、きっと一番こうしたかったのだろうトミの想いが、ジンタにも溢れてくるのが分かった。


 そして、きっともっともっと一緒に、ずっと一緒に居たいという気持ちも……。


 ミトは大粒の涙を溢しわんわんと大泣きし、それが収まるまでトミはミトを抱きしめ頭を撫で続けた。

 一頻り泣き続けたミトも落ちつきを取り戻し、そのタイミングで二人は離れた。


 そしてトミはジンタに近づき、


「こんなワガママな子だけど、どうかよろしくお願いしますね、ジンタさん」


 深く頭を下げてくる。


「いえ、こちらこそ色々と助けられてますから、ほんとお互い様です」


 ジンタは、頭を下げるトミに何とか頭を上げてもらう。


「そうかい? そう言ってもらえると嬉しいねえ。どうだいこのままここで夫婦に、なんだったら私が嫁になっても――」


「さって、ジンタそろそろ行こうぜ」


 いつものトミに戻り始めるなり、ミトがジンタの襟首を掴み、集落の外へと振り返らずに歩き出す。


 歩き出した二人の後ろから、トミがミコに話掛ける声が聞こえる。


「さあミコ、お姉ちゃんの再度の門出だよ。元気よく「行ってらっしゃい」と言っておやり」


「うん」


 振り返らずに歩く二人にも、ミコが大きく息を吸うのが分かった。


「お姉ちゃん、行ってらっしゃい!」


 元気な弟ミコの声に、ミトは振り返らずに高く、高く、両手を上げ大きく振った。


「大丈夫か?」


 ジンタが声を掛けると、ミトは再度両目一杯に涙を浮かべながらコクンと頷く。


「ほんと色々とスッキリした。もうおれは迷わない。これからエルファスの『召喚されし者』として立派になってやる」


 決意の表れ、ミトはそう言い切る。


「そうだな、立派にマスター達を守っていかないとな」


 ジンタもミト同様に頷き、太陽が昇りはじめ明るくなり始めた空を見上げた。


 本来、『召喚されし者』に選ばれた者が、生まれ故郷に足を踏み入れるのはタブーで危険だそうだが、このアルミラージの集落では、ミトもジンタもゆっくりとさせてもらえた。


 それはきっとトミがジンタ達の見えないところで必死に動いて、説得してくれてたのだろう。

 それでも、今日の朝までが限界だったのだろうが……。


 ジンタが分かるぐらいだから、きっとミトはもっとその辺りのことを理解してるに違いない。

 ジンタが視線をミトに向けると、ミトもジンタを見ていた。


「ジンタ、あのよ」


「なんだミト?」


「とりあえず帰りはさ、強化魔法使ってさっさと帰ろうぜ」


 来た時の災難な道のりと、早く今の家族達に会いたいという気持ちがジンタにも分かった。


 だからジンタは、大きく頷き、


「ああ、そうだな、それがいいよな絶対」


 強く賛同した。

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