親心とやっぱりと
次の日、トントントンと小気味よい包丁の叩く音を聞きながらジンタは目を覚ました。
まずジンタの視界に映ったのは大の字になってへそを出し大口を開けて寝ているミトの豪快な姿と、その横で丸くなりすやすや寝ている弟のミコの姿だった。
「む~~実に豪快な寝顔だなミト……」
思うわず口から漏れる感心とも呆れとも取れる言葉。
ジンタはゆっくりと起き上がり、小気味よい音と鼻孔をくすぐる匂いを運んでくるキッチンへと目を向けた。
「あら、まだ寝てていいわよ」
自分の子供でもあるミトやミコと同じようにジンタを扱ってくる気さくなミトの母親、トミの声。
「あはは、もう十分寝ました。ほんと十日以上振りぐらいの安眠を……」
ジンタがここ十日以上の苦難な道のりを、思い出すように遠い目で答えると、
「そうかい、こんなあばら家でもそれぐらいの役には立ったかい。ほんと良かったよ」
満足そうな顔でトミは笑った。
数秒の沈黙の後、小気味よい包丁の叩く音が止まり、トミがもう一度ジンタに振り向き、
「ジンタさん、この子――ミトは本当にマスターであるエルフの方と、その他の家族達とうまくやってるんです?」
ここに来て初めて見せる、トミの我が子を心配する母親の顔。
いつもの気さくな感じとは違い、その声音にはトミの今の真実、ミトを心配する気持ちが詰まっているとジンタにも分かった。
だからジンタは適当にではなく、真摯にトミに向け、
「ミトは、本当に良い姉貴肌でまだ若いマスター達と、自分と同じ若い『召喚されし者』達を引っ張ってますよ。もっとも時々暴走していますが……」
と伝えた。
トミは嬉しそうに笑み、
「そうですか……。この子はほんとに……、私が喚ばれるのはまだまだ先だと安心しきって何にも教えてあげられない内に……、異常なほど早くここを去って行ってしまったから……。幸運な事だと分かっていてもねぇ……。お腹を痛めた私としちゃ、ちゃんとやれてるか、迷惑を掛けていないか、本当に心配だったんですよ。手紙も来なかったしねぇ……。もっとも、この子が字を書けるなんて露にも思ってなかったけど」
ミト同様の茶色い瞳を潤ませたトミは、恥ずかしくなったのか、ジンタの視線から逃げるようにキッチンへと向き直り、また包丁を動かし始めた。
トントントンと響く包丁の音が、さっきよりさらに軽やかに聞こえるなと思いつつ、ジンタは遠くを見つめ、
(そうか……。やっぱ手紙はちゃんと届いてないんだなぁ……)
頭の中で、一人のハーピーの娘の顔と、二本のアホ毛を思い浮かべた。




