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ラペンでは……

 ジンタ達が旅立って十日目。


 どれ位の日数で戻って来るのかを完全に聞き忘れていたイヨリは、不安と焦りで我慢の限界を迎えていた。


「あの雪目さんにエルファスさん。ミトさん、――とジンタさんはどれ位で戻ってくる予定なんです?」


 にぎやかな夕食中、不自然にならないよう気を付けながら、ものすごく不自然に頬を引き攣らせエルファスと雪目に尋ねた。


「「…………………………」」


 イヨリの質問と同時にリビングは静まり返った。


 イヨリの隣に座り緊張で真顔になったミリアの、その隣に座るエルファスと、さらに隣に座る雪目は一瞬体をビクッとさせ、ゆっくりと互いを見る。


「え、え~~と。あ、あと数日だと思うんだけど……」


「え、ええ、ただ、ミトさんも最初で最後の里帰りですから……」


 イヨリと目を合わせず、二人は歯切れ悪く答える。


「そ、そうですよね、ははは……。遅くてもあと数日ですよね。ふ、ふふふ……」


 不自然に笑みを挟むイヨリ。



 さらに三日後。


「あの、やっぱりミトさんもジンタさんも帰りが遅いと思うのですが、二人に何かあったんじゃないでしょうか?」


 朝食の席でイヨリが再度尋ねた。


 一瞬にして朝の和やかな食卓が緊張の場へと変貌する。


「え、えっと、い、イヨリさん……」


 イヨリには目を向けず正面を向いたまま、緊張に声を詰まらせつつエルファスが口を開く。


「はい?」


 にこやかな笑みで返事をするイヨリに、エルファスはゴクリとツバを飲み、


「じ、実は……」


 自分達もミトの里帰りの行程こうていを知らないと吐露とろした。


 何度かどれくらいになるかと、ミトに尋ね聞いたが、その都度ミトは「そんな遠くない、すぐだよすぐ」と言って、役所でもらってきた地図を見せてくれなかったことも吐いた。


「な、なんですって……」


 イヨリの表情が百面相のように激しく変わる。

 もっとも、どの表情も良い顔になることはないのだが。


「そ、それでは、ジンタさんがいつ戻って来るかも……」


 もうミトという人名単語を省き、ジンタの名前だけを口にするイヨリに、


「は、はい……分かりません……」


 エルファスの返答に「ふぅ~~」と意識を失いかけたイヨリだが、そこは何とか踏み止まる。


「そ、それじゃあ、もしかしたらこのままジンタさんが帰ってこない可能性も……」


「そ、それはないと思います」


「ええ、エルちゃんの言うとおりですイヨリさん。ジンタさんはきっと妻である私の元へ帰ってきます」


 ジンタの意思を無視し、勝手に嫁になったと勘違いしている雪目は、目を輝かせ祈るように両手を組んでいる。

 そんな雪目は放置(無視)し、イヨリは席を立つ。


「立ち上がって、これからどうしますの? イヨリさん」


 対面のソファーに座り、話を聞きながら朝食を食べていたリカが問う。


「そんなの、私もジンタさんの後を――」


「集落の場所も分からないのに?」


「そ、それは……」


 ソファーに座りこそしないものの、イヨリはテーブルに両手を付いてうな垂れる。


「でしたらイヨリさん。イヨリさんも役所に行って地図を見みてくれば良いんじゃないです?」


 リカの隣に座るロンシャンが、イヨリに光明を示した。


「そ、そうですね。はい、では私すぐに役所に――」

「お待ちなさいな」


 動き始めようしたイヨリを、リカが鋭く止める。


「この時間に役所に行っても、一階の依頼受け場は開いてましても、二階の登録、案内部署は開いてませんわ」


「そ、それは……」


「とりあえず席に座って下さいな。今は朝食の時間ですわ、取り乱す気持ちも分かりますが、あなたのマスターであるミリア様の前ですわよ」


 リカのイヤと言うほどの正論に、イヨリは肩を押されるようにとすんと席に座った。


「そ、そうですね。取り乱してごめんなさい」


 隣のミリアに目を向けずに、イヨリはそう呟いた。



 朝食も終わり、いつものように片付けをし洗濯を済ませて、イヨリはもう我慢限界とばかりにソソクサと出かける準備を始めた。


 小学六年生である三人のエルフの若木でありマスターである三人は、この時期から卒業まで四ヶ月程、冬休み以降はほとんど登校する必要がない。


 そして今日も休みで、暇を持て余していた。

 そこに、イソイソと用意を始めたイヨリを見て、ミリアもまた、慌ただしく出かける用意を始めた。


「ミリアちゃんも一緒に行くの?」


 ミリアとイヨリの寝室で、二人の使うベットの上に座りエルファスが聞くと、タンスをガサゴソと漁っていたミリアは手を止め、


「モチロンだよ。こんなチャンスは滅多にないんだから!」


 目を輝かせて答える。


「チャンスって、今のイヨリさんの状況が?」


 どう見ても今は近づかないほうがいいように思うけど、とエルファスは思っているのだが、ミリアの言ってる意味が分からずに、エルファスは首を傾げる。


「うん、今のイヨリならきっと……」


 ニンマリと悪代官のような笑みを浮かべるミリアを見て、エルファスはさらに大きく首を傾げた。



「じゃあ行って来ます」


 返事も待たずに街へと歩き出すイヨリの横を、大きな空のリュックを背負ってミリアが付いていく。


「ミリアちゃん……。あんな大きなリュック背負ってどうするんだろ?」


 見送りに出ていたロンシャンが、急ぐあまり早歩きになっているイヨリの横で必死に小走りになりながらも付いていくミリアに、首を傾げた。


「なんか、今のイヨリさんの状態がすごくチャンスとか言ってたけど」


 隣で一緒に見送っていたエルファスが、そう口にする。


「チャンス? 今のイヨリさんが? 僕は逆にちょっと怖いような……」


 だから一緒に行かなかった、と言うようにエルファスに向け首を振る。

 エルファスもそれは私も一緒だ、というように首を縦に二度上下させた。



        ※※※※※※※※



「アルミラージの集落までの地図を下さい!」


 役所の二階、その受付までノンストップで進んで、イヨリが受付に座るエルフ女性の顔の前まで顔を近づけ、鼻息を巻いて吠えた。


「え~っと、マスターミリアリタさんの『召喚されし者』であるイヨリさんですよね?」

「はい、そうです!」


 答えるイヨリの隣では、ちょうど受付の台の高さいっぱいの位置で目を輝かせたミリアがうんうんと頷いている。


「確かイヨリさんの種族はゴーレムじゃ――」


「そうですが、今はアルミラージの集落までの地図が欲しいんです!」


 今にも受付の中にまで潜り込んで来そうな勢いのイヨリに、頬を引き攣らせ困り顔のエルフの女性は「分かりました」と返事をし、逃げるように席を立った。


 数分して、イヨリの元に戻ってきた女性から地図を受け取り、イヨリはその場で地図を開く。


「……な、なんですか、これ?」


 困ったような、呆気にとられたようなイヨリの戸惑いの声。


「えっと、アルミラージの集落の地図です」


 エルフ女性は答える。


「これが地図、ですか?」


 イヨリが両手で広げた紙を女性に見せる。


 紙いっぱいに丸が一つ書かれ、中心に点が一つ、そこにラペンと書かれ、そこから大きく右手の方、円の端の方にアルミラージ集落と書かれているだけだった。


「はい」


 笑みを浮かべる受付に対し、イヨリは戸惑いの顔のまま、


「でも、これって……。じゃあこのアルミラージの集落に行くには何日ぐらい掛かるんです?」

「分かりません」


「この場所の特徴とかは……」

「分かりません」


「集落の位置、ここで本当に合ってるんですか?」

「多分……?」


 首を傾げ答える女性に、イヨリはガックリ肩を落とした。


「これで……、これで本当に辿りつけるんですか?」


「分かりません、けど手紙を配達する有翼族の方達はそれでいつも行ってます」


 イヨリの頭の中で、赤い跳ねッ毛のアホ毛をピコピコさせ笑っているリゼットの顔が思い浮かぶ。


 それだけで、自分の書いた手紙が自分のゴーレムの集落、果ては母親にまで届いていない可能性が高いことをイヨリは十分理解した。


「そうですか……。分かりましたありがとうございます」


 死んだ魚のように瞳を濁ませ、イヨリは受付の女性に呟くようにお礼を言い、踵を返し、そして役所の出口へ向け歩き出した。


 どこかボー然と歩き出したイヨリの横に、大きな空のリュックを背負ったミリアが当然のように隣を歩き、


「イヨリ、ジンさんはきっと大丈夫だよ。すぐ帰ってくるよ」


 励ましつつ、イヨリの手を握る。


「…………ミリア」


 まず握られた手を見つめ、イヨリが感極まった声でミリアを見た。


「だからイヨリ。いつジンさんが帰ってきてもいいように、いっぱいお菓子を買って帰ろう!」


 キラキラと金色の瞳を輝かせ、ミリアはイヨリに提案する。


 普段のイヨリなら、そんなミリアの計略など一蹴するような提案だが、今日のイヨリはここ十日以上のストレスもあり、弱り切っていた。


 結果、


「そう……、そうね……、お菓子いっぱい買って帰りましょうか……」


「うんっ!」


 元気よく返事をしたミリア。イヨリと繋いでない方の腕が「やった!」というようにガッチリとガッツポーズをしていた。

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