旅の始まりと地図と不安と
次の日の朝、全員が朝食を食べに家に来ると、ミトの里帰りの件、そして付き添いでジンタが一緒に行くこと、その話を全員の前でエルファスが告げた。
そして、二人が里帰りしている間、雪目とエルファスの二人はこの家でミリアとイヨリの二人と一緒に生活することも発表した。
ミトは呆気にとられ、リカは「そうですか」と興味なさそうに答える。
ロンシャンはそれを聞き、
「だったら、僕達三人もミトさんとジンタさんが帰ってくるまで、この家で一緒に生活してもいいかな?」
目を輝かせ提案してきた。
「ロンシャン様!」
それにはさすがのリカも驚きの声を上げる、しかしロンシャンはそれを手で制止し、
「だって……、ジンタさんの部屋も空くんですよね? 僕一人で部屋を使うの初めてなんです」
ワクワクした顔で答えた。
「俺の部屋……。まあ使ってもいいけど、何もないぞ?」
「はい! それでも一人部屋に憧れてて」
「えへへ」と年相応な笑顔を浮かべ、嬉しそうに頭を掻くロンシャンに、リカはすっごく悲しい顔で瀕死のような声を絞り出す。
「ろ、ロンシャン様……、私とご一緒に寝るのはそんなにイヤなのですか?」
「別にイヤじゃないけど、それでもやっぱ一人でって言うのは何かわくわくしちゃって」
ロンシャンが満面の笑みで言うと、雪目が、
「それすごくよく分かりますよ。私もジンタさんの部屋で帰りを待つのかと思うと――――、はぁはぁ……」
死んだ魚のような目の雪目の瞳孔が大きく開き、息継ぎを荒くさせジンタを凝視する、ジンタは身震いしながら、
「ロンシャン、お前が俺の部屋を使え、いいか絶対に誰も部屋に入れないでくれ!」
ロンシャンに懇願する。
「リゼットは? リゼットも一緒にここに住むか? それともミト達と一緒に行くか?」
「いえ、リゼットさんはここでお留守番を――」
「それが何より一番の仕事ですから――」
エルファスとイヨリが、これ以上の混乱を避けるため説得した。
「そうか、リゼットお留守番だな」
頷き、リゼットは目の前に置かれた目玉焼きを一気に口に入れた。
全員がそれぞれに納得した後、エルファスが隣に座りまだあ然としているミトを見つめ優しい声で、
「一杯お母さんに甘えてくるといいよミト。だってミトは昔も今も十分お子ちゃまなんだから」
今までの感謝が一気に吹き飛ぶような、余計な一言を笑顔で放った。
――ピシッ
ピクリとも動かなかったミトのコメカミに瞬時に血管が浮かぶ。
「エ~~ル~~ファ~~ス~~」
地に響くような声を出し、ゆっくりと動き始めたミト。
ミトの逆鱗に触れたエルファスは、その後当然のようにコメカミグリグリをいつもの倍以上の時間を掛けて丁寧に喰らった。
発表から数日後、ミトとジンタ、二人がミトの生まれ故郷へと出発する日を迎えた。
冬の、まだ日が昇り始める少し前の時間。
一番暗く寒い時間だ。
部屋の中の明かりが、そこにいる全員を照らす中、
「これ、二人分の朝食とお昼です」
誰よりも早起きしていたイヨリが、エプロン姿でジンタに弁当を手渡す。
「ありがとうイヨリ」
白息を吐きつつ、ジンタはいつもより大きな包みを受け取った。――いや、受け取ろうとした。が、どんなに引っ張っても、イヨリが弁当を持つ手を離さない。
イヨリを見れば、悲しいような悔しいような顰めっ面でジンタを見ている。
「えっと、イヨリ……」
「ハッ! ご、ごめんなさい……」
我に返ったイヨリが咄嗟に弁当を持つ手を離す。
苦笑しつつ受け取った弁当を、ジンタは今回の旅の相棒でもあるがっしりとした雌馬の背に掛けられた荷物袋へと大事にしまう。
そんなジンタの隣では、寝間着姿にコートを羽織ったエルファスが、
「ミト、道中はジンタさんの言うことしっかり聞くんだよ? 色々迷惑掛けたり無茶しちゃダメだからね?」
「わーってるよ」
お母さんのようにミトに色々と言っている。それを砕けた言葉で言い返しながら、ミトも荷物を馬の左右にぶら下がる袋に詰めていく。
「ジンさん気を付けてね」
「ジンタさん、ミトのことよろしくお願いします」
「道中、気を付けて行って来て下さい。集落は本当に危険ですから、ジンタさんもあまり気を抜かないで下さい」
ミリアとエルファス、そしてイヨリに見送られジンタとミトは馬の背に跨がる。
ここ数日、旅で馬を使うと知ってジンタは馬の背に乗る練習と手綱の操作を覚えた。
いまだぎこちなさが残るが、それでもそれなりには動かせるようになっていた。
「じゃあ行ってくる」
「イヨリさん、エルファスのこと頼みます」
ジンタとミト、二人は手を振る三人に見送られながら馬を歩かせ始めた。
「そういえばミト」
「ん?」
「雪目さんは?」
ロンシャン達は、今日の朝から我が家に泊まりに来るのもあり、今いないのは分かる。しかし雪目に関しては、エルファスとミトの二人と一緒に昨日からもう我が家で寝泊まりしているはずだった。
「ああなんかこういう時は夫を遠くから見送るのが良妻の務めだとかなんとかで、どっかの木の陰からこっそり覗いてるみたいだぞ?」
「うは……、色々大変だなあの人……」
ケラケラ笑うジンタに、
「……いや、あれお前の気を引こうとして……、――まあいいか」
ミトは言うのを諦め、やれやれと首を振った。
「さて、ジンタ、これからしばらく二人きりだけど、楽しくやっていこーぜ」
「ああ、よろしくな」
隣で馬を歩かせるミトが手の平をジンタに向ける、ジンタも手の平をミトへと向け、二人はにっと笑みを浮かべ、パンッと景気よく叩きあった。
こうして、ジンタとミト、二人での里帰りの旅は始まった。
旅に出て三日目、ジンタ達はただひたすらに東へと馬を進ませていた。
「なぁ、後どれ位でミトの生まれ故郷につくんだ?」
燻製肉と日持ちのよいパンで朝食を食べ、馬の背に跨がり三時間、一日十二時間ほど馬の背に揺られてることを考えると、三日目のこの現時点で丸一日と三時間ほど跨がっていることになる。
大分慣れてきたとはいえ、それだけ長く乗ってると尻も痛くなってくる。
つい、そう聞きたくなるジンタの気持ちも分かるってものだ。
そんなジンタの言葉に対し、ミトが集落までの地図を取り出し、かっぽかっぽと馬に揺られ十数歩してて、
「これだと後どれ位だろうな?」
と、なぜか逆に聞き返してきた。
「は?」
あんぐりと口を開けるジンタ。
「いや、この地図、なんつーかな、距離が、な……」
言い淀み、ミトが手に持つ地図をジンタに手渡した。
受け取った地図を見て、ジンタの口はさらに大きく開かれる。
「おまえ、これって……」
「いや、一応おれも役所で書いたもらった地図なんだぜ、それ?」
「いや、しかし、これは……」
ジンタは再度まじまじと地図を見る、手の中の地図には大きな丸、つまり円が書かれていて、その中心部に点が一つあり、ラペンと書かれ、そこから円の右、つまりは東に向かって線が延び、円の書かれた内側近くに再度点が書かれ「ここ」とだけ書いてある。
「おまえ……、自分の集落だろ……?」
ジンタが呆れたように溜息を吐くも、
「う……、そ、そうだけどよ。おれだってエルファスに喚ばれた時は十才だったし、喚ばれた瞬間に黒い道っつーか、洞窟? を通っていきなりラペンだったんだ。それにもともと集落からほとんど外に出たことないんだから、どう行くのかなんて……」
ミトの説明を聞き「なるほど言われてみればそうだ……」とジンタも納得した。
しかしそうなると、
「なあ、そう言えば喚ばれた後、集落に手紙を送るんだよな「『召喚されし者』になりました」って」
「ああ、そうだけど、それがどうした?」
「だったらさ、その手紙とかって一体誰が持って行くんだ?」
不安いっぱいの顔のジンタにミトは、
「ん~~、近場の、一日二日程度の分かりやすい道にある集落なら何度か行ったけど。遠い集落とかはリゼット達のような翼を持つ種族が配ってるかな、依頼として」
「え! リゼット達って……、種族ハーピー達?」
「うん、有翼族だな。ハーピーもそうだし、八咫やガルーダもいる」
「へ、へぇ~~~~」
ジンタは感心より不安なような声を上げる。
そしてアホ毛がトレードマークのリゼットの顔を思い出し、馬が歩く音、その数歩分の沈黙の後、
「なぁ……、それってちゃんと集落に手紙届いてるのか?」
と遠くを見つめたまま聞いた。
「なんかな、おれも気になってソレ聞いたんだけどさ、どうも半分ぐらいの手紙は行方不明になってるんじゃないのか、って言われたけど……」
「……半分、もか」
「届いたかどうかの確認が取れないからな。なんせ届けるやつによっては地図を渡して役所の屋上から飛び立つ段階で、地図とは逆の方向へと飛んでいくやつもいるらしいし……」
「それ……、ほんとに半分届いてるのか?」
「……分かんない。……確認しようがないから」
「……だよな」
ジンタは再度手に持つ地図を見て、
「しかしこの地図……、辿りつけるのか俺達……」
「…………分かんない」
移動中のトラブル以前の問題に、多大な不安を積もらせ二人は黙った。
以降、昼飯までの間、二人はおとなしく馬の背に揺られて東への道を進んだ。
いつ辿りつくとも知れないミトの種族、アルミラージの集落を夢見て……。




