相棒はだれ?
「ミトさんがホームシック……ですか?」
夕食後のデザートである切った果物の皿を置き、イヨリはソファーに腰を落としつつ、正面に座るエルファスに聞き返した。
夕食後、全員が自分の家へと帰る際「今日はミリアちゃんと一緒にお泊まりする」と言い張ったエルファスだけがここに残った、本当はミトに内緒でイヨリに話があるらしい。
「はい、最近ミトの様子がおかしかったので、今日の朝ジンタさんに頼んで聞き出してもらったんですが……」
「そうなんですか……、それで最近ミトさんの様子がおかしかったんですね……」
イヨリも納得したように頷く。
「知ってたんですか?」
エルファスは、まあ当然かと幾分納得しながらも尋ね返す。
「それは、いつも食べた食器を三番以内に持ってきてたミトさんが、最近は最後まで持ってこないとなれば――」
「なるほど……、ミトは食いしん坊ですからねぇ……、そうですよねぇ」
理由にしっかり納得したとばかりに、今度はエルファスが頷いた。
「しかし、ホームシックですかぁ……」
再度イヨリは呟く。
イヨリ自身、最近は――特にジンタが家族としてこの家に来てからは周りが賑やかになり全くなかったが、昔はたまにホームシックにかかる時があった。
料理がうまく出来ないときや、ミリアに対しての会話の対応などに困ったときなど、良く母親に尋ねたい、どうしたらいいのか教えてもらいたいと、何度も思ったことがある。
が、どんなにそう思っても、手紙や会いに行くのはこの世界のタブーであり非常識だったため、それを実行することはなかった。
何より、それは召喚された時の心構えとして、集落に居た時、何度も言い聞かされていたから。
だから年に一度のエルフの小学校、その初召喚の日には、いつ喚ばれてもいいように朝の段階で母親には最後のお別れのように抱きしめ合い「行ってきます」と今生の別れをしてから集合場所に向かっていったのだ。
「ミトって、エルちゃんに喚ばれた時、遊んでて集落の集まる場所に居なかったって言ってたでしょ?」
「そういえば、そうでしたね……」
昔の思い出に耽っていたイヨリも、確かにミトから昔そんな話を聞いたな、と思い出した。
確か、喚ばれた瞬間走っていて、喚んだエルファスの顔面を蹴ったとか踏んだとか……。
「それでね、実はミトって喚ばれた時、お母さんとケンカしてたんだって」
「ケンカを、ですか? ――それではミトさんはちゃんとお別れをしていないんですか?」
「うん、いつものように遊びに行こうとしたミトに、お母さんが「アナタも十才なんだから、今日からの召喚の儀、三日間はみんなと一緒に召喚の間に行きなさい」って言われて」
「でもミトって、言われるとすぐ反抗しますから「そんなの知ったことかよ、べ~~」と遊びに出かけて……」
「そこで喚ばれた、と?」
「みたいです」
「「「はぁ~~」」」
少し間をあけて、ミリア、エルファス、イヨリ三人が同時に溜息を吐く。
「なんとも、ミトさんらしいと言えばらしいですけど……」
「そうなんですよねぇ……、まったくミトですよ」
「うん、ミトに間違いないよね」
「「「はぁ~~~~」」」
再度、さっきよりより長い溜息をこぼす三人。
「それで、その話を私に話してくれたと言うのは?」
イヨリも大体の事情を理解しながら、エルファスとミリアに本題に入ること促した。
「えっと、単刀直入に言うとですね――」
「ジンタさんを~~~っ私に下さいぃぃぃっ!」
それなりに勢いよく開けられた玄関の前に雪目が立っていた。
一瞬三人の目が雪目に向くも、すぐに話を戻す。
「それでですね、私と雪目はミトを生まれ故郷の集落へ一度帰ってもらおうと思ってるんです」
「つまり里帰りですか?」
「はい」
そこまでで、一度会話が止まる。
イヨリは右手、その人差し指と中指を唇に当て、何か思案するように首を傾げる。
この世界、リリフォリアでは召喚者であるマスターを集落に連れて行くのは、とてつもなく危険な行為なのだ。
理由はこの世界の現状の召喚率に起因している。
この階層世界であるリリフォリアその第一階層において、すべての獣人化出来る人々は、マスターであるエルフに召喚されなければほぼ三十才で、胸に埋まっている獣人石の輝きが失われ獣人化が出来なくなる。
それは我が身の半身以上を失うほど悲しい出来事だ。
しかし、『召喚せし者』であるエルフの若木である子供達の数は、このラペンの小学校に通っている多くて三百人程度、一人が『召喚されし者』である獣人化出来る家族を喚べるのは第一階層に居る間で二人まで、つまりマスター三百人に対し六百人ほどしか喚べないのだ。それはどう見積もっても獣人化出来る召喚されるのを待っている『召喚されし者』の予備軍の人数より遙かに少ない。
結果、獣人石が輝きを失う三十才になるまで喚ばれない人も多くいる。
喚ばれた者にしても、集落全体で英雄的な扱いで見てもらえる。が、それでも全員が全員そう見ているわけでも、見られているわけでもない。
召喚され始めは祝っていても、自分より集落の年若い者が『召喚されし者』になった時、喚ばれず年を重ねた者は喜びよりも憎しみや恨みを持ってしまうものだ。そしてそれは召喚したマスターにも向けられる。
この世界の決まりとして、『召喚されし者』は喚ばれて落ち着いた後、一度だけ手紙を集落に送る「無事マスターに喚ばれました」と報告をし、居なくなった理由を教える為に。
しかし、その際でもマスターの名前は手紙には書かない。マスターの名前を知ることで恨みがマスターに向くのを恐れるためだ。
それぐらい慎重な対応なのだ。
それを、マスターである召喚者を集落に連れて行く、などもっての他。
そんなことをすれば、どんなに危険と言われる場所へ赴くよりも、危険なことになる可能性が高い。
小さい頃お世話になった、優しかったお兄さんのような人やお姉さんのような人が、血眼になってマスターを襲い「いますぐ俺を召喚しろ!」「早く私を喚べ!」と掴み掛かってくる可能性も大いにあるのだ。
『召喚せし者』である若い苗木のエルフ達の召喚の儀が喚びたい人、目の前の人を喚べないと知っていてもそうなるのだ。
そして最悪は、マスターを手に掛けることだって……。
それほど危険な場に、ミトはホームシックに掛かったとはいえ、マスターを、召喚者であるエルファスを連れて行くと言うのだろうか……。
「あの、イヨリさん、色々考えてるところ申し訳ありませんけど――」
イヨリが眉間を寄せ考え込んでると、エルファスがすまなさそうに声を掛けてきた。
「あ、はい?」
「えっと、ミトの里帰りなんですが、私は行きませんよ?」
笑みを浮かべ自分を指差し、エルファスが告げる。
「え?」
イヨリはきょとんとエルファスを見る。
「じゃあ、ミトさんの里帰りは……?」
「それに付いて、イヨリさんにも許可を頂きたく話を聞いてもらってるんです……」
申し訳なさそうに、エルファスが一度ペコリと頭を下げ、
「さっき雪目が言ってたジンタさんを下さいと言うのは少し当たっていて……」
「え?」
やや上目遣いに金色の瞳を向けてくるエルファスに、イヨリは意味が分からず声を漏らす。
「えっと、ミトの里帰りの相棒としてジンタさんを付き添わせたいなぁ~と思ってるんですけど……」
「……はい?」
再度イヨリは困惑の返事をし、今キッチンの奥にあるお風呂場で気持ちよさげに歌い、湯に浸かっているであろうジンタの方へと一度首を回し、もう一度エルファスを見て、
「ジンタさんを……?」
と、尋ね返す。
「はい、私達、私と雪目とミリアちゃんとロンシャンくんの四人、――とリゼットも交えて話をしたんですが……その結果ジンタさんが一番無難――い、いえ一番適任ではないかと……」
「ジンタさんが……?」
理解が追いつかず、呟くようにイヨリが口を動かす。
「そうだよイヨリ。私達で話をした結果なんだからね?」
ミリアもソファーに両膝を立て、イヨリと同じ顔の高さで、顔を近づけ目線を合わせる。
「ミリア……、どうしてその結果に?」
「えっとね――」
ミリアがどうしてだっけ? と眉を顰める。
「それは私がお話しましょう」
扉を空けてから今まで、完全に無視され続けていた雪目がエルファスの隣に座り、切り出した。
「まず本来であれば、私とエルちゃんが同行しなければいけないのですが、それはダメだと、危険過ぎると私も皆さんもすぐに結果をだしました。それならばミトさん一人で帰らせる、と言う案もあったんですが、それも迷子の危険性が通常の危険に追加され、より難易度が高くなると却下され、ではどうしましょうと色々と話をした結果、ジンタさんが選ばれまして」
あからさまにはしょりすぎて、どうしてそうなったのか分からず、イヨリはつい口を開く。
「えっと、色々の部分をもう少し詳しく……」
「あ、やっぱり気になりますよね?」
雪目は、テーブルにある切った果物を一口、口に入れる。
「まず私が一緒にというのは当然エルちゃんを一人には出来ないので却下でした」
「それは分かります」
イヨリも頷く。
「次にリゼットさんですが、二人は違うと言い張ってますが、あの二人はかなり仲が良いのでどうだ、となったんですが……」
「はい……」
「これは一緒になると一人の時より、余計に迷子になるか、最悪別々での迷子、二重遭難になるのが落ちではないかとなりまして……」
「は、はぁ……」
期待通りの答えにイヨリも頷くしか出来ない。
「次にリカさんなんですが……」
「…………」
「「ロンシャン様を放って置いて、私がミトさんと一緒に行くと思いまして?」と言われるのが落ちだと……」
「い、言われますね、きっと……」
イヨリにもその光景がまざまざと想像出来るため、これも頷くしか出来ない。
「そうなると残っているのは……」
ちらりと雪目がイヨリに目を向け、その後イヨリの後方、キッチンの奥にある風呂場へ向け腰を浮かしかける。
すぐエルファスが、雪目を引っ張り落とす。
そして一呼吸おいてエルファスが続きを語る。
「え~と、それで残りはイヨリさんとジンタさんなんですが……」
「は、はい」
「まずジンタさんからいきます?」
「い、いえ私の方から、なぜ私ではダメなんです?」
「イヨリ! そんなの簡単だよ!」
隣のミリアが再度勢いよくソファの上に立つ。もっとも今度は膝立ちではなく靴を脱いで立ち上がったため、イヨリを見下ろす形に、
「だって、イヨリが一緒に行っちゃったら……、行っちゃったら……」
ミリアの声が悲しそうに詰まる。
「み、ミリア……」
そうだ、私はミリアの最初の『召喚されし者』でお姉さんなんだ。そんな私が数日とはいえ、ミリアの前から居なくなったらきっとミリアも――――。
「だれが……誰がご飯作るの?」
悲しい顔のままミリアが告げた。
「はい?」
イヨリがより平目になってミリアを見上げる。
「だから、イヨリがミトと一緒に行っちゃったら誰が私達のご飯やおやつ、掃除や洗濯してくれるの?」
「…………」
ある意味で正論ではあるが、どこか斜め的な回答にイヨリの口は塞がる。
「イヨリはわたしたちにとってお母さんなんだからねっ!」
グサリと突き刺さる「お母さん」という言葉に、イヨリはテーブルにそのままゴンと伏し、絞り出すように口を開く。
「……えっと、それでジンタさん?」
「はい、結果的と言いますか、消去法といいますか……。――私だってジンタさんと二人で……」
雪目が、どこか悔しそうに答える。
「そうですか……、それで選ばれたのなら、まぁ……。――それについてジンタさんはなんと?」
「まだ聞いてません」
「まだ聞いてないよ」
エルファスとミリアが同時に答える。
「まずはイヨリに許可を取ろうってなったから、ジンさんにはまだこの話をしてないよ」
「え? でも、それは順番が逆じゃ――」
言い掛けるイヨリの横で、ミリアが腰に手を当て見下ろしながら、
「だって先にジンさんに言っても、きっとイヨリに聞かないとって言うに決まってるもん」
「そ、それは……」
「イヨリはOKでいいんだよね?」
「ま、まあ、そのほんとは……あまり感心しませんが……」
「いいんだね!」
「は、はい……」
ミリアに押し込まれるようにイヨリは腑に落ちないながらも返事をした。
「それでいいの! ジンさんとイヨリは少し離れた方がいいんだよ!」
「「え?」」
まったく、とミリアがソファーに立ち腰に手を当てたまま、ふんっと鼻息をまき散らす。
そんなミリアを、エルファスと雪目が好奇心丸出しの目で見上げる。
「ミリアちゃん、それってやっぱ二人は――」
「あの豊作祭の後から――」
「うん、そうだよ」
「キャ――――――っ!」
「ギャアアアァァァァ――――っ!」
黄色い悲鳴で頬を赤くして顔を両手で隠しながら首を左右に振るエルファスと、荒れ狂ったモンスターのようにぼさぼさの黒髪を振り回し、山姥の最後の断末魔のような叫びを上げる雪目。
「ちょ、ちょっと二人がどんな想像をしているかは知りませんが、私達は別に――、別に……」
どこか悲しげに目を逸らすイヨリ、それを見た二人は「どういうこと?」と細目をイヨリに向けてから、もう一度ミリアを見上げる。
「うん、イヨリもジンさんも、夜二人っきりになると何も話せなくなるからって、いっつも間に私を挟むんだよ。前は「早く寝なさい」ってよくイヨリが言ってたくせに、最近はお菓子とかジュースまで用意してここに居させるんだよ」
「へぇ~~~~」
それを聞いたエルファスは、小悪魔のようなしたり顔を浮かべイヨリを見る。
「二人っきりは、さすがにまだまだ先なんですねぇ」
「うっ――――」
色々と含んだ笑みを浮かべるエルファスの言葉に、横向いたイヨリの両肩がビクッと跳ねる。
「まあ、そうですか、へぇ~~、二人はまだ、ねぇ~~。それは~、まあ、ねえ?」
多大な含みを声に乗せるエルファス。
「と、とりあえずエルちゃん。それって私にもまだチャンスがあるってことよね?」
雪目はどこかホッとしているが、そのことには全員が無視。
「それではイヨリさん。今はまだジンタさんと二人きりは荷が重いようですし、もう少し色々と時間が必要ですよね? でしたら今回のミトの里帰りの件、ジンタさんとの距離感を少し落ち着いて考えるにはちょうど良いですよね?」
「あ……、う……、そ、そうです、ね……」
どこか悔しげに、しかしそう答えるしか出来ないイヨリ。
ミリアの暴露がすべてをひっくり返した。
※※※※※※※※
寒かった一日の汚れを綺麗に洗い落とし、熱いお湯で疲れを癒やしたジンタが、タオルでわっしわっしと頭を拭きながら、キッチンから歩いてきた。
「いや~~。いいお湯だった」
「あ、ジンさん出たんだ。じゃあ次は私が入るね、エルちゃんも来るでしょ?」
「うん、ミリアちゃん先入ってて、すぐ行くから」
ジンタの横をミリアが着替えを持って、そそくさと通り過ぎていく。
ぽっかぽっかと湯気の立ち上るジンタは、タオルを首に掛け自分の定位置でもあるイヨリの隣に腰を下ろした。
ふ~~、と再度の心地よい息を吐き出し、その場のちょっとおかしな雰囲気に気付く。
隣で俯いたままのイヨリ、そして正面に座るエルファスの含みのある笑み。
ミリアは早々に風呂場へと逃げ、雪目はうっとりと湯上がりのジンタを見つめ妄想している。
「えっと……何かな?」
頬を掻き、ジンタが呟くようにエルファスに尋ねる。
「実は~ジンタさんにお願いがありまして~」
「え? またミトに何かを聞け、とか?」
今日の朝、依頼へと出かける前にミトと二人きりの状況を作られ、ホームシックなのを聞き出したのはジンタだ。また何かをやらされるのだろうかと不安にもなる。
「実は、ミトの里帰りの件なんですが……」
「里帰り? ミトの?」
「はい。それで頼みというのは、そのミトの里帰り、ジンタさんが同行者として一緒に行ってくれませんか?」
「俺が? ミトと二人で?」
笑みを浮かべたままのエルファスに、ジンタは自分を指差し驚きの声をあげる。
「はい、ジンタさんがミトと二人で、です」
「……えっと」
声を出すのが先か、目を向けるのが先かのタイミングで、ジンタはイヨリを見た。
イヨリは話の間もなぜか俯いたままだ。
「イヨリさんもいいって許可を出してましたよ、ジンタさん」
不気味なほど、笑みを張り付かせたままのエルファス。
「そうですよね、イヨリさん」
エルファスに声を掛けられ、一度大きく体をビクッとさせた後、ギギギっと音が聞こえるほどのぎこちなさで俯いたままのイヨリの顔がジンタへと向く。
「え、ええ、い、いい、です、よ。行って来ても」
「――ひっ!」
もう色々と引き攣って、顔の何カ所かがヒクヒクと動きながら、如何にも納得はしきれてませんと言うようなイヨリの顔に、ジンタは短い悲鳴を上げ軽く仰け反る。
「あ、やっぱ行かない方が――」
ジンタが、ガクガクと震えながら断ろうとした瞬間、
「二人っきりにさせちゃいますよ? いいんですか?」
エルファスが、ポツリと囁くように呟く。
「へ?」
それだけでは何のことか分からないジンタに対し、イヨリは再度ギギギと音を上げ、ジンタを見たまま頭を持ち上げる。
そして、さらに引き攣りながらも必死の笑顔でジンタを見、
「ジンタさん、行って来るといいですよ。今回はそれが一番だと、私も思いますから……」
「…………は、はい」
あまりの恐怖にジンタが震えながら頷く。
「じゃあ決まりですね」
笑顔のままのエルファスが両手をパンッと鳴らす中、ジンタは見た。
唇を強く噛みしめるイヨリの姿を。




