ミト 恋煩い……?
「はぁ~~~~~~~」
暖炉からパチパチと火が灯り、暖まったリビングの大窓の前でイスに座り、頬杖しながら冬のどんより雲を眺めて、ミトが溜息を漏らす。
「これでもう十一回目だよね」
「うん、もう私は数えてないよエルちゃん」
「一体どうしたのでしょう?」
「リゼットも分からないよ。でもミトは息してるよ」
いつものように我が家で、エルファスとミリア、そして雪目とリゼットが十人以上が座り食事をしてもまだ余裕がありそうな長方形のテーブル、その左右に置かれた四人は座れるソファーに腰を落ち着かせ、一人離れイスに座るミトを見ながら、小声で話をしていた。
現在この家の中には五人しかいない。
イヨリは買い物へと出かけ。
ジンタは、収入を得るための依頼を受けに行き、
リカはロンシャンが調べたいことがあると言い学校の図書室へ行くと言うので「ではご一緒しますわ」と一緒に出かけていた。
そんなわけで今、この家の中では一番の最年長は雪目だが、発言力と立場的にはミトが一番なのだが……、そのミトがここ最近元気がない。
「ミトのあの症状っていつからだっけ?」
ミリアが向かいに座るエルファスにテーブルから身を乗り出し、内緒話のように小声で聞く。
「ん~~、本格的に気付いたのはここ三日ほど前からだと思うけど……」
「そうですねぇ、顕著に出始めたのはそれぐらいですが、私が思うに様子がおかしいと思い始めたのは二週間前の豊作祭の後、辺りからですかね?」
「そういえば、確かにあの辺からミトって徐々に私達と遊ばなくなってきたよね?」
「そうかも知れないぞ」
四人はテーブル越しに身を乗り出し「ん~~~~」と唸った。
その時、窓の外を見ていたミトが急に立ち上がった。
全員がビクッとテーブルの上で身を固める中、ミトはどこか上の空的にフワフワとした足取りで外へと出て行った。
「ちょっとちょっと、やっぱミト変だよ!」
「そうでしょ? ミリアちゃん、あれどう思う?」
「私が思うに、あれはきっとコイではないでしょうか?」
「雪目、コイって池にいるのか?」
「ええ、ええ分かってますよリゼットさん、あなたはそういうボケも天然で行ってることは。だから私はあえて突っ込みますが、その鯉ではなく人を好きになる方の恋です」
「何だってっ! ミトは今まで人好きになったことないのか? リゼットは、一杯、いっぱい、イッパイ好きだぞ! ロンシャンもリカも……………………あとあと???」
「ええ、ええ、本当に分かってますよリゼットさん。頭使いすぎると、止まっちゃうんですよね。――ちょうど良いので今はそのまま黙ってて下さい」
思考フリーズしたリゼットのアホ毛がねじ巻きのようにクルクル回るのを見て、残った三人はリゼットから目を離し、話を続けていく。
「ねね、それでそれで雪目、ミトは一体誰に?」
一番嬉しそうに雪目に聞くエルファス、
「そうですね、ミトさんで一番身近な男性と言いますと……」
「ジンさんだよね?」
「だよね?」
「そうなりますよね~」
三人が小首を傾げる。
「「違うかぁ~~~~」」」
ミリアとエルファスが一瞬だけジンタに恋するミトを想像し、それからブンブンと首を左右に振り笑いい始めた。
そして雪目も「それは困りますからきっと違うと思います」と結露付けた。
「じゃあさ、私達だけで考えても分からないから、思い切ってミトに聞いてみる?」
「「ええ――――っ!」」
ミリアの言葉に、嫌そうな顔をするエルファスと雪目。
「な、なんでそんなにイヤそうな?」
「だって、ああいうときのミトって、何か変な事聞くとさぁ~~答えてくれない上に、こう、コメカミをねぇ、グリグリってしてくるんだよ。しかもさ、その時の気分でその強さが変わるから……、今の感じだときっとすごい痛いグリグリだと思うよ……」
「私はグリグリはされませんが「雪目には関係ない」と冷たく虚ろな瞳で言われるんですよ……、あれ意外と胸に突き刺さるんですよねぇ」
二人は言い終わると「はぁ~」と溜息をこぼした。
「そ、そうなんだ。じゃあ、じゃあさ頼みやすいしきっと断らないジンさんに頼もうよ」
「「おぉ~」」
ミリアの案にそれだというように頷く二人。
※※※※※※※※
「ただいま~~」
夕刻、本日の依頼を終え家へと戻ったジンタが玄関を開けると、ミリアとエルファス、さらに雪目とリゼットが、リビングのソファーに座りながらジンタをジィ――と刺すように見つめていた。
何事かあると分かる四人の八つの視線に、ジンタは即座に逃げるため右側にある自分の部屋へと続く通路の入り口、その扉を見た。
そこにはなぜがイスが数個、通路への扉を塞ぐように置かれていた。
――最近……、逃げづらくなったよな……。
前はこういう時よく着替えと称し部屋へと逃げたのだが、どうにも今日はそれもさせてもらえないようだ。と観念し、ジンタは一つ息を吐き、
「何かな?」
四人に疲れた笑みで尋ねた。
「帰ってきたばっかりで申し訳ないですね、あなた。ささ、こっちにお座りになって。お風呂にします? ご飯にします? それとも…………」
などと呟いている雪目を視界から外して、ジンタはソファーの空けられた自分の定位置の場所へと腰を下ろす。
「えっとですね、ジンタさん」
いつもならイヨリが座る場所であるジンタの隣から、エルファスがかわいい眉間に微かにシワを寄せて見上げてくる。
――エルフってミリアもそうだけど、この年でもこういう時の仕草に十分色気があるよなぁ……。
などとよこしまな考えを抱きドキッとしながら、ジンタは「どうしたエルファス?」と平静を装い返す。
「頼みがありまして……」
――モジモジとした仕草からのお願い……。これはほんとヤバそうだ……。
ますます嫌な予感を感じつつ、
「な、なんだ、改まって?」
ジンタも覚悟を決める。
「実はジンタさんに、ミトが最近何に悩んでいるのか聞いて欲しいんです」
「は?」
一瞬意味が分からなかったが、徐々に耳から脳に染み入ってくるように理解してきた。
「ミトの悩みを聞く? 俺が?」
ジンタが自分を指差し四人を見渡すと、全員がうんうんと頷いていた。
「い、いやそれならみんなの方が……」
ジンタの中では自分よりもミリアやリゼット、それに家族である雪目やエルファスの方がミトと気兼ねなく話せてるように見えている。
「普通の話ならそうなんだけど」
「そうだよジンさん、これは恋の話かも知れないんだよ!」
「そう、ジンタ。ミト恋してる!」
「そして私とジンタさんのは愛っ!」
一つ、どうでもいい発言は無視しつつ、
「ミトが恋?」
間の抜けた顔で聞き返す。
「そうなんです!」
「そうだよ!」
テーブルをバチンと目一杯叩き、その反動でソファーから立ち上がるエルファスとミリアの勢いにジンタはソファーの背に身を沈めた。
「で、なんでそれを俺が?」
ミトだって一応は女の子であり、今年で確か十六才のはずだ。ジンタが十八才なのを鑑みても女性と見ても全然不自然ではない相手だ。そんな相手に異性であるジンタが恋バナを聞いても果たして良いのかどうか……。
そんな風に考えるジンタに対し、エルファスとミリアの二人は、
「大丈夫ですっ!」
「大丈夫だよっ!」
自信満々に太鼓判を押した。
キラキラと目を輝かせた四人を前に、もう「分かった」と答えるまで離してくれそうもない雰囲気にジンタは折れた。
それからジンタも交えた五人で作戦を考え始めた。
次の日。
朝食後、全員が何かしらの用事(朝の散歩や、忘れ物をした、などなど)を理由にしてリビングから出ていった。
ミリア、エルファス、リゼット、雪目の四人は、難関な二人をどう引っ張り出すかが問題だったが。
まずリカに関しては、ミトのことをロンシャンに話し連れ出すよう頼んだ。ロンシャンは二つ返事でOKしてくれ、食事が済むとリカに「一緒に散歩しよう」と提案。
リカは見たことないほど目尻を下げ、嬉しそうに朝食を食べ掛けたままロンシャンと二人、外へと出ていった。
イヨリに関してはミリアが本領を発揮し、二人の寝室に黒いテラテラしたGなるものが出たと、イヨリに報告。
キッチンで後片付けしていたイヨリは頬を引き攣らせ、二刀流のようにハタキを持って寝室へと駆けだしていった。
結果、現在このリビングにいるのは、いつも一番に食べ終わるはずだが、みんなの言う通りどうにも思いに耽ていて食べるのが進んでいないミトと、この状況を作るため敢えて遅く現れ、最後に朝食を食べ始めたジンタの二人だけだった。
イヨリの作った目玉焼きの黄身をフォークで突いて視線が上の空を向いているミトに、ジンタはわざとらしい咳払いをしてから、
「み、ミト」
と声を掛けた。
が、数秒待っても返事が返ってこない。
「お~~いミト。ミットさ~~ん。ミトや」
何度もミトに声を掛けるも、虚ろな目を宙に彷徨わせ、オートで動いているような手に持つフォークがぷにぷにと目玉焼きの黄身の弾力に跳ねているだけだった。
――こりゃあ相当重傷だな……。
半目にミトを見ていると、ジンタの席から右側、リビングの大窓の下から、ミリアとエルファスがひょこっと顔だし「早く聞け」とジェスチャーをし急かしてくる。
深く俯き溜息をテーブルに落としてから、ジンタは立ち上がった。
そして、つかつかとミトの後ろへと回り、両手で拳を作る。
「ミト~~。ちょっとボ――っとしすぎじゃないか~~~~」
言いながら、ミトのコメカミに両拳を当てグリグリと押しながら捻った。
「うぎゃあああああぁぁぁ――――――っ‼」
とんでもない大きな悲鳴に、思わずグリグリしていたジンタの方が驚き、大きく飛び退った。
悲鳴が止まって二秒ほど、ギギギと音をたてミトの首が後ろへと向け、ゆっくり回ってくる。
ピタリとジンタとミトの目が合う。
ジンタはゴクンとツバを飲み、右手を軽く挨拶するように上げて、
「あ、あのなミト、食事中はしっかり食べないとダメだぞ」
八割方、恐怖し震える声でそこまで言ったジンタに対し、
「ああ、ジンタか……。――うん、そうだよな、食事はしっかり食べないとな……」
距離にして二メートルもない位置、辛うじて聞き取れるほどの呟きでミトが答え、正面へと向き直った。
――こ、これはホンモノだ……。
ミトの反撃がないことに安堵しつつも、ジンタにもみんなの心配が分かるほどの反応だった。
ジンタが、自分の席戻ると、部屋のあるドアがガチャリと開き、ハタキ二刀流のイヨリが目を血走らせ現れた。
「今、すごい悲鳴が聞こえましたが、こっちにも黒いアイツが出たんですかっ!」
キョトンとした顔でイヨリを見たジンタが、違うと言うように首を横に振る。
イヨリは「フンッ!」と鼻息を巻き、また寝室へ向かいズカズカと足早に歩いて行った。
――ミリア……。これ嘘だってバレたら、お前も相当ひどいぞ……。
イヨリの方は私に任せて、と薄い胸をドンッと叩いていたミリアを思い出す。
そしてバレたときのイヨリのお説教を想像し、ジンタはミリアに対し少し哀れんだ。
――さて……、それはそれで、こっちはどうしよう……。
ミトを見れば、またボ――っと何もない宙を眺め、今度はサラダを突いている。
――どうしよう……。
と、また溜息を吐いた瞬間、今度は玄関がバンッと強く開いた。
顔を上げ見れば、エルファスがズカズカと入ってくる。後ろにはミリアがエルファスを押さえようと腕に手を回しているが、引き摺られている。
ミトの隣まで着たエルファスはそこで立ち止まり、ミトに向かい指を突き付ける。
ぷにっとエルファスの白い指がミトの頬を突き刺し、
「ミトっ! 恋煩いはいいけど、ちょっとはシャッキリしてよ! あんたは元気だけが取り柄なんだから! 分かってるのミトっ!」
一言言うごとに、指でミトの頬をぷにぷに押しながらエルファスが吠える。
最後の一言で遂にミトのフォークが手を離れカチャンと皿を叩く。
ゆっくりとミトの顔がエルファスへ。
「恋煩い? エ~ル~ファ~ス~~。お前は何を言ってるんだ?」
ピシッと音が聞こえると同時にミトのコメカミに血管が浮く。
「あ、あれ? ミトって誰か好きな人が出来たから、最近上の空なんじゃ……?」
ビクッと身構えるエルファス。
「はぁ? ぜんっぜんちげえよっ! おれが気になってるのは……」
そこまで言ったミトは、また沈み込むように肩を落とし目を逸らす。
それを見たエルファスは、両手を大きく振り上げ、それをブンッと振り下げ、
「何よっ! 恋煩いじゃなくても悩み事でしょ? それは私にも言えないことなの? 私はミトのマスターだよっ! 家族なんだよっ! 家族は隠し事はしちゃダメなんだからっ!」
今にも泣き出しそうに赤い瞳が潤んでいる。
そんなエルファスを見て、ミトが最近よくこぼす溜息を吐く。
それから一度大きく息を吸って、
「そうだな、おれ達は家族なんだよな。だったら言うよ」
ミトはエルファスに向けていた体をテーブルに向け直し、ソファーの隣を叩き、目でエルファスに座れと合図する。
エルファスとミリア、そしてジンタがそれぞれに目を合わせ頷いて、エルファスはミトの隣、ミリアはジンタの隣に腰を下ろす。
ミトはフォークに刺さったサラダを口に入れ、三度ほど噛んだ後、
「おれが気にしてるのは、おれを産んでくれた人、――つまり母ちゃんのことなんだ」
ポツリとそう呟いた。




