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収穫祭 後日談

 ジンタは自宅の自分のベッドで目を覚ました。


 右側の窓の外、冬へと近づくこの時期でもまだ日が昇っており明るい景色が見えた。きっとお昼を過ぎた当たりか、夕刻手前ほどの短い時間だろうと予想しつつ「はて?」と首を傾げる。


 ――なんで俺自分の部屋で寝てるんだ?


 たぐり寄せる記憶の片鱗へんりんは、抱きしめたイヨリの柔らかい感触と匂い、そして少し遅れてからの激しい圧迫感と口一杯に広がる血の味だった。


「俺……」


 呟きながらベットから起き上がると、幾分腰が痛いがそれ以外は至って問題がない。

 ベットを降り、部屋を出てリビングへと向かう。

 ちょうど、お昼か夕食の準備をしてるのか、美味しそうな匂いが鼻腔を刺激し口に唾液が溢れる。

 リビングに出ると、右奥のキッチンからイヨリが飛びだしてきた。


「だ、大丈夫ですかジンタさん?」


「あ、イヨリ。俺……一体なぜここに、いやどうしてここに? 試合は?」


「あの、えと、と、とりあえずすいません」


 イヨリは深く体を直角に折り曲げ謝った。


「なんでイヨリが謝るんだ?」


 いきなりなイヨリの行動にどう接していいのか分からず、ジンタがしどろもどろにしているとイヨリが頭を下げたまま、


「あの時、私パニック中だったみたいで、ジンタさんをゴーレムの腕で、その、抱きしめてしまって……」


 ――あ、ああ……。そういえば激痛の後ゴキンって……、あれイヨリのゴーレムの抱擁だったのか……。


 理解し、自分の腰を摩るが痛みはもうない、しかもなぜかそうなる前より爽快なように感じられる、折られたついでにマッサージにもなったのか? と本気で考えてしまう。


「えっと、それで、俺ってあの後一体どうなったんだ?」


「そ、それは……」


 イヨリは申し訳なさそうに上目遣いで、試合の後の経過を話始めた。


 イヨリの抱擁で見事に折れたジンタのあばらと腰、圧迫による内臓の破損は「少しずつ直していくからしばらくは保健室で入院だ」と嬉々として語る保健医を全員で脅し(殴り)、とんでもなくイヤな顔をしながらもすぐ直させたこと。


 治療の済んだジンタを、またイヨリがお姫様抱っこをしてここまで運んだこと。

 それからジンタは眠り続け、あれか二日経ったことを教えてくれた。


「本当にすいませんでした。今回の件は全部私が――」


 また頭を下げようとするイヨリの肩を掴み、


「いや、イヨリだけが悪いわじゃないって、俺だって……イヨリならきっと分かってくれるって、勝手に思って、そして勝手に話を進めたんだから……」


「……ジンタさん」


 やや俯くイヨリが頷く。


 それを良しと受け取り、ジンタはリビングを見渡す。いつもなら誰か居ても不思議ではないのに、誰の姿もない。


「今日は、誰も居ないのか?」


 ジンタが呟くように尋ねると、


「えっと、何でも大事な用があるとかで、ミリアも含めて全員で今日は朝からお出かけしました」


「イヨリは行かなかったの?」


「ジンタさんのこともありましたが、なぜか私は来ちゃダメだと、ミリアに言い張られて――」


「それは――(グゥ~~~~っ)」

 怪しいな。と口を開けかけたジンタだったが、それより先に空腹を訴える腹の声が鳴った。

 二人は訴えを申し出たジンタの腹を見た後、同時に顔を上げる。

 今日初めて、二人はちゃんと目を合わせた。

 一瞬息を潜め合うが、それもほんの一瞬だけだった。


「「――――ぷ」」


 どっちが先、というでもなく二人は笑い合う。


 一頻ひとしきり笑い合った後、イヨリは笑いで出た目尻の涙を拭いながらジンタを「ソファーにどうぞ」と促し座らせた。


「すいません、よくよく考えればあれから二日、ジンタさんは何も食べていませんものね、夕飯の用意中ですが、すぐに何か食べやすいものを用意しますので、ソファーに座って待ってて下さい」



 まだ少し笑いつつも、キッチンへと姿を消したイヨリに目を向けつつ、ジンタは内心でホッと息を吐く。


 試合後の部分は記憶が欠落しているが、それまでの二人のやり取り、――本音の言い合いはちゃんと覚えているつもりだった。もっとも互いに興奮していたのもあり、どこか意味が分からないこと、受け取り方の違うところなどは大なり小なりあるだろうとは思うが。


 しかし、だ。どんなに勢いに乗せ、腹を割って話したと言っても、だからすべてが元通りと普通に接しられるわけではない。さっきもだが、飛び出してきたイヨリに対しジンタはドキッとし、どこか気持ちが浮ついてしまっていた。


 それを自分の腹の虫が緩和してくれたのだから、今日のところはこの食いしん坊の腹の虫に感謝しないといけないな、と軽く腹を摩り、内心良かったと安堵した。


 程なくしてキッチンから出て来たイヨリの右手には少し深めの皿があり、左手にはカップがあった。

 皿にはハチミツで漬けた果物が盛られ、カップにはこれまた甘そうな果汁がなみなみと注がれていた。


「な、なんかすごく甘ったるい組み合わせだな……」


「二日――いえ、正確には二日と半日、何も口に入れてませんから、甘いモノを食べて栄養を補給するべきです」


 ジンタの対面のソファーに座り、イヨリがピシャリと言う。


「確かにそうかもな……。じゃあいただきます」


「どうぞ」


 フォークを使い、ハチミツ漬けの果物を一つ口に入れる。

 ハチミツの甘みと、リンゴのような甘酸っぱさが噛んだ瞬間広がる。

 適度な歯ごたえと、思ったより甘すぎない感覚が味覚を刺激してゴクンと飲み込んだとき、ジンタの右手のフォークは次の果物を刺していた。


 数種類ある果物はそれぞれに美味しく、気付けば皿の中は空だった。

 少し残念そうに皿を見つつ、ジンタは果汁を飲んだ。


「……イヨリ」

「なんです?」


 食べているジンタを嬉しそうに見ていたイヨリが、そのままの笑みで返事をする。


「おかわりは……?」

「もう少ししたら夕食ですから、それまで我慢して下さい」


 これまた笑顔のままぴしゃりと言われてしまい、ジンタはハチミツの匂いが残るフォークを口に入れ、


「わかった……」


 と、がっくりしながら頷いた。



 イヨリがキッチンへと消え、代わりに聞こえてくる嬉しそうな鼻歌を聞きながら、ジンタはリビングにある唯一にしてこの家で一番大きい窓から外を見た。


 外では、まだ乾いてないのだろう少しの洗濯物が風に揺れている。

 その先に見える空は、先ほどまでの青空ではなく、赤く夕焼けに染まっている。


「もう夕方か……」


 テーブルに肘を置き、頬杖をついてジンタが呟いた。


「――――ん?」


 ぼんやり眺めていた窓からの景色、その窓の下の方を何かが通り過ぎた。


「なんだ?」


 頬杖を解き、窓の下を覗くように、立ち上がらずに上体を上へ上へと伸ばす。

 必然的に伸びるような間抜けっぽい顔にジンタがなった瞬間、


 バンッ!


 玄関の扉が勢いよく開かれた。


 伸びたような間抜けな顔のままジンタが扉へと顔を向ける。そこに夕陽を浴びてテカテカと七色に輝く四つの人影が立っていた。


「な……、なんだ……?」


 呆気に取られ開いた口と間抜け顔が加わったジンタが四人を凝視する。


 テカテカと無駄に輝く四つの影、よく見ればそれはミリアとエルファス、そしてミトとリゼットだった。

 ジンタの間抜け顔が次の段階、面白く歪んだとき四人がニッと歯を見せ笑う。


「ジンさん私綺麗かな?」

「ジンタさん、私は綺麗です?」

「ジンタっ! どうだっ!」

「ジンタ! リゼット綺麗か?」


 四人が同時にジンタへと尋ねてきた。


「お、お前等……何を……」


 頬が高速でヒクつくのを感じながらジンタが尋ね返すと、


「だって、イヨリはこれで綺麗ってジンさんに言ってもらったんでしょ?」

「そうです、だったら私達だってこれで綺麗って言ってもらわないと」

「そうだぜ、不公平ってもんだろ?」

「そうだぞジンタ」


 四人はうんうんと我勝ち取ったりのしたり顔で頷いてる。


「そ、……そういうもんか? い、いや、しかしなんだろこのグロテスク感……。綺麗と言うかなんか……」


 ――綺麗だ。


 あの時イヨリに向かって自然に洩れた言葉にウソはない、それほど神々しいと思えるほどあの時のイヨリは綺麗だった。


 しかし、今夕陽を浴びジンタの正面にそれぞれのポーズで立つ四人はどう見ても、何かが色々と失敗し、欠落してるようにしか見えない。

 とても「綺麗だ」と口からこぼれる感じが一切しない。


「どうしましたジンタさん?」


 なにごとかとキッチンからイヨリが出てくる、泣きそうな顔で振り返るジンタ。


 そこには普段着ているラフな服にエプロンを掛けただけの姿で、右手にオタマ、左手に味見用の小皿を持ったイヨリの姿があった。


 ――ああ……、なんかこれだけでも十分、目が癒やされる。


 目を瞑ると、瞼の裏――、いや恐らくは心の中まで浸食していた、四人のビジョンが粉々に飛び散っていく。

 ジンタが心の中で「助かったよイヨリ」と感謝の言葉を述べたと同時に、


「な、何をやってるんですか四人ともっ!」


 右手のオタマをブンブン振って、イヨリが怒鳴った。


「ひゃっ」とイヨリの雷に頭を押さえたのはミリアだけじゃなく、エルファスとリゼットの二人もだった。そしてなぜかミトだけはおへそを押さえている。


 鬼の形相でイヨリがズカズカと玄関へ向かう。


「ほんっっと一体どこに何しに行ってたんですか、あなた達はっ」


 ミリアとエルファス、二人の腕を掴む。


「これって、スライムの体液?」


 イヨリは、眉根をイヤそうに歪める。


「だって、イヨリはこれでジンさんに綺麗だって言ってもらったんでしょ? だったら私達だって言ってもらわないと不公平だよっ!」


 なんとなく正しいような、しかし絶対的に間違ってるようなミリアの言い分に、イヨリは頬をヒクつかせ、


「とりあえずお風呂が沸いてますから、四人共すぐに入って来なさいっ!」


 再度、雷のような叫びを放つイヨリ。


 四人は慌ててお風呂場へと走り出した。

 イヨリは疲れたようにオタマで肩をトントンと叩く。


 ――まるで、どっかの定食屋のおふくろさんみたいな仕草だな……。


 ジンタがそんな目でイヨリを見ていると、

 開いたままの玄関を閉めるため、いったん外に出たイヨリがピタリと動きを止め、動かなくなった。


「イヨリ、どうした?」


 まるで彫刻のように固まって動かないイヨリに問い掛けつつ、ジンタはイヨリの元へと近づく。

 そして、イヨリが固まったまま動かなくなっている視線の先をジンタも追う。


 ……そしてジンタも固まった。


「これで大丈夫ですわよね? ロンシャン様」


「ん、ん~……。僕はまだ女性の魅力とかよく分からないから……」


「これですか? これを体に振りかければいいんですね?」


 中からは見えない玄関の壁際でしゃがみ、恐らくミリア達が持って来たのだろう床を這うスライムを捕まえ、それを頭の上で潰し体液を体に振りまくリカと、それを手伝うロンシャン。

 そして同じように地を這うスライムを捕まえ、なぜかカチコチに凍らせてから、頭の上でガシャンとぶつけ合わせ粉々に砕いている雪目がいた。


 ――まさか、さっきの四人ではないが、この二人まで同じことをしているとは……。


 肩越しになる少し前に立つイヨリの横顔を見ると、まるで現実逃避のように沈みゆく夕陽を、輝きをなくした黒い瞳で眺めていた。


 仕方なく、ジンタもそれにならうようにイヨリ同様、遠くで沈みゆく夕陽を眺めた。


 聞こえてくるのは、リカの「これで私もイヨリさんには負けませんわ」と笑う声と「私もこれでジンタさんが振り向いてくれますよね」と必死そうな雪目の声、それらに返答をしかねて困った声で「ど、どうなんだろ?」と呟くロンシャンの声。


 さらには遠く室内の奥から、楽しそうにお風呂に入っている四人のはしゃいでる声が聞こえてくる。


 ジンタはその声を聞きつつ、夕陽が沈みかけ闇夜に近づいた景色をボー然としているイヨリと一緒に眺めながら、


「ああ、今日も我が家は平和だなぁ~」


 と、ポツリと呟いた。

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