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松の作戦とイヨリの怒りと

 力強く歩みを進め、ジンタは松と竹、それとベンジャミンのいる場所へと戻った。


「ジンタ大丈夫か?」


 松が心配そうに声を掛けてくるが、ジンタは軽く手を上げ、


「うん、もう大丈夫」


 と笑顔で答える。


「あ、あのイヨリさんは……」


 竹の心配そうな声に、


「うん、色々誤解もあって今も相当怒ってる」

「だ、大丈夫ですよね?」

「分からないけど、精一杯やってみる」


 心配顔の竹に、ジンタは頷く。


「この日のために私達は色々作戦を考えてきたんだからっ! きっと大丈夫ですですわ!」


 使い慣れない扇子で口元を覆い、おーほっほっほっと高笑いのベンジャミンに、ジト目を向けながらジンタは思いだした。


 ――そう言えば、俺が入ることで優勝がどうとか言ってたけど、その作戦って……


 ジンタはジト目のまま松に振り向き、


「なあ一体お前達の作戦って何なんだ?」


 胡散臭げに訊ねるも、帰ってきた言葉は、


「まあ、それは決勝でイヨリさん達と対戦する時に分かるって」


 見事にはぐらかされた。


「……そうか、まあそれはその時まで楽しみにしておくよ」


 しばらくジト目を向けてたが、ジンタは肺の中の息を一気に吐き出す。

 そして、かなり強めに両頬を叩く。


「だ、大丈夫ですか?」


 かなりいい音が響いたせいか、竹が心配そうな目で見上げてくる。


「ちょっとやり過ぎたかも知れないけど、これぐらいがちょうどいい」


 少しヒリつく頬を摩りジンタは試合会場へと目を向けた。


 ――松の言う作戦がなんなのかは分からないが、俺は、俺自身は……、全力のイヨリに対して目一杯の全力を出しぶつかってやる。




『豊作祭メインイベント、最強祭の決勝がそろそろ始まります。選手の方は試合会場Cへとお上がりください』


 午後に入り食事も済み、一息吐いただろう頃、決勝を告げるアナウンスが響いた。


「C会場が決勝の舞台なのか……」


 会場に向かう途中ジンタが呟くと、


「よ、予選で使った五つある会場の内、い、一番傷んでない会場が選ばれるんですよ」


 と竹が教えてくれた。


 なるほどと竹に頷きつつ、確かにあの会場はイヨリ達が使っていた。きっとほとんど相手に何もさせず勝ち残った会場だったんだろうとジンタも納得する。


 辿り着いた会場に上がると、直径三〇メートルの会場、その対面にイヨリ達はいた。


 ミトはジンタに向かい軽く手を振ると、次の瞬間には不敵な笑みを浮かべた。

 リカはジンタを一瞥だけし、そっぽを向く。がジンタには見えた、その口元が微かに動き、笑みを作ったことを。


 そして……イヨリは、一切ジンタの方を見ず、ずっと後ろを向いたままだった。


『皆様、大変お待たせ致しました――』


 マイクから盛大な声を響かせ、レフリー姿の女性が会場であるリングの真ん中へと歩いてくる。


 最強祭の会場全体が大いに震え、ジンタは耳がおかしくなったのかと思えるほど、盛大な歓声が上がる。


「あ、あれ?」


 開始前の長いうんちくを語るレフリーの言葉を、耳からだだ流していたジンタは視線を動かして首を捻った。


「ん? どうしたジンタ?」


 そんなジンタに気付いたのか、松が顔を寄せてくる。


「だから近いってっ!」


 近づいた松の顔を押し返し、


「なんかこの会場に立ってるのって、おれ達とイヨリ達だけじゃないか?」


 見渡し、疑問を口にした。


「そ、それはきっと皆さん決勝を辞退したか、よ、予選のとき皆さんがリングアウトしたんだと思います」


 答えたのは竹だった。


「辞退にリングアウト? なぜ?」


 どうしてそんなことになったのか分からずジンタが訊ね返すと、今度は松がまたまたズィッと顔を近づけ、


「それはな――ぶっ」


 近づいた顔を遠くに押しやってから訊く体勢を取るジンタに、松は少し落ち込みつつ、


「予選のときのイヨリさんの戦いっぷりを見て、みんな戦意を喪失したってことさ」


「あぁ~なるほど……」


 自分の想像を絶する規格外のチカラで自分が何も出来ないまま掴まれ、剛速球のボールのように投げられると思えば、確かにそういう気持ちになるかも知れないな、と納得もする。


「それで、実質の決勝は三対三になったわけだけど、松の作戦とは?」


 これでもまだ隠すきか? とジンタが目でも訴えると、松は「ふふん」と鼻を擦る。



『それでは今年の豊作祭、そのメインイベントの決勝戦を開始致しますっ!』



 高々と宣言されると同時に、会場を包む熱気も一気に膨れあがる。


 向かいあう、ミトとリカがそれぞれ獣人化する。

 イヨリはまだ背中を向けているが、その背中には痛いほどの殺気がみなぎっている。


 そして、そのイヨリがゆっくりとこちらに振り向き始めた瞬間、


「今だッ!」


 松の叫びが聞こえた瞬間、ジンタの体が金縛りのように動かなくなった。


「ンン?」


 体の自由だけではなく、口まで開かない。――いや、どうも違う……。

 体中の皮膚表面へと神経を尖らせ、感触を意識すればすぐ分かった。


 動けなく話せない理由、それは松のせいだ。

 ジンタを後ろから羽交い締めにして口を塞いでいる。


 しかも、そんな羽交い締めのジンタの横には竹が立ち、なんともやる気のなさそうな怖々とした感じで槍の穂先をジンタの首元に当てている。


「もう、もぐもがもごごもうもう? (おい、一体何のつもりだ?)」


 唯一自由に動く眼球だけを、精一杯に後ろに向けるようにしてジンタは二人に詰問した。


 もっとも口を塞がれているため、まともな言葉になってないが……。


「ジンタが、何を言ってるのかおれっちには分からないけど、おれっちの作戦はこれだっ!」


 自信満々にそこまで言い、一気に勝ち誇ったように鼻息をまき散らし、松は続ける。


「ジンタを人質にして、イヨリさん自身に場外に降りてもらう作戦だッ!」


「そ、そして作戦は、か、完璧です……」


 完全に誇らしげな松と、なんとなく不安げな竹の言葉に、ジンタはクラッと視界が狭まった。


 まさか、松の言っていた優勝の算段が、俺を人質にしてイヨリを自発的に場外、つまりリングアウトになってもらう事だったとは……。


 呆れすぎて遠ざかりかけるジンタの意識に、低く、冷たく、そして何より激しく震える声が響く。


「……ジンタさん。あなたは……、この後に及んでもそうやって他の人とイチャイチャ、イチャイチャしてるんですね」


 振り向ききったイヨリの胸元が激しく輝き、光がおさまるとその両の腕が岩や石に覆われたゴーレムのモノへと変わる。

 その太く、固く、大きい手の平をギュッと力強く握りしめ、イヨリはゆっくりと顔を上げる。


「さあイヨリさん、これを見ろ! ジンタはおれっち達が人質に取った。助けて欲しくば場外に――」


 意気揚々と勝ち誇ったように口を動かす松に対し、イヨリは一言、


「ふんっ!」


 鼻息の如き声を出しゴーレムの右腕を振り上げ、松と抱きしめ合い、竹と寄り添い、イチャイチャとしているジンタ目掛けて突進してきた。(誤解)


「むがむごごもごもがががむご――――ッ!」


 殺意に輝く黒い眼光を光らせ迫り来るイヨリを、ジンタは涙目で首を振り身をよじり叫ぶ。


 が、羽交い締めにしている松は気持ちよく歌うように、恐らくはずっと考えていたであろうイヨリが場外に降りることを想定したフレーズを口にしている。


「あ、ああ、あの、ま、松さん? まちゅしゃんっ!」


 ジンタの首元に槍の穂先を当てているだけの竹は松ほどに酔狂ではなく、今の状況をその目でちゃんと確認している。


 突き刺し、叩き殺すような殺意をその身に纏い、走るのが苦手なのだろう不格好に見える走り方で、しかしその威圧感は圧巻の一言で向かって来るイヨリの姿に、ジンタ以上に涙目――いや、涙を流して凝視し震えていた。


 後数歩、そこでイヨリの射程圏が確立する位置まで来ても、松は自分の作戦とセリフに酔いしれ目を瞑り語っている。

 ジンタは早送りの映像のように体をばたつかせ脱出を試みるが、ガッシリとした松の羽交い締めは見事なほどしっかり決まっており、まったく抜けられる気配がない。

 竹は、迫り来る殺意と振り上げられた大岩の如き拳に対し、口をパクつかせ懇願の涙を流している。


 イヨリの最後の踏み込み、そこから渾身の体の捻りがジンタの視界一杯に広がる。


 ――おわった……。


 動かせない体と口を押さえられたまま、そう確信したジンタだったが、


「松さんっっ! ジンタさんっ!」


 ジンタに槍先を向ける役回りだった竹が、咄嗟に防衛本能を働かせ動いた。


 気持ちよく朗読するようにセリフを語ってジンタを羽交い締めにしている松ごと、ジンタを掴む。

 松とジンタ、二人を目一杯横に押し飛ばし、自分もまるで爆発物から遠ざかるように反対側へと横っ飛びに飛んで地面に伏せる。



 ――どっっっっっごおおおおぉぉぉぉんんッッッ!



 竹が地面に伏せ、ジンタが松ごと地面に倒れたと同時に、地面が大きく波打つ。


 直後、散弾のように岩の破片が飛んでくる。


 竹は自身の髪を獣人化でハリゴン(ハリネズミ)化し、高速で飛来する石の破片をその硬質の髪で防く。


 投げ飛ばされたジンタと松は、投げ飛ばされてもなおジンタを羽交い締めにしていた松が、地面を顔から滑ったジンタの上に覆い被さる形になり、飛来する石をその背中で受け止めた。


「いだ、いだだだだ、いだっ!」


 まるで石があたるたび声を出す人形のように、ジンタの背に覆い被さる松が悲痛な声を上げる。


 さすがに弛んだ松の手から逃れ、ジンタが叫ぶ。


「お前、ほっっっんとに、ちょっと状況見てくれッ!」


「い、一体なんだ? 何が起きた?」


 気持ちよく語ってるときに、投げ飛ばされ背中に激しい痛みを受け、大きくパニクっている松の声を背中に、


「イヨリが俺達を殺すつもりで襲ってきてるんだよっ!」


 叫び教える。


「え、ええ――――――――ッッ!」


 さすがに驚きを隠せず、松がジンタの耳元で大きく叫ぶ。


「うるせぇ――――っ! とりあえず俺を離せっ! こんなんで殺されちゃ死んでも死にきれんっ!」


 覆い被さる松が状況を理解したのかは不明だが、羽交い締めにしているそのチカラがふわっと弛んだ隙に、ジンタは松の拘束から脱し、その身を起こす。


 目の前に、本来なら自分より約頭一つ分小さいはずのイヨリが、今は三倍ほどの大きさに見えるオーラを放ち仁王立ちしている。


 何とか手に持つ盾と腰の直剣を抜き、構えるジンタ。


「フシュ~~っ」


 ただ吸い込んだ息を吐き出しただけのはずなのに、その口元から高温の熱気をはらんだ煙が排出されてるように見えるイヨリ。


「お、おい、ジンタ? これ一体どうなって――」


 目の前の修羅化したイヨリに萎縮いしゅくした松が、ジンタを盾にして隠れるように背中に張り付く。

 それを見た黒い眼光のイヨリが、再度ピクッと反応を示す。


「ちょっ、おまえくっつくなっ! 俺が動けないだろ」


「だって、なんかこれおかしいだろ? イヨリさん、これマジだろ? なんか変だろ?」


 離れろとばかり体を揺するジンタに対し、必死に服を掴み離さない松。


「おかしいのはお前だッ! なんでアレでイヨリを何とかして優勝できるなんて思ってたんだっ!」


「だ、だって。イヨリさんの弱点はジンタだってっ!」


「はぁ~~っ?」


 意味の分からない言葉に、ジンタが動きを止める。


「だれがそんなこと言ったんだ?」


「え?」


 一瞬、松がチラッと対戦相手であるミトの方へと目を向けた。

 イヨリの暴挙とも取れる本気の姿に、さすがに特攻隊長であるミトも目を点にさせている。


「ミトが言ったのか?」


「うんうん。仮登録の時に会って、イヨリさんに弱点があるとしたらきっとジンタだろうって、そしてもし狙うならジンタだって」


 クリクリの丸い黒目に涙を浮かべて、松が泣きそうな声で言う。


 それを聞いてジンタは色々と理解した。

 きっとミトは、俺とイヨリが一緒に組んだ際の弱点は俺だと言ったんだ、と。


 しかし松は、それをどう受け取ったのか、例え敵対したときでも弱点が俺だと勘違いしたんだな、と。


 言葉の受け取り方のあやと言えばいいのか、松の早とちりと言えばいいのか、どことなく似ていそうなミトと松のやり取りを想像するとどこか面白いとも思えるが、今は笑っていられる場合じゃない。

 目の前のイヨリが微かに身を動かし、その口元を動かす。


「ほんっといっつもいっつも、イチャイチャイチャイチャして、私はこれでも本気ですが、あなたは私が相手では本気になれないんですか?」


 一言一言に抑えきれない怒りが宿り、ゆっくりと口を動かしていくイヨリに対し、


「い、いや。俺は別にイチャイチャなんて――――」


 空気を吸うのも苦しい状況で、必死に弁解するジンタ。


 しかし、ジンタの背中では松が必死にイヨリから隠れるようにジンタにしがみついている。

 まるで浮気がバレたときの相手の女性のように……。


 ――あ、なんだろこれって火に油注いでないかな?


 そんな修羅場の経験などまったくないジンタではあったが、なんかこれはこれで非常にまずいなぁ~と感じていた。

 それはすぐに現実のものへと変わった。


「そうですか? では私はこうしますね?」


 そう言ったイヨリは岩の腕をゆっくりと持ち上げて構えていく。そして拳を振りかぶった位置で腕を止め、一瞬ジンタに向け優しく笑みし、



「アナタを殺して、――その人も殺しますッ!」



 直後、鬼の形相をし、どこかのメロドラマよろしくのセリフを吐き、拳を振り下ろしてきた。

 ジンタは即座に背中の松を横に突き飛ばし、自分も反対側へと飛び退く。


「ちょっ、落ち着けイヨリ。普通そこは「アナタを殺して私も死にます」だろ? お前のそのセリフじゃ、ただの殺人予告だろっ!」


「いいえ、もういいですっ! もう訊きませんっ! もうどうでもいいですっ!」


 ジンタへと拳を振り回しながら、イヤイヤと首を振るイヨリ。


「ちょっと落ち着けって」


 何とかイヨリの猛攻を躱すジンタ。

 ジンタが背を向け逃げ、イヨリがそれを追い掛ける。


 二人は三〇メートルの円形リングを縦横無尽に走り回りながら、言い合いを始めた。

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