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落ち込みと立ち直りと

 まるで夢遊病のように、フラフラと体を揺らしながら歩き、ジンタはそのまま松や竹、ベンジャミンの居る場所には戻らず、ラペン最強の会場の外へと出て、近くにある誰もいない木の下でチカラなく蹲った。


 ――なんだよ、イヨリのヤツ理由も聞かずにあんなに怒ることないじゃないか。

 ――いつもは自分だって人を優先するくせに。

 ――俺だって、少しでもチカラを付けようとこれでもがんばってるんだ。


 色々な言葉が、文句が、言い訳が、ジンタの頭の中を覆い尽くす。


 しかしそんな防御壁のように増える言葉達も、さっきのイヨリの怒った顔がすべて薙ぎ倒し、きれいに吹き飛ばし、ジンタの痛く弱い部分を丸裸にしてしまう。


 ――俺やっちまったんだ、どうしよう……。


 結果、そこに行き着いてしまう。


 そこを抜け出そうと再度色々考えるが、また戻る。そんな思考のリングを脳内に形成し、木の下で蹲るジンタに呆れたような声が届く。


「はぁ~~。一体何をやってるですの? あなたは」


 聞き覚えのある声、このリリフォリアに来て一番情けないだろう顔で見上げた先には、リカがいた。

 リカは片手のサンドウィッチを口に放り込み、もう片手のサンドウィッチをジンタへ向け投げてよこした。


「次は決勝ですわ、少しでも食べておかないと、あなたじゃ私やミトさんどころかイヨリさんの相手なんて到底出来ませんわよ?」


「え……」


 一瞬、リカが何を言ってるのか分からずジンタは首を傾げた。しかしすぐに理解し、


「あ、ああ、そっか。俺も一応決勝に出れるのか……」


 右手にリカが投げて寄こしたサンドウィッチ、左手にはさっきイヨリが投げつけたサンドウィッチを持ち、ジンタは呟いた。


「そうですわ」


 リカはそう答えた後、少し逡巡し、


「正直――、わたくし驚いてますのよ」


 とジンタを見下ろし口を開いた。


「驚いた? 何を?」


 言っている事が分からずにジンタが聞き返すと、リカは目を逸らし、右手の人差し指をアゴの下へと持っていき、言葉を探すようにゆっくりと話始めた。


「そう、ですわね。まず一番驚いているのはイヨリさん――。あの方があそこまで人に対して怒るところを、私、見たことありませんわ」


 グサッとノーガード中の心臓に突き刺さるリカの言葉に胸を押さえ、


「り、リカさん……、俺にトドメを刺しに来たんですか?」


 ジンタがが苦悶の表情で返すと、


「いえ、あの方をあそこまで怒らせることが出来ることを感心してましてよ?」


 あっけらかんと真顔で再度グサリと刺し貫くリカ。


「ど、どこがです? 俺すごいショックですけど……、もう瀕死級ですよ……」


「いえいえ、私こう見えても、イヨリさんを何度も本気で怒らせようとしたんですのよ?」


「え?」


 まさか、と言うようにジンタがリカを見ると、リカはそれこそより一層の真顔で、

「ほんとですわよ? 一度でいいから本気になったイヨリさんと戦ってみたいと思いまして、何度となくそうなるように仕向けたのですが、あの人あれで結構頑固と言いますか、なかなか本気で怒らないと言いますか……」


「ああ、なんか分かります。それ」


 ムスッとした顔、どこかふて腐れた顔、そんなイヨリの顔が目に浮かぶが、どんな時でもイヨリは次にはしょうがないと笑っている顔が現れる。そんな印象がジンタにもある。


 だからさっきのは今までで一番堪えた。……いや、現在進行形で堪えているのだ。


「ですから、私この方はきっと一生本気になることはないんじゃないかと思ってましたわ」


「へぇ~~」


 なんとなく分かるなぁ~、と思いつつ、リカも良くイヨリのことを知ってるんだなぁ~と感心していると、


「それをあなたは――、ジンタさんは一瞬にして、そんな怒らないイヨリさんが違うことを証明してくれましたわ。私が出会って五年以上、どんなことをやっても無理だったことを」


 三度目のグサッと突き刺さる言葉にジンタが仰け反る。


「やっぱトドメを刺しに来たんです? そうですよね?」


 ほとんどノックアウト寸前のジンタが、涙ながらに訊ねると、


「いえ、羨ましいですわ、と思いまして」


 リカはサラッと言った。


「う、羨ましい?」


 恨めしそうな目でリカを見上げるもリカは真顔のままで頷き、


「本気のイヨリさんと、アナタは戦う権利が出来たのですよ? 私が何度そうしようと思っても出来なかった、本気のイヨリさんの相手を……」


 言われた瞬間、それって良いことなの? と思ったが、きっとリカには良いことなんだろうと、その顔を見て理解出来た。

 少しリカがの目が悔しそうに見えるから……。


「ぷっ。くはははは……」


 木に背と頭を預け、ジンタは笑った。


 そっか、そういう考え方もあるのか。俺はイヨリを本気で怒らせたんだ、誰も出来なかったことを、と。


 そう思うと、どこか悲しくもあるが、どこか誇らしげにもなれた。

 笑うジンタを見て、リカも微かに笑みを浮かべ、


「そうですわ。本気のイヨリさんと本気でぶつかりたいなら、少しでも食べておくことですわよ」


 言われるまでもない、とジンタは手の中のサンドウィッチを交互にムシャムシャと食べ始める。


 必死になって食べるジンタにリカが、


「そうですわ。普段でもあそこまでのチカラを持ってるイヨリさんが本気で襲ってくるんですわ。当然、死ぬかも知れないではなく、きっと死にますわ。あなた……」


 勢い込んで食べている手が止まり、ジンタの脳裏に浮かんだ言葉は、


 ――これが俺の最後の晩餐?


 だった。



 立ち去るリカを見送りながら、ジンタは本気のイヨリに対し、自分も全力で戦うことを決めた。


 立ち上がり、晴れ渡る空を見上げ目を閉じ、より大きく深く呼吸する。

 ゆっくりと目を開け、視線を会場に向ける――。


「………………おい」


 ぶっきらぼうに呟いたジンタの目の前に、エルフ特有の流麗な顔をした保健医がじぃーっとジンタを見つめていた。


「うむ、どこもケガはしてないな」

「残念だがまだしてないぞ?」

「うむ、しかし今年はなかなか面白い事になってるようだな」


 口の端を少し持ち上げる保健医に、ジンタはチッと舌打ちする。


「まあ、あれだな。決勝は多少のケガはしてもいいが、死ぬのだけは勘弁してくれよ?」

「死ぬ気はねぇ!」


 ジンタも言い返すが、それでも相手が本気のイヨリだとなると……、と考えてしまう。


「まあ、もう一つの方――、強化魔法の件もあるが……」

「分かってるって」


 まだ、この第一階層にいるエルフの若木である小学校の生徒達でさえ教えてられていない強化魔法を、一応こっちに来て十八才になったジンタは、今、目の前にいる保健医に教えられ使えるが、こんな公衆の面前でそれを披露するのは、見事に予選前に禁止されていた。


 言ってしまえば、所詮は豊作祭というイベントの一つで、そんな特殊な条件で覚えたことを、ジンタが使ってしまうと、色々と面倒なんだそうだ。


 だから使うのは禁止なのだが。


「まあしかしあれだな。本気の種族ゴーレムの一撃をまともにもらったら、君なんてぐっちゃぐちゃのミッチミチは確定だな」


「……おい、なんか今一瞬想像しちまったじゃねえかっ! まじ怖い絵面だったわっ!」


「私の意見としては、出来れば手を合わせずに棄権をすすめるがな」


 ジンタの非難の声もなんとやら、保健医はそう告げた。きっと保健医なりの気づかいなのだろうと受け取りつつ、


「そうなんだろうけどさ、さっきのリカさん話じゃないけど、俺はやっぱ一度イヨリとちゃんと戦うべきなんじゃないのかなぁと」


「死んでもか?」


「…………それは勘弁だが」


 ジンタが顔を顰め答え、そして続ける。


「それでも、例え一手でも本気で手合わせをしないと、きっと俺はいつまで経ってイヨリの横に立てないような気がするんだよ」


 言い終わり、細く長く息を吐き出すジンタを見つめ、保健医は白衣のポケットに手を入れたまま、ヤレヤレと首を振る。


「まあ、そういう熱血系のやり取りというのは若い者の特権なのかもしれんな」


 そう口にしながら、保健医はさらに一歩、ジンタに近寄る。

 保健医にそれ相応の、ある種二つの女性特有の膨らみがあればジンタのレザーアーマーに触れるほどの近い位置なのだが、残念だがその二つの膨らみが保健医にないため、触れることがないギリギリの位置で、


「しょうがない――。これはとっておきの愚策だが、お前に教えてやるよ」


 囁くような、耳を撫でる息と声にジンタは固まる。

 そして保健医の囁きともとれる呟きに、ジンタは驚き目を見開く。


「マジでそんなこと――」


「うむ、普通はそんな使い方しないからな。あまり知られていないが、それだとバレずに使えるはずだ」


「って、いいのか、俺がそれを使っても?」


「この場合はしょうがないだろ? 使わなければ君は確実にズタズタのミンチ確定だ。誰から見てもな」


 再度脳裏に想像がよぎり、ジンタの全身が無意識で身震いする。


「それは私も望んでいない。出来れば重傷程度――一歩も動けない君が、私の一番の要望だ。その為の妥協だよ」


 言い終わるなり、保健医はジンタに背を向け歩き出した。


「まあ、せいぜい青春と言う名の死亡フラグだけは立てないでくれよ」


 ヒラヒラと右手をちからなく振りながら保健医は立ち去っていく。


「ちっ、何だかんだでいつも色々教えてくれるんだからなぁ、あの人。まあ助かるけど……、――でも解剖は絶対ヤダけど……」


 ジンタは何とか見いだしたイヨリ対策に右拳を握りしめた。

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