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大ゲンカ

 あまりに一瞬のこと、あまりに予想外な出来事が目の前で起こり、ジンタの頭が混乱というより思考を停止した。


「今すっごいスピードで誰か飛んできたなぁ~~」


 七割ほど背中を預ける形で立っていた、隣の松が驚きの中に楽しさを混ぜたような声で訊ねてきた。


「う、うん」


 呆気にとられた顔で頷くジンタの目の前に、さっきとは別の獣人化女性が気合いの声を上げ襲いかかってきた。



「いいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃやああああああぁぁぁぁぁぁ―――――――っ!」



 しかし、また凄まじい絶叫を響かせ、さっきとは別の女性が重力を無視したように、ジンタの視界を横にスライドしながら飛んで行き、襲い来る女性にぶつかりそのまま二人仲良く場外へと落ちた。


「お、おいおい」


 一度ならまだしも二度も続くと、さすがに偶然ではないなとジンタだって思う。


 ――これは一体何が起きている?


 そんな疑問も、松とは反対側の位置、七割背中を預けていた竹の言葉で解けた。


「あ、あの一つ先の会場から、誰かが女性を投げてきてるようですが……」


 ジンタと松が竹の見ている方へと体を向けると、ちょうど灰色の太い腕が、同じほどの厚みのある女性を空を突かんほど高く持ち上げているところだった。


「なぁなぁジンタ?」

「なんだ、松?」

「あれなんだ?」

「何って……、あれは岩の腕だろ?」


 見覚えがありすぎるほどの腕だ。と付け加え、ジンタは自慢げに鼻息を吐き出した。


「ってことは、やっぱあれはイヨリさん?」

「そりゃあ、イヨリ――――」


 だろ、と松に向け自慢げに言おうとしたジンタの真横を、岩の腕に持ち上げられていた女性が悲鳴を上げ通り過ぎた……、先ほどの二人同様、恐怖の絶叫をまき散らしながら。


 通り過ぎた女性の風圧がジンタの体を撫でていく、一歩間違えればそれこそジンタを巻き添えにしていくほどの距離で。


「おいおいイヨリ……。俺まで巻き添えになっちまうじゃないか」


 あの速度の人とぶつかることを想像し、ジンタの頬に冷や汗が伝う。


「あ、あのジンタさん」

「おい、ジンタ」


 竹と松の声が同時に聞こえた直後、四度目の女性がまたジンタの横を通り過ぎた。


「お、おいおい……」


 さすがにおかしいとジンタも渇く喉から声を絞り出す。


「い、いい加減気付いて下さい。あれはどう見てもジンタさんを狙って投げてきてますよ!」


 竹に言われ「ま、まさか……」と呟いた直後、


「あぶねえジンタ!」


 松がジンタの手を引っぱり、自分の胸元へと引き寄せた。


「うっぷ」


 固いようなそれでいて少し柔らかい松の胸の感触に顔全体を受け止められ、ジンタがニヤケ顔で非難の声を上げようとした直後、


「お前、ほんとに狙われてるぞ?」


 イヨリの方をジィッと真顔で見つめていた松が告げた。


「ま、まさか?」

「来るぞっ!」


 松が、再度横にずれて手を引っ張る。

 ジンタの立っていた位置を、五度目の獣人化した女性が悲鳴を上げながら通り過ぎた。


「な、なんで?」


 疑問と同時に思考が止まり、ぼう然としたジンタの口からそんな言葉が洩れた。


「しっかりしろってジンタ」


 数瞬ジンタが動きを止めたのを見て、松が体を揺すって叫ぶ。


「と、とりあえず、会場の残りの選手を落としちゃいましょう」


 竹に言われ、頷いた松は即座に動く。


「ジンタ、お前はとりあえずイヨリさんの方を見て、飛んできたヤツを避けろよ」


 ボー然としている一人を蹴り落としながらの松の言葉に、ジンタは三度ほどコクコクと頷く。その呆けたようなジンタの視線は、さきほどからずっと変わらずイヨリだけを見つめていた。


 イヨリを見つめるジンタの視線は、そのままジンタ見つめるイヨリへと繋がっていた。

 そのイヨリは眉根を深く寄せジンタを見つめたまま、会場に残る最後の対戦相手をガッシリと掴み、持ち上げた。


 イヨリに持ち上げられ、恐怖で泣き叫ぶ女性の悲鳴じみた声に、リカとミトがやっと我に返ったのか、イヨリを必死で押さえ込んで何か叫んでいる。

 二人の対応のおかげか、何とか落ち着いたイヨリがゴーレム化した大きな手で掴んでいた女性を下ろすと、女性は腰を抜かし四つん這いのまま試合会場から転げ落ちた。


 それによりイヨリ達のいる会場にはイヨリとリカとミトの三人だけとなり、決勝への切符が決定した。

 ジンタは、そんな決勝が確定した三人の姿を見ても「おめでとう、さすがは3人だ」とお祝いする気持ちも忘れ、ボー然とまるで遠いところのお話のように、その会場を見ていた。


 イヨリ達三人は、試合会場で何やら少し話をした後リングを降りた、存在に気付いてるはずのジンタを見向きもせずに。


「イヨリ……?」


 イヨリの姿が消えた試合会場を見つめたままジンタは呟いた。

 そしてボー然としたままのジンタも、気付けば決勝への切符を手に入れていた。

 松と竹が、試合会場に人が高速で飛んでくる現象、その異常さに半ば魂が抜けたように動かなくなった元々の対戦相手達全員を、リングの外へと蹴り飛ばし、殴り飛ばした結果をもって。



 決勝進出が決まった瞬間、松と竹がジンタの元へと駆け寄ってきた。

 松はバンバンとジンタの背中を叩き、竹は心底嬉しそうにジンタの手を両手で握りブンブンと上下に振った。会場の外からマスターであるベンジャミンが縦ロールを掴み、激しく伸び縮みさせ上がってくると、松と竹、それにジンタにも抱きついてきた。


 しかし、そんな中ジンタの意識は自分ではない、どこか別の場所で見ている映像のように感じられていた。


 例えるなら、会場の外からこの試合会場を見ているように……。


「さって、とりあえず決勝だっ! 飯食って鋭気を養おうぜっ!」


 松の気合いの籠もった声に竹とベンジャミンが嬉しそうに頷く。

 そしてジンタは、力が抜けきったふらふらした状態で、試合会場を降りていく。


「ジ、ジンタさん?」


 竹の声に一度足を止め、しかし、竹達に振り向かずに、


「ごめん、一応俺はミリアの――、イヨリの家族だから飯はあっちで食べてくるよ」


 掠れる声、歓声にかき消されるような弱々しい声音で呟き、またふらふらと歩き出す。


「お、おい」


 松の心配そうな声が微かに聞こえてくるが、今度は足を止めず、ジンタはイヨリ達のいた会場の方へと危なげな足取りで向かった。



 途中、何人もの人に「決勝進出おめでとう」「決勝もがんばれ」「応援してるよ」などの声援を受けるが、ジンタには遠くで聞こえる他人事のようにしか感じられず、それに応えることもなく、ただ、ただイヨリ達のいた会場の向こう側へと目を向けて歩いた。


 円形の会場を迂回し、反対側が見えるようになるに従い、遠くから聞こえる声援の中に、聞き覚えのある、忘れるはずのない声達が混じってくる。


 ――この先にみんながいる……。イヨリもきっと……。


 ジンタの脳裏に、振り向いていつもの優しい笑みを浮かべているイヨリの姿が浮かぶ。


 ――そうだ、会ってちゃんと話しをすればイヨリはきっと分かってくれる。だから、ここまでの経緯を、どうして松達と参戦することになったのか、ちゃんと説明しよう。イヨリのお手製の昼飯を食いながら。


 まるでガチガチに固まったようなジンタの表情に、微かな笑みが浮かぶ。心に描いた希望に応じるように。


 フラフラだった足取りが早足へと代わり、視界は声の聞こえる方へと加速度を増して進んで行く。

 会場の湾曲の先、その左側にまずはミトの姿、次いで雪目とエルファスが見えてくる。

 ドクッドクッと高鳴る鼓動が耳を少しおかしくさせるが、ジンタはそれでも足を動かす。


 ロンシャンがいて、リゼットがいて、リカがいて、ミリアがいて、そして……。

 背を向け、肩に掛からない程度の長さの艶やかな黒髪をこちら側に向けイヨリが背を向け座っていた。

 ジンタが声を掛けようと手を伸ばした瞬間、

 イヨリ以外の全員の視線がジンタへと向けられる。



「「「「……………………」」」」



 一瞬の永遠、そう感じられる沈黙へとその場が変わる。

 いつもと何かが違う……


「あ……」


 掠れ声がジンタの口から洩れた。


 無限のような一瞬のような、重いような軽いような、沈むような浮かぶような、絶妙に絡み合う完璧な沈黙に対し、ジンタが精一杯に絞り出すように穴を穿つように、頬をつり上げ笑みを作り、口を開きかけたが――、


「さあ、はやくみんな食べちゃって下さい。美味しいデザートも作ってあるんですよ」


 背を向けていたイヨリが、ジンタの声、重い沈黙を砕こうとして絞りだそうとした振動を、見事に塞いだ。


「――い、イヨリ?」


 なんとか、小さいが確かに聞こえるようにそう呟くが、目の前の黒髪は微かに揺れただけで、こっちに素肌を、いつもの笑顔を向けてくれない。


「ジンさん……」


 マスターである家族のミリアがいたたまれないようにイヨリを見、呟くが、


「ミリアも早く食べなさい」


 ピシャリとかき消すように言い、口を塞がせる。


 一度目を瞑り大きく深呼吸して、ジンタはイヨリにはっきりと聞こえるように声を大きくし、


「あ、あのイヨリ。お、応援できなくて悪かった。その、俺も登録されてるって実は――」

「どうでもいいですっ!」


 経緯を話し始めたジンタの声を遮るように、イヨリが鋭い声を発した。


 そして、一呼吸分あけてから、イヨリが続ける。


「もうどうでもいいです、ジンタさ――、あなたは私達家族より、あっちの家族の方がいいと思ったんでしょ? だからもういいです」


「ちがっ――、そうじゃ――」

「だからッ。もういいって言ってるんですっ!」


 振り向いたと同時に、イヨリがお昼のために作ってきていたサンドウィッチをジンタの顔に投げつけた。


 ベシャッ! と見事に顔にヒットしたサンドウィッチは1秒ほどしてジンタの顔から剥がれ落ちていく。


 それを両手で受け止めた後、ジンタはなおも口を開けようとするが、


「今、食事中なんです! どんな言い訳があなたにあるのかは私は知りませんが、私は今、本当に、本当に、本当の本当に、あなたに対して怒ってるんですっ! 絶望してるんですっ! だからこれ以上怒らせないで下さい、帰ってくださいっ!」


 そこまでハッキリと目尻をつり上げ言い、イヨリはジンタに背を向けた。


 ミリアを含む数人が、どうしていいのか分からずにジンタを見つめているが、それ以上が出来ない。

 そんなミリア達の表情に気付きもせず、ジンタはイヨリに背を向けフラフラと歩き出した。

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