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予選開始 ジンタ編

 ――時は少しだけ遡り――



「俺ちょっとイヨリ達に説明を――」

「だ――――っ! そんな余裕はねえって!」


 走り出そうとするジンタの腕を、松がガッチリホールド。


「そ、そそ、そうですね。後数分で予選が始まってしまいますし、それに今からどこにいるのか調べるのは難しいかと……」


 竹は、向かい途中の試合会場を指差す。埋め尽くさんばかりのラペンの街の人が校庭から全部こっちに来たかのように混み合っている。


「そうだぜそうだぜ、始まっちまう」

「始まっちまうって。仮の登録してたのにマスターのベンジャミンの名前をどうやったらジャスミンに間違えるんだ?」

「そっちの方が美味しそうだろ?」

「た、たしかに?」


 どこか疑問系に、松に同意する竹。


「まあ……、しょうがないか。とりあえずこの予選が終わってから説明してくる」

「おうっ! そうしてくれ!」


 今回の件で一番の加害者のはずの松が、なぜか偉そうに答えた。


「少しは反省してくれよな? 松」


 そんな松に対し、小走りで会場に向かいながらジンタがジト目で言うと、さっきまでとはうって変わって、


「……はい」


 と申し訳なさそうにしょんぼりと消え入りそうに頷く松。


 会場へとたどり着いたジンタ達は、軽く汗を拭いながら直径三十メートルの大きな試合会場のリングの上へと上がった。


「ここでやるのか?」


 リングに立つ参加者、当然全員が獣人化出来る『召喚されし者』であろう対戦相手を見渡す。


「なんだなんだジンタ? ビビってるのか?」


 腰に手を当て、自信満々に立つ松に「こいつ何気に男らしくてかっこいいよなぁ」と内心で思いつつジンタは、


「そりゃあそうだろ。俺はさっきも言ったけど獣人化出来ない出来損ないの『召喚されし者』だぞ? このリングに立つ誰とだって、一対一でまともに戦ったら勝てる気がしないぐらい自信持ってビビりまくってるぞ?」

「プッ。そ、そんなことで自信を持たないでください。く、くふふ……」


 ツボにはまったのか、ジンタの横で竹が口元を押さえ肩を小刻みに揺らしている。


「まあ、大丈夫だって。ここのリングにはイヨリさん達がいない。それならおれっち達の余裕の勝利だって。はっはっはっ」


 悪びれもせず松は大笑い。

 当然、自信満々の大声でそんなことを叫ぶ松へ、リング上の五十人近くの鋭い視線が向く。


「お、おい、松。もしそうだとしても、俺は一人相手にだって負けそうなぐらいなんだ、あまり目立たないようにしてたいんだが?」

「んあ? そっかぁ~。それはわりいわりい。はっはっはっ」


 小声で訴えるジンタに、さらに大きな声で笑い出す始末。ジンタは「勘弁してくれ」と頭を押さえた。


「マツ――――っ! タケ――――っ! 絶対優勝ですわよ――――っ!」


 そこに、これまたキャンキャンと高い少女の声。

 振り向けば、リングの下の最前列にピョンピョン跳ねるベンジャミンの姿があった。


「――ブッ」


 ベンジャミンの応援する姿を見て、今度はジンタが吹き出した。


 小学生の少女であるベンジャミンのピョンピョン跳ねる可愛いらしい姿に、と言うよりはベンジャミンのスカイブルーの髪、その縦巻きロール四本が飛び跳ねるたびに、見事に伸びたり縮んだりしているのがジンタのツボに入ったのだ。


「あ、あの縦巻きはやっぱ反則だろ。くっくっくっ」


 ジンタが口元と腹を押さえて言えば、


「だろ? だろ? うちのベンジャミンあれはあれですっごい天然なんだぜ?」

「そうっぽいな」

「は、はい。おっちょこちょいでよくよそ見したまま走り出して、何にもないところで転んだりして、低学年の時なんて膝に傷がない日がなかったほどなんですよ」


 ピョンピョン飛び跳ね応援しているベンジャミンを、今も心配そうに見て竹が答える。


「へ~~。そんなにおっちょこちょいなのか~~。ミリアもなんか似たような感じするけど……」


 そこまで口にした後、ジンタは「はて?」と首を傾げた。


「なんだジンタ? どうかしたか?」


 首を傾げるジンタに気付き、松が同じように小首を傾ける。


「ん~~。ちょっとした疑問だけどさ」

「なんだ?」

「な、なんです?」

「ベンジャミンの最初の『召喚されし者』って松じゃないのか?」


 ジンタが訊ねると、二人は三度、目をぱちくりさせ、それから互いを見て「ぷっ」と吹き出した。


「え? 違うの?」


 困ったように苦笑いするジンタが再度訊くも、二人は一頻り笑い続け、


「す、すいません。わ、私がちょっと引っ込み思案なところがありまして、そう見えてしまうかも知れませんが、わ、私達のマスターであるベンジャミンの最初の『召喚されし者』は私です」


 竹が自分の胸元に右手を置き、そう答えた。


「そ、そうなのか――それは、いや、しかし。確かに松の方が偉そうに見えちゃうよな?」

「ああ、おれっちは偉そうだからな!」


 松がドンッと胸を叩く。女性というよりは逞しい男の胸にしか見えない胸を……。

 そこでジンタは、もう一つのもしかしたらの疑問が頭をよぎった。


「まあ、松」

「なんだ?」

「もう一つ訊いていいか?」

「いくらでもいいぞ?」

「お前ってさ」

「うん?」

「お、女だよな?」

「はぁ?」


 怪訝そうに眉を寄せ、首を傾げ、松はジンタを見つめてくる。


 さすがにまずったかなぁ~。とジンタが思い始めた頃、松は一度大きく頭をガクッと下げ、すぐにバッと上げ、無造作にそれでいて強いチカラでジンタの腕を掴むと、これまたすごいチカラでジンタの腕を引っ張り、自分の胸を触らせた。


 あまりに唐突な松の行動に、あ然とした表情で固まるジンタ。


「どうだ?」

「……………………え?」


 松の声と同時に、ジンタの固まっていた思考と触らせられた手の平が動いた。


 むにゅっ。


 固い中に微かな膨らみと柔らかさが感じられる。


「うっ⁈」

「「うっ⁈」?」

「うわあぁぁっ‼」

「お、おぉうっ!」


 松の胸か、はたまたそれに触れている自分の手の平か、どっちを見ていたのか自分でも覚えていないほどのパニックの中、条件反射的にジンタは松の胸から手を引いた。


「ちょっ、おま、それっ!」

「だっ、ジン、これっ!」


 パニクるジンタと、なぜか一緒にパニクっている松、二人が意味の分からない単語を並べ、ジンタは松の胸を指差し、松は自分の胸を指差す。


「ふ、ふふ、ふたふた、二人とも、な、ななな、何をっ!」


 さらに顔を真っ赤にした竹まで混ざり、三人がギクシャクした壊れた人形のような踊りを会場の人達に披露している中、


『さあ、いよいよ今年も始まります。豊作祭のメインイベントであり、今年の最強決定戦。そのバトルイベントが――』


 大音響とも言える大きさで響く声。


 五つある会場の真ん中に現れたエルフの女性。

 長い金糸の髪を、邪魔にならないように頭の上に綺麗に纏め、白のシャツと蝶ネクタイに黒のズボンと、審判さながらの格好で女性がしゃべり始める。


「おっ! そろそろ始まるぞ」


 パニック状態からケロッと立ち直った松が、拳を握った右手を左手の開いた手の平に叩き付ける。その声には楽しさがうかがえる。


「も、もう、か?」


 何度目かのツバをジンタは飲む。その声には微かな恐怖が窺える。


「が、がが、がんばりましょう」


 竹が、自身の身長より長い槍を再度強く両手で握りしめる。その声にも緊張が窺えた。


 ジンタは一度目を瞑り、大きく深呼吸を二度、三度くり返す。

 ゆっくり目を開けると……。目の前に松のぱっちり黒目があった。


「うおぉうっ!」

「わあぁっ!」


 二人揃って、それぞれ一歩づつ飛び退く。


「松、お前何でも近すぎるって!」

「いや~、ジンタが目瞑って動かないから寝ちゃったのかなぁって」


 頭、栗色と黒のメッシュ髪をポリポリ掻く松。


「あれ?」

「ん?」


 声を漏らしたジンタに、小首を曲げ人なつっこい笑みで松が目を向けてくる。


 ジンタが声を漏らした理由、それはさっきまでとは松の雰囲気というか容姿が変化していたからだった。


 ボーイッシュな栗色と黒色の髪、その左右斜めの位置にぴょこんと飛び出ている丸みのある大きめの耳。そして頬全体に紋様のように浮かび上がっている、髪の色と一緒の栗色と黒色の線。

 何より、さっきから松の顔の後ろでぴょこぴょこと動いている、ふっさふさと触り心地の良さそうな毛の長い太い尻尾。


「それが松の獣人化した姿か?」


 松の顔と言うよりは、後ろの左右に大きく揺れる尻尾に目を奪われながらジンタが問う。


「ああ、これがおれっちの獣人化した姿。種族大リスの姿だけど?」


 松のその姿には、人化の時の数倍の人懐っこさがにじみでている。


「い、いや~~。なんかお前の獣人化って、こう、癒やされるなぁ~」

「お? そうか? やっぱ癒やされるか?」


 まんざらでもなさそうに松が答えると、ジンタは調子にのって、


「なあなあ、そのもっふもふでふっさふさに見える尻尾も触らせてくれないか?」

「お? おお、これか? いいぜいいぜ」 


 気をよくした松がクルッと振り向き、さっきから気になっていた大きくふっさふさの尻尾をジンタの目の前に差し出す。


「お、おぉ~~」


 感動に手を震わせながら、ジンタは松の体が隠れるほどの尻尾へゆっくりと手を伸ばす。


「ひゃうっ!」


 むず痒そうな、くすぐったそうな声を上げる松に対し、ジンタはもっふもふの尻尾を抱きしめ、頬ずりし、スーハーと匂いを嗅ぎまくる。


 松はジンタが何かをやるだび、体全体で身震いし、息を荒くし、頭の上にヒョッコリでている丸みのある大きな耳をピーンと立てさせた。


「あ、あのジンタさん、さ、さすがにこれから試合が始まるのに、ソレはやり過ぎでは……」


 ジンタの後ろから竹がジンタに向かって呟くが、当のジンタはもっふもふの尻尾の感触に我を忘れて聞いていない。


「………………。えいっ!」


 問い掛けに対し反応を示さないジンタに向け、竹はジンタの背中、ジンタの着ている革鎧の下側、ちょうど腰辺りの背中部分に、獣人化した姿でおでこを押しつけた。


「痛っったあぁぁぁぁ――――ッ!」


 竹がお辞儀するようにジンタの背中におでこを押しつけた直後、ジンタがその場で一メートルほど飛び跳ねた。


「ぬ、ぬおおおぉぉぉっ! 刺さった! 何か刺さった!」


 着地と同時に、背中というよりは腰の背中側を摩るジンタ。


「あ、あの、ジンタさんそろそろ始まりますので、マツさんの尻尾を触るのはもう止めて下さい」


 振り向いたジンタに、やや俯いた状態の竹がいた。


「えっと、今刺さったのって竹がやったの?」


 いまだ痛む背中をさすりジンタが尋ねると、


「は、はい。声を掛けたんですが、き、聞こえなかったようなので、つい……」


 そう言いながら、少しむくれたように横を向く竹。


 ――意外と、怒りっぽいんだろうか……


 そんなことを考えながらも、ジンタの視線は獣人化した竹をロックしている。


 おとなしく小柄な割に、髪が白と茶色のメッシュと派手派手な竹、しかもその髪が膝下まである、その理由が獣人化することでジンタにも分かった。


 いままでジンタが見てきた獣人化の中ではある意味特殊な類いではあるが、竹の獣人化のメインは髪なのだ。

 普段は派手な色でつやつやした感じの細い髪の毛の竹だが、今はまるで髪の毛全体が太い針と化し、それが髪を形成している。


「確か竹の獣人化って……」

「は、はい、私の種族はハリゴンと言う、ハリネズミのモンスターです」


 なぜかペコリと頭を下げる竹に対し、ジンタもついつい「これはどうも」と頭を下げてしまった。

 お互いに下げた頭を上げようとしたため、中間ほどで目が合う。


「「あっ」」


 声が重なり、互いに顔を逸らす。


「えっと、竹の獣人化はハリネズミってっことだよな?」

「は、はい」

「じゃあ、やっぱさっきのって」

「は、はい。ちょっとおでこの髪のトゲ(髪の毛全体の針を逆立てて)を、ジンタさんに刺しました」


 ……やっぱりそうか。


 ジンタに立てたトゲの髪を見せるように、俯いた竹の髪のトゲが数本、ジンタに向けピーンと立っている。


「さ、触っていい?」


 ジンタが再度、興味をそそられ訊ねると、


「い、いい、いえ、あの、そ、そろそろ予選が始まりますから――」


 顔を真っ赤にし、両手を左右にパタパタ振りながら、竹は必死に断った。


「そ、そうか……」


 かなり残念そうにジンタがうな垂れると、その頭をガシッと松が掴む。


「ジンタ~~。この予選で生き残ったら、いくらでも竹の髪触ってもいいぞ」

「マジか!」

「え! え?」


 ガッチリと握手しあう松とジンタに対し、竹はオドオドと首を振るばかり。

 しかし話もそこまでだった。


『スタートです!』


 審判のエルフの女性の声が響き、会場全体が震えるほどの歓声に埋め尽くされたからだ。


「始まったなっ!」

「み、みたいだな!」

「は、はいっ!」


 松の言葉にジンタと竹が相づつと、一歩前に出た松が肩越しにジンタを見、


「さっきも言ったけど、ジンタ、おれっちの背中から離れるなよ!」

「わかったっ!」


 言った直後、ジンタがまばたき一つした瞬間、前にあったはずの松の背中が、そしてその背中を覆い隠していたもっふもふの尻尾までもが消えた。


「あ、あれ?」


 何が起きたのか分からず、ジンタがキョロキョロと首を左右に振ると、さっきまで目の前にいた松の尻尾が対岸側、つまるところ三十メートル近く先に見え、正面に立つ獣人化した対戦相手に攻撃を仕掛けていた。


「お、お~~い……」


 瞬き一つしている間に走り出し、背中から離れるなって言っていたが、まさかあのスピードについてこいと言ってるのか……?


 松の本意を計りかねるも、ジンタの視線はもっと危険なものを映し出していた。

 前に立つ松がいなくなると同時に、ジンタに目を向け動き始める獣人化した女性達の姿を。


「あぁ~~……、やっぱそうなりますよねぇ~」


 一応、左手に持つ盾で顔半分を隠し、ジンタは苦笑する。


 本来なら一切目立たず、まるでこの試合会場に存在しないように振る舞いつつ、戦いをやり過ごそうと、出ると決めたときから計画していたのだが、始まるまでにあれだけ大きく周りの目を惹いては、それも叶うはずがない。


 そんな周りから目を惹いていて、さらに全員が獣人化している中、一人だけ獣人化もしないジンタ――いや、正確には出来ないのだが……。


 しかもだ、このリリフォリアにおいて貴重な男女比一対九以下の一応出来損ないとはいえ男のジンタを、見逃すはずはないとばかりに、ジンタの周りには三人の獣人化した女性がじわじわと己の武器を見せつつ近づいてくる。


「――えっと……」


 そのまま一歩後ろに飛び、試合会場から降りようかとも考えるが、ジンタも男だ、何もせずに飛び降りるわけにもいくまいと胸に決め、一発でもカスったら飛び降りようと心に決める。


 一定の距離で動かなくなった相手達を、ジンタは睨むように見ていたが、そこに別で戦っていた獣人化した女の子が、誰かに吹き飛ばされたのだろうジンタ達の睨み合う間を滑るように背中から飛び込んで来た。


 それが合図となった。


 動かず――いや、ジンタからすれば動けずにいた膠着状態が一気に動き始める。


 最初に飛び出してきたのは真ん中にいた猫のような格好で背を丸め両手の爪を伸ばした獣人化女性だった。


 一足飛びでジンタを捕らえる間合いへと飛び込み、両手の爪を鋭く振り回す。

 構えた反りのない五角形の盾でジンタは攻撃を受ける。相手の動きや姿を見て分かるとおりだった、攻撃自体の重さはさほどでもない。

 ジンタは一撃目を受けきり、二撃目を受けた直後そのまま盾ごと押し返す。

 身軽さもあり、相手がふわりと飛ぶのを見て追撃で剣を振ろうとする。


 が、その時にはもう別の一人が詰め寄り、ジンタに向けまるでゴリラのように黒く太い腕、そこから伸びる大きくゴツイ拳を振り下ろして来ている。


「おっと」


 声に出し、ジンタはそのいかにも重そうな拳を左に飛び避ける。


 攻撃してきた二人の他に、まだもう一人の人物がジンタを見ていたのを頭の片隅で覚えていた、ジンタは素早く視線を巡らせる。

 案の定、三人目は左へと飛んで避けたジンタの死角をついて攻撃してきていた。


 手にジンタの直剣とは違う三日月のように反り返った刃、シミターを持ち、それをジンタの左側から振り被っていた。


「にゃ、にゃろっ!」


 振り下ろされるシミターに対し、ジンタはバックナックルをするように盾を振り回す。


 ガッシュィ――ン


 振り下ろされるシミターの刃が、盾の表面に当たり、盾の表面を滑り大きく軌道を逸らされて地面へ向かう。


 ――何とか受けきった! 次は俺の――


 ジンタが最後の攻撃をいなし、何とか踏ん張りながら正面を向いた時、最初の攻撃者である猫のような獣人化をした女性が、鋭い爪を振りかざし向かって来ていた。


「ず、ずりいなっ! おいっ!」


 思わず悪態が口を付くも、体は動かすにしてはバランスが崩れている。

 倒れるのを覚悟で右手の直剣を横に薙ぐ。

 決してチカラの篭もった振りではないが、それでも相手が一瞬怯み後退るぐらいの効果はあった。


 なんとか体勢を立て直すも、見れば相手の三人も体勢を立て直し、再度こちらに向け構えている。


 ――いや~これひょっとして、ずっ~~と俺のターンが来ないんじゃ……。


 ジンタの頬にイヤな汗が流れる。

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