予選開始 イヨリの葛藤
「試合会場は全部で五つ、去年同様五角形で形成されていて、基本応援はその五つの会場全体を見渡せる観客席が人気だな。しかし、間近で一つの会場を見るんだったら、そこしか見れなくなるが一つの会場の一番前の場所を取ればいい」
ミトが、どこで応援すればいいか分かるだろ? と言わんばかりにエルファスとミリアに言えば、
「つまり、ミト達の会場前にシートを広げればいいのね」
しょうがないと言うようにエルファスが口にする。
「まっ、そういうこった」
ミトが鼻高々に答える。
「確か、私達の予選はC組だから、試合会場はここですね」
イヨリが一メートルほど高くなった石畳の試合会場、その一つを指差し振り向く。
「じゃあ、ここの最前列を確保だね!」
ミリアが人混みをかき分け、早速試合会場ギリギリに引かれたロープの前にシートを広げ座る。
後から来たエルファスやロンシャンもミリアに並ぶように座り、リゼットに至ってはシートの上で早々に寝そべった。
雪目はシートの上に立ち、辺りを探すようにキョロキョロ首を振っていたが「はて?」と首を傾げ、
「ジンタさんはどこでしょう?」
と小首を傾げる。
全員が「さぁ?」と同じように首を傾げる中、イヨリも辺りを見渡すがジンタの姿だけが見当たらない。
「どうせトイレかなんかだろ? おれ達もそろそろ会場入りしないといけないから、イヨリさんにリカ行こう」
ミトに促されるようにイヨリは「そうですね」と小さく呟き頷いて、ミトとリカに続いて歩き出した。
背中から「がんばれ――」と応援する、ミリア達の声援を浴びながら。
イヨリ達三人が試合会場に立つと、会場からいろいろな感情をはらんだ声が上がる。
先に会場に入っていた対戦相手達も緊張感を漂わせ三人を見ている。
ある者は、倒してやるさと、口元に不敵な笑みを。
ある者は、これは残念すぎると、視線を逸らし大きく落胆を。
ある者は、早々と会場を降り、リタイアを宣言している。
半円十五メートル、直径にして三十メートルの会場に、おおよそ十五組ほどの選手達、四十五人ほどが立っていたが、早くも半数はリタイアしている。
そんな中をミトは屈伸運動しつつ、相手を睨めつけ、まずはどこから攻めていくかを考え舌舐めずりし、リカは傲慢不敵に腕を組み、まるで相手を見下すように視線を会場内の相手に向け彷徨わせる。
そしてイヨリだけは試合会場内ではなく、会場の外をキョロキョロと見渡していた。
応援席に来ないジンタを探して。
しかし、ジンタが見つからないまま会場全体に声が響く。
『さあ、いよいよ今年も始まります。豊作祭のメインイベントであり、今年の最強決定戦。そのバトルイベントが――』
五つの会場のちょうど真ん中で、恐らくはエルフの教師の一人であろう女性が、白のシャツに蝶ネクタイ、さらに黒ズボンとお決まりのレフリーの格好にマイク片手で高々とイベント開始の宣言を始めた。
それと同時に五角形に置かれた五つの試合会場、その周りに用意された会場を見下ろせるように大きく円を描き作られた観戦席から観客達が叫び、会場全体が大きく震えた。
イヨリ達の試合会場だけを最前列で見る為にシートを広げ応援するミリア達の声でさえ、イヨリ達に届かないほどに。
『さって、今年は去年あれだけ見事に圧勝した覇者である三人が参加しています。今年もまたあの圧巻の戦いが見られるのか! はたまた新鋭が現れるのか!』
ノリノリのレフリーが、良く回る舌を動かし、空いている右手を大きく空へと持ち上げる。
『さあ、戦いは毎年恒例いつも通り! まずは予選五つの試合会場で同時にバトルロイヤル。五つの会場、最後まで生き残った一組が決勝でまたバトルロイヤルとなります。それでは――――』
一度言葉を切り、レフリーであるエルフの女性が右手を高々と挙げ、五つの試合会場全体にぐるりと一度頭を巡らせた後、
『スタートです!』
一際大きな声と共に、勢いよく右手が振り下ろされた。
それと同時に会場全体におおきな鐘の音が響き渡り、周囲の歓声もそれに合わせるようにピークを迎えた。
予選開始。
イヨリ達は円形の試合会場、その一角の隅を陣取る。
鐘の音が響き終わる前にアルミラージの獣人化と成ったミトが不敵な笑みを浮かべ、軽くその場でジャンプをくり返す。
優勝候補筆頭であり去年の優勝者であるイヨリ達は、当然試合会場では注目され警戒されている。
結果、形的にイヨリ達を囲うように陣形が出来上がっている。
大きな盾や強固なまるで鎧のような表皮を纏った『召喚されし者』達が、イヨリ達の正面に囲うように立ち並ぶ。
三対二〇程の試合会場。相手全員がイヨリ達三人を見ている中、ミトが最初に動き出す。それが自分の仕事だと言わんばかりに。
「オラオラオラッ!」
警戒心全開の会場中心目掛け一足飛びに地を蹴ったミトは、まず正面で身構えるミトより大きな盾を構える見た目イノシシのような獣人化した女性を大盾ごと蹴り飛ばす。
蹴られ、大盾ごと大きく後ろに仰け反った女性目掛け、蹴った反動で空中をバク転したミトは、着地と同時に深く身を沈め、よろめく相手の足を綺麗に刈り取る。
ズシンッと尻餅をつく女性をそのまま姿隠しの盾にし、ミトは座り込んだ女性の頭を踏みつけ、密集する対戦相手の中へと飛び込んでいった。
「う、うわっ!」
「きゃっ!」
一瞬の内に陣形内部へと侵入したミト、それに対し入られた側は混乱と焦りを露わにさせ動きを鈍らせる。
「どうしたどうした! そんなんでこのミト様を止められると思ってるのか~~っ!」
敵陣を内部から攪乱するミトに対し、
「慌てるな! たかだか一人だ!」
外を守る一際大きく強固な鎧を纏った獣人化女性が、内部へと振り向き声を上げる。
だが振り返った女性の肩にポンと手を置き、
「あらあらあらっ! ちょっと中に入られたぐらいで外側はおろそかですの?」
優しくも余裕と気品がある言葉が響く。
「ぐっ!」
女性は体全体を使い、振り向きつつ大きな腕を振り回す。
が、その腕はいとも簡単に掴まれ、体ごと動きを止められる。
「な……、んだと……」
渾身のチカラを振り絞り動かそうとするも、ピクリとも動かない。
「あら? もう少しチカラを込めて掛かってきてくれませんと、私、押し返したほうが良いのか、引いた方が良いのか悩んでしまいますわ」
グリズリーの手の平で相手の腕を掴みながら、リカは空いている手で頬に触れ、溜め息を吐く。
「このッ!」
リカの侮辱的な言葉に顔を真っ赤にさせ、女性は押さえられている腕を軸に、空いているほうの腕を、体ごと振り回す。
「なんと言いますか、予想通り過ぎますわ」
一回転近く振られる女性の拳が近づく中、リカは押さえている相手の腕を軽く押し出す。
「うおっ?」
リカに押されたことで大きくバランスを崩した女性に、グリズリーの腕を大きく横に薙ぐ。
「――ゴホッ」
振り回し途中で、リカからすれば横向きになっている女性、その背中に腕が当たり、大柄な女性は背中を仰け反らせたまま、隣に並ぶの女性達数人を巻き添えに吹き飛んでいった。
「まったく、これでは今年も楽勝ですわね」
吹き飛ばし、スッキリした側とは反対側にいる別の獣人化した女性にも同じように腕を振り回し、リカはつまらなさそうに呟いた。
会場の中心で暴れるミト、会場の外側で吹き飛ばすリカに対し、イヨリだけは未だキョロキョロと当たりを見渡していた。
「こんっのぉ――っ!」
そんな心ここにあらずのイヨリに向かい、混乱極まる会場の中、一人の獣人化した女性が変化した両手の爪を鋭く伸ばし、上体を低くし地を滑るような姿勢でイヨリに襲いかかる。
「であぁぁっ!」
気合いの声を響かせ、勢いよくイヨリへと突進してくる女性。
「イヨリ――っ!」
ミリアが精一杯の声で叫ぶも、イヨリはまるで聞こえてないように試合のリングの外へと目を向けている。
後数歩の距離、しかし未だイヨリに届きそうもない場所から女性は両腕を振った。
振りはじめた腕の動きに合わせるかのように、女性の両手の爪がさらに伸び、その鋭い爪は、イヨリに向かっていく。
パッキ――ン!
振り抜いた女性の左右の腕に合わせたかのような、綺麗な破砕音とまるで割れた鏡のようにキラキラと輝く破片が宙に舞う。
「あっ」と呟いた女性は、突進の勢いのまま獣人化した自身の自慢の爪を一瞬で砕いた灰色の物体に勢いよく顔面を埋め込み、そのまま鼻血をまき散らし仰向けに倒れ込んだ。
「だ、大丈夫ですか? す、すいません。ちょっと考え事をしていたもので、手加減が難しかったので……」
イヨリのゴーレム化した強大な右手、その手の平を前に出したまま、イヨリが失神し倒れた女性に謝った。
「ちょっとちょっとイヨリさん。手加減云々や謝るのも分かりますが、もう少し集中してくれませんこと?」
リカがやれやれと呆れたように言うも、
「そ、そうですね」
答えながら、イヨリの視線は会場の外を彷徨っている。
「……これは……、全然ダメですわね」
器用にグリズリーの手でおでこを押さえ、リカが呆れて呟く。
そんな中、ほとんどの選手をリング外へと蹴り落としていたミトが何かを発見したのか、叫ぶ。
「あれ? あれってジンタじゃね?」
イヨリの顔が跳ね上がり、視線がミトの方へと誘われる。
そして、激しく動きつつも視線をある一点へ向けているミトの視線の先へとイヨリも目を向けた。
それは、イヨリ達の試合会場の二つ先の試合会場、真向かいに近い位置のリングの上だった。
星形に並べられた五つの試合会場は、それぞれの会場からも別の会場が見えるようになっている。
イヨリ達の会場がCであるのなら、恐らくはEかAの会場だろうその上に直剣と盾を構えたジンタの姿があった。
「あら、ほんとですわね」
イヨリ同様、視線を向けたリカの呟きがイヨリの耳にも届く。
「なんであいつあんなところにいるんだ? あれって試合会場だよな? 参加してるのか?」
未だなお高速の攻撃を続けつつ、ミトが言う。
イヨリが見つめる視線の先では、ジンタが必死に襲い来る獣人化した数人を相手に剣を振るい、相手の攻撃を盾で防いでいる。
――一体なぜジンタさんはそこに居るのです?
――今回のイベントは、私達をミリア達と一緒に応援してくれると約束しませんでしたか?
――それなのに、どうしてあなたは、そんなところで必死に汗を流して戦っているの?
混乱と困惑の想いが、イヨリの頭の中をぐるぐるぐるぐる巡っていると、
「あいつ一体誰と参加してるんだ?」
不意なミトの言葉が、再度耳に届いた。
――そうだわ。あそこにいると言うことは、ジンタさんは誰かと一緒に参加していることになる。
――一体誰と?
――いつ、そんな約束を?
――私とは全然組んでくれなかったのに?
――その人には何でOKしたの?
――だれと一緒に参加してるの?
またもぐるぐると巡る思考の中、視界に映るジンタの構える盾が獣人化した女性の大きな手の攻撃を受け、激しく弾け仰け反り座り込んだ。
「危ないっ!」
咄嗟にイヨリが叫んだ直後、
尻餅を付いたジンタに、チャンスとばかりに襲ってくる数人の姿。
しかし、その攻撃はまるでジンタを守るように前に現れた小柄な獣人化女性の持つ棒ですべて防がれた。
「あの人は……」
ぼう然と無意識に口から漏れたイヨリの声に反応するかのように、起き上がったジンタは助けてくれた目の前の小柄な女性に二言三言話をし笑みを向け、また剣と盾を構え戦いに参加しだした。
「あの人は……?」
「あれってベンジャミンとこの竹じゃね?」
再度のイヨリの呟きに答えたのはミトだった。
「……タケさん?」
「ああ、ほら、ミリアと成績で争っているって言ってたマスターの『召喚されし者』だよ」
「――ミリアの」
呟きつつ、イヨリの頭に数日前の会話と光景が思い浮かぶ。
ベンジャミン。確かミリアのライバルで何かというと二人で成績の順位(最下位)争いをしている同じ年のエルフの少女だったはずだと。
そんなイヨリの目に新たな光景が飛び込んで来た。
会場の端の端へと、さらに追い込まれたジンタと竹に次いでもう一人、ジンタよりも大柄な女性が現れた。
「ありゃ、あれは松っぽいな?」
「マツ……さん?」
「うん、竹同様ベンジャミンの『召喚されし者』だけど――」
ミトが色々言っているが、その言葉はもうイヨリの耳は届かなかった。
イヨリの視界に映るジンタは危機を脱した後、松とも笑顔で会話をし、まるで信頼し合った者同士のように、竹も交え三人で互いの背中を預け、踊るように剣を振るい始めたからだ。
――「俺も、いつかイヨリの隣で自信を持って戦えるぐらいになれるようがんばるよ」
と、ジンタは、確かにそう言ってなかったか?
イヨリは、そこまでを思い出し自分の中でそれらをぐちゃぐちゃにかき混ぜ、混乱を極めている頭で、ゴクゴクとあり得ない程の勢いですべてを飲み干し、一つの結論を出した。
――つまりジあの人は、家族である私よりもあそこの人達を選んだんだ――と。
そこに思い至った瞬間、イヨリの中で何かが弾けた。
ゴーレム化した腕が会場内で戦っている獣人化の相手を、無造作にガシリと掴む。「へ?」と驚きと戸惑いの声を漏らす相手を、イヨリは目一杯に腕を伸ばし持ち上げ、さらに体を目一杯に捻る。その姿はまるで振り被るピッチャーのように。
Cの会場を見ていた全員の目が、同じくらいの女性を軽々と持ち上げ、大きく振り被ったイヨリに注がれる。
当然、特等席で見ているミリア達も固唾を飲んで見守る中、イヨリが動いた。
掴んだ相手を目一杯のチカラで二つ先の会場で戦うジンタ目掛け投げ放った。
「フンッ!」という気合い一閃の鼻息とともに。




