応援と参加と
ミリア、エルファス、ロンシャン、それにイヨリ、リカ、ミト、リゼット、雪目、ジンタの全員が、いつものようにジンタたちの住むミリアの家に揃って朝食を済ませ、会場であるエルフの小学校へと向かった。
「お弁当は一杯作ってきましたから、お昼は楽しみにしてて下さいね」
「おっひる~、おっひる~」
「ミト、あんまり派手にやり過ぎちゃダメだからね」
「わかってるってエルファス。おれだってもう大人だぜ?」
「リカもケガしないようにがんばって」
「分かっていますわロンシャン様、絶対優勝しますわ」
「では、私はジンタさんと一緒に夫婦のように寄り添いながら応援してれば良いのですね?」
「夫婦? リゼットもジンタとそれなのか?」
「リゼット、雪目さんの言葉は放っておいていいからな……」
道中、それぞれ大いに盛り上がりながら歩を進めた。
ジンタ達の家はラペンの街の南側にある。
そして小学校もまた、ラペンの街の中ではなく、ラペンの南側、――正確には南西側の外周壁側に建っている。
なぜ、それ相応にしっかりとした外壁を持つラペンの外にそんな学校を作ったのかというと、それはしごく単純。
エルフ達の通う小学校は、それこそラペンの街を守る為に囲っている外周の壁、それよりもさらに強固にさらに威圧的に守られている壁の中だからだった。
街の南西側の外壁と、学校の北の外壁が寄り添うように並んでいるが、どう見てもその威圧的構造が違う。普段であればかなり強固に見える街の外壁だが、学校側の壁と並ぶと、まるでベニヤ板のように薄っぺらく見えるほどだった。
それほど学校側のは分厚く、そして高さもあった。
「毎回ここに来ると思うけど、何でこんな豪華というか異様なほど立派で威圧的な建造物なんだろうな、この小学校って……」
ジンタはゴクンとツバを飲みながら呟く。
「それは当然ですよジンタさん」
隣で歩くイヨリが、クスリと小さく笑い、続ける。
「この小学校はエルフ、つまりマスターであるこの子達のためにある小学校ですから、当然、何かあったとき、ここが真っ先に狙われる可能性があります」
「小学校が?」
「そうです。このリリフォリアにおいて、エルフという種族は尊敬される種族であると同時に、妬みの対象とも言える存在でもあるのですから」
「尊敬され、妬まれる……?」
「はい、この子達に喚ばれることのなく、獣人化を失う人も多いですから――」
「ああ、なるほど……」
「だからおれ達は、マスターであるまだガキンチョのコイツ等をいつも守っているんだぜ」
ミトが隣を歩くエルファスを指差す。
「そうかしら? 私はミトに虐められてばっかりだけど、守られてはないと思うな」
ミトに向け、むくれっ面でエルファスが答える。
「つまりはマスターであるこの方達は、決してモンスターだけに狙われているワケではないと言うことですわ」
リカはロンシャンにやうやうしく一礼し、笑みを向ける。
それに対しロンシャンも笑みだけを返す。
「ふ~~ん、なんかその辺りは今だ俺にはよく分からない部分だな」
両腕を頭の後ろに回し、ジンタは呟く。
「つまりジンさんはあれだよ。いつも依頼の帰りにわたしにお菓子を買って帰って来てくれればいいんだよ」
目をキラキラ、鼻息を荒くミリアが豪語する。
「それならリゼットも買ってきて欲しいぞ」
同じような顔をし、アホ毛までピコピコと動かしリゼットものっかる。
「み、ミト。私もそれなら――」
ゴンッ!
ミトが乗っかろうとしたエルファスの頭にゲンコツをくれる。
「それはダメだ」
「何でよう~~。いつも自分だけで食べて~~」
「お、おれは……たまにだよ、たまに……」
ミトの語尾は聞こえるかどうかの大きさだ。
そうこうと話をしているうちに、まるで強固な要塞のような小学校が目の前になった。
強固な城壁に見劣りしないほど、強固な学校本体はそれだけで一つの要塞と化している。ジンタから見ればもう学校と言うよりは、最前線の要塞にしか見えないのが本音だ。
もっともそんな学校内の校庭も、今日だけは開かれた分厚い門戸の中と外から香しい匂いをさせる屋台が並び、楽しそうな声が響いてる。
ちなみに試合会場は学校の校庭内ではなく、学校の城壁を出てさらに南にある、本来は魔法練習場のだだっ広い更地だ。
そこに、三十メートルの円形で石畳を置き、五つの試合会場を作っているらしい。
「さって、おれ達はとりあえず選手だから、一度校舎内に入って登録確認だけを済ませてこないとな!」
ミトが前方の校舎を指差し叫べば、
「じゃあイヨリ達が登録している間、わたしたちは屋台巡りだよ!」
ミリアが鼻息荒く、屋台に目を釘付けにしたまま叫ぶ。
そんなミリアの視線を辿れば、まず最初の生け贄はほっくほくのイモにしっかりバターを乗っけた、じゃがバターのようだ。
眉根を寄せてミリアに向け口を開こうとするイヨリより早く、ジンタが口を開く。
「そうだな、とりあえず応援するにも少し景気付けは必要だよな。じゃあ三人が登録してる間に、少し何か食べるか」
開きかけた口を数度パクパクさせ、イヨリは諦めたと言うよりは呆れて参ったとばかりに首を振っている。
「では、ロンシャン様もご一緒にジンタさんにご馳走になって下さいな」
「はい!」
「エルファスも一緒に買ってもらえ。いいかついでにおれの分も買っておくんだぞ」
「分かってるよミト」
「リゼットもいいのか? いいのか?」
ミリアを庇ったつもりが、ここぞとばかりに全員分のじゃがバターを奢らされる結果となった……。
三人の確認登録も終わり、全員がじゃがバターを食べ終わるころ、その足は会場へ向けて動き始めていた。
「今回も圧勝だからねイヨリ。シュッシュッて全員を一発で場外にさせるんだよ」
「はいはい分かってますよミリア。危ないですからその辺でちゃんと前を向いて歩きなさい」
「ミト、今回一番じゃなかったら、今度私にお菓子買ってよ」
「はぁ~? じゃあ一番だったらエルファスの小遣いおれにくれよ?」
「え~~~~~~……」
「リカもケガしないようにがんばってね」
「大丈夫ですわロンシャン様。私が華麗に勝って終わらせて見せますわ」
「リゼット一杯応援するよ。みんな一杯応援するよ」
「ええ、ええ、しっかり応援しましょうねリゼットさん。私もマスターの方々を自分の子供のように応援しつつ、夫であるジンタさんの隣で応援してますから……」
それぞれの応援や思惑を口にしながら小学校の門の外へと人混みを歩いて行く。
「お――――い、待ってくれ――――っ!」
ガヤガヤと活気ある校庭の中、何度も何度も聞こえていた声が、どうも自分に向かってだと気付いたのは、みんなが先を歩き校門を出て、ジンタ自身も校門を出ようとしている時だった。
「いや~~、ほんっと全然気付いてくれねえとか、マジでひどすぎだぞ、ジンタ」
振り返ったジンタの前で、息を整えるため膝に手をついているゴツイ女性。
ジンタはその女性を知っていた。
マスターベンジャミンの『召喚されし者』である松である。
目の前で、息を整えている松を見ているジンタの背中に、なぜか言いようもない不安一杯の気持ち悪い虫酸が走る。
――なぜ俺は今、松に声を掛けられたのだろう。
ジンタ自身がその答えを教えて欲しいとも思うが、聞きたくもない、とも思う。
が、このままでは埒もあかないため、とえりあえずジンタは松に向かい訊ねる。
「えっと、松さん? 「おーい」って俺に向かって言ってたんです?」
「あぁ? お前以外他に誰がいるって言うんだ?」
顔だけ上げた松の一番厄介そうな言葉に、ジンタは勘弁してくれと内心で涙を流した。
「それでどういった用件でしょう?」
顔は笑顔のまま、ジンタが松に訊くと、
「何って、そりゃあお前決まってるだろ?」
松はぐいっと倒していた上体を起こし、ジンタの首に手を回して、
「大会の登録に行くんだよ」
と、当たり前のようにのたまった。
「はい?」
ジンタが戸惑いの声を上げるが、松の答えは、
「だ~か~ら~、ジンタはおれっちと竹の二人と一緒にイベントに参加するんだよ」
ジンタの首に回したゴツイ筋肉質の腕を、グルグルとジンタごと回しながら松が言う。
「なんだって?」
「だ・か・ら――」
イラッとしたやや低い声のジンタに向け、再度口を大きく開け、声を大にして言おうとする松の顔を、ジンタはアイアンクローのように押さえ込み怒鳴った。
「俺はそん話知らないぞ? そもそも参加するとだって言ってない!」
さすがに普段怒る側ではなく、怒られる側にいることが多いジンタも松を睨んだ。
「うっ……、で、でもよ~。もう三人で登録しちまったしよ~。もしお前が出ないって言い張ったら、おれっちや竹まで参加出来なくなっちまうし、そうするとベンジャミンも悲しむしよ~」
「そ、そんなことは……」
関係ない。と言おうとしたが、ガッシリした松の今にも泣きそうなクリクリうるうるの目と顔、そして小さく、まるで子供が怒られたときのように体を小さくさせる松を見て、ジンタの口は自然と塞がってしまう。
そこでさらにたたみ掛けるように、松がジンタの手をキツく握り、
「ジンタ頼む! おれっち達だって今日に向けて色々がんばってきて、色々考えてきてるんだ。だから悪いとは思うけど頼む! なぁ~ジンタ~おれっち達だって優勝を狙ってるんだよ~~」
ゴツイ体をジンタに合わせるように小さく縮めて、松が頭を下げてくる。
そんな松の体の後ろに、竹が鉄槍を持ち松同様、いやこちらは普段小さいのがさらに小さくなり頭を下げていた。
――参ったな……。
ジンタの正直な感想。
イヨリとミトとリカ、その三人を応援すると約束している。しかし、ほんとかどうかは分からないが、今日まで色々考えてきていたと言っている松と竹の二人の努力を無にするのも何とも気が引ける。
そこまで考えるが、ジンタの中では一番の疑問が解決していない。ジンタはその疑問を松と竹に向け尋ねた。
「俺は獣人化も出来ない。ある意味本当に出来損ないの『召喚されし者』だけど、なんでそんな俺を?」
松は待ってましたとばかりに、胸を張り力強く答える。
「そんなのは決まってる。それがおれっちが色々調べた結果、一番優勝に近いと踏んだからだ!」
真っ直ぐに視線を逸らさず答える松に対し、ジンタは溜め息一つと心の中でミリアやイヨリ達みんなに「ごめん」と謝りながら、
「登録の締め切りって、もうすぐなんだろ?」
力を入れていた眉を弛緩させ訊ねると、松はうんうんと何度も頷き、
「ああ、ああ、そうだ。すぐなんだ。だから急いで行かないと」
ジンタの手と竹の手を掴み、校舎へ向けて人混みの中へと足早に歩き出した。




