後日談、そして宿題
次の日、ガタゴト揺れる馬車の御者台で、馬の手綱を握るミトが億劫そうに口を開く。
「しっかし暑いなぁ……」
「あんな豪雨の後だからなぁ」
隣に座るジンタが首に掛けたタオルで汗を拭きながら答える。
「ほんとなら、後二日ぐらいはあそこにいてもいいと思ったけどなぁ」
残念、というようにミトが首を振る。
「雨上がりだし、あの激流の中を泳ぐのは危ないだろ?」
「まあなぁ~」
ハニーハニービーの一件もあり、ドスンと気落ちしていた面々。しかも、遊ぶにしては前日の凄まじい豪雨。
森は滑りやすく川は激流と化していて、とてもではないが危険過ぎて遊べないと判断し、ラペンへと帰ることとなったのだ。
雨が上がったのは朝方。
朝食を食べ、片付けをし、馬車に乗りラペンへ戻り始めたのは約一時間ほど前。
今はちょうど十一時頃だろうか。
ほぼ真上から照りつける夏の日射しは、湿ったというよりは水浸しの地面を蒸し焼きにし、蒸発した水分はいい具合にジンタ達の体に纏わり付き、不快感を全開にする。
馬を操るミトとジンタ以外の面々は、荷馬車の屋根部分以外の布を捲り、風通しを良くしながら、それでも汗をかきつつ眠っている。
昨日の作戦失敗の影響もあるのだろう、話をしても楽しく会話が弾む気配もなく、気付けば一人、また一人と馬車の中で目を瞑っていった感じだった。
そんな中、唯一起きている隣に座るジンタに、ミトが分かんねえとばかりに問い掛ける。
「しっかしよ~、今更って言うのも分かるけど、どうしてあの時、お前達はあんな奥深くまで来てたんだ? 最初の予定ではもっと手前の浅い部分、ハニーハニービーの索敵範囲ギリギリにいるはずじゃなかったっけか?」
言いながらも、不思議だとばかりに首を傾げる。
「あ~、いや、それは、その―――――」
「あれはねぇミト。ジンタさんのせいだよ」
言い淀むジンタと首を傾げるミトの間から、ひょこっと顔を出したエルファスが答えた。
起きていたのかと、一瞬驚いたジンタとミトがエルファスを見る。
それからミトが、
「はぁ? ジンタのせい?」
より分からんと言わんばかりに、眉を寄せ、ジンタに目
を向ける。
「うん、だってあれって――。あ~~、そっかぁ~。あれってあんまり人に言っちゃいけないんでしたよね~、ジンタさ~ん」
どう見ても、いや、絶対わざとだと分かるようなエルファスのミトに対する意地悪。
当然、エルファスが知っていて自分が知らないことに、余計に眉間のシワを寄せるミトの目がジトッとなり、イタズラな笑みを浮かべるエルファスを一睨みした後、再度ジンタを見据えてくる。
「どういうことだ、ジンタ?」
さっきまでとは比べるまでもない、やや不機嫌にドスの効いた低い声でミトはジンタに訊ねてくる。
ここで隠しても、正直何もメリットがないと分かってはいるが、それでも自分の口から言うというのは何とも気恥ずかしいというか、少し気が重いというか、ちょっとイヤな感じがする。
「えっとだな、その――」
「な・ん・だっ!」
ミトのジト~っとした目、その目尻がグイッとつり上がる。
「あ、強化魔法。俺が強化魔法をみんなに掛けたの、うん」
完全にミトの睨みに負けたジンタが情けないほどあっさりと答えた。
「強化魔法? ――そっか」
そういうことか~分かった分かった。と頷き、ミトは真っ直ぐに平坦な道の正面の見た。
そしてゆうにカッポカッポと馬が七歩分ほど歩いた後、
「きょっ、強化魔法ッ!」
グルンッと首が折れるんじゃないかってほどの勢いで、隣のジンタに首を曲げ叫んだ。
「うおっ? あ、ああ……」
あまりの反応の遅さと、あまりの突然さにジンタの方が驚き、思わず馬車から転げ落ちそうになった。
「ちょっ、ジンタ、お前。きょ、強化魔法って、何? え?」
「ミト、反応おそ~い きゃははは~」
後ろの荷台でエルファスは転げ回りながら大笑いしている。
ミトは、エルファスを一瞥し、どうどうと言いながら馬の手綱を引いて馬を止め、さあこれでいいだろとばかりにジンタに詰め寄る。
「ジンタッ! 強化魔法ってなんだ? それって今出来るのか? だったら今おれにも掛けて見ろ!」
間近で、ジンタの顔にツバを飛ばしならミトが詰め寄る。
「わ、分かった、分かったからミト。ちょっと近い、近いって!」
わたわたとしながらそこまで言って、ジンタは御者台から地面に転げ落ちた。
馬車を道の真ん中に止めたまま、ジンタとエルファスとミトは道の右側に広がる原っぱに立っていた。
「えっとじゃあ、一番効果が分かりやすい、スピードでいくぞ?」
「おうっ!」
「対象は「ミト」 効果は「五分」 魔法は「スピード」」
ジンタがミトに向かい手をかざし唱える。
ミトの体が淡い緑色に包まれる。
「お、おぉ?」
自身の体の発光に、興奮気味の声を漏らすミト。
「もう掛かったのか?」
おっかなびっくりに聞いてくるミトに、ジンタは頷きで答える。
「なら、いっくぜ――っ!」
言うなりミトは走り出した。
おっ! おっ! と声を出しながらも、グングンと獣人化していないカモシカのような白い足を動かし、ミトは加速していく。
「うっはぁ~~。これすっげぇ~~いいなぁ~~」
ジンタが保健医に初めて強化魔法を掛けられた時と同じように、ミトはグルグルと校庭のトラックのように草原を走り回った。
やっぱああなるよなぁ~と、自身の時と照らし合わせている。
その喜び回るミトを見つめているジンタの服、その腕部分をエルファスが軽く引っ張り、
「あの、ジンタさん……」
「ん? どうしたエルファス?」
「……やっぱ強化魔法ってあんまり用もないのに使っちゃダメです。絶対に普段は使わないで下さい。特にミトにはスピードは絶対使わないで下さい!」
まだ小学生の張りのある眉間にシワを作り、エルファスがジンタに力説する。
「ああ、まあ、普段は使わないつもりだけど、一体なぜ?」
「そ、それは……」
エルファスが困ったように言いづらそうに目を逸らすが、
「普段でも逃げられないのに、強化魔法でスピードを掛けられたらより逃げられなくなるから。なんて言えないよなぁ~エルファス?」
ビクッと上体を跳ね上がらせるエルファスの後ろに、ミトが立っていた。
「うっ、うぅ……」
正解だったようで、エルファスが急ぎミトから離れ、ジンタの後ろへと回り込む。
「だって、それ! スピードってミトには卑怯じゃない!」
「エルファスが、おれに怒られるようなことしなきゃいいだけだろ?」
「うっ……」
どうも今日は、ミトに軍配が上がったようだ。
「しっかし、そうかぁ~。確かにこれをいきなりもらっちゃ、自分達で先に進もうって、有頂天になるわなぁ~」
ピョンピョンとその場で跳び跳ねながらミトが言う。
「そうでしょ? ジンタさんはそれをあの時使ったの」
「そっかぁ~。で、これってスピード以外は何があるんだ?」
「一応、アタックとプロテクト、そして今ミトに使ってるスピードだけど」
「ほほぉ~。スピードは動きに対して、何か風のようなモノが後押ししてくれるような感覚か……。他のは?」
「アタックは、なんか硬質化したような感じがするな」
ジンタが思い出すように答える。
「プロテクトはねぇ。目に見えない薄い膜のようなモノが体の周りを覆っている感じかな?」
と、エルファス。
「ほうほう、それは一度全部を経験しておきたいけど……」
そこまで言ってから、ミトはちらりとジンタを見てニッとイタズラな笑みを浮かべる。
そして、いきなり声のトーンを大きくし、
「そっかぁ~、あの作戦失敗の原因はジンタのせいだったのかぁ~」
それにピンッときたのか、続くようにエルファスが、
「うんうん、そうなんだよミト。ジンタさんの強化魔法の後から、みんな森の中へと進みだしたんだから……」
と続ける。
「え?」
間抜けな顔でジンタが呟く中、ミトとエルファスのやり取りは止まらない。
「やっぱそうなんだろ? エルファス」
「うんうん」
「え? え?」
阿吽とも言えるミトとエルファスのやり取りに、ジンタが困ったようにオドオドしていると、
「確かにそうですわね。よくよく考えて見れば、ジンタさんのあの強化魔法がなければ私もあんなに興奮することなかったですわ」
「私も、それには同意します」
荷馬車の中から2つの影が降りてくる。
真っ赤なヒラヒラがついたシャツに同色のキュロットを履いたリカと、ややゆったりのシャツに、膝程までのラフなパンツを履いたイヨリだ。
「え? えぇ~~」
「え」だけ、それ以外の言葉が出ないジンタを四人が囲む。
「つまり、あの失敗はジンタさんのせいだったと言うことですわね」
「全部ではないと思いますが、あのタイミングで強化魔法はさすがに、ですよね~」
「まあ、この効果はなぁ~、さすがに気が高ぶっちまうわなぁ~」
「うんうん、見てるだけの私達だってすごい興奮しましたから」
四人がさらにズイッとジンタへの囲いを狭くする。
「さってそれでは、やはり――」
「ここはジンタさんに責任を取ってもらって――」
「昼はジンタのおごりで――」
「パァ――っと美味しい物を食べましょう!」
何なんだこのツーカーなやり取りは、と思えるほどの見事なやり取りで話が進んだ。
以降、帰りの数時間ほど馬車内はどこで何を食べるかで盛り上がり、お昼ちょっと過ぎにラペンへと着いた一行は、馬車を返し、足早にランチへと向かった。
全員の腹がはち切れそうなほど、目一杯昼飯を食べた。
ミリアなど、それこそ帰るために歩くのも苦しそうなほど食べていた。
イヨリが「食べ過ぎなんですよ」と小言を言いながら手を引いて歩き出せば「うぅ~、イヨリ~引っ張るんじゃなくておんぶ~」と、負けてないいつものやり取りをしている。
他の面々は、それぞれに笑顔で話をして歩いている。
最後方を歩くジンタからすればお小遣いの財政的危機でもあったが、それで全員の機嫌がいつものように戻ったのなら、それも良いかなと自身の前を笑いながら歩くみんなを見て、自然と笑みが浮かんだ。
「そう言えばジンタさん?」
家まであと少しの位置で、リカがふと立ち止まり振り向いた。
「な、なんです? リカさん」
ジンタも立ち止まり、嫌な予感がしたためやや半歩後退った。
全員もリカに続き、ジンタの方へと体を向けている。
「私が出した宿題の答えは分かりまして?」
「へ?」
間抜けな声のあと、ジンタは思い出すように空を見上げた。
――俺に宿題? 何かあったっけ?
自問自答したが、まったく分からない。
「はぁ~。忘れてしまったようですわね?」
「は、はぁ~……」
申し訳なさそうに頭を掻き、ジンタは頷く。
そんなジンタに、一度大きく息を吐き、リカは挑発的ともとれるように目を細め、
「初日の夜ですわ。私を探しに来たジンタさんに私は言いましたわよ「ジンタさんは一体女性のどこを見て相手を判断してるのか」ってことですけど。思い出しまして?」
艶めかしく笑みを浮かべるリカ。
「あ……」
初日の夜、川の上流でリカを見つけた時、言われた質問だと今更ながらに思い出した。
しかし、それを言われ気付いた時には、もう手遅れだった。
ジンタを見る全員の目に鋭さが走る。
――はめられたな……これは……。
心の中でこれでもかと大きな溜め息を吐き、ジンタは両手を上げた。
「すいません。まったく分かりませんでした」
と、答えるしか出来なかった。
「では、また宿題ですわね」
リカが言うと、
「ほ~~、そんな宿題がジンタにはあったのか」
「私も答えを聞きたいですね」
ミトが低く煽り、イヨリが冷たい視線を突き刺してくる。
――これは迂闊な答えは身を滅ぼしそうだな……。
と、さっきまでの幸せな気分が大きく吹き飛び、体全体を身震いさせながらジンタはガックリとうな垂れた。




