作戦終了
ジンタ達が、森の主とぶつかる少し前。
「ミト、そろそろだぞ」
「ああ、ゆっくり下ろしてってくれリゼット」
上空を飛び、警戒網の中心部へと向かっていたミトとリゼットが、遂にハニーハニービーの警戒範囲、その中心部辺りへと到着した。
これからミトは、一人森の中を走り周り、ハニーハニービーのハチミツを見つけ出す任務に移るところだ。
見下ろす景色が近づくにつれ、ミトは安心感を得ていく。
ミトとて、正直空を飛びたいという気持ちは大いにある。しかし、しかしだ、リゼットにすべてを任せての飛行は、とてつもなく不安で恐怖しかない。
こんな重大案件(一舐め金貨一枚)でもなければ、絶対にお断りだとミトは確信持って言える。
しかもリゼットの考えなしのため、肩の肉をリゼットの凶悪なハーピーの爪に抉られ持ち上げられるという始末。
そんな苦痛と恐怖でしかなかった、空の旅もやっと終わりを迎えたのだ。
――ああ、これほどまでに嬉しいことはない。
ほろりと涙が溢れるほどの喜びを内心で感じつつ、
「ここでいいぞリゼット、爪離してくれ」
と、リゼットに頼む。
「分かったぞ」
言うのが早いか、離すのが早いかのタイミングで、ミトの肩を抉っていたリゼットの爪がパッと開かれる。
ゆっくりとか慎重とか、そんな言葉きっとリゼットの中には存在しないのだろうという勢いで。
まずは、フワッとした浮遊感があり、それから一気に落ちる感覚。
それを体感しつつ、近づく地面を見下ろしながらミトは笑みを浮かべる。
アルミラージの下半身。ウサギのような白い足を使い、森の中、生い茂る木々の太い枝を器用に蹴りながら落下の勢いを殺していく。
最後にクルッと一回転し、両手を広げて地面へと見事に着地。
一度辺りを見渡し、誰もいないのを確認してから、
「さってと、じゃあちっと急ぐかな」
小さく呟き、ミトは走り出す。
頭の上のぴょこんと立つウサギような両耳をピクピクと左右に動かし音を探り、甘い匂いを探すように鼻をくんかくんかと動かし、嵐の中の森を疾走する。
目的のモノはすぐに見つかった。
豪雨の中にも香る、甘美で甘い、あま~い匂い。
まだお昼過ぎだが、嵐のために真っ暗な空、真っ暗な森の中、その森の中を黄金色に輝き照らす物体、それは見事なほどの、金色に輝く蜂の巣だった。
「やべえなこりゃあ、まだそれなりに距離があるのに、なんかかぶり付きたくなるほど美味そうな匂いをさせてやがる……」
茂みの中、口内に次々と溢れるツバをゴクリと飲み、ミトは口元を手で拭う。
巣の周りには黄色い小さいハチ(普通のハチほどの大きさ)が飛び回っている。恐らくまだ成虫に成り立てで、バレーボールほどまで大きく育つ前のハニーハニービー達だと想像できる。
「さって、あれでも刺されると痛ぇからなぁ~。慎重にって行きてえけど、色々考えるのは面倒くせーし、おれってやっぱスピードの鬼だし! ここは一気にぶんどるっ!」
自分に言い聞かせるなり、アルミラージの下半身をグッと沈め込ませ足の指の爪を地面に噛ませる。
「行っくぜ~~~~」
自分で気合いのような合図をし、全身のバネを開放する。
ザッと茂みを抜け出し、一気に金の巣をラグビーボールのように抱え、ミトは森の中へと走り去った。
その姿はまるで脱兎の如く。
あまりに鮮やかに巣を持って行かれ、ミトの姿が森の中へと消えて数瞬、ボー然としていた羽化したてのハニーハニービー達が、ハッとなり慌ててミトの姿を追い掛け始めた……。
※※※※※※※※
ジンタが強化魔法を使えると分かり、そのチカラに酔いしれ当初の作戦目的を変更した囮組一行は、ゴリラともサルとも取れる体長四メートル級の森の主と対峙していた。
はずなのだが、ジンタの見ていた限りイヨリの三度目の「フンッ!」で、今、森の主様は現在進行形で夢の中に、そしてジンタ達はその主を跨いで進んでいる状態だった。
主が沈んだことで、森の住人であるモンスター達は動揺し逃げ去っていく者達が増えた。
結果、イヨリとリカの前に立ちはだかるモンスターは激減、巣へ向けての侵攻は加速度を増し早まっていった。
「なんでしょう? 今日はこんな嵐の天気ですのに、私、清々しいほど体が軽くてよ」
「ええ、ええ、分かりますよリカさん。私もまるで別人のようにスパスパと体が動きますもの」
強化魔法の恩恵と知りつつも、殺戮マシーンと化した二人の水着美女は、未だそのチカラに溺れていた。
ジンタは思う……。
――こういう有頂天な時ほど、悲劇って起こるものだよなぁ~
と。
その刹那、その予言のようなジンタの考えは現実のものとなった。
早歩きしつつ、動くモノに対し向かって来る者は全部叩き潰すかのように拳を振り回し進むリカとイヨリの二人の前に、白い影が飛び出してきた。
当然、条件反射的にイヨリとリカの両方がその白い影に向かい、爪と拳を振り回した。
「ひゃおうっ!」
白い影は、悲鳴に近い驚きの声を上げ、間一髪で二人の即死級攻撃を瞬時のバックダッシュで躱した。
当然、スパスパと倒し進んできた二人の殺戮マシーンと、その後方を歩いていた者達は躱した白い影に目が向く。
そこには、躱したはいいがどっしゃりと尻餅をついて引きつった顔をしたミトが、両手で頭を押さえていた。
「「「ミト」」」
「「「ミトさん」」」
全員が口々に呟く。
「な、なんだよ……。なんでお前達がここまで来てるんだよ? おれ……、おれ、マジで今死に掛けてなかったか?」
完全に涙目でミトが声を震わせて言えば、
「あ、あぁ~~、うん。ミトが当たってたら確実に五回転は空中をグルグル回って木にぶち当たって、グシャッて死んでたかも……」
さすがマスターであり、長年の相方でもあるエルファスが擬音つきで答えた。
「だよな? だよな!」
ミトが激しく同意したように、頭に置いていた両手を地面に突き、同意したエルファスにコクコクと頷く。
そんなミトに、エルファスは思い出したように尋ねる。
「それよりミト。ハニーハニービーの巣は?」
「え?」
言われたミトは、目をキョトンとさせた後、地面に突いた両手をゆっくりと持ち上げ、顔の前に持って行き、グッぱグッぱっと閉じては開きをくり返す。
「…………ミト?」
エルファスが、どこか悟ったように目を細め名を呼ぶと、
「あ、あは……、あはは……。どこ行ったんだろ……。あの金の巣?」
土砂降りなのに、なぜか半泣きだとわかる顔でミトが乾いた声で笑う。
「金の? ……巣? それってあれですかね?」
冷静な声で雪目が一点を指差す。
そこには、金色に光るバスケットボール大の金色の物体があった。
が、それは切り裂き傷と、地面に激しく叩き付けられ潰れていた。
「「「「「あっ!!!」」」」」
全員の声が揃った。
切り裂け、地面に思い切り叩き付けられぐっしゃりと潰れた金の巣。
まるで大きなおせんべいのように潰れ、地面に広がった巣から、大量に溢れる金色の甘い匂いをさせるハチミツが、槍のように降り注ぐ豪雨により川のように流れる雨水によって綺麗に金色の糸を引き流されていっている。
時間にして一分ほどだろうか、ジンタ達、ハニーハニービー達、そして森のモンスター達、そのそれぞれが時が止まったように豪雨に洗い流されていく金色のハチミツを眺めていた。
すべてのハチミツが流れ、打ち付ける豪雨と雷だけが響く中、最初に動いたのはハニーハニービー達だった。
先ほどまでの戦闘が嘘のように、まるで何事もなかったかようにその場から立ち去り始めた。
それを皮切りに森のモンスター達もジンタ達に背を向け、森の奥へと歩き出した。
ハニーハニービー達とモンスター達がいなくなり、より一層耳に響く雨音。
ジンタ達は、その豪雨の中をさらにしばらくの間、ぼーっと立ち尽くしていた。




