初お披露目と興奮と
イヨリ達が戦い始めて二十分が経った。
さらに激化する戦闘に、イヨリ達が徐々に徐々に後ろへ追い込まれていく。
それをただ見ているだけのジンタは拳を握りしめ、ジンタの後ろから見ているミリア達三人も同じようにやり切れないのかジンタの服を握りしめてくる。
「ジンさん。これ以上はさすがにイヨリ達だって無理だよ~~」
ミリアの声がジンタの鼓膜を揺さぶり心に響く。
目に映る三人は確かに疲れが見え始めている。
これ以上はよくない間違いが起こるかも知れない。そう思った瞬間だった。
リカのウエーブがかった髪が大きく揺れ、体が大きく弾かれたように飛びイヨリへとぶつかり二人が膝を付く。
「リカッ!」
「イヨリッ!」
ロンシャンとミリアがジンタの後ろから飛び出した。
「くっ!」
ジンタも急ぎ二人の後を追う。が、二人はエルフ、通常のジンタではとても追いつけない。
ジンタは即座に口を動かす。
「対象は「俺」 効果は「一〇分」 魔法は「スピード」」
唱え終えると同時に、ジンタの体が仄かに緑色に輝きだす。
倒れたイヨリとリカの元へ向かうミリアとロンシャンを追い抜き、さらに倒れているイヨリとリカの前へと躍り出て、ジンタは剣を大きく横に振る。
「じ、ジンタさん? 今どうやって?」
「な、なんですの? どうして体が微かに緑色に光ってるんですの?」
起き上がろうとするイヨリと、コメカミ辺りから流血しているリカがキツネに摘ままれたように呟く。
「あ~、あ~~。えっと……」
なんと説明しようか悩んでいたジンタに、リカの元へと辿り着いたロンシャンが代わりに答えた。
「きっとあれがジンタさんが覚えた強化魔法だよ」
「強化魔法……。覚えていらしたの?」
「う、うん。まあ、覚えていたんだけど……」
「じゃあ……、どうして、今まで一度も?」
「えっと、一応この強化魔法って――」
「僕達が使うにはまだ精神的に危ないから、僕達の前であまり見せたり使ったりしちゃダメだ、と言われたんですね? 保健の先生に」
「う、うん。ロンシャンの言うとーりデス」
完全にロンシャンにすべてを見透かされて、ジンタの方がしどろもどろで片言になる。
向かって来る数体のモンスターを、ジンタはスピードを強化した剣を振り、切りつける。
「それ……、確かに便利そうですわね? 最初にそれを掛けてもらえればこんな苦労することなかったのではないこと?」
ジィーっと見つめてくるリカに対し、ギクッとジンタが体を震わせる。
「ジンタさん? それって私達には掛けれないんです?」
起き上がったイヨリがややお怒り加減に尋ねるように言い、
「ジンさん、イヨリにもその魔法を掛けて!」
イヨリの隣で、泣きそうなミリアが必死にお願いしてくる。
「あ、う……」
まだ躊躇うジンタに、最後にやって来たエルファスが、目を虚ろにして呟く。
「ここまで来てまだ隠そうとするんです? ジンタさんがそんなことなら、私雪目にジンタさんを襲わせますよ?」
「うん、わたしもジンさんがそんな薄情なら止めないよ!」
ミリアまでエルファスの言葉に乗っかった。
「そ、それって……、つ、つまりわたしとジンタさんの結婚の許可が……」
獣人化した美女の顔の雪目が、言葉と一緒に目をうるうるさせる。
「私、ジンタさんはもう少しシャッキリしている方だと思っていましたわ」
「僕も、自分では使ってはダメだと分かりますので、ジンタさんが代わりにみんなに使ってあげて下さい」
リカとロンシャンの言葉。
そして最後に、
「ジンタさんって、結構意地悪するの好きですよね。私そういうの嫌いです」
頬を膨らませそっぽを向くイヨリ。
大勢のモンスターに囲まれている状況。それにも関わらずジンタはその場でガックリとうな垂れる。
「……掛けます。みんなに強化魔法掛けさせていただきます!」
半ばヤケになりジンタは叫んだ。
※※※※※※※※
「痛え! イテテテッ! 痛ッテエエエエェ―――――ッ!」
「ミトうるさい! もっと静かにしないとバレちゃうよっ!」
「だったらリゼット! お前も、もっと優しく持てねえのかよ! 思いっきりおれの肩の肉にお前の足の爪が食い込んで、――おまっ! 血が出てるって! 肩から血が――」
「しょうがないよ、ミトがリゼットの足持つのヤダって言うから、リゼットがミトを掴んでる」
みんなから離れ、別働隊として直接ハニーハニービーのハチミツを奪うために動いているミトとリゼットが上空三〇〇メートルほどの高さを、リゼットのハーピーの能力で飛んでいた。
「……それはそうだけどよ、それでももう少し優しく持つとか、せめておれの両腕を掴んで飛ぶとかなかったのか?」
「⁉ そうだよっ! ミトの肩に爪刺さずに、ミトの腕を掴んで持てば良かったよ!」
初めて気付いたとばかりにリゼットがミトの頭の上で翼を動かしながら叫ぶ。
「最初に気付けっての!」
「ミトだって言わなかった!」
「お前が変身するなり、いきなり俺の両肩掴んで一気に飛ぶからだろうが!」
「そだっけ?」
リゼットは飛びながら目を丸くする。
「とりあえず、このままおれの肩にお前の爪を刺したままだと、おれの両肩がお前の爪で潰される。リゼット、一瞬だけ俺を離して、俺の両腕を掴んで飛び直すとか――」
「リゼット一回離したら、きっとミト、下に落ちてグシャッてなった後、また掴むしかできないよ? 空中で掴み直すのリゼットきっと苦手だよ? 無理だよ?」
「え?」
ミトは、やっぱこいつに難しい事を頼むのは無理だ。と思いつつ下を見た。
さらに荒れ始めた天候に、木々を大きく揺らし小さくなった森の姿が見える。
ミトは、自分が言ったことが実行された時、地面にグシャッとなるところを想像し身震いする。
「分かった! やっぱこのまま離すなリゼット。頼むからこのままだ!」
「分かったよミト。雨と風、結構強い。これ以上緩めるとミト落としちゃうから、ミトもジッとする」
「ちょ、ちょっとリゼット……。マジでこの高さで落ちるとか勘弁してくれ……」
なるべく見ないようにしていた足下の景色を再度見て、ミトが大きく身震いした。
「だったら、文句言わずにじっとしていろミト!」
リゼットはより強くミトの肩に爪を突き刺し、雨風に負けないよう、体をより前傾にし、両手の翼を羽ばたかせた。
「イッッテエエエエエエェェ――――――ッ!」
涙目のミトの絶叫だけが、強くなってきた雨風にかき消されてく。
※※※※※※※※
「あら、あらあらあら! まぁ、まぁまぁまぁっ!」
向かって来るモンスターの群れを、その両腕のグリズリーの腕で屠りながら、リカがどこぞのおばさんのように高揚した声を上げる。
「フンッ! フンッフンッフンッ! フンッッッ!」
その隣では、気合いの篭もった鼻息を漏らして、イヨリがゴーレムの岩の両腕をもの凄い速さでモンスターに叩き付けている。
「うっわあ……。これほんとすごいけど……。なんか危ないし怖いね……」
「うん、二人とも、ジンタさんの強化魔法「スピード」で、普段ではありえないほどの腕振りで戦ってるから」
「見てて恐ろしいぐらいだよね。ほんと……二人共……」
先頭で両腕を振るう、淡い緑色に包まれた水着姿のイヨリとリカの後ろで、三人のマスター達が恐怖の顔でジンタに身を寄せてくる。
「ねえ、ジンさん。お願いだからイヨリが私にお説教してるとき、コレ使わないでね」
雨なのに涙目なのが分かるほど、怯えた顔でミリアが言ってくる。
まるでなまはげのような効果だな、と思いつつジンタも保健医が言っていた、もう一つのことを思い出していた。
――強化魔法、そのチカラは人を変える。
そう言った保健医は一口果汁を含んでから、
――恐らくほぼ全員がそうだと思うが、初めて掛けてもらったときの強化魔法は、今までの自分の限界だと思っていたチカラを超えて発揮されるわけだ。さっきの君もそうだったが、普段なら絶対に校庭を何周も回るはずがないのに「スピード」の魔法による肉体の強化、それによる自身の未知の領域が、君にそれをやらせたんだ。普段なら絶対にやらないことをやってしまう。それだけ興奮してしまうんだよ、この強化魔法は。だから使い方を誤って欲しくないんだ、私はな。
と、言っていた。
それが今のイヨリとリカのどこか恍惚とした表情を見て、ジンタにもよく分かった。
もう一人、雪目には「プロテクト」の魔法を掛けているが、こちらはその実感がまだないのか、それほどではないが……。
もっとも、強化による興奮はないが、さっきエルファス達が言ったジンタを襲っていいと言う発言のせいか、なぜかイヨリ達同様恍惚とした顔でジンタを見つめているが……。
しかし今は雪女の獣人化した姿、とても魅惑的な美人目線となり、ジンタを貫いてく。
ふと、視線をイヨリ達に戻すと、微妙に距離が開いてた。
「えっと二人共、なんかだんだんと前に歩いて行ってるけど、この作戦って確かこの場所でモンスターを引きつけるって話じゃなかったっけ?」
「あらあら。そうでしたわね」
「フンッ! ――確かにそうですね」
向かって来るモンスターをあしらうように殴りつつ、二人がジンタに振り向く。
――良かった、さすがだな二人共、俺が思うよりあまり強化魔法にのめり込んでない。
内心ホッとしていたジンタだったが、
「この強化魔法のチカラがあればハニーハニービーの巣まで、一気に行っても良いんじゃありませんこと。イヨリさん?」
「そうですね。これなら逃げられる前に辿りつけそうですね、リカさん」
二人は互いに納得したのか頷き合い、完全に巣へと進む方向で話を決め、前へ前へとモンスターをなぎ倒し始めた。
――だ、だめだ。やっぱ二人共、完全に強化魔法を受けた自分のチカラに酔いしれている……。
止めようにも、自分では止められない、絶対無理だ。と理解しているジンタはやむを得ずマスターである三人にプロテクトの強化魔法を掛け、自分にもスピードを掛けながら、二人と雪目を前に見つつ、三人を守りながら付いていった。
襲い来るモンスター、その種類は多種多様だった。イノシシのようなヤツもいれば、サルのようなヤツもいる。ゴリラやクマのようなもいれば、果ては木のお化けや花のお化けもいた。
が、それ等の多様なモンスターが、まるで今のこの吹き荒び荒れ狂う嵐のような天候以上に、宙を飛んでいく、二人の猛獣化した美女によって。
まさしく吹き飛んでいく……。
ある者は切り裂かれ、
ある者は叩き潰され、
見事に一発で沈んでいく。
体は色っぽい水着姿の二人、露出した首筋から肩の辺りがそれなりに大きく上下している辺り、息が上がり始めているのがジンタにも分かるのだが、それ以上に今の自分のチカラ(強化魔法スピードのチカラでもあるのだが)に酔いしれ、止まる気配がなく前へと進んでいく。
どうしよう……。困ったように溜め息を漏らしつつ、視線を下へ向ければ……。
「行け――っ! イヨリ、もっとだよ――っ!」
「そうですわ! リカさんもがんばってっ!」
ミリアとエルファスが、まるで自身がモンスターを殴り倒してるように拳を振り回し、いつもより興奮して、戦う二人を刺激している。
一人静かなロンシャンは「これが強化魔法のプロテクトか……。ほんとだ、少しつねってみたけどいつもより痛くない。まるで自分の体の周りに薄い膜があって、それが防いでくれてるような――――」
などと、早くも強化魔法の分析に精を出している始末だ。
この状況に、どうしようと再度考え込んでいるのが自分だけのように思えて、ジンタはより一層がっくりとうな垂れた。
さらに突き進むことしばらく、向かって来るモンスターを手当たり次第に蹴散らし進む二人の前から、嵐の突風にのり、大気を震わす遠吠えが響いた。
「これは……」
「今までのより、強そう……」
「この森の主かな?」
「あまりここいらでは聞きませんけど、そうかも知れません」
ジンタに聞こえたのなら、当然エルフである三人のマスターにも聞こえている。長い耳は伊達じゃない。それは最前線のイヨリとリカ、それと一歩下がった位置の雪目にも聞こえていた。
「ジンタさん。ちょっと厄介な相手が来るかも知れません。ミリア達をお願いします」
さすがに、やや緊張気味にイヨリが向かって来るモンスターを叩き飛ばしながら言う。
「それとジンタさん。この強化魔法、掛けるとき三〇分と行ってましたわね? 時間的にそろそろですが、もしよろしければまた掛けてもらえて?」
リカの指摘にジンタもあっと声を上げる。
ジンタ自身使い慣れていないのもあるが、あれだけ興奮しモンスターを切り裂いていたのに冷静にそこを指摘してくるリカに、ジンタはある種畏敬の念を覚える。
再度三〇分の強化を上掛け、ジンタは三人のマスターを自身の後ろに庇うように集める。
耳をつんざく風の音にのり、バキバキと木の折れる音が響いてくる。
「かなり、大きそうだな」
ジンタが呟くと、後ろにいて、ひょっこりとジンタの脇から顔をだしているミリアとエルファスが、さすがに怖いのかギュッとジンタの服を掴む。
それに呼応するように、ちょうどジンタ達の前、イヨリ達の後ろ、と中間に立つ雪目が振り向く。
「大丈夫ですよ、前の二人もいますし、私もジンタさんの奥さんとして、皆さんを守りますから」
と清々しいほど優しい笑みを向けてくる。
いつもなら、雪目のそんな言葉即答で「雪目さんは奥さんじゃないですから!」と言い返すジンタだが、正直、雪女となった雪目の雨に濡れ振り返り笑む姿、その水も滴るほどの美貌は、ジンタの口を半開きにさせるほどの破壊力を持っていた。
「ジンタさん?」
無言のジンタに、ロンシャンが「どうしました?」と顔を向けてくる。
我に返ったジンタが「ああ……ごめんごめん」と頭を掻いて誤魔化し、視線を前に向けると、イヨリがジト目を向けてジンタを見ていた。
目が合うと、イヨリはスッと視線を正面に戻し、またモンスターを叩き潰し始める。
しかしイヨリの攻撃、その力強さは、なぜかさっき以上に負の感情が籠もってる感じで、ジンタは自分がイヨリに殴られてるような気持ちになり、気が重たくなってきた。
そうこうしているうちに向かって来る大きな何か、その音が近づいてくる。
「来ますわ!」
リカの緊張したような、そしてやや喜んでそうな声が響くと同時にイヨリとリカの前、森の木々がまるで、邪魔な草をかき分けるように、太い腕に左右になぎ倒される。
現れたのはサルともゴリラとも取れる四メートルほどの大きな生物。
それは、ジンタ達を見下ろし、一度胸を両腕で叩き、大きく息を吸い込んだ後、
「フオオオオォォォォォォォ――――――――ッ!」
嵐の轟音に負けない、耳に突き刺さるような叫びを発した。
全員が、さすがに耳を塞ぐ。
ミリア達マスターは長いエルフの耳を、イヨリと雪目とジンタは左右の耳を、そしてリカだけは頭の上にぴょこんと出たグリズリーの丸い耳を押さえる。
――あっ、やっぱ左右にある人の耳より、あっちの方が獣人化してるときは音を拾うんだ……。
ジンタは新しい発見に、新鮮でどこか和む気持ちを、リカの耳を塞ぐ姿に感じて素直にクスリと笑ってしまった。
そして、またしてもそれを耳を塞ぎ振り向いていたイヨリに見られ、光を無くしかけたイヨリと目があった。
――あっ。なんだろ。今日、俺ってすごい運悪くない? イヨリに対して変な所しか見られてないかも……。
どんよりと、胸の奥に沈み込むような重い気持ちになり、ジンタは激しく落ち込む。
森の主だろうモンスターの咆哮がおさまると、主は再度両胸を激しく両腕で叩いた。
それを見ていた他のモンスター達も、まるで鼓舞されたかのように咆哮を上げる。
やっぱり相手はこの森の主らしかった。
「かなり大きいですね」
正面を向き構えるイヨリも、やや驚きながら声を上げる。
「そうですわね」
リカは、それが? と言うように不敵な笑みを浮かべ、クマの耳から手を離し、構えを取る。
イヨリとリカの二人に対し、森の主とモンスター達がそれぞれに叫び声を上げ、拳を振り回し激しく向かって来る。




