二泊三日 川遊び 初日 後編
氷漬けのジンタが真夏の流れる川の水で解凍されている中、ミリア達わんぱく五人衆は、お昼を食べエネルギーを補充し、川の流れに逆らい上流へと向かい歩いていた。
「いや~~、きっもちいいなぁ~~~」
先頭で腰近くまでの水に浸かり、川の流れに逆らいつつ歩くミトが言えば、
「うん、うん、やっぱいいよねえ」
その後ろにいるミリアが頷き、
「やっぱり、こういう息抜きがないと人生やってられないよねぇ」
わずか十一才にして、人生の息抜きを語るエルファス。
解凍中のジンタと、それ以外の大人がいる場所から三百メートルほど上流の位置まで進み、風通しの適度に良く、木々に囲まれ暑い太陽の陽光を避けられる、川の中央にでんっと置かれた大岩の上で五人は休憩することにした。
「でもほんと気持ちいいよね、ここ」
「うん、リゼットも気持ちいい」
森の木々が日を遮り、川の冷たさに適度に温度の下がった心地よい風と、岩場が絶妙に川の流れを弾き体にかかる水飛沫の心地よさを肌で感じながら五人が大岩に横になり、心地よさを満喫していた。
「もう少ししたら、魚を捕って夜ご飯の準備をしないとな」
「うん、それはミトに任せるね。キックで魚取れるでしょ?」
「まあ、おれも取れるけどよ、リカだって相当うまいだろ?」
「そうだね、なんせリカの種族はクマだから。魚取りはうまいよ」
「リゼットもそう思う。でも、リカはイヨリの前で魚取らないと思う」
「そうなの? イヨリも川底に拳を叩きつけて、魚を気絶させて捕るのをうまいよ?」
「やっぱ魚取るのもチカラ技が一番なのか……」
五人が頭を向けあい、足を川に放り出し、寝そべりながら話をしていると、微かに空気を振るわす音が聞こえてくる。
「ん?」
まずはミリアが気付き、
「どうしたの――」
「この音は――?」
森の奥を見つめるミリアに声を掛けたエルファス、そしてロンシャンも気付く。
「……羽音、か?」
ミトも気付き立ち上がる。
「むおっ?」
リゼットも耳より先にアホ毛が反応した。
全員が辺りを見渡すがなにもいない。
「なんかいるよね?」
ミリアが誰にともなく尋ねる。
「ああ、動物と言うより虫っぽいけど……なんか大きそうだな」
ミトが答えるとエルファスが、
「うん、かなりブ――ンって大きい音だよね」
話をしている間も、音は大きく、そして徐々に数が増えていく。
それにともない、異様な空気が場を包む。
まるで監視されてるような、複数の目の存在を感じる。
五人の中でリーダー的、そして獣人化出来るミトが、小さく、しかし有無を言わせぬ口調で全員に命令する。
「とりあえず、これは戻った方がいいな。全員水に入りながら元の場所に戻ろう」
ミトが周囲を警戒している間に、全員が再度川へと入り、水の中に潜るようにしてジンタ達のいる場所へと向かい川の流れに沿って歩き始めた。
五人がジンタ達の元に返ってきた時、ジンタの解凍はほぼばっちり終了しており、この真夏の暑い中、ジンタは焚き火の前で暖をとっていた。
「あっ! ジンさん復活してる」
ミリアがはしゃぎ、ジンタの背中に抱きつく。
「お、おぉ。ミリアおかえり。みんなも――へ、へっくしゅん!」
振り向き、盛大にクシャミをしたジンタの鼻から「だら~~」っと見事な鼻水が落ちる。
「うお! なんだその見事な鼻水は!」
「すごいぞジンタ!」
ミトとリゼットが感心を通り越し、両手を合わせなぜか拝む、ジンタの鼻水を。
「ジンタさん説明せずにすいません」
「私もです」
ロンシャンとエルファスが氷漬けになった理由について、律儀にすいませんと頭を下げる。ジンタはそれを笑みで返し、
「いや。こういうハプニングもこういうときにはつきものだからな。それよりみんなは楽しんでるか?」
「「はい 」」
二人は満足な笑みを浮かべる。
「私のせいで、愛おしいジンタさんがこんな目に……。私も今日とは言わず一生ジンタさんの身の回りの世話をしていく所存です。ピトッ」
雪目が、ミリアの離れたジンタの背中に張り付くように身を寄せる。
「寒い寒い。そんな気にしないでいいので雪目さん離れて。また凍る!」
ジンタは背中に色々な悪寒を感じながら、身悶えた。
「さって、そろそろ夕飯の準備も考えて、魚取りを――」
「それなら私がやりますから、皆さんは少し川の下流で待っててください」
おやつ代わりのクッキーと果汁を平らげたミトが言い掛けると、いつものように全員の世話をし、せっせと動いていたイヨリが引き止める。
「じゃあ、すぐ終わるね。エルちゃん」
食べ終わったミリアがエルファスの手を掴み、下流側に向け走り出す。
それについて行くように全員がミリア達の方へ。
ジンタも火から離れようとするが、
「あ、ジンタさんはそこにいていいですよ。今日のジンタさんは……、なんか色々と散々なことが続いていますし……」
これ以上はさすがに、とイヨリがジンタを止めた。
そのイヨリは、水着の上から来ていたエプロンを脱ぎ、水着姿となり腕をゴーレム化させ川の真ん中へと歩いて行く。
「じゃあ行きますよ~~」
川の真ん中で、川下の全員に向かい大きく自分の体ほどの太さの両手を振るイヨリ。
「いつでもどうぞですわ~~」
リカの返答が返ってくると、イヨリは川の中へと向け、体をくの字に折る。そして獣人化したゴーレムの両腕を目一杯に背中側へと引き絞る。
ギリギリと音が聞こえそうなほど、限界まで引き絞った後、
「ハァッ!」
気合い一閃。
ドッゴオオオオオオオンッッッ!
川底に両拳を叩き付けた。
一瞬の間の後、川が小さく振動し始めそれが大きくなってく。
バシャバシャとまるで大量の魚が飛び跳ねるように、川が波打つ、それから、一気に川の水がイヨリを中心に大きく外に逃げていく。
バッシャ――――ン!
川からそれなりに離れた場所にいるジンタの所まで、水飛沫がくるほど川の水が大きくイヨリの周りで広がり弾けた。
イヨリを中心に川の水が一気に弾け飛び、一瞬とはいえ川底が丸見えになり、そこに上流から流れてくる川の水がまた川底を埋めていく。
そして……………………。
川が元の流れに戻ると、プカプカと浮いてくる気絶した魚たち。
それが川の流れに乗って下流で待つミリア達の元へ。
「大漁だ~~大漁だ~~」
川下のミリア達は大はしゃぎで流れてくる気絶した魚を捕まえ、川岸へと持って行く。
ジンタは、ボー然とした顔でその光景を見つめていた。
イヨリのやったことが何なのかはジンタにもなんとなく分かった。
自身のゴーレムの腕のチカラで川底を殴り、そこから発生する衝撃波で魚を気絶させたのだ。しかも左右に微妙な誤差を付けて叩き付ける衝撃をより浸透させて。
しかし、しかしだ、問題はそのことではなく、規模が異常だということだ。ジンタの見た感じでは、イヨリが殴った後の衝撃波は川のこっち側から向こう側。広さにして八メートルほどで、それが全方位に及んでいた。
「ふ~~、これでなんとか魚の確保は出来ましたね」
獣人化を解き、健康的な白い手足で川から戻ってきたイヨリが、嘘か誠か汗を拭う素振りをしてる。
「――――え? ……ああ、うん。そうだね……ははは……」
もう、あまりの異常さにどこから驚くべきか分からないジンタは、乾いた笑いを浮かべた。
真夏の陽は長く、夕食を食べ陽が落ちる頃には、ミリア達五人はウトウト状態だった。
口では「今日はオールナイトだ」「みんなで徹夜でおしゃべりだ」とはしゃいでいたが、一人がウトウトし出すと、それは一気に伝染していき、夜空に満開の星が浮き出る頃には、ぐっすりだった。
今回は夜営の為のテントではなく。大人数でも一緒にいられるように、木から木へと繋ぎ焚き火を中心に囲えるタイプの蚊帳のようなモノで周りを囲い、全員が雑魚寝という形を取った。
それが全員一緒にいられ一番安全だと考えたからだ。
完全に眠りに落ちた五人を見ながら、イヨリがジンタの隣で呟く。
「ほんと、ずっと川で遊んでましたね。みんな」
「確かに、魚を捕った後も結局イヨリが「ご飯ですよ~」と呼ぶまでずっとだったな」
ジンタも苦笑しながら頷く。
「さて、それではそろそろ大人の時間ですね。アナタ」
イヨリとは反対側、ジンタの腕にしがみつき雪目が必死の形相で唇を突き出す。
「ええい! もういい加減にやめいっ!」
ジンタは雪目の顔を押し退け、必死に引き剥がす。
そんなふざけた雪目だが、蚊帳の周りに解けづらい氷柱を立て、真夏の夜、熱帯夜に近い暑さを大きく軽減させ、涼しく過ごせるようにしてくれているのだ。
五人が安心して気持ち良さそうに寝ているのも、この氷柱のお陰とも言える。
「あれ? そういえばリカさんは?」
晩ご飯の後、蚊帳の外に出て行くのはジンタも見ていたが、あれからもう一時間は経っている。トイレだと思ってたが、それにしては遅すぎる。
「リカさんは、上流を見に行ってますよ」
「上流?」
「ええ、晩ご飯のとき、ミリア達が上流で大きそうな虫の羽音を聞いて、その後異様な雰囲気になったと言ってたじゃないですか」
「そんなこと言ってたっけ?」
ジンタは晩ご飯の状況を思い出すが、ガッツガッツと食べる五人の姿しか思い浮かばない。口を激しく動かしながら、何かを色々しゃべっていたが、イヨリが一喝するまでそれが続いていただけに、内容まではまったく覚えていなかった。
「ブ――ンと空気を振るわせる音が最初は一つだったけど、それが増えていったって言ってましたね」
バケツの中の水に指を入れ、飲み物用の氷を生成しながら雪目が付け足す。
「ふ~~ん。それは確かに気になるなぁ」
「です。だからリカさんが見に行ったんですよ」
「一人で大丈夫なのかな?」
「それはもちろん。むしろ暗くなるなら一人の方が良いくらいですよ」
「そんなに?」
「はい。なんせクマですから、夜の森の中はお手の物ですよ。ほんと……色々特性があって羨ましいですよ」
どこか悔しそうにイヨリが呟く。
どうやら、またイヨリのコンプレックスが出始めたようだ。
「でも、それだけではなかったですよね? 私から見ても今日のリカさんはどこかこう……、なんといいますか、喉に魚の骨がつまったような感じと言いますか、楽しむことだけに意識が向いてなかったように見えますが?」
雪目の言葉に、イヨリが何かを思い出したようにぽんっと手を打つ。
「そういえば、ここに着いたとき、なんか甘い匂いがするとか何とか言ってませんでした?」
「甘い匂い? ――ああ、確かそんなこと言ってたな」
ジンタも思いだした。確かにあの重いリュックを背負って歩いてきた時、リカはそんなことを言っていた。
「それと関係あるんでしょうか?」
「分からないけど、やっぱリカさんの鼻が何かを感じていたのかもな」
「ええ、ほんっと一杯特性あっていいですよねぇ……」
イヨリの言葉にさらに恨めしさが滲む。
ジンタはこれ以上イヨリを刺激しないように、
「そういうことなら、羽音の件はリカさんに任せた方がいいかもな」
と、話を締めくくった。
それから一時間、ジンタ達はリカの帰りを待ったが、リカは戻ってこなかった。




