二泊三日 川遊び 初日 前編
川遊びお泊まり会、当日。
二泊三日の初日。
前日に降った雨も上がり、絶好調の川遊び日和となった。
「さて、水着は持ったし、調理機材と食材も大丈夫。着替えもあるわね」
イヨリが自身の持つ荷物のチェックをしている横で、ミリアがソファーに座り自分の着替えと水着、後お菓子の入ったリュックを背負いながらも、うとうと舟を漕いでいる。
ジンタも鎧や武器を装備しつつ、腰にあるボストンバックに目一杯の道具を詰め込んで、さらに背中に背負えるリュックも用意し、準備を済ませる。
「集合場所はここでいいんだっけ?」
「ええ、皆さんもそれぞれに準備を終えたら、ここに来ることになってますから」
イヨリとそんなやり取りの最中、家の扉がドンドンと叩かれ、
「おーい、来たぞー」
ミトの声が響く。
「来たみたいだな」
ジンタが玄関を開けると、普段と同じ格好で何にも荷物を持っていない身軽な格好のミトが「おっすジンタ」と余裕の笑みで頭の後ろに腕を組み立っていた。
「あれ? ミト荷物は?」
あまりに身軽そうなミトにジンタが聞くと、ミトは「ん」と言いながら振り向き、指差した。
そこには立派な荷台と二頭の馬がいた。
しかも荷台の中には、もう全員が入り座っているようだった。
「こ、これで行くのか?」
「あれ? ミリアから聞いてない? 今回はメインが遊び目的だからさ、馬車で行こうってなったんだけど?」
「そうなのか? てっきり歩きかと思って……」
ジンタがミトにそう返しつつ部屋の中に目を向けると、パンパンになったバカでかいリュックを背負ったイヨリの手が、拳を握りしめフルフルと震えていた。
ジンタが聞いてないということは、つまりイヨリも当然歩きだと思っていたわけで、その為の準備をしていたのだ。
「ミリアちゃ~~ん、早く来ないと席なくなっちゃうよ~~」
絶妙なタイミングでエルファスの声が馬車から届く。
舟を漕いでいたミリアの頭がガバッと跳ね上がり、口元のヨダレをふきふきしつつソファーから飛び降りて、ジンタをはねのけ外へと掛けだしていく。
「エルちゃ~~ん。わたしの席はちゃんとお昼寝しやすいところでとっておいてよ~~」
元気に叫びながら。
「まったくあの子は、そういうことをちゃんと言わないんだから」
やや頬を膨らませ、むくれるイヨリをなだめ、ジンタ達は川へと向け出発した。
「あら、これ美味しいですねリカさん」
「ええ、そうでしょ? 私のお気に入りですのよ。イヨリさんのもだいぶ美味しくなってますわ」
イヨリとリカが、それぞれに持ち寄ったクッキーの食べ比べをしている声が後ろの荷台から聞こえる。
ジンタは内心、ここ最近のイヨリのダイエットに付き合って野菜ばかりだった生活の意味は? と少し悲しげに思ったが、当然そんなことは口に出さない。――怖いから。
そんな朗らかな雰囲気の中、馬車はガタゴトと街道を北へと進む。
暑い中ミトが手綱を握り。
ジンタは御者台、ミトの隣に座りながら後ろを振り返った。
他のメンツは、エルフ三人、リゼット、そして雪目でさえも、すやすやとお休みの最中だった。
「しっかし、リゼットや小学生組はともかく、雪目さんまで寝てるとは驚きだな」
遠慮なく太陽が照りつける街道に目を戻しつつ、ジンタがミトに言うと、
「まあな。雪目は種族雪女だから、暑いのは苦手なんだよ」
「へ~~、じゃあミトは大丈夫なのか? 確かアルミラージだっけ? ふっさふさの白い毛とか生えてるだろ?」
「ん~~、そうなんだけど、なんてーか、ちょっと意味合いが違うというか。雪目って普段も多少なら氷の魔法を使えるんだよ」
「獣人化しなくてもか?」
「うん、つまり普通の段階から獣人化している部分があるつーか、真冬のガチガチするような寒さが、普通に心地よいって感じなぐらいだって本人が言ってたし」
「じゃあ普段顔色が悪いのは……?」
「いや、あれはほとんど素だと思うけど。……少しは関係あるのかな?」
どうもミトにも、その辺りの細かいところまでは分からないようだった。
「確か、獣人石を持つミト達は通常でもその特性が生かされるんだよな? イヨリのすごいチカラとかもそのせいなんだろ?」
「うん、おれは普通に走るのが速いとか、身軽とかかな」
「リカさんは?」
「ん~~、リカはチカラもそうだけど、それ以外に確か普段から鼻が利くらしい」
「そっか……」
返事をしつつ、ジンタは再度後ろを振り返り、真っ赤な二本のアホ毛を揺らし、気持ちよく寝ているリゼットを見る。
「ちなみにだけどさ」
「うん」
「リゼットの普段からの特性って――」
「鳥頭じゃないか?」
「ああ……やっぱり……」
たまに、言われた事が理解出来ずに黒い瞳でボーッと見つめてくるアホな子の特性がそのまま鳥頭とは……。
なんか、ますますリゼットが不憫に思えてくるジンタだった。
移動を開始して三時間ほど。
天傘のように布を広げた御者台も日陰を作っているが、それでも暑い。さっきまでも暑かったが、日が高くなるにつれ、それはさらにキツくなった。
たまに吹く風が、さっきまで幾分心地よかったのに、今は熱風にしか感じない。
後ろで寝ているマスター達などは、汗をかきながらも寝ている。
リゼットはゴロゴロと転がり、少しでも冷たいところを探しだし、雪目にいたっては、大丈夫かと思えるほど、苦しみに悶え始めている。
イヨリとリカだけは、片手で扇子を振り、風を送りながらも、食べ比べを続けている。
「さすがにくるな、この暑さは」
ジンタは、額から垂れてくる汗を拭う。
「まあな、昨日の雨もあって幾分じめつくから余計かもな」
ミトも同じように手綱を緩め、片手で水の入った革袋を口に運ぶ。
「これから、街道を外れて山道になるし、ここいらで一度休憩を取るか」
ちょうど見え始めた川に差し掛かり、ミトは街道を逸れ大きな木の下の木陰に馬車を止めた。
「お~~い休憩だ~~」
後ろにそう言いながらミトは馬車を降り、備え付けのバケツを二つ取り出す。そして一方をジンタへと投げ、
「馬に水をやるからジンタも手伝え」
言いながら、川に向かって歩いて行く。
馬がゴキュゴキュとすごい勢いで水を飲むのを、ミリアとエルファス、それとロンシャンが感動の顔で見ている。かくゆうジンタもそんなシーンを初めて見るので、子供達ほど表情にださないが、実はかなり感動していた。
それからミトに言われたとおり、馬を馬車から離し、木陰の草が生えている場所へと連れて行く。
「いや~~、俺、馬をこんな間近で見たり触ったりしたの初めてでさぁ」
モシャモシャと地面の草を咀嚼する馬を、地面に座りながら見ていたジンタが言うと、隣に座り手をパタパタさせ扇ぐミトが、なんだって? と言うように眉を顰めて見てきた。
「ほんとお前の住んでいた場所ってどうやって移動とかしてたんだ?」
「ん~、それはまあ、色々と。なぁ~」
ここに来て三ヶ月以上。ジンタにとっての一八年住んでいた元の世界の記憶、それが最近では妙にあやふやになってきている。
忘れていってるというわけではないが、ここでの毎日が目まぐるしく楽しい分、思い出さないことが多く、あの世界でのことは実は幻だったのでは? と感じて始めている自分がいる。
もっとも、自分の着ていたジャージと腰のショルダーバッグが現実だったことを物語っていたが。
「それより、これより先が山道なら馬は通れるのか?」
「ああ、それは大丈夫。ただ、この暑さに登り道。何よりあの荷物はさすがに馬もきついな」
ミトがあごで荷台の屋根の上を示す、そこには異常に大きな荷物が二つある。
一つはイヨリ。
もう一つはリカ。
荷台の中に入れることが出来ず、屋根上に置いた二人の荷物だ。
「あの二人ってあの姿のままでも、あれ持てるのか……」
「ああ、なんでもないように持って歩くぞ」
「マジか……」
呆れたように、どこか羨ましそうに、どっちの感情も含んだ目で荷台の上を見ていると、イヨリとリカが歩いてきた。
「ここから先は山道ですわよね?」
「ああ、そうだけど」
「だったらあの上の荷物は私達が持って歩きますね」
まるで心得ているように、イヨリが荷台の屋根上を指差す。
「悪いけどいいかな、二人共?」
「もちろんですわ」
「もちろん」
ミトの言葉に、二人は笑みで答え荷台に向かい歩いて行く。
そして、イヨリが荷台の屋根に上がり、軽々と一つの荷物を持ち、ひょいっと下で待つリカに荷物を投げ落とす。
ッズン!
凄まじく重たい音が響くも、リカは何事もないように受け止め地面に下ろす。そしてもう一つも同じように下ろす。
今までギシギシと軋んでいた荷台の屋根布が、開放されたように軽やかにたなびく。
「あれ、ほんとに重いのかな?」
好奇心からジンタが呟く。
見た目、すごく重そうな荷物だし荷台の負荷が一気に下がったのは分かる。が、二人があまりに軽々とやり取りするのを見て、ジンタはそう思ってしまう。
「じゃあ試しに持って見れば分かんじゃないか?」
ミトがうんざりしたように答える。
「そっか……。俺ちょっと持ってくる」
ジンタは好奇心に勝てず、二つの大きな荷物の前に立つ二人の元へ向かった。
「この荷物をジンタさんが持ってみたいんですの?」
「ああ、なんかさっきの二人を見てて、そんな重くないのかなぁ~、なんて思ってさ。少し持ってみようかと」
「えっと、止めた方が……」
イヨリが心配そうに言うが、
「持ってみたいのなら構いませんが、どうなっても知りませんわよ?」
リカが、どうぞというようにリュックを背負う場所を空けてくれた。
「ありがとう」
ジンタがお礼を言いつつ、リュックを背負おうとし両腕をリュックに通した瞬間。
それだけで十分だった。
これは無理だ。絶対持てない、と。
持ち上げる前から理解出来たが、ジンタがリュックに腕を通した時点で、みんなが集まってきてた。
「ジンさんそれ持ってみるの?」
「がんばってくださいジンタさん」
「あ、あまり無茶はしな方が……」
「ジンタがんばれッ!」
「死ぬなよ~ジンタ~」
全員の、心配やら期待やらイタズラ心など色々な視線と声援が聞こえてくる。
――こ、これは……。
無理だと自分では分かっても、周りが許してくれそうもない。
最低でも、試しに持ち上げる素振りはしないと面目が立たない上、逃げれない状況になっていた。
ジンタは空気を読み、大きく息を吸い込んだ。
そして「フンッ!」と気合いを込めてリュックを持ち上げようとした。
グキッ
荷物はピクリとも動かず、見事な音がジンタの体から響いた。
「「「あ!」」」
どうなったか理解した全員の声が響く。
静まり返った草原に、川の流れる音と風の音だけが聞こえてくる。
そしてゆっくりと、ジンタが膝をつく。
「や、やべえ――。こ、腰が……」
崩れようにもリュックから腕が外れず、うまく地面に四つん這いになれないジンタ。
思い出したように、みんなが駆け寄ってくる。
案の定と言えば良いのか、ジンタは全員に抱き抱えられ荷台に運ばれ、暑さで死に掛けの雪目同様、荷台の上で安静にさせられた。
ガタゴトと揺れる荷台の振動に最初のうちは悶絶するも、ロンシャンとエルファスがヒールを掛けてくれたおかげか、かなり楽になった。
「いや~~、ほんと助かったよ。二人共」
目的地に到着した時、ジンタは何とか普通に立てるほどに回復していた。
「これからは無理しないでくださいね、ジンタさん」
「本当に気を付けてくださいね」
エルファスとロンシャン、二人に言われ「すいません、以後気を付けます……」としか言えない自分が悲しかったが、それでも緑豊かな森の中、渓流の川である現地につけば嬉しいものだ。
目の前に、ゴツゴツとした岩があるが緩やかな渓流。あまり深くないのか川底までハッキリと見える。
馬と荷馬車を、渓流の岩場の手前に広がる草場に、ミトが止める。
待ちきれないとばかりに馬車から飛び出したエルフ三人とリゼット、そして馬や荷馬車の仕事を全部ジンタに押しつけたミトが川へと向かい走り出す。服の下に着ていた水着姿になり。
キャッキャッと聞こえる楽しそうな声を尻目に、ジンタは馬を草の食べられる程度の長さで太い木に繋ぎ、水を飲ませる。
そして、荷馬車には車輪止めを置き、動かないように固定する。
「お――い」
全部の作業が終わりかけたとき、イヨリの声が聞こえた。
ジンタの腰を痛めつけた大きい荷物を軽々と担ぎ、リカと一緒に山道を登ってきているのが見える。
「ジンタさんだけですか?」
「ああ、他は――」
口ではなく、ジンタは自分の後ろで「キャッキャ」とはしゃいでいる五人を親指で示す。
イヨリもしょうがないですねえ、といった感じで笑みを作る。
だが、隣を歩くリカは、何故か真剣な顔で何か首を捻っている。
「リカさんどうかしたんです?」
何か不都合があるのかと、ジンタが声を掛けると、
「いえ、別段大した事ではないのですが――、なんか甘い匂いがしませんこと?」
と、イヨリとジンタに聞いてきた。
ジンタはイヨリと目を合わせ、二人で少し鼻をスンスンと動かしてから、
「ん~~、甘いというか森の匂いしか……」
「ええ、私にもそれしか……」
二人で申し訳ないように答える。
「いえ、やはりそうですわよね。恐らく私の気のせいですわ」
リカはもう一度、今度は振り払うように首を振り、イヨリと荷物の置き場所を確認しだした。
ジンタも一通りの作業を終え、汗だくになった服を脱ぎ水着姿で川へと走り出す。
が、そこであることを思い出し足を止める。
荷台の中で、調子悪そうに寝ていた雪目のことを……。
「あ、あれ? あの人は大丈夫なんだろうか……」
川に走り出した時とは違い恐る恐ると言った感じで荷馬車に戻り、雪目に被されていた毛布を剥ぎ取る。
「…………………………ひ、干涸らびとる」
毛布の下からどう見ても干涸らびて餓死してるようにしか見えない雪目の姿があった。
完全に気持ち悪いモノを触るように、雪目の水分をなくしたしわくちゃの細い腕をつつくがカサカサと干涸らびた感触しか返ってこない。
「し、死んでるんじゃ……」
心底怖くなったジンタが一歩後ろに後退ると、
「大丈夫ですよ、ジンタさん」
エルファスのあまりのタイミングの良さに、ジンタは飛び上がるほど驚き振り向いた。
見れば遊んでいた五人が立っていた。
「いや~~。すっかり雪目のことを忘れてたぜ」
トランクスっぽい下に、青のビキニの上を着たミトがポニーテールの髪をぷるぷる振りながら言う。
「うんうん、雪目、すっかり忘れてたよ」
リゼット、こちらはなぜか昔の水着のように、ワンピースだが下は太もも、上は二の腕辺りまである赤青黄色の縞模様水着で、水に濡れた赤い短い髪がクルクルといつも以上に巻きながらも頭に張り付く中、二本のアホ毛だけは見事に定位置で浮いている。
「リカとイヨリさんも来たし、スイカも冷やさないといけないから、そろそろ起きてもらおうか」
「うんうん。スイカ! スイカ~~」
ジンタ同様、トランクスタイプのロンシャンと、白のワンピース水着にヒラヒラが一杯ついたミリアが歌うように同意。
「じゃあみんなで雪目を連れて行こう」
最後に、薄い緑のスッキリとしたワンピース水着のエルファスが号令をとる。
ボー然とするジンタをよそに、五人は干涸らびた雪目を担ぎ、川へと歩いて行く。
そして「せーの」の掛け声とともに、大きく三度ほど振った雪目の体を川へと投げ捨てる。
「え?」
あ然とするジンタの目の前で、全員が川から全力で離れていく。
「ジンタも早く逃げろ!」
ジンタの横を通り抜け様、ミトが叫ぶ。
「え?」
思考がついていかず、川と後ろへと通り過ぎて行くミト達を交互に見つめるジンタ。
……ピキ。
「バカ! ジンタ早くこっちに来いって!」
「ジンさん! 早く早く!」
「ジンタ危ないぞっ!」
「ジンタさんッ!」
「ちょっと誰も説明してないの?」
五人が緊迫した顔でジンタを必死に手招きする。が、ジンタは川に投げられた雪目が気になり、川辺を動けずにいる。
「あら? 皆さんここで何をしてるんですの?」
リカの声にジンタの首が強制的にそっちへと向く。
手に大きなスイカを二つ持ち、これでも見よとばかりに真っ赤なビキニ姿のリカが五人の横に立っている。
「え? 干涸らびた雪目さんの蘇生式? ジンタさん……、あそこにいると危ないんじゃ?」
イヨリは大きなバスケットを持ち、少し体を隠すように、淡いブルーのタンキニ水着でジンタを心配そうに見ている。
二人の水着姿に見とれ、ジンタが幸せを感じた直後、
バキバキバキッ!
川が軋むような音を立て一気に凍りだした。瞬間的に増えた氷によって弾かれるように跳ねて飛んできた水がジンタを襲う。
「「「「「あっ!」」」」」」
全員が水に飲まれそのまま凍りつくジンタを見た。




