お菓子戦線 決着
エルファスは必死に走った。ミトという本当の鬼のような女から逃げるために……。
「待てェ~~~っ! エ~ル~ファ~ス~。きゃははははは」
逃げるエルファスをミトが悪代官も真っ青な笑い声を上げ、追い掛ける。
「はあはあ、ちょっとミト。あんたなんでマスターである私を一番最初に追い掛けるのよ~~」
ピョンピョンと跳ねるように逃げながら、エルファスが後ろのミトに叫ぶ。
「決まってるだろっ! 運動音痴に運動不足。どう見ても一番簡単に捕まえられそうだからだ!」
後ろから返ってくる声には、含んだ笑いさえ感じられるほど悪意に満ちていた。
「くぅ~~~~」
まったくその通り過ぎて、何も言い返せない自分が情けなくなる。
「さあさあ、もっと足を動かして速く逃げないと追いついちゃうぞ~~~~」
完全に楽しんで追い掛けるミトに、エルファスはさらに必死に逃げる。
「ほ~~れ、ほ~~れ」
幾つもの角を曲がり、脇道に逸れるもミトは振り切れない。むしろ徐々に足音も声も近くなってくる。
「う、うぅ~~。もうダメかも~~~~」
肺も痛いほど苦しくなり、喉がカラカラに乾き、手足が重くなりもつれ始める。
額からあり得ない程の汗が滴る。
「なんだなんだこれぐらいで。ほんとお前はだらしないなぁエルファス~~」
ヤレヤレといった感じのミトの声。
エルファスは最後のチカラを振り絞り全力疾走する。
「お? まだいけるじゃんか。エルファスちゃん」
楽しみ余裕たっぷりの声でミトが言った瞬間、
「今だッ!」
ロンシャンの声。
エルファスの通り過ぎた後の道に、突如ロープが現れる。
油断しきって飛ぶように走っていたミトが「ゲッ!」と声を上げると同時に、ロープに足を引っかけすっ飛んでいく。
「ギャフ! ギュフ! ギョフ!」
見事な顔面着地の前転三回転をしてミトが大の字に倒れた。
そこにエルファスとミリアとロンシャン、さらには上空で見ていたリゼットまで加わり、ミトをグルグルに縛り上げていく。
「「「「やった――っ!」」」」
ミトを縛り上げた全員が、ハイタッチし笑みを浮かべ喜びを分かち合う。
「くっそ~~。油断したぜ」
捕まったミトが地面に横倒しのまま悪態をつくも、エルファスが顔を近づけ、
「ミトはすぐ油断するのが悪いクセなんだからね」
お姉さんぶった言い方をする。
「くっそ~~~~。後で覚えてろよ~~、エルファス~~」
悔しそうにエルファスを睨むミト。
エルファスは素知らぬ顔で、他の三人に向き直り、
「さて、とりあえずミトは除外出来たけど、これ以降はどうやって選ぶ?」
「うん、残りの四人ならジャンケンでいいんじゃないかな?」
ロンシャンの提案に、今度も全員が頷く。
「「「「じゃ~んけ~ん」」」」
四人が輪になり、拳を隠す。みんな真剣だ。
「「「「ポンッ!」」」」
エルフの少年少女三人がちょきを出す中、リゼットだけが獣人化した腕、飛ぶための翼を出す。
「はい、リゼットの負けだね」
ロンシャンがしれっと言うと、リゼットは目を丸くさせ、
「待って、リゼットのこれ、これちょきだよっ!」
必死に翼をはためかせるがどう見ても翼=パーにしか見えない。
「いや、これどう見てもパーにしか見えないでしょ……」
ロンシャンが言うと、ミリアとエルファスもうんうんと頷く。
「リ、リゼットは……、リゼットは…………。――負けでいい……」
リゼットが、可哀相なほどガックリとうな垂れるが、これも勝負の世界、小学六年生の三人のエルフに容赦は無かった。
ここまでは順当とばかりに、三人はそれぞれを敵と見なし目を細める。そこにミトが提案を持ち込む。
「なあ、どうせ後ジャンケンだけなら、これをほどいてくれ」
三人は確かにそうだと、頷き合いミトの縄を解いた。
「さて、ついでにお菓子屋に戻ろうぜ。そこで最後の決着を付ければいいだろ?」
ミトは頭の後ろで手を組み、歩き出していた。リゼットもトボトボと後についていってる。
残り三人のエルフ達も、一度互いを見合ってから歩き出す。
――――最後の決戦の場へと向けて。
鼻歌交じりのミトを先頭に、落ち込んでうな垂れるリゼット。そして、それぞれの思惑や作戦を考え、歩く三人。
お菓子屋に近づくに連れ高鳴る心臓の音、ミリアはチラリと左右二人の顔を見る。
いつも通りに涼しい顔をしてる、頭がいいロンシャン。
すまし顔でも、腹の中でどんなずる賢いことを考えているか分からないエルファス。
いつも二人に後れを取っているが、今日は負けるわけにはいかない。ミリアはそう心に誓う。
この角を曲がれば、もう最後の決戦の地であるお菓子屋さんは目の前だ。
ミリアは歩きながら深呼吸をして、落ち着こうと努力した。
角まであと三歩の距離、ミリアは最後に両頬を軽く叩く。
熱かった。真夏の照りつける太陽のせいもあるが、それ以上の熱をミリア自身が放出していた。
――――必ず勝つんだから!
炎天下の中、三人のエルフは輪になり、それぞれに構える。
ミトとリゼットは、それぞれ審判と見届け人になり、輪の少し外の見える位置に立つ。
「よーし、じゃあ恨みっこはなしだぞ」
ミトの声に、三人は声を出さずに小さく頷く。
ミトが聞こえるように、大きく息を吸い込み、
「じゃ~ん。け~ん」
ゆっくりと、しかしはっきりと大きな声。
三人はチカラの限り体を捻っていく。
「ぽんっ!」
ミトの最後の声に、絞ったバネを開放するように、手を輪の中心に差し出す。
ミリアは、目を大きく見開き、まずは右にいるエルファスの手を見た。
パーを出している。
次に、左にいるロンシャンの手を見た。
パーだった。
そして、最後に自分の手を恐る恐る見る。
チョキだ。
自分が出しているのは分かってはいたが、なぜか別の人の手を見ているように驚き、口が徐々に開いていく。
「お? ミリアの勝ちか?」
どこからか現れたのか、ジンタがヒョッコリと三人のジャンケンを覗き込んで口に出した。
ミリアは振り返り、ジンタを見る。
まだ完全に実感が沸かないせいか、自分でもどう表現していいのか分からない。でもなぜか口元が少しずつ弛んでいく。
「ん? どうしたミリア? 勝ったんだぞ?」
不思議そうに、笑みを浮かべもう一度言うジンタの顔を見て、徐々に実感が沸いてくる。
「や……。や……、や……やった―――――っ!」
その場でピョンピョンと飛び跳ね大喜びをするミリア。
「クッソ~~~~……」
「あらららら~~~~」
素直に悔しがるロンシャンに対し、エルファスは困ったような顔をしている。
「やった――っ! ジンさん私はやったよ――っ!」
大喜びではしゃぐミリアに、ジンタは意味が分からず困ったように笑いながらもうんうんと頷いて見せる。
「あらミリア、何をそんなに大声出してるの?」
「ロンシャン様も、なぜそんな悔しそうなんですの?」
少し離れた位置からイヨリとリカの声が聞こえた。
振り返ったミリアの目に、大きな荷物を抱えたイヨリとリカがいた。しかも後ろには死に掛けながらも雪目がいる。
「「「「「あ――――」」」」」
ジンタ以外の五人の声が揃った。
困惑するジンタ。
小首を傾げるイヨリとリカ。
それに対し、
「しまったな……。この展開は読めなかったぜ……」
ミトが苦笑しながら、頭を掻く。
「どう見てもあれって……お菓子よね?」
次いでエルファス。
「まず間違いないね」
「リゼットも、あの袋から甘い匂いを感じるよ」
ロンシャンとリゼットも同意する。
ミリアだけは、両腕をバンザイと上げたまま動かない。
「あら、ジンタさんまで、どうしてここに?」
「いや、用事が終わったから、みんなまだこっちかなと思って」
「そうですか、ちょうどお菓子も一杯買いましたし、そろそろ戻りましょうか」
にこやかに袋を持ち上げ、家に向かい歩き出すイヨリとリカ。
エルファスとロンシャン、ミトとリゼットは、固まったままのミリアにお疲れ様の意味も込め、肩を叩きイヨリ達の方へ歩いていく。
みんなが遠く小さくなった頃、ミリアはやっと動き出す、
「…………………………う、うぅ……」
ゆっくりと顔をクシャクシャにしていく。
そこに、遠くイヨリの声が響く。
「ミリア――――っ! 早く来ないとお菓子なくなっちゃうわよ――――っ!」
最高の喜びの後の急落下、悲しみに打ちひしがれるミリアだが、それでもお腹は「くぅ~~」と鳴る。
それが合図のように、ミリアは飛ぶように走り出し、みんなへと向かった。
――――絶対、私があのお菓子を一番いっぱい食べてやるんだからっ!
自分の心とお腹に誓いながら。




