喚ばれた男と少女二人
「一体何が?」
埃が舞う中、ジンタは四つん這いの格好でクラクラする頭を振りつつ呟く。
そこに、慌てたような少女の声が二つ。
「今すっごいピンチなの! 獣人化して早く助けてっ!」
「いきなりですいませんが、戦闘中ですっ!」
どっちの声もジンタの正面から聞こえ、どっちの声も切羽詰まっている。
「獣人化? 戦闘中?」
ここまでの流れ自体まったく理解出来ていないジンタは、舞っていた埃がおさまりだすと声のした正面を見据えた。
仄かな明かりが二人の少女を照らしていた。
一人はプラチナ色の長い髪をストレートに流した少女。
もう一人は、金色のクセッ毛を肩の辺りで揃えた少女。
どっちもタイプは違うが将来――、いや現時点でも十分綺麗と思えるほどの逸材だ。
しかし、だ。二人の少女がジンタを見る顔がおかしい。
目を見開き、口を大きくパクパクさせ、両手をばたつかせている。
どう見ても、慌てている、すごく焦っている。
「えっと、どうし――」
「危ないッ!」
小首を傾げ、尋ねようとしたジンタの頭を二人の少女は目一杯地面に叩き付けた。
「ぐおっ⁉」
地面に叩き付けられたゴンッという衝撃もそうだが、その前にグキッと鳴った首の方がジンタにはダメージが大きかった。
それと叩き付けられたとき、頭の上を何かが通り過ぎたように空気を裂く音が微かに聞こえたような?
「いってぇ~~」
ジンタがおでこと首をさすり、地面から頭を持ち上げる。その間にも二人の少女はまくし立てるようにしゃべる。
「ほんっっとうに、こんなタイミングで喚んでしまってすいません。ですが、ほんっっっっとうに今緊急事態なんです!」
「危ないよっ! 危うく喚んですぐに頭と体がバラバラになっちゃいそうだったよっ!」
二人の少女が慌てているのと、かなり混乱しているのは分かるが、それでもジンタには何のことやらてんで分からない。
「えっと、悪いけど二人共、もっと俺に分かるように説明を――」
「「後ろ見てっ!」」
ジンタが二人の少女に困った笑みで尋ね掛けた瞬間、二人の少女は異口同音でジンタの後ろを指差して叫んだ。
「後ろ?」
ジンタが二人に言われるまま、振り返った先には頭蓋骨があった。
「なぜ骨???」
なぜか目に入った頭蓋骨を見て落ち着いている自分はさておき、その頭蓋骨を見た後、視野を少し広くした瞬間、鈍く光る何かが見えた。
――真っ直ぐな剣、つまり直剣だ。
その剣を頭蓋骨同様、骨だけの手が握り、ジンタに向け大きく振り被っている。
「へ~~~~………………え?」
ギラッと鈍い剣が輝いたのと、ジンタがその行動の意味に気付いたのはほぼ同時だった。いや、恐らく微妙にジンタが早かったのだろう。だから二度目と思しき骸骨の攻撃を、再度頭を地面にぶつけることで躱すことができた。
「な・な・なんだぁ~~~~?」
素っ頓狂な声でジンタが叫ぶ。
「ね、ね、分かったでしょ? だから早く獣人化して!」
プラチナ色の少女がジンタの右腕を揺する。
「そうです! 早くそれで私達を助けて下さい!」
クセッ毛金髪の少女が左腕を揺する。
「い、いや獣人化って? そもそもここって――ってか、何この骸骨っ! 何この状況っ!」
ジンタは再度後ろを振り返る。また剣を振り上げている骸骨に気付き、四つん這いの姿勢のジンタは、二人の少女を小脇に抱え、ウサギ跳びのようにジャンプした。
ひゅんっ
三度目の空気を裂く音が後ろから響く。
「ちょ、ちょっとごめん。俺にも分かるように説明してくれよ、お嬢ちゃん達!」
抱き抱えた二人を地面に下ろし、ジンタは二人に懇願する。
「ですから、ミリアちゃんが召喚の儀式を使って、あなたを喚んだんです!」
「だから私が、どうしようも無くって、あなたを召喚で喚んだんだよっ!」
二人がジンタにビシィッと指を突き付ける。
「え、え――と……、召喚…………?」
やっぱり動揺しているのか、頭が真っ白状態のジンタにはその意味がまったく理解出来ない。
「「後ろっ!」」
再度二人の叫びに、ジンタは即座に横っ飛びした。
四度目の空気を切り裂く音をジンタは聞いた。
しかし、さすがに四度目の回避。ジンタの中では、この骸骨の振るう剣は何となく当たらないんじゃないか? と認識ができた。
あまりに正確に剣を振る行動なため、振り上げるのは遅く、振り上げた後の攻撃速度は速くとも軌道が丸わかり。さすがにジンタもそれならば避けられると落ち着きを取り戻す。
――とりあえずこれは、ここを何とかしないと状況がさっぱり分からん。
仄かに照らされる視界に骸骨が――三体……。
――あれ……? 三体……?
小首を傾げ、ジンタは三度、目を瞬かせた。
「三体もいるのかよっ!」
「そうです!」
「そうだよ!」
二人の少女の鋭い突っ込みが入る。
「まあしゃあない。とりあえず、何とかしてみっか!」
ジンタはショルダーバッグを肩から外した。
「早く獣人化してください」
「そうだよ、そうすればこんなやつら簡単でしょ!」
二人の少女の言う「獣人化」。その言葉はジンタもよく知っているつもりだった。
なんせ半年近くも、それこそ貯金やお年玉までなげうってやり続けてきたゲーム、それに絶対に出てきた言葉だから。
しかし、だからといってジンタ自身がその獣人化を出来るわけではない。
「いや~~~~、俺ってそういう特殊なこと出来ないんだよねぇ~。あは、あはは……」
ちょっと冗談っぽくジンタが言うと、後ろの二人の少女は小声で、
「ちょっとミリアちゃん。この人打ち所悪かった?」
「え? 頭は打ってなかったような?」
「ほら、現れて最初の攻撃躱したときと自分で二回目躱したとき」
「そういえば二回ぶつけてるね」
「うん」
後ろの二人の少女は、完全にジンタをおかしな人扱いだ。
「いや、一応二人には言っておくけど、俺は別に頭を打っておかしいとかじゃないから――ねッ!」
直剣を構え向かって来る先頭の骸骨に、ジンタはショルダーバッグをハンマー投げの様に振り回しぶつけた。
ガッシャ――ンッ!
心地よい乾いた音が響き、骸骨が粉々に砕け散る。
「あれ? なんだろ……。デジャブかな? 俺この音聞いたことあるような?」
「それはあれじゃないです? 落ちてきたときにぶつかった骸骨の音じゃないです?」
「落ちてきたとき?」
仄かな明かりが暗闇に途切れそうな位置、最初にジンタが落ちたっぽい位置に、粉々に砕けた骨の欠片が落ちている。
「ああ、俺って骸骨の上に落ちたのね……」
「うん、エルちゃんに向かって振り被ってた骸骨に落ちてきたんだよ」
銀髪少女が教えてくれた。
「そっかぁ~、つまりこの骸骨、最初は四体いたんだ」
「違います、六体です」
金髪少女が答える。
「……六? じゃあ最初の二体は?」
「私が魔法で倒しました」
「魔法‼」
聞き慣れたような、斬新なような、そんな素敵な言葉がジンタの耳に飛び込んできた。
「えっと、君は?」
「私ですか?」
「そそ」
「私はエルファスです、マスターでエルフです」
「エルフッ‼」
思わずジンタは、正面で向き合って剣を構えている骸骨から、後ろの少女達へとグリッと首を振り切った。
「ま、マジか……」
確かに、二人共髪の間を突き破り長い耳が見える。
「金髪の君がエルファス? じゃあ銀髪の君は?」
「わたし? わたしはミリアリタ、ミリアでいいよ。えっと、お兄さんを召喚したのはわたしで、わたしはマスターのエルフだよ。お兄さんの名前は?」
エルファスより幾分拙いしゃべりをするのがミリアリタと言うらしい。
「俺はジンタ。宮間ジンタって言うんだけど、ジンタとかジンさんってみんなに呼ばれている」
「ジンタさん、ですね」
「ジンさんだね」
二人に笑みを向けられ、ジンタも笑みを返す。
「さって、とりあえずコイツ等二体。壊そうか」
「はい!」
「うん!」
元気な二人の返事に、ジンタはまず今倒した骸骨、それが持っていた剣を床から拾い上げる。
初めて触れるホンモノの剣。
しかし、なぜかジンタにはその剣の感触に、妙なほどの馴染みがあった。
――この感触、ゲームと一緒だ……。
これならやれそうだ、とジンタは剣を構える。
それから数分で残りの二体の骸骨は地面に倒れ、朽ちた。
「つまり、あれか? 俺はミリアに召喚の儀式で喚ばれた、と?」
「うん、そうだよ。今日はみんなで春休みの宿題だった遺跡調査に来てたんだけど、変な部屋に辿り着いて、地面が急に眩しく輝いたと思ったら床がなくなって、目が覚めたらみんなバラバラになっちゃったんだよ」
ショルダーバッグの中に入っていたチョコレートのお菓子を床に広げ、ジンタは二人の少女、ミリアとエルファスから話を聞いていた。
「それで私とミリアちゃんの二人で、みんなと合流しようとしてたんですが……」
「目覚めた長~い廊下から、この部屋に入ったら扉が閉まって骸骨が現れたと」
「うん」
「はい」
頷くミリアとエルファス。
「そっかぁ……、それでみんなというのは、もしかして獣人化出来る人達?」
「当然です」
「ロンシャンくんは私達とおんなじエルフの男の子だけど、それ以外はみんな「召喚されし者」だもんね」
「「召喚されし者」っていうのは俺みたいに君達に喚ばれた人?」
「はい、私達エルフは自分一人では無力なんだそうです。だから召喚をして、一生を共に生きていける人を召喚の儀で喚び出すんだそうです」
「へ~~、じゃあ俺は――」
「うん、ジンさんはこれからわたしとイヨリと一緒に、長い長い人生をずっと一緒に過ごしていくんだよ」
ミリアが幸せそうにチョコレートを頬張る。
「一生……」
ジンタには今一つ要領を得ない話だが、地面に落ちている朽ちた骸骨と、目の前の二人のエルフの少女、そしてエルファスの魔力の媒介であるという指輪から発せられる仄かな明かりが、どう見ても今いるこの場所がジンタの住んでいた場所(地球上の日本)とは異なるのは、理解できた。
それに、目の前でカサカサと二人の少女が空になったチョコレートの袋の中を恨めしそうに調べているのを見て、とりあえずこの二人をこのまま放って置くことも出来るはずもなかった。
「さて、とりあえず一緒にここから出ようか」
ジンタは立ち上がり、ジャージの埃を落としてバッグを担ぎ、二人の少女に提案する。
二人の少女も、お揃いで色違いのワンピースの様な服の埃を落としてジンタについてくる。
「でも、どこに?」
青のワンピースのエルファスが聞く。
「入って来た入り口は開かなくなっちゃったし」
白のワンピースを着ているミリアも困った顔で言う。
「いや、こういうトラップっぽい部屋って、大概は部屋のモンスターを倒すと開くようになるんだけど……」
二人の少女の入って来た入り口、その扉を開けてみる。
何の抵抗もなく、すんなり開いた。
「なっ、開いただろ?」
「おぉ~~」
「すっご~~い」
二人のエルフの少女は驚いた顔で拍手をした。
最初にジンタが扉の先を覗き込む。
扉の向こうは天井に明るく発光する石が埋め込まれており、通路を明るく照らしている。しかも通路自体がかなり整った作りになっていた。
「何となく、大丈夫そうだな」
ジンタが扉を開けたまま通路に出た後、二人の少女も急いで出てくる。
慎重に歩きながら、やや右曲がりの通路を道なりに進む。
左右には等間隔で扉があるが、さっきの二人の話だとトラップの線もあるので、とりあえずは無視して進む。
「これからだけど、二人はその仲間たちと連絡をとる方法はなんかあるの?」
「会う以外にですか?」
「ロンシャンくんとその家族のことは分からないけど、一応わたしにはイヨリがまだ無事だってことは分かる」
「私も、ミトと雪目がまだ生きているのは分かります」
二人は右手の手の平を見て答える。
「それはどうして?」
あまりに普通に答える二人に、ジンタが逆に興味を持った。
「えっと、召喚をすると、わたし達には喚んだ人との間に家族としての絆が出来るんだって」
「家族の絆?」
「そうなんです、それでその絆は私達マスターであるエルフの薬指に赤い糸となって「召喚されし者」に繋がるんです」
「ほ~~、赤い糸、運命を感じるな」
周囲の注意しながら、ジンタは二人の話に適度に相づちを打つ。
「実際運命なんだって。学校の先生が言ってたけど、その赤い糸は私達エルフであるマスターの中にある魔力を、召喚されし者に与えるからって」
「魔力を、か」
「はい、それ以外にも不老の能力もです」
「不老も、か」
その時のジンタは、二人の少女の話を三割、通路の警戒を七割で意識を割いていた。だからエルファスの言った「不老」という言葉の意味を、気付かずスルーしていた。
「そうなんだよ。でね、その糸は相手が死んじゃうと、糸が消えるから分かるんだって」
ミリアの言葉にジンタは言う。
「じゃあ、その赤い糸を辿ればみんなに会えるんじゃないか?」
「それは無理です。赤い糸は私達の薬指を離れると消えていって、相手の薬指の手前から浮き出るから……」
ガッカリしたようなエルファスの答えに、
「それは普段便利だけど、こういうとき不便だな。あはは……」
ジンタが乾いた声で笑う。
「うん、ほんとそうだよっ! イヨリと合流出来れば無敵なのにっ!」
ミリアは同意しながら、頬を膨らませる。
「さってそろそろおしゃべりの時間はストップしようか……」
ジンタは見据える正面に目を向けたまま、二人の少女に緊迫した声を投げかけた。




