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これからと覚悟

「安心するがいいよ、いくら私でも飲み物に睡眠性のあるクスリなぞ使わんさ」


 そう言われ、保健医から差し出されたカップを覗き込むと、何とも言えない色をした液体が見えた。


 対し、保健医の方は如何にも透き通ったような紅茶を美味しそうに飲んでいる。


「よし、じゃああんたが飲んでるのとこれを取り替えよう」


 ジンタが保健医にカップを渡すと、保健医は思いっきり顔を顰め「チッ」と舌打ちした挙句、受け取ったカップを洗面所に全部流した。


「…………」


 あまりにあからさますぎて、逆に清々しく思えてくる。


「さて、じゃあ君は一体何しにここに来たんだ?」


 今度はちゃんと同じ飲み物を目の前でカップに注ぎ、先に自分から口を付け保健医は尋ねてきた。


「いや、一応あんたのお陰で命拾いしたのは事実だからお礼でもって思ってさ」

「お礼なぞいいよ。それより解剖――」

「まあ、それは建前。――本当は聞きたいことがあるからここに来た」


 保健医の言葉を遮りジンタが、本音を打ち明ける。


「ふむ、お礼と綺麗事のように言われるより、そっちの方がどうも私は好きだな」

「だろ?」


 互いの目を見たまま、ジンタと保健医は紅茶を啜る。


「で、聞きたいことって言うのはなんだ?」

「ああ、えっとな、まず聞きたいのは、俺は元の世界に戻れるのか?」


 ストレート、見事なほどの直球でジンタが尋ねる。


「ふむ、いきなりだな」

「そうだろ? 色々腹の探り合いをするのは、正直あまり得意ではなくってさ」

「そうか……。私は逆に腹の探り合いのための言葉を色々考えていたんだが……、そこまでストレートに言われると、すべてがパーだよ……」

「ご愁傷様」


 ジンタは、もう一口紅茶を口に含む。


「それで、どうなんですか。先生?」

「ふむ、私の今ある知識では答えはハッキリ言って「ノー」だな」

「……やっぱりか」


 ジンタは、保健医の言葉にあまりショックを受けてないが、軽く溜め息を吐く。


「だが、私とて万能ではないよ。実際この世界のすべてを理解し、分かっていたとしたら、私はとっくに自殺してるよ」

「……自殺を?」


 なぜ? とジンタは目で尋ねる。


 それに対し保健医は肩をすぼめながら、


「全部知っていたらこの世界に興味を持てないだろ? そんな退屈なところにいるぐらいなら、私は一度死んで、もう一度知識をゼロにして生まれ変わることを選ぶね」

「へ~~~、全部を知ってたらつまらない、か……。なんかな、確かにそうかもな……。完全な安全じゃないけど、生活に刺激が無いから退屈っていうのと同じ感じかな?」


 ジンタは元居た世界での、度々感じていた自分の中の葛藤かっとうを保健医の言葉に照らし合わせた。


「君が言っていることのすべて分かっていないが、敢えて言うなら似ていると思うぞ」

「そっかぁ~」


 ジンタも納得と言うように頷く。


「召喚の儀はそもそも、自分の意思で喚ぶ相手を決める訳じゃないというのは知ってるだろ?」

「運命だっけ?」

「まあ、そうだな。そうやって喚び出される以上。こちらから干渉はしているが、それを召喚者自身の意思で行っているわけではない。もっとも、こういう人を喚びたいなどの本能というか無意識な働きはあるのかも知れないがな」


「まったくランダムではないと?」

「確証はないがな。ただ、私もここでかなりの若いエルフ達の召喚の儀を見てきた、だからだろうか、なぜかそう感じるときがあるのだよ」


「例えば?」

「そうだな……。召喚の儀を始めた生徒を見てると、なんとなくこういう人材を喚ぼうとしてるなと感じるというか……」

「それって結構当たるのか?」

「当たるときもあれば、はずれるときもある」

「いい加減だな……」

「だから言っただろ、確証はない、と」

「確かに言ってたな」


 そこで一度、二人は言葉を止めもう一度紅茶を口に入れた。


「話を進めるけどさ、さっき先生は「自分の今ある知識では分からない」と言ってたけど、分かりそうな人ならいるってことかな?」

「ふむ、私とは違った方向に興味やその為の知識を欲し研究する者だって当然いるわけだから、居るかも知れないし、居ないかも知れん」

「確かにそりゃそうだ……」


 頭を掻くジンタに、保健医は興味深そうに目を向け、


「なんだ、やっぱ元の世界に帰りたいのか?」


 からかうような、挑発的な笑みをジンタに向けてくる。

 ジンタは「ん~」と天井を見つめ、アゴに手を置きしばし考えてから、


「よく分かんねぇ。でも一応知っておきたいことだったから、かな?」

「なるほどな……」


 解けた笑みへと変え、保健医も頷く。


「さて、その言い方だと他にも聞きたいことがあるんだろう?」

「当然だ」

「言ってみるといい」

「ここは階層の世界なんだろ? 一体何階層あるんだ?」


 またまた直球なジンタの質問に、保健医は呆れたように溜め息を吐き、


「それは、答えられないと、前にも言っただろ?」

「確かにそうだな。じゃあ言い方を変えるか。どうやったら第二階層に行けるんだ?」

「そんなのは考えるまでもないだろう? マスターが小学校を卒業したら、だ」


「へ?」


 挑発的に質問したジンタだったが、予想以上にあっさりとした回答を返され、逆に目を点にした。


「あのなぁ君。ここは小学校、六年制だ。で、第二階層には中学校があり、それも六年制なんだよ。つまりマスターがちゃんと無事に卒業できれば第二階層へは行けるんだ、当然だろ」


「なんてこった。そういう仕組みなのか?」

「そうだ。だから君が上の階層を望むなら、マスターであるミリアリタを守り、無事に卒業させていけばいいだけだ」


「無事に、か。なんかすごい含みのある言葉だな……」

「それは当然だ。……一番安全なはずのこの第一階層でも、若い苗木であるエルフの少年少女が亡くなっているんだ。上に上がれば当然危険度も増していく――――――。あっ……」


 保健医が口に手を当てた。


「ほ~~、やっぱ上に行くごとに危険度が上がるのか」

「今のは聞かなかったことにしてくれよ」

「まあいいさ、とりあえず第三階層まであることは分かったしな」

「私は中学校が第二階層にあるとしか言ってないが?」

「六年制なんだろ? それを卒業したら?」


「………………」

「そういうことだろ?」


 その無言が答えとばかりに、ジンタは笑みを浮かべる。


 それから、これが最後と伝え顰めっ面の保健医に真顔を向ける。


「俺が喚ばれ、ミリア達と出会ったあの場所、あれは一体どこだったんだ?」


 ジンタの問いに、保健医は少し考え、その後ゆっくり首を振る。


「正直、分からないな。君達に言われた後、現地に数人の先生達が向かったが、君達の言っていた現象。つまり眩い光も、遺跡の内部の様な場所にも行けなかった。ただの崩れかけの遺跡でしかなかったんだ」


「そっかぁ……。じゃあ、俺の左腕をぶった切って、スマホを奪ったハーピーや蜘蛛達は?」

「それは憶測の域を出ないが、ハーピーや蜘蛛は光るモノがすこぶる好きでな。その君の持っていたスマホというのは光を放っていたんだろ?」


「まあ、画面は光って見えるわな……」

「それに引き寄せられたんじゃないのか?」

「そっかあ……」


 どこか腑に落ちないが、ジンタ自身だって理由が分からないのだ。言われたらそうなのかと一応思うしかない。


「まあ、色々分からないことが多く聞きたいこともあるだろうが、私から君に一つの言葉を贈ろう」


 保健医は、一度コホンと空咳をし、


「今は分からないことでも、これから先、自分の目で見、自分の肌で感じ、マスターと家族と共に一緒に歩めば、答えはおのずと見えてくるはずだ」


 ズビシッ、と座るジンタに指を突き付け保健医が言い切る。


「……つまりはあれだろ? ミリアやイヨリさんと一緒に先に進めってことだろ」

「あれ? 私は結構格好良く言ったつもりなんだが……。なぜだろう……、そうあっさり言われると身も蓋もないな……」

「……だな」


 ジンタは残りの紅茶を飲み干し、座ってたイスから立ち上がった。


「さって、じゃあ帰るかな」

「置き土産に、少しは君の細胞を置いていってくれないか?」

「血でも採らせろと?」

「いや、それはもう十分採った」


 サラッと保健医。


「いつ採ったのっ!」

「そんなのは、君が運び込まれたとき、治療してる合間にチュ~チュ~って?」

「なぜ疑問形なんだっ!」

「まあいいか、在庫は多い方が――」


 イスから立ち上がる保健医に、ジンタは入り口へと振り向き、


「じゃあもういらないだろ、お疲れさん」

「あ……」


 血液採取の為の注射器を用意し始めた保健医に、そう言い残し保健室を後にした。


 外に出ると、辺りは真っ暗だった。

 春とはいえ、日が沈むとやはり少し肌寒いが、ジンタは気にせずに自分を待つ人達がいる家に向かい歩き出す。


「自分の家族と共に、か」


 口に出し呟き、ジンタは誓った。


 ――家族であるミリアやイヨリを守れるように、俺が出来る事を精一杯がんばろう。

 と。

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