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 時間が無いと言っていたにも関わらず、結局三人が笑うのを満足しシリルを起こすまでの一〇分間、ジンタ達は待つことになった。


 失神から目覚めたシリルは相当恥ずかしかったのだろう、色々と理由を付けて後のことをアリスことパトアリスに任せ修練場を出て行った。


 その後を引き継いだパトアリスがジンタ達の前に立つ。


「シリルの名誉のためにも先に言っておきますが、これから行く場所はきっとあなた達にはまだ荷が重い場所ですよ。それは物理的な弱さだけではなく、精神的な部分の方が大きい。元来、第二階層で中学校をちゃんと卒業し、それから二年以上を掛けてゆっくりと慣れてもらい行く場所なのよ。だからシリルはあなた方を行かせないようにしたし、私達もそれを了承したんだけど……。まあこうなってしまってはそれもあなた方自身で決めてもらうけど、どうする? それでもやっぱり行く?」


 向けてくるのは挑発的ともとれるような視線。


 ジンタは一歩前に進み出て、


「ミリアはそこに行かなきゃならないんだろ? だったら俺は、いや俺達はミリアを一人にして待っているわけにはいかない」


 ジンタの後ろにいる全員が頷く。


「そう、じゃあ生半端な覚悟だけはしないで頂戴ね。ここから先は誰も守ってくれないし自分達で自分達を守るしかない。もっとも『エターナル』であるミリアリタ様は我々も命を掛けて守りますが、あなた方まではそこまで守る気は無いですから」


 言い終わると、パトアリスはくるりと振り返り、


「マリーそろそろ時間です、行きましょう」


 と促した。


 頷いたマリーは一度こくんと頷いた後、ジンタ達の横を真顔のまま通り過ぎた。


「あ、あの、あなた方も一緒に、つ、付いて来て下さいね」


 最後尾を歩いていたマルテネットがそう言って足早に二人の後を追い歩いて行った。


 ジンタ達は頷き合って、三人の後に付いていった。




           ※※※※※※※※




 行動は迅速だった。

 修練所内でミリアとの再会を果たすも、すぐにマリーの号令で移動が開始された。


 修練場を出て、森の中を進まされた。

 歩くこと二時間ほどで行軍は止まった。


 数人が偵察している間に少しの休憩を取り、安全が確認されるとジンタ達は第五階層へと上がった。


 本来、各階層間を移動するためには『天翔る橋』を使用して移動するしかない。

 しかし現状では、第四階層をマリー達が、そして第五階層には敵が陣取っている。

『天翔る橋』をそのまま使えば、敵が待ち構えている場所に無防備で飛び込むのと同じ、ただの無駄死にだ。


 当然、そんなことは誰も望むものではない。


 じゃあどうやって上がったのかというと、


 この第四階層から第五階層だけは移動手段が二つあったのだ。

 一つは完全固定で数十人を一斉に移動出来る『天翔る橋』。

 もう一つは、移動させるのが数人しか出来ない代わりに、第五階層に自分達で設置した場所に上ることが出来る移動型の簡易版『天翔る橋』。


 ただし、この簡易式も見つかってしまえば固定式より危ない場所になる。

 数人単位でしか移動出来ない分、待ち伏せされればそれこそ使い物にならない。

 だから敵にその設置場所を発見されるより先に、マリー達は攻勢に出ないといけない。


 つまりジンタ達は電光石火の如き勢いで敵を襲撃し、そして固定型の『天翔る橋』を占拠して、攻勢に出る予定なのだ。


 ジンタ達と一緒に第五階層に上がってきたのは、総勢三〇〇人強のいずれも戦歴の猛者達。

 上がった先の第五階層の地形は大雑把に言えば長方形をしている場所らしい。

 しかも、北側には険しい山脈、南には海流の厳しい海が広がっている。

 その分左右は二〇〇キロ以上あり、森林地帯や草原地帯、大きな湖も数カ所であるらしい。

 しかも第二第三第四階層は冬だったが、ここはそれほど寒くない。

 むしろ、冬の格好では暑いと感じる。

 どうも第五階層は常夏のような気候らしい。


 そんな第五階層の中心辺りに広がる草原地帯で、今まで互いに砦を立て牽制するように睨みを効かせていたらしい。

 そこを敵は『エターナル』の力を持って一気に攻め込み、そしてエルフ軍に立て直す暇も与えず第四階層まで押し込んだのだ。


 全員が第五階層に上がったのを確認してから、移動は開始された。


 まずは敵に占拠されている固定式の『天翔る橋』の開放。

 ジンタ達は、第四階層同様に広がっている森の中を慎重にしかし急ぎながら先へと進んだ。


 先頭がピタリと止まる。

 全員が息を潜めそれに倣う。


「この先に敵がいます」


 音もなく戻ってきた先頭を歩いていた『召喚されし者』が告げる。


「相手の強化魔法は?」


 マリーが一番に尋ねたのはそれだった。


「通常の、一つだけですね」


「そう、となると今はまだ警戒されてはいないってことか」

「しかしここからだとまだ遠いかと」


 考えるマリーにシリルが進言。


「いるのはどれ位?」


「見た限り三家族ほどですが」


「……一二人ほどか、さすがに多いわね」

「偵察も兼ねているはずですし、機動力はありそうですね、しかし逃げられるとそれも失敗に」


 今度はアリスが進言。


「ん~~~」

「どうするマリー?」


 悩むマリーの背を押すようにマルが尋ねる。


「ここから一気に行きましょう」


 マリーは一度だけ自分でも確認するように深く頷いてからそう宣言した。


「ミリア『エターナル』の強化は『スピード』でお願い出来るかしら?」


「うん、分かったよ」


 マリーの頼みにミリアが答える。


「じゃあ俺達も『スピード』でいいかな?」


 ジンタが言えば全員も頷く。


 全員が隠れたまま強化魔法を掛けていく中、シリルが来た。


「いいかひよっこ。お前達は弱い、だからどんな気持ちになろうと絶対に離れるな。離れたらお前達自身が死ぬし、それによって他の者まで足を止めたら他の者も死ぬと思え」


 そこまで言ってクルリと背を向け歩いて行ってしまった。


「あれって一応励ましてるんですかね?」


 イヨリの問いに、


「かな?」


 ジンタも疑問符を付けて答えた。


 それからマリー達を始め屈強そうな数組の家族がジンタ達の周りを囲った。


「我々が『エターナル』を守りますので、他の方も出来るだけ離れないように」


 ついで感丸出しな言い方だったが、ジンタは一応頷いた。


「では行きましょう」


 マリーの合図が聞こえると、ぶわりと周りから異様なオーラが膨れあがった。

 さっきまで猛者達が隠していた殺気だ。


 雄叫びなどは一切上げない。

 しかし、草を踏み木々を走る音が辺り一面から一斉に聞こえてくる。


 前の殺気が全速力で前へ前へと動き始めると、今度は背後からの殺気にジンタ達は走ることを強要されていく。


 走り出すとすぐ、ミリアの範囲強化魔法『スピード』が発動される。


 ミリアの体から発した光が天に向け伸び、そして花開くように辺り一面に広がる。

 走りだしたジンタ達に掛かっていた単体強化魔法『スピード』の薄い緑色がより色を濃くし、ぐんっと走力が上がる。


 前方から少しずつぶつかり合う音が響いてくる。

 そしてついに、雄叫びや絶叫が響き渡り始める。


 その時にはジンタ自身が狂気の渦に飲まれたかのように前へ前へと走ってしまっていた。


 エルフ軍の中心にいるせいだろう。

 周りを囲う猛者達から放たれるオーラの渦。


 仲間を殺された怒りや恨み、

 仲間の敵を討てる喜びと攻め立て一方的に攻撃出来る優越感、

 次の瞬間訪れるかもしれない死の恐怖と戦く表情を見せている相手を屠る快感、


 色々な感情が混ざり合い、蠢き合い、ジンタの体を蝕んでいく。


 今までも戦いはあった。

 しかし、ここは今までの戦いに感じていた戦う事への感情の密度が数倍、数十倍にもなってジンタの体に纏わり付いてくる。


 ただ走っているだけのジンタの鼓動が今までにないほどバクバクと音を響かせ体を叩く。

 心臓の動きに触発され、カーッと頭に血が上り、顔が体が上限をなくして熱くなる。


 狂気が突き動かす。

 前に行かないと、追いつかないと、と。

 走るジンタの狭くくぐもったような視界に、数人の倒れた者達の姿が映る。


 動かないその者達を心配する余裕も無い。

 止まらない。

 ひたすらに前へ前へと足を動かしていく。


 怒号が、絶叫が、ぶつかり合う音が、いたる所から響いてくる。

 それらの音が自分の激しい息遣いにかき消えていく。

 突き動かされていることの自覚がまったくないまま、なぜが笑みが浮かんだ。

 戦いの音が徐々に徐々に遠くになっていく。


 完全に音が無になろうとした瞬間、


「止まれっ!」


 マリーの凜とした声が聞こえ、纏わり付いていた狂気の如き激情が一気に霧散した。

 同時に、ジンタは自分の意識を取り戻し、自分が汗だくで息も切れ切れだと初めて気付かされた。


 進軍が止まった。

 目の前には頑丈そうな石造りの建物がある。

 どうもその建物が『天翔る橋』の装置がある場所のようだった。


 意識はあるが酷く体がだるい。

 いまだまどろみの中にいるかのような状態で、ジンタは建物周辺を見渡す。

 いたる所で転がる動かなくなった仲間達の姿。


 そして気付く。


 ――あれ? 倒れているのはみんなこっちの仲間ばかりじゃないか?


 ほとんど意識がなく無我夢中で走っていたせいもあるだろう、ジンタは敵の姿を見ていなかった。

 だから、自分達が、そしてマリー達が何と戦っていたのかをいまだ目にしていなかった。


 息を整えつつ、もう一度ゆっくりと見渡す。


 倒れているのは獣人化した者達ばかり。

 中にはマスターであるエルフの姿も見える。


「な、なあ、これって攻めてるようで実は俺達の方がやられていたのか?」


 きっとジンタと同じ状態だったのだろう、疲れ果ててやや掠れ震えたミトの声がした。

 誰もどう答えていいのか分からないのだろう、荒い息遣いだけ響き何も返ってこない。


「あ、あれは?」


 ロンシャンが指差す先で、一つの戦闘が行われていた。

 そこでは二人の獣人化した女性が向かい合っていた。


 一人は強化魔法の輝きがなかった。

 一人はダブル強化魔法が掛かっているのだろう黄色(スピード、パワー)に輝いている。


 その状況だけ見ても、それが一方的な力差だと分かる。

 そしてそれはその通りになった。


 黄色に輝く獣人化した女性の攻撃は、ただ獣人化しただけの女性を一撃の下に屠った。


「な、仲間割れしてるのっ⁈」


 ミリアが叫ぶ。


「あーちゃん、葉っぱ!」

「あいおーっ!」


 ぎゅっと抱きしめていたあーちゃんを連れて駆けて行こうとするミリアを、護衛している戦士が立ち塞ぐ形で止める。


「何で止めるの? あの人死んじゃうよっ!」


 ミリアの言う通り、倒れている獣人化した女性は激しく咳き込み吐血した。

 流れ出る血の量は明らかに致命傷に近い、速く処置をしないとまずい状況だ。

 それなのに護衛はミリアを通そうとしない。


 まさか……。


 息が落ち着き冷静さを取り戻し始めたジンタは激しく身震いした。


 思い出してしまったから。


 このリリフォリアに来てからずっと感じていた違和感。

 色々考えてた中で最悪に近い想像。


 前々から思っていた。

 このリリフォリアでの回りくどい動かされ方の違和感。

 第一階層で小学一年生に上がる前に記憶を消されて連れてこられるマスター達。

 家族の絆を強めるための措置と言うことだったが、第三階層のマスター達の生まれ故郷はそこまで知られてはいけない場所のようにはジンタには思えなかった。


 むしろ、そこまで上れば親と会える、そう思えばよりマスター達の活力にさえなると。

 だが、実際には記憶を消されている事実。


 つまり、知られてはいけないのは、場所ではなく育つ課程で見聞きしたことなのではないか、とジンタは予想していた。


 そしてもう一つ。

 このリリフォリアでは、上の階層の情報を頑なに守秘している。


 それはなぜか? 


 きっと、幸せではないから、きっと辛い現実だから、ではないかと。


 だからこそ、すべてを知らずに生きること、その現実に精神が耐えうるまで少しでも楽しく幸せに『召喚せし者とされし者』との家族の絆を強くさせることに、さらに生きる強さを身につけることに専念させていたのではないかと。


 ジンタは特に、大爆発に巻き込まれどうして違う階層に飛ばされたのかはいまだに分からないが、そのおかげでイヨリ達より早く上の階層の人(まともかどうかは分からないが)と接してきた。


 だから何となく見えてしまったし感じてしまっていた。

 上の階層の状況を。

 その片鱗を。


 シリルのジンタからすれば現実離れした強さや、マリーに対する周りの扱い、なんとなく何かと戦っているのではと思っていた。


 問題はその何かの正体。

 それが何なのか、シリルとの稽古ではぶっ倒れるまで稽古をしていたせいでそこまで考える余裕がなかった。


 しかし、第二階層に戻り、日常に身を置くとその余裕はいくらでもあった。

 だから色々と考えられた。


 その中で最悪だと思える相手。

 それが今一気に現実味を帯びてくる。


 ジンタはふらふらと歩き、背を向けて立つ護衛の一人の肩を掴んだ。


「なぁ、なぁ、もしかして、もしかしてだが、あの倒れているのが俺達の敵なのか?」


 ジンタが問いかけると、背を向けていた護衛が首だけを回して一瞬だけジンタを見た。


 何も語らない、しかしその目は確かに告げていた「そうだ」と。


 心のどこかで違えばいいと考えていた。

 しかし、そう思っていた反面、きっとそうなのだろうとは覚悟はしていた。


 だが、それでもジンタはその現実を受け止められずふらふらと後ろに後退った。

 とん、と誰かに肩を掴まれた。


「ここは戦場ですよ。ショックを受けても良いですけど、意識をしっかり持ちなさい」


 パトアリスだった。

 マリーもシリルもマルもいる。


「だから言ったでしょう。まだあなた方には刺激が強すぎると」


 そう付け足してパトアリスは辺りを警戒するように首を回した。


「そ、それは聞いていた。でも……なぜ獣人化した者と……? 相手は……やっぱりエルフ……なのか?」


 相手が獣人化してくる者であれば、きっとそれは『召喚されし者』としかジンタには思えなかった。

 つまり、『召喚されし者』がいると言うことは、それを召喚する者である『召喚せし者』もいると言うことだ。


「あれを見なさい」


 アリスは口で答えるのではなく指差した。

 ジンタが目を向けたとき、濃い緑に包まれた一人の『召喚されし者』が一人のエルフを切り裂いた瞬間だった。


「エル……フ?」


 倒れたのは、長い耳をした紛れもないエルフの女性だった。


 しかし、違いもあった。

 倒されたエルフの女性の肌は薄黒かった。


 しかもまだ違いはあった。

 ジンタの知るエルフ達は、どこか慎ましやかと言うかある意味で理想的なスレンダーボディだが、倒れたエルフは体型全般こそすらりとしているがでるところはしっかりでているグラマラスな体型をしていた。

 まるでジンタの知るエルフ達とは真逆な意味で理想的なナイスなボディをしていた。


「ダーク……エルフ」


 そんな真逆な相手だが、ジンタはそのエルフの存在を知っていた。


「ほう、知っていたですか?」


 アリスが幾分驚いたようにジンタに目を向けた。

 ジンタは幾分曖昧に首を振り答える。


「見たことはないしエルフ同様俺の居た世界には存在していなかった。ただ、俺の居た世界ではエルフとは相容れない存在として知られてはいた」


「相容れない、ですか……」


 ふんっと小さく嘲るように鼻を鳴らし、


「その評価はまさしく正しいですね」


 と、続けて答えた。


「どうしてダークエルフと?」


 ジンタは尋ねたが、それに対する答えを聞く前に戦況が動いた。


 ジンタ達が目指す先から、ミリアの強化魔法と同じく天に向けきらきらと輝く粒子のようなものが立ち上り、そして傘を広げるように広がったからだ。


「向こうも『エターナル』の力を使ったようね。ここからが正念場よ」


 気合いを入れたマリーが矢継ぎ早に指示を口にしていく。

 それに伴って周りも目まぐるしく動きが早まった。


 以降の流れは狂気そのものの戦いが、そこかしこで繰り広げられた。


 結果だけ言えば、先出しによる優位さだろう。

 ジンタ達エルフ軍は『天翔る橋』の奪還に成功し、さらにそこから数十キロ先までダークエルフ軍を押し返した。


 向こうも、まさかこちらが『エターナル』を有していること知らなかったのだろう。

 最初の攻めの時とは違い、慌てたように早い段階で『エターナル』を後退してくれたのも大きな助けとなった。


 最前線にダークエルフ軍の動向を探るための陣を立て、とりあえず一息つけるようになった。


 簡易に建てられた陣地内では勝ちムードそのままに、いったいいつ持ち込んだのか分からない酒樽が開けられ酒宴が催し始められた。


 喜び酒を飲む戦士達の中、ジンタ達は混乱の極みにあった。

 混乱極まる戦闘の中にあってもジンタ達は一切戦闘に参加はしなかったし、それどころか陣地構築の手伝いすらしていない。

「まあ飲め飲め」出されたジョッキを持ち、目の前に置かれた食事を見つつも、ほとんど口にしていない。


 何も考えられないし何も感情が浮いてこない。

 すべてが真っ白になっていた。

 そんなジンタ達を気遣ってだろう、早々に大きめのテントに案内された。


 それぞれの家族にではなく、全員一緒の場所。

 それが少し安心出来た。

 今の状態でそれぞれの家族がバラバラにされると、言いようのない不安感が襲って来そうで恐かった。

 誰も一言も発しないまま、それぞれがノソノソと場所を決めて雑魚寝状態で横になった。

 半ば起きているのか寝ているのか分からない状態だったが、横になると深い深い眠りへとあっという間に落ちていった。

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