『エターナル』
もう書くのを止めたんじゃないかと思われるほど遅くなってすいません。
一応まだ書いておりますので、どうか生暖かく見てやって下さい。
季節は寒さを増した一月。
しんしんと降り積もる雪。
窓の外の景色を、暖炉の温もりに包まれた部屋の中で物憂げに頬杖をつきながら見つめるエルフの女性がいた。
すっぽり頭から被るタイプの白ローブには、金と銀の細やかな刺繍が施され、頬杖をしている重厚な机は着ているローブ同様、細部に至るまで細やかな彫りがなされている。
女性は一度小さく息を吐いて呟いた。
「仕事……したくない……」
呟いた女性の目の前には、分厚い本五冊分よりまだ厚い量の書類束が積み上がっていた。
女性の名はマリアリタ。
家族にも周りにもマリーと呼ばれているエルフ。
プラチナ色の長いストレートな髪を無造作に腰まで流している女性。
「マリー様……そのお気持ちは十分分かりますが、とりあえず手を動かして下さい」
マリーの右後ろに立つ執事姿然とした格好の黒髪をオールバックにした男がマリー以上に大きな溜め息を吐いて答える。
男の名はシリル。
マリーの『召喚されし者』であり家族だ。
他に二名家族はいるが、今このややこぢんまりとした執務室には二人しか居ない。
「ねえシリル、私は少し疲れたわ。だから保養に――――」
「少なくとも後一〇年は、そんなもの取れませんね」
「で、でもこのままじゃ過労で――――」
「そう思うのであれば、マリー様が直接その旨をアリスに言って下さい」
キッパリと言い切ったシリルに、口を開けたままマリーは体を強ばらせる。
「言えないでしょう? 私もそんな自殺行為みたいなこと出来ません」
「そ、そうよね……」
本当にガックリとうな垂れる。
「ええ、そもそもあなた様の血縁者であるまだ年若いマスターミリアリタ様の獣人化も出来ないどんなに頑張っても弱い召喚されし者まで到達出来れば上出来な役立たずに一年も時間を割いたのはマリー様のわがままですからね。しかも少し優越感に浸りたいからってアリスに内緒にして」
「ぐふっ……」
マリーは書類の束にごつんと額を落とした。
「でもさそれもそうじゃない? だって『エターナル』よ『エターナル』。これってこれから先の私達にとってこれ以上ない有益な話じゃない?」
頬をややひんやりとする書類の束の上においてマリーは言う。
「そうですね。確かにあのウスノロを第二階層に送り届けた際見た、あのダブル強化魔法の効果は破格ですね。あれをどれ位の規模で扱えるのかにもよりますが……」
「そこは彼女から報告が来ていたでしょ?」
「ええ、確かに読みました。ですが大規模な戦場そのすべてに数時間以上掛けていられる、などと言われても私には想像もつきませんので」
「確かにそうね。でもさ、そう言うのも含めてもしあの子がここまで上がってきたらって考えると楽しみじゃない?」
「それはそうですね。何せもしそんな破格の力を普通に行使出来る状況になったら、今までの私達の苦労がなんだったのかと思ってしまうぐらい圧倒的に有利になりますから」
「ええ、今の小競り合いのような戦局が一気に崩れるわね」
「そうなりますね」
目を合わせた二人が、くふっと悦に浸ったような笑みを浮かべた。
自分達にとって都合の良い想像をしている二人のいる部屋の外からバタバタと勢い込んで走ってくる音が響いてきる。
「この足音はマルね」
「ええ、マルテネットですね」
足音はシリル同様マリーの『召喚されし者』である女性マルテネットのものだった。
もう二〇〇年ほど生き、不老であり、その姿は二十前後のはずなのだが、なぜかその見た目はややというにはあまりにも幼児体型そのものな女性だ。
走る音が部屋の前を通りすぎていき、そしてずてんと盛大にすっ転ぶ音が響く。
そこからまた音が戻ってきて、勢いよく扉が開け放たれた。
「た、たたた、大変です!」
「ええ、そうね本当に大変そうねマル。お尻は大丈夫だった? 二つに割れてない?」
マリーの言に、シリルがプッと笑いを堪える素振りを見せるが、そんな姿を無視してマルは先を続ける。
「そ、そんな冗談言っている場合じゃありません! 上の、上の階層が占領されました!!」
「「…………は?」」
マルの言葉に一瞬マリーもシリルも何を言われたのか分からず固まった。
「ちょ、ちょっと待ってよマル。いくら何でもそんな冗談――――」
「だから冗談じゃないんです! 本当なんです! とりあえず今急ぎ上に通じるゲートを固めろとアリスさんが指示を出していますが、それでもどこまで持つかどうか分からないんです」
「ちょっと落ち着けマルテネット。上の階が占拠って全部か? それはおかしいだろ。今まで階層の中間の位置で戦力は拮抗していたんだぞ? それがなんでいきなり……」
「『エターナル』です、相手に『エターナル』がいたんです!」
「「はっ?」」
「逃げてきた兵達が言ってるんです。強化魔法の輝きがいつもと違ったって、赤青緑じゃくて、もっと濃い色だったり黄色や空色や赤紫とかもあったって!」
マリーは立ち上がる勢いでイスを倒し、机の引き出しを開け一枚の手紙を取り出す。
それは第二階層で保健医をしているエルフの女性、自分の前任であった女性からの『エターナル』の報告書。
そこに書かれているダブル強化魔法時に現れる色合いも書かれていた。
「マル……その報告は本当なのね?」
「はい!」
マルの報告にマリーは悔しさで唇を噛んだ。
自分達だけが切り札を持っていると鼻高々で有頂天になっていたことの余裕と考えの甘さに。
「どうしますか、マリー様、いえ総司令マリー様」
そんな後悔もさせてくれず、シリルが決断をして下さいとばかりに背を押す。
「どうするも何も…………。とりあえず指示に追加して『エターナル』の強化魔法は範囲、飛んでくるまでは掛かってないはず。逆に飛んできて掛かった場合は来たその中に居るということなるってね。それと、こっちも使うしかないでしょう『エターナル』のチカラを」
マリーは指を下に向けシリルに尋ねた。
「シリル、至急行ってくれるかしら?」
シリルは、任せろとばかりに深く頭を垂れ、
「はい」と低く答えた。
※※※※※※※※
「へ、へ、へっぶしゅっ!」
盛大な声をだしたジンタは、それに負けない勢いで鼻を啜った。
「おいおい、ジンタ大丈夫かよ」
地面に広げられたシートの上、同じくあぐらをかいて座っているミトが少し嫌そうな顔をして声を掛けてきた。
「いやいや、今って真冬だろ? 雪は降ってないけど降っても不思議ないぐらいすげえ寒いだろ? それなのになんでこんな日に運動会まがいのことをやるんだ?」
ジンタがぼやくように喋ってる間も、ジンタ達の前で両手を振り上げ応援するミリア達の前を、獣人化したリカとイヨリが全力で走り抜けていく。
二人共全力で走っているのだろうが、とりあえず最後尾なのは言うまでもない。
イヨリの場合あれなら普通に拳法で前進していた方が速いんじゃないだろうかとさえ思えてしまう。
そんなことを頭の中で考えながら目で二人を追っているジンタにミトが答える。
「そりゃあれだろ。本当なら今までこの時期にもゴブリンとオークの両方を監視するという仕事があって俺達の気持ちに緊張感を持たせていたけど、今はその監視がほとんどいらないからな。そうなるとそれに変わる何かを見つけてやらせないといけないけど、そうそうそんな事態があるはずもないし、だったら代わりに何かを企画してそれを補おうってわけだ」
「それはわかるけどなぁ……。家族戦もその一環で毎月やってるわけだし、それだけで十分なんじゃ?」
「いえいえ、それだけでは不十分だからこうして強制的にみんなが寒さで閉じこもらないように動くよう強要しているんですよ」
徒競走を終え戻ってきたイヨリが、タオルで汗を拭い肩で大きく息をしながら答える。
その姿を見て「あ、なんかイヨリの弱点見つけた」みたいなちょっとした優越感を感じてしまった。
「さってジンタそろそろ俺達も行こうぜ」
同じ徒競走だが、如何せんマスターであるエルフの生徒達、そしてそのマスターの家族全員が走る競技だけにすべての人が一斉に集まるわけにもいかず、こうしてある程度終わると、交代し補充するように次が行く形になっていた。
もっとも競技にもよりけりだが、まだ五才のあーちゃんには自由参加(この場合家族の意思)に委ねられている。
なんせあーちゃんの意思に任せると、全部参加すると言って聞かない(事実そうだった)からだ。
「じゃあ行くか」
ジンタは獣人化出来ないため、いつものフルプレートの鎧とフォースソードを持って、ミトと一緒に集合場所へと向かった。
「おい君、それはいかんだろう」
走るために並んでいると、一応この中学校の教師である保健医が顰めっ面でそう言ってきた。
「え? だって俺獣人化出来ないから、通常の装備でって……」
「そうだが、その鎧と剣には負荷を和らげるどころか無くす効果があるんだろう?」
「そりゃあ、ええ、まあ付いてますが……」
ジンタの扱うとんでもなく重装備な両手剣とフルプレート鎧には『浮遊石』の粉が混ぜ合わせられていて、魔力を流すことで鎧が軽くなるどころか浮いてしまうぐらいまで出来てしまう。
「それじゃ訓練にはならないだろう」
「えっと、じゃあこれを脱いで走れと?」
薄着というわけではないが、やっぱりこんな鉄製の鎧でも脱ぐとかなり寒くなる。
「いやいやそうじゃない。訓練と言うならば、当然その鎧や剣と同じ負荷の重さを持って走るのが筋だろ?」
「は――――――?」
「いやいやだからだな。そもそもその鎧と剣は君に獣人化と同じ効果を持たせるためにあるのは分かる。しかし、常に魔力を流していられないだろう、それを着るための筋力も当然必要となるだろう?」
「まあ確かにそれはどうだけど……」
「そうだろう、そして今日の訓練はそれらを鍛えるためのモノだ、だから私は君のために色々と考え、こういったモノを用意してみた。これを着なさい」
不気味な笑みでメガネを押し上げた保健医は、自身の後ろにいつ置かれたのか分からないジンタの鎧と剣に似た武器と防具を差し示した。
「は――――――?」
「いやいや、だから君は今日の競技全部をこの私が特注で武器屋の親父さんに頼んでおいた、君のより倍近く重たい鎧と、君のより倍以上重い剣(分離不可)を持って競技に参加するべきだ。そうしないと君のためにならないだろうと私は思っている」
「『倍近く重い』と『倍以上重い』だって?」
口にすると、目の前のそれが本当に凶悪そうに見てくる。
「うむ、本当はどっちも『倍以上重い』にする予定だったんだが、如何せんそれだと関節部分などの駆動部にまで影響を及ぼすようでな、それで仕方なく『倍近く重い』になった」
偉そうに、そして誇らしげに腰に手を当て胸を張る保健医に、
「あんたってほんと暇なんだな」
呆れと蔑みの視線を向けて、ジンタは言った。
「う、うむ。まあそれは間違いなくそうなんだが……。いやしかしだな、そんな冷たい目と、それに負けないぐらい可哀相な感じの言い方で言われると、なぜかすごく傷付くんだが……」
さすがの保健医も傷付いたようによろよろと数歩後ろに下がった。
「とりあえず、俺はそんな無駄に重い装備は着ないからな!」
指を突き付けてジンタがそう断った時だった、ぴーんぽーんぱーんぽーんと校内にスピーカーの音が響き、
『保健の先生保健の先生、大至急職員室に来て下さい。本当に大至急、大急ぎで走って来て下さい!』
と、それはもう大慌て感丸出しの放送が校庭に響いた。
「おい、今の放送ってあんたを呼んでるんだろ?」
「うむ、どうやらそのようだったな」
「行かないのか?」
「ふ~む」
あごに手を当て、少し眉根を寄せる保健医。
「行かないのか?」
だからもう一度問う。
「あまり気が進まないが、行くしかないな」
くるりと背を向け歩き出した保健医。
「早く行ってやれよ~。走って来てくれって言ってただろ~」
ジンタは手を振って見送ってやった。
これで面倒臭い奴が一人消えたと、安堵しながら。
※※※※※※※※
競技は進み、午前の部最後の競技は玉入れだった。
最初にマスター達による玉入れが行われた。
一、三年生組と二、四年生組に別れての競技だった。
いまだ中学生高校生程度の年齢だけあって、学年一つの違いの差が大きく出ているなと思いながらもジンタは一、三年生組であるミリア達に声援を送っていた。
その中にはあーちゃんの姿もあった。
獣人化を禁止されているため、あーちゃんは自身の小さいお手々で同じぐらいの大きさの赤の玉をしっかと握ってカゴに向かって投球。
カゴまであと少し届かないながらも、その必死な投げっぷりに周りからは可愛いなどの声援が送られていた。
そんなマスター達の玉入れも年の差もあり白組の勝ちで終わり、次はジンタ達家族の番だった。
なぜか置かれているカゴは、中央に一つだけ。
どうやらそのかごの中に一つでも多く自軍の玉を入れた方が勝ちという形式らしい。
玉は、マスター達が使っていた赤と白の布の中に大豆の入った普通の玉入れの玉だ。
マスターが一、三学年のためジンタ達は紅組。つまり相手は白組だ。
ここまでは普通の玉入れとほぼ同じはずだと思う。
しかしここからが違った。
まず、立っている位置がカゴを中心に赤白両組とも対面に二十メートルほど離れたところ。
そして玉はその位置の地面にばらまかれていた。
しかもなぜか全員獣人化して、いかにもやる気満々で好戦的なご様子。
そこにさらに声援を送るマスター達の安全を確保するように教師達が玉入れと応援席の間に結界を張っている。
「ええっと、これって普通の玉入れだよね?」
どうも取り残された感丸出しのジンタが誰とは言わず問い掛けると、
「何言ってんだ当たり前だろ。武器や手足での攻撃は一切なしの普通の玉入れだぜ」
片手五個ずつ持った赤い玉を器用にお手玉しながらミトが答える。
その表情はこの午前中の競技の中で一番やる気満々な表情だ。
「とりあえずあれか? 玉をあのカゴに入ればいいんだから、始まったら走っていけばいいんだよな?」
「ああ、そうだぜ。飛んでくる玉を躱して玉をカゴに入れてくればいいだけだぜ」
言ってるミトの口角が、これでもかとつり上がっていく。
飛んでくる玉を躱す? 頭にクエスチョンマークが浮かび上がるジンタ。
「ギャッギャッギャ――――――ッッ!」
その時、周りの異常で好戦的な緊迫感に耐えられなくなったリゼットが叫びを上げて、上空へと飛び上がった。
「リゼット?」
ジンタがリゼットを目で追うと、ゴッッ! と重い音が響き、リゼットの体がくの字に折れ曲がった。
「リ、リゼットっ⁉ リゼット――――――――ッッ!!」
キリモミしながら落ちてくるリゼットを見ながら叫ぶジンタ。
「チッ! 早速やって来やがったこっちも行くぜッ!」
ミトの嬉々とした大声が響く。
「フンッ!」
隣から突風が巻き起こる。
「イ、イヨリ⁉」
獣人化したゴーレムの長い腕を振るって、イヨリが赤い玉を投げつけた。
ゴーレムの大きい手の中に入っていたのは、確か赤い玉が一〇個ほど。
その一〇個はイヨリの手を離れるとまるでショットガンのような勢いで二十メートル先まで到達し、紅組の今まさに投げようとしていた不幸数人にヒットし吹き飛ばした。
「ええ……」
玉入れではなく、玉当てに変わっていることにジンタはあ然とする。
「ジンタ、何ほーっとしてるんだ! おれっち達もミトに続いて倒しに行くぞ」
通り過ぎる松に背中を叩かれジンタはハッとなる。
見れば周りの全員が大声を上げて走り出している。
「……これって玉入れだよね?」
振り返り問いたジンタの頭に赤い玉がコツンと当たった。
「ジンタさん、大丈夫ですか?」
ゴーレムの盾を展開し、ジンタの前に立つイヨリ。
「い、イヨリ、一体これって……?」
混乱するジンタが聞けば、
「何って、玉入れですよ?」
「いや、だって人に当てて……」
「ですから相手を排除しつつ、あそこに自分達の玉を入れていくんです」
「排除っ⁈」
「ええ、武器や手足での攻撃はしてはいけませんが、玉を当てて相手を無力化しながら玉を入れていくんです」
「玉だけを当てて……」
左右を見渡せば、パワータイプの獣人化した者達が地面の赤い玉を拾い、全力で投げている。そして飛んでくる白い玉の直撃を受け後ろへと吹き飛んでいる。
「え? あれって当たってもいたくないの?」
一応聞いてみる。
「いえ、痛いと思いますよ。中には気を失っている人もいますし」
イヨリが結界際へと視線を流す。
そこには倒れて動かない者達が……。
「ああ、えっととりあえず終わりまで逃げてればいいかな?」
半ば遠い目で聞いてみたが、
「いいですけど、あのカゴ一杯になるまで続きますから、最後はどっちかが残る形で決着しちゃうと思いますけど……」
やっぱり無理だった。
それでも鎧で防御力を上げ、重い剣を振り回すことでなんとか力負けしないようしている獣人化の出来ないジンタに残されている道など一つだけ。
とりあえず逃げの一手。
その結論に辿り着いたジンタは、それを実行するための行動に出た。
まずは生き残るために見る。
イヨリやリカや竹を含めたパワー型は、遠距離からマグナム級の玉を投げ、相手を行動不能にしていく。
ミトや松などのスピード型は、敵陣に赴き、一発では倒せないまでも相手に何度も玉を当て翻弄し倒している。
バランス型であるラーナや梅や雪目などは中央のカゴに向け飛んでくる球をスキルや体を使い阻害している。
そこまでを見据えてジンタは、自分の行動を決めた。
「イヨリありがとう。俺もなんとか自分に出来そうな役を見つけたから行ってくる」
ジンタはぐっと親指を立てた後、イヨリの守るように展開されているシールドから飛び出した。
ぐっと上体を低くしてジンタはとりあえず中央まで走って行く。
混戦状態の中央部分まであと数歩の位置まで来た時、ジンタは背に担ぐ大剣フォースソードを引っこ抜く。
うおおおおおおおおっっっ! と気合いの声を心の中で叫びながらジンタはフォースソードの切っ先を地面に突き刺し構え、両手でしっかりと柄を握りながら地面スレスレまでフォースソードを倒した。
両軍入り乱れての混戦状態、その中央部に突入するとフォースソードに腹ばいで飛び乗る。
地面スレスレを滑空するフォースソードの柄を掴み、時に片手や両足で方向や勢いを操作し、人混みを掻き分けていく。
名付けてフォースソードサーフィー形態。
ふっふっふっと内心でほくそ笑みながら、投げ合い牽制し合う人の足下をすいすいと掻き分け攻撃対象としてタゲられるのを逃れていく。
しばらくの間、予想通りに逃げ切れていると確信が湧いてくる。
これだったら最後までいける(逃げ切れる)、と。
しかしそんなジンタの確信は、あらぬ方向からの応援によってあっさりと覆った。
「おおっ! ジンさんそれいいなぁ! 今度わたしも乗せて――っ!」
「ジンさ、かっけえぇ! あーちゃんも乗りたーいっ!」
「あれはいいね、今度僕もあの剣のシールドソードだっけ? あれを借りてやってみようかな?」
「あれ使えばミトとのマラソンも楽そう。今度私も走る時借りようかなぁ~」
「浮くことで滑るように進むとは考えましたですわ」
結界の外、応援しているはずの我が家のマスター達の大きな声がジンタの超低空で得た争いに夢中で視界の狭まった戦場から消える有効性をすべてなくした。
いや、それどころかむしろあまりの奇抜性に気付かれ、普通よりも視線が集まってしまった。
――あ、あいつら……。
ジンタは、近い地面に視線を向けながら心の中でマスター達の言動に涙した。
ここまで来ると、もうそのままでいるというわけにはいかない。
とりあえずジンタは視線を集めたままゆっくりと止まり、そして立ち上がる。
それから波乗りを終えたサーファーが少し休憩するため砂浜に上がっていくようにフォースソードをサーフボードのように小脇に抱え、清々しい顔で汗を拭う素振りをしつつその場を離れようとした。
が、当然そんな小芝居がいまさら通用するはずもなく、一斉に球をぶつけられた。
こうして午前の部の最後の競技『玉入れ』の結果を、ジンタは知ることなく校庭の地面の砂を気を失いながらなめていたのだった。
※※※※※※※※
午前の部がなんとか終わり、楽しくおいしい昼食が寒い校庭で広げられた。
まだ興奮しているのもあるのだろう、わいわいと話が弾みながら昼食は進み、満腹感に一息ついた。
一息吐くと、今度は寒風の冷たさも相まってジンタは激しく体をブルつかせた。
「ちょっとトイレ」
立ち上がり、厚手のコートを羽織り、両腕を摩りながら小走りにトイレへと向かう。
「きっとトイレは人が一杯だろうなぁ……」
最近あまり気にしなくなっているが、このリリフォリアの男女比は九対一以上、その確率以上に女性が多い。
それだけ多いのだがら、特にこういったイベントでは一応存在する男子トイレも女性に開放されているのが常だ。
つまり、今トイレに行ってもジンタは公衆の面前ですることに変わりないわけだ。
それなら……と、ちらりと校舎の脇のちょっとした木々に隠れた場所に目を向ける。
ちゃんとトイレに行っても見られるくらいならこっちで見られない可能性がある方がいいか、と方向転換。
木々をかき分け、ちょうど良さげな木を見つけ、ジンタはズボンを下ろし用を足し始めた。
放出と同時にブルブルブルと身震いした瞬間、スッと背骨に何かが触れた。
「ふ~~こんなところで武器も持たず無防備に用足しとは……、まるで緊張感がないですね」
触れられた感触とくぐもった声に、ゾクリと緊張感が走り用の切れが悪くなる。
「だ、だれだ?」
いきなりの背後からの殺気に声が震える。
しかし、用はまだ止まらない。
「これでも気付かないとは……、どうやら相当鈍っているようですね」
ぐいっと背骨に触れたモノにより力が加わる。
「くっ……」
反るほど背を伸ばすも、いまだ切れの悪い用は止まらない。
「それにしても……、いい加減それはまだ収まらないのです?」
「で、出始めからだったからな、出が悪くなって……いつも以上に時間が……」
呆れ声の相手に、ジンタは恥ずかしそうに答える。
ちょろちょろ、ちょろろちょろ……
情けない切れ切れの音の後、ジンタが数度身震いしてズボンを上げる。
「お、お待たせ……しました……」
何となく恥ずかしさも相まって、つい敬語に。
「で、あんたは誰だ?」
「まだ……分からないですか?」
数秒の無言の中、ジンタは考えるが思い当たる節がない。いやきっと違ったんだと思う、思い当たる節がないのではなく思い当たりたくなかったのかも知れない。
だが、まだこの時はそこにまで気が回らずにとりあえずジンタはこう尋ねた。
「えっと……、振り返ってもいいですか?」
一瞬の間の後、深い溜息があり、
「まあこのままだと埒があかないようですし、どうぞ」
返事にゴクリと息を飲み、ジンタは振り返る。
目の前に、両手を後ろに組みピッとした立ち方をしているシリルがいた。
「がっ!」
思いっきり頭を叩かれたような衝撃を受け、ジンタは数歩後ろに下がった。
「ふむ、その私を見ての驚きようは予想していた範疇のものなので分かるとして、まさかそこまで下がりさっきまで自分が排出していた場所に足を付くとは些か私も予想外で驚きました」
「げっ!」
ジンタは即座に前へ向け飛ぶ。
「ふんっ!」
シリルは飛び込んで来たジンタに軽く右フックを入れ、横へと吹き飛ばした。
「悪いですが私はお前と抱き合うつもりはないのでね」
「……お、俺だってあんたに抱きつきたいなんて……思ってない」
吹き飛ばされた先のぶつかった木から体を離しながらジンタも言い返す。
「それで、どうしてあんたがここに? ミリアの卒業まではもう会わないと言っていたし、こっちとしてもそう願いたいと思っていたんだけどな」
仕返しの嫌みを込めて言ったジンタだったが、
「その気持ちはよく分かりますが、こちらがそうも言ってられない状況になってしまってね……」
シリルにしては、軽すぎるカウンターの言い返し。
しかもその表情は、ジンタが見たことのないとても冗談には見えないものだった。
「どんな状況になったんです?」
冗談を廃し、今度はジンタも真顔で聞き直す。
シリルは一瞬どうしたものかと悩む表情を見せたが、一つ頷いて口を開いた。
「ここまで来て隠し事をしてもどうせすぐ分かる事ですから言いますが、我々の住むこのリリフォリアで我々はもう一つの勢力と自分達の領土を守るための戦いを繰り広げているんです」
「戦い……か……」
ジンタはあまり驚いた様子を見せず、むしろやっぱりかと言った感じで呟いた。
これまでのジンタの経験から、ある程度そうではないかと予想は出来ていた。
しかし、それもどこか安定していると思っていた。
今でこそ決着してしまっているが、この第二階層で長年続いていたエルフとゴブリンとオークの三つ巴のように、ちょっとした小競り合い程度のやり取りが続いていると、そういう認識を持っていた。
「それで、その戦いに一体どんな変化が? 今までと何かが変わったからこうして来たんですよね?」
シリルのマスターであるマリーがミリアを『エターナル』と知っても卒業までは待つと言ってジンタをここに戻した。
それを覆してこうしてシリルをここに来させたと言うことは、つまりそれほどの事態が起こったと言うことに他ならない。
ジンタが待つ中、シリルは目を瞑りもう一度小さく息を吐いた後、
「向こうにも『エターナル』が現れたようです」
「…………え?」
「現れたのつい先日のこと。しかし現れたと同時に今まで主戦場であった第五階層の中央部から我々は多大な被害を受け第四階層まで押し込まれてしまった。今も必死にみんなが戦い侵入を抑えているがこのままだと数日も持たないだろう事は明白な状態です」
そこで言葉を切ったシリルはジンタを見て「聞いていますか?」と尋ねきた。
ジンタは返事をしなかった。
返事をしなかったのは全く聞こえていなかったからではない。
ただ、返事を返せるほど思考がうまく働いていたわけでもない。
だから当然、その後シリルが拳にはぁ~~っと息を吐き、緩やかに拳を引いて放った行動に対しても何の対処もせずにモロに食らった。
「い、いった~~い! なにすんだ!」
殴られた頬を押さえてジンタが抗議の声を上げる。
「いや、聞こえていなかったようですから、つい……」
「聞いてた! 聞こえてたよ!」
「だったら返事ぐらいするべきです」
「はいはい、そりゃあすいませんでした! ――――で、実際相手の『エターナル』って言うのはどれぐらいの力を持っているんだ?」
殴られたことは腹立たしいが、それでもジンタは切り替えてそう問いた。
「どれほど…………??」
「ああ、範囲強化魔法の範囲の大きさや、他にもどれぐらいの力を持っているとか、そういった情報はないのか?」
「ない。それを調べている余裕もないほど一気に攻められた。私もマリー様もいつものように第四階層の司令部で雑務を行っているときにマルテネットから連絡を受け、なんとか逃げてきた兵士から「相手が通常の強化魔法とは違う色を発していた」と聞いて、即座に私がここに来た状況だからな……」
「お、おいおい、それってもしかしたらもう第四階層だって落ちてるんじゃ……」
ジンタ自身が想定していたよりもかなり深刻な状況に、ついジンタがより最悪な形を口にしてしまった。
「いや、それは恐らく大丈夫だと思う」
しかしそれに関してはシリルの方が幾分自信を持ってそう答えた。
「根拠は?」
「それは階層の移動方法。お前も第一階層からこの第二階層に来る時、そして目隠しされていたとはいえここに戻ってくるときにも使っただでしょう?」
「『天翔る橋』……」
「そう、そしてあれは一度に運べる人数がある程度決まっている。つまり、どんなに戦力差があってもその出口で待っていればダブル範囲強化魔法を掛けられていても対処は出来るということです」
「な、なるほど……。それなら多少は耐えられるのか……」
「そうです、しかしこれから先ずっと気を張っていられるわけじゃない。それに出来れば向こうに我々のいた第五階層の探索する時間を与えたくない。だからこっちも急ぎ反撃をしなくてはいけないのです。しかし現状のままでは反撃することも難しい。そのためにこちらも『エターナル』の、その力が必要なんです」
「…………」
出来ればミリアに戦いになんて参加させたくない。しかし、もし上の階層が突破されればそんなことを言っていられなくなる。いや、もしここまで攻め込まれたとしたらもうその時には反撃出来るほどの戦力など残っているはずもない。
ジンタが自身の中で激しい葛藤を繰り返していると、
「ジンさん?」
当のミリアが、あーちゃんと手を繋ぎ後ろに立っていた。
「ミ、ミリア……」
「どうしたの? 大丈夫? その人は?」
あーちゃんと一緒に心配そうな顔で見上げてくる。
「あ……、えっと、だ、大丈夫、ではあるけど……」
ミリアを戦いの場に行かせたくない気持ち、しかしそれでは今後より大変でより厳しい状況になると言う分かりきった未来、その相反する気持ちがジンタの表情を曇らせ言葉を詰まらせる。
「ジンさん? その顔はなんかあったんだね? その人に頼まれたんでしょ? 私達の力が必要なんだね? じゃあ行こうよ!」
「うん、あーちゃんも行くよっ!」
二人は力強く頷いた。
その二人の頷きが、ジンタの中でせめぎ合っていた二つの葛藤の片方を少しだけ押し込んだ。
ジンタはシリルに向き直り言った。
「分かった行くよ。でも行くのは当然俺達家族全員だ」
「ああ、それとうちんところも行かせてもらうぜ」
「当然、僕達も一緒に行かせてもらいます」
「み、皆さんが行かれるんですから、と、当然、う、うちもですわ」
「え?」と振り向いた先にイヨリを始め全員がいた。
「み、みんな……なんで?」
「ミリアとあーちゃんがトイレに向かった後で保健医が来てな、今上の階層が大変なことになってるってんで、ミリアのあの力が必要だから至急上に行くことになるだろうって聞いてな」
「それで、イヨリさんやミリア様達だけ先に上に行かせるなんて、さすがに私もロンシャン様も出来ませんから」
「聞いちまったんなら、おれっち達もちっとばかし早いけど一緒に上に行こうかって話になったんだよ」
「ジンタさん、急がないといけないんですよね? だったら行きましょう。そうしないと余計に大変なことになってしまうんですから」
最後にイヨリが手を取り強く頷いた。
「ああ、そうだよな。色々やばそうだけど、行かないともっとやばくなる。なら早く行って俺達で終わらせてこよう」
頷く全員を尻目にジンタはシリルに向き直る。
「という訳なんで、ここに居る全員で行くことになるけど、いいか?」
「……それは構わないが、しかし本当にいいのか? 今から向かう先は我々永遠を生きる者にとって死が一番の安らぎになる本当の戦場だ。本来通りならあと二年はここで生ぬるい生活をしていられる権利があるのを放棄してしまうことになるが?」
「それならあと二年――――ムグッ」
「ああ、たった二年しか違わねえなら、おれ達は先に進むぜ。今までよりも過酷ってんならそれでも構わねえ。そんなもんはとりあえずさっさと終わらせっちまえばいいだけだからな」
涙目で何かを言おうとしたエルファスの口をミトが後ろから両手で塞ぎ、はっきりと宣言した。
「そうですか……。本来であればあなた方の実力を見て決めなければならないところですが、今はそんな時間も惜しいのは事実。すぐに発つことになりますがよろしいですか?」
「「「「「もちろん」」」」」
シリルの挑発的な発言にも負けず、ほぼ全員が強く頷いた。




