第三試合 開始
待機室に戻る途中、自分たちの担当をしているエルフ教師が「おめでとうございます、傷などの治療は必要ですか?」と聞いてきたが、獣人化したあーちゃんの葉っぱで十分大丈夫そうだったので断った。
待機室に戻り、イスに座ってやっと居心地がついた。
戻るなり、お菓子をパクつき出す2人を見て困り顔を一瞬したイヨリだったが、まあしょうがないかと溜息を付いて、
「紅茶で良いですか?」
と尋ねてきたので頷いた。
「なんかさ、みんなそれぞれに新しい何かを身につけてたな」
紅茶の用意しているイヨリに向かって投げかけるように口を開くと、
「そうですね。皆さんそれぞれに新しい何かを教えてもらっていますね」
さも当然とばかりにイヨリが答えた。
「え? 教えてもらっているって誰に?」
イヨリの回答に驚き、ジンタは慌てて尋ね返した。
紅茶のカップを持って戻ってくるイヨリが小首を傾げる。
「え? ジンタさんが水連さんに言って、皆さんにそれぞれを見せるよう言ったんじゃないんですか?」
「見せる?」
ますます分からないジンタが呟き繰り返すと、
「はい、え~~っと映像とか言ってましたけど、これくらいの薄くて縦長の板のようなものに、人が入っているんじゃないけど人が現れて色々と私達にとって知りたい動きをしてくれるんですよ」
「映像……、知りたい動き……」
口元を隠すように手を添えて、考えに耽るジンタ。
「あーちゃんも、ボヨンボヨンってすっごく高くジャンプする人のを見たよ」
口の中いっぱいに入っていたお菓子をゴクリと飲み込んであーちゃん。
「わたしも一緒に見たけど、あれはほんとすごかったよ! なんか布の上でジャンプして前にくるって回ったり後ろに回ったりしてすごいと何回も回ってたよ」
同じくゴクリと飲み込み、次のお菓子を両手でガッシリと掴みながらミリアも言う。
「ジャンプ……、布の上で何回も回る……」
呟きながら、それはトランポリンのことか? と当たりをつける。
「ちなみにイヨリは何を見たんだ?」
聞くと、
「私はジンタさんに教えてもらった『拳法』ですか? あれの動きと、知らなかったいくつかの技です」
一口紅茶を飲み、お菓子に手を伸ばすイヨリ。
「『拳法』……」
呟きながら、少なくともミリアとあーちゃん、そしてイヨリの見たものが、別だとは分かった。
そして『見た』という道具が、テレビじゃないかと言うことも。
「水連はそんなものをみんなに?」
「はい。何でも、ジンタさんより弱い今のままの私達では、これから先がすごく心配だから、だそうです」
ややふて腐れたように唇を尖らせてイヨリが水連に言われたのだろう言葉を口にする。
「俺より弱いって、そんなわけ――――」
「間違ってないですよ、多分」
謙遜するつもりはなかった、本心でそんなわけ無いと思っていたが、イヨリにそれを全部言わせてもらえなかった。
「ジンタさんがミトさんと稽古をしたあの時、少なくとも私は構えたジンタさんにどう攻撃していいのか分かりませんでしたから」
手に持ったお菓子を、そのときのジンタと照らし合わせるように手を伸ばし遠くに見つめながらイヨリが言い、最後に首を振ってからぱくりと頬張った。
「イヨリも……?」
呟きながらもジンタは思い出していた。
さっきの戦いの最中のリカも、そして前にミトも同じことを言っていたことを。
そうなると、二ヶ月前こぞってみんなが自分と稽古をしたいと言ってきたのは、きっと水連に何らしかの映像を見せられ、色々と自分の先への可能性を認識出来たからととって良さそうだな。そしてあれから二ヶ月経っているということは、それがより形と成り強化されていると見て間違いない。
――はぁ~やれやれ……。本当は水連をとっ捕まえて全部聞けば早いんだろうけど、きっと俺がこういう話を聞くだろうと予想してか、それとも偶然か、その水連は近くにはいない。しかも妙に勘のいいあいつは、きっとこういう時に限って絶対に連絡が付かないに決まっているんだ。
ジンタはもう一度溜息を吐いて、心配そうな顔を向けているイヨリに向き直って、
「とりあえず、残りの二つのチーム、ミト達も松達もそれぞれに何かしらの新しい何か、もしくは今までよりも強化されていると思っていた方がいい感じだな」
「そうですね。元来私達は独自で自分を磨くか、近くの仲間と競うことで色々と学び強くなってきました。ですが、あの水連さんのテレビの映像というのは、より自分の望むモノ、そしてより自分が欲しいモノを実際に見せてくれます。しかも要求すれば何度も何度も繰り返し……。今までの自分達ではあり得なかった、そして手に入れられなかった最高の指導環境です」
イヨリはぎゅっと拳を握りめる。
「そうか……、そうだよな。同じ動作を実際の人物に何度もお願いするのは色々と無理があるけど、テレビの映像として自身が何度も見、何度も確認してもそれは誰にも咎められない最高の環境と変わらないよな」
自分が居た時そんなことを考えたことも無かったが、実際にこのリリフォリアに来て、そうやって学べることがどんなに良い環境であったのか、今のジンタにも痛いほど良く分かった。
「やれやれ、そうなると残りの二戦も気が重くなりそうだなぁ……」
「そうですね」
困り顔で頭をボリボリ掻くジンタに、イヨリもクスッと笑い頷いた。
それから小一時間ほどの待ち時間を経て、ジンタ達は次の試合に赴くことになった。
「対戦相手は、エルファスです」
向かう途中エルフの教師に告げられる。
「と言うことはミト達か……」
「そうなりますね」
イヨリが頷き、
「ゆきめとみずねもだお~」
あーちゃんが追加し、
「うん、あそこも強敵だね」
ミリアが神妙な顔をした。
「「…………」」
さっきのロンシャン達との戦いでは、相当気の抜けた感じだったミリアの神妙な顔を見て、ジンタとイヨリがミリア以上に神妙な顔を向け合い立ち止まった。
「どうしました?」
先を歩く教師が気付き、振り向く。
「ミ、ミリア、どこか変なところはないか?」
「ミリア痛いところは?」
教師を無視し、ジンタとイヨリがミリアのおでこや頬を触る。
「え? え? 何二人とも? わたしは何ともないよ? 何で? どうしたの?」
ジンタとイヨリの心配っぷりが、あまりに本気過ぎてミリアが戸惑って数歩下がった。
「だって、あなたがこの戦いにお菓子のこと以外でそんな風に心配そうな顔をするなんて……」
イヨリが大丈夫といった表情で言うと、
「え? わたしお菓子のことしか言ってないよ?」
きょとん顔でミリアは即答。
「「え?」」
今度はジンタとイヨリがきょとんとした顔をする。
「だって、エルちゃんのところは結構食いしん坊が多いから、お菓子が余るかどうか心配なんだよ」
「うんうん、心配なんだよ~」
ミリアの真剣表情と同等なぐらい真剣な顔のあーちゃんまで同意する。
「「ああ、やっぱお菓子のことなんだ」」
ジンタとイヨリはなぜかほっと安堵した。
「あ、あの、そろそろ行きませんと時間が……」
ジンタ達のやりとりを苦笑いで聞いていた先導する教師が、この人達大丈夫かな? と言った感じで促してきたのだが、ジンタもイヨリもそんな心情にはつゆにも気付かないで「はい、行きます」と笑顔で返事をした。
学校を出て、通路を歩き、客席の下の木のアーチを抜けてジンタ達は戦いの場である闘技場に立った。
闘技場の向こう正面には、もうエルファス達が到着していた。
「みんな自信がありそうですね」
隣に立つイヨリが呟く。
「ああ、自信ありそうな笑顔だ」
答えた通り、八〇メートル先のエルファスの家族四人は、みんな笑顔をこちらに向けている。
「こっちも笑って向こうを見るんだよ」
ミリア小さく言い、ニッコリと笑ってみせる。
「笑うんだお」
あーちゃんもそれに倣う。
不敵とも馬鹿にしているともとれる二人の笑っている顔を見て、ジンタとイヨリはクスリと笑い合い、笑顔のままで歩きミト達と向かい合った。
「やっとだな」
開口一番にミトが言う。
その発した言葉には嘘偽りが一切なく、素直なミトの気持ちなんだとジンタにも感じられた。
「負けないからな」
だから返した。
ジンタの今の気持ちを。
「……あの、私達もいるんですが……」
「そ、そうですよねぇ~、雪目さん……」
ジンタとミトが如何にもこれから二人で戦います、といった雰囲気で見つめ合っていたため、どこか蚊帳の外的な感じだった雪目と水音が口を挟んだ。
「私も居ますよ」
「あーちゃんもだよ~」
イヨリとあーちゃんもいることをアピールした。
「エルちゃん」
「なにミリアちゃん?」
「そっちはお菓子余りそう?」
「ん~~、おいしいからみんなぱくぱく食べてるし、どうだろ?」
「やっぱりかぁ……」
そして、マスター二人はこんな調子だった。
それぞれの開始場所へと戻るとレフリーである教師が紹介を始めた。
初戦のこともあり、紹介は成績等のことは言わないで下さいと念を押しておいた。
紹介が終わり、自分を含めイヨリとあーちゃんに強化魔法の『スピード』を掛けジンタは武器を構える。
正面を見れば、ミト達の体も薄い緑色に輝いている、エルファスに『スピード』を掛けてもらっているのだろう。
全員が準備を終え緊張と歓声がピークまで高ぶった時、開始の合図が響いた。
ジンタは武器と鎧に魔力を送り、重さがなくなるよりもっと軽く、体が浮き上がる一歩手前まで軽くし、全力で走った。
しかし、そんなジンタの最大限の速力を持ってしても、ミトの速力には全然追いつかなかった。
ジンタを始め全員が走り出した時、ミトはまだ獣人化せずに軽くストレッチをしていた。
そして走る五人の中、六歩分ほど抜け出したジンタが試合場の三割ほどの位置に差し掛かった時、ミトはそこでやっと獣人化し走り出した。
そしてジンタが半分の位置に到達する前に、ジンタの眼前へと迫ってきた。
「ジンタッ! ほんっっっとうに楽しみだったんだぜえええっ!」
「ぐっっっ!」
会場全体が振動するほどの大歓声さえも押し退け、ミトの叫びがジンタに届く。
最後の一歩を大きく飛び込み、ミトは鋭く早くそして重い中段蹴りをジンタに見舞う。
ミトの蹴りにジンタは辛うじて反応はした。
しかし、フォースソードでの受けまでは出来なかった。
折り畳んだ左腕で蹴りを受け、そしてその勢いに押し飛ばされるようにジンタは右側の森林地帯へと弾き飛ばされた。
森林地帯の入り口ともいえる木々のうち一本にしこたま体を打ち付けられ、それでもなんとか耐えたジンタだったが、見上げた先にはもうミトの顔が眼前に迫っていた。
「うるあああぁぁっ!」
気合いの声を轟かせ、ミトがジンタにラッシュを仕掛けた。




